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3章 バルナバーシュの決断
1 ハヴェルの恋
しおりを挟む「……は?」
ハヴェルはここ数か月、隣国レロへの出張や、長年苦楽を共にしてきた金庫番の老人が亡くなったりと多忙に追われ、飲み歩く暇もなかった。
久しぶりに親友宅へと訪れたら、とんでもない事件が起きていた。
知らない間に親友が……その隣に座っている変わり者のコジャーツカ人とデキていたのだ。
(どうしてこうなった……?)
若い頃はハヴェルと二人、遊びまくっていたので知っている。
バルナバーシュは超が付くほど女好きだったはずだ。
「こいつに逢って十数年。色々あったんだよ」
少し照れくさそうな表情を浮かべながら、親友は隣にある薄茶色の頭をガシガシと乱暴に撫でた。
「イテェよ……ハゲたらどうすんだよ」
バルナバーシュから『恋人だ』と紹介されたのにも関わらず、ルカーシュには恥じらいの色など一切ない。
それどころか、眉を顰めながら色気の欠片もない言葉を吐きだす。
(あんなに女が好きだったのに……)
ハヴェルはぽかんとしたままバルナバーシュの隣に座るルカーシュへ目をやった。
男にしては華奢な体型で、これでリーパの副団長だと言われてもピンとこない。
薄茶の長い髪に、青に茶の滲んだ不思議な色合いの瞳、肉感的な唇は綺麗な朱鷺色だ。
親友の右腕ということで、今までそういう目で見みてないが、ルカーシュは独特の雰囲気のある美青年だった。
この私邸にはもう一人凄いのがいるのだが、あっちが昼だとしたらこっちは夜だ。
そんなタイプの違う美青年二人と同じ屋根の下で暮らしている親友は、傍から見たら男色家の絶倫エロオヤジ見えるかもしれない。
「お前、いま妙なこと想像してるだろ?」
怪訝な顔をしてバルナバーシュがハヴェルを睨んだ。
「いや……冷静に考えたら、美青年二人も家の中に囲って傍から見たら絶倫エロオヤジだよなって」
「ぶははっ! レネはわかるけどもう一人って俺? 三十五のおっさん相手になに言ってんですか?」
ケタケタと嗤うが、十数年前に紹介されてからあまり年をとって見えない。
その外見はどう見ても二十代で、まだ青年と呼んで差し支えない。
変わった瞳の色と、ちょっとエキセントリックな所がある性格は、子供のころ読んだ御伽噺にでてきた虹色の瞳を持つニンフのようだ。
これはハヴェルの勘だが、当たらずといえども遠からずのような気がする。
だからたぶん、昼間は年相応に見えるよう顔を変えているのだろう。
ルカーシュはルカーシュなのだから、今までもこれからもわざわざ真相を尋ねるつもりはない。
「エロオヤジとは聞き捨てならんな」
バルナバーシュも目を眇めてハヴェルに反論する。
(絶倫は否定しないのか……)
相手であるルカーシュもいることだし、気を遣ってツッコミを入れたくなるのを必死で堪えた。
「いや、間違いなく絶倫エロオヤジだろ」
だがハヴェルの気遣いなど気にすることなく、ルカーシュはぽろりととんでもない台詞を吐く。
「おまえ……」
恋人から暴露されバルナバーシュは少しバツの悪い顔をした。
「俺に野郎同士の惚気話なんか聞かせんじゃねえ!」
ハヴェルの苦言に、コジャーツカ人はまたケタケタと嗤う。
バルナバーシュは、東国の大戦でなにがあったのか、親友である自分にも語ってくれない。
連れ帰って来たコジャーツカ人を側に置くことを条件に、あれだけ継ぐのを嫌がったリーパの団長に就任した。
自分には入り込めない二人の関係に最初は少し嫉妬を覚えた。
しかし今では苦労の多い団長職を、この変わり者の男が支えていると思うと、大切な友をよろしく頼んだぞという気持ちの方が強くなっていた。
「テメェらがいきなり惚気話なんか始めるから、なにしにわざわざここへ来たか忘れるところだったじゃねえかっ!!」
「……なんだ? 用事があったのか?」
バルナバーシュが自分のグラスに酒を注ぎながら、ハヴェルへと目を向ける。
「俺だって枯れたわけじゃねえぞ。気になる女性がいるんだ。この年になったら、遊んでばかりいられないからな。先のこともちゃんと見据えている。だから一度お前にも会って貰ってから、決めようと思ってな」
「お前な……その言葉がでてくるのが二十年遅いぞ」
呆れながらも、その目は面白いものでも見つけたかのように興味津々としている。
「一緒に遊んでたお前には言われたくねえな」
御尤もな言葉だが、一緒にとっかえひっかえ遊んでいた悪友に言われると腹が立つ。
「まあな……昔っからお前には財産目当てに寄って来る女ばっかりだったもんな」
バルナバーシュの言うように、碌な女に当たったためしがない。
「どんな女性なんです?」
ルカーシュも興味津々といった様子で、身を乗り出して尋ねてくる。
「ヴェロニカさんと言って、最近メストで商売を始めた骨董商の秘書を務める女性だ」
「へえ……」
ハヴェルの言葉を聞いて、コジャーツカ人の目がほんの一瞬だけ泳いだ。
「主に古美術品を扱っていてな、どっかのサロンで、古いうちの商品をある貴族から買い取ろうと思っているが、本物だとは思うが変わった品物なんで……と相談されたのが始まりなんだ」
「その骨董商の愛人じゃないのか?」
バルナバーシュの言うように、最初はハヴェルもそう思って、美人だなとは思いつつも個別に声をかけなかった。
「でもな、その骨董商の男は『自分は男色家だ』と豪語してるから絶対違う」
「なんだそりゃ……」
バルナバーシュが気の抜けた声をだす。
「バル、あんた女を見る目はあるだろ。バルトロメイだって結局は騎士のお堅い家系の血を引いてたわけだし。だからそのヴェロニカさんとやらに会ってみればいい」
ルカーシュの言う通り、親友に相談したのも自分よりも女を見る目があると思ったからだ。
若い頃は一緒に遊んでいたはずなのに、この色男は妙な女に引っ掛かった試しがない。
皆、別れる時も後腐れなくきっぱりと別れているし、その後どこかで顔を合わせる羽目になっても穏やかに談笑できるような関係なのだ。
ハヴェルの場合は、手切れ金を寄越せだの、子供ができただの(結局は嘘だったが)、後味の悪い思いをしてばかりだ。
だから、今度ばかりはちゃんと見極めてから先に進みたかった。
「次に会う予定はあるのか?」
仕方ないといわんばかりに、親友が口を開く。
どうやら一肌脱いでくれるようだ。
「実は今度、バビツカー夫人のサロンで一緒になる予定だ」
「バビツカー夫人……アレンカのことか……」
親友が昔の恋人の名を口にする。
伯爵家の次男坊と結婚し、自分自身も売れっ子の女流作家として悠々自適な生活を送っている。
別れてから、バルナバーシュがモデルだと言われている騎士の物語を書き、それが大当たりして今の地位を築いた女性だ。
「ああ。だからお前が行ったらきっと大歓迎されるぞ」
ルカーシュが居るのでここでは言わないが、実は会う度に夫人からバルナバーシュを連れて来いと言われているのだ。
「行ってこいよ。俺は別に女相手にヤキモチなんて焼かないぞ」
バビツカー夫人がバルナバーシュの昔の恋人だと伏せて話したつもりだが、どうやらルカーシュも察したようだ。
女相手にヤキモチは妬かないと言っているが、じゃあ男相手なら妬くのかと気になった。
しかし話が横道に逸れるので今は黙っておく。
「お許しもでたみたいだし、一緒に来てくれ」
「……仕方ない」
こうしてハヴェルは、バルナバーシュとバビツカー夫人のサロンに一緒へ行く約束を取り付けた。
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