菩提樹の猫

無一物

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2章 時計職人を護衛せよ

12 鬼団長への報告

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 レネとヤンは任務を終え、その足で執務へ報告に来ていた。
 最近ルカーシュはオレクのお供で忙しく、バルナバーシュが一人で居ることが多い。

「それで、時計を盗まれて……」

「——なんだと?」

 ヘーゼルの瞳が、食い殺さんばかりにレネとヤンを睨みつける。

 執務室がシン……と静まり返るなか、バルナバーシュが椅子から立ち上がり、二人の前へと歩いて来た。
 目の前に鬼団長が顔を怒らせ、仁王立ちしている。
 そんななか、レネはしどろもどろになりながら報告を続ける。

「アーモスさんに壊れた時計を見てほしいと、シニシュの領主が自分の住まいの方へと招いたので、別々の所で泊まることにっ……」
 
「言い訳はいらんっ!」

 言い終わる前にレネは胸倉を掴まれ、怒声を浴びせられる。
 すぐ目の前にバルナバーシュの顔があるが、恐ろしくて目を合わすこともできない。

「護衛対象から離れないのが基本だろうがッ!」

 バルナバーシュの言うことが尤もすぎて、レネとヤンはなにも言い返すことができなかった。

 よっぽど怒っているのか、レネは片手で軽々と持ち上げられ、胸倉を揺すられるたびに宙へ浮いた足がプラプラと揺れる。
 いくら体重が軽いと言っても、レネだって成人男子だ。そう簡単に首根っこを掴まれ片手で持ち上げられるものではない。
 改めて養父の怪力さを見せつけられ、背中にツツっと冷や汗が流れる。

「それになんだ、ホルニークの奴等に巧いことダシに使われたってのか……」

 報告する前になぜ知っているのだ……。
 きっとバルナバーシュには独自の情報網があるに違いない。

 元々団長同士の交流のある組織なのだが、まんまと利用されたとなるとリーパのメンツにも関わる問題だ。

「わかってると思うが、次期団長はフォンスだ。お前、思いっきり舐められたんじゃねえだろうな?」

 床に足は着いたが、まだ胸倉を放すつもりはないようだ。
 
「団長、俺はもとホルニークだったのでフォンスさんのことはよく知ってますが、レネは舐められてなんかいません。それどころか盗賊に拉致されたホルニークの団員を救出しています。それに相手はまだレネの素性を知らないままです……へっくしゅん!」

「なんだよ、風邪か?」

 ヤンの突然のくしゃみで、バルナバーシュの注意がそちらに向けられたことにより胸倉の手が離れ、レネはやっと自由の身になる。

「す、すいません。こっちに戻って来る途中で吹雪に遭ったんで……へっくしゅ……」

 ヤンの言うように、シニシュの領主の館で一泊して、メストに戻って来る途中で突然の吹雪に遭い、身体の大きなヤンが一番前を歩いて風除けになってくれていた。
 一見、熊の様に厳つく怖がられることも多いのだが、ヤンは心優しい男なのだ。
 それに今だって、レネを庇う発言をしてくれている。

「なんだよ……鼻水垂らして、お前もガタガタ震えてんじゃねえか」

 本部に着いたその足で執務室に来ていたので、レネもまだ体温が戻らず、寒さに凍えていた。
 バルナバーシュは二人の状態を見て、毒気を抜かれたような顔になる。

「——もういい。テメェらさっさと風呂に入って身体を温めて来い!」




「はぁ~~~~~生き返る~~~~~」

 ヤンは盛大に溜息を吐きながら、湯船へと浸かった。
 
 あれから二人は、逃げ出すように執務室を出て、言われた通りに風呂へと直行した。

「マジで団長おっかな過ぎだって……」

 レネも隣に入るとジンジンする手足を擦った。

「まあおっかないけど、俺たちだけの時はそこまでないぜ」

「……へ?」

 髭を剃って少しすっきりしたヤンの顔を見上げた。

「お前が次期団長だから余計厳しく当たってんだよ」

「……なんだよそれ……」

 そんなこと、今までぜんぜん気付かなかった。

「フォンスさんに会っただろ? 剣の腕は確かなんだけど、子供の頃から次期団長だって周りからチヤホヤされて育てられたせいか、傲慢な所があってな、あの人が団長になったらついて行けないって思って、俺はリーパに移って来たんだ。根っからの悪人じゃないんだけどな……」

 獣退治が嫌でやめたとは聞いたが、裏ではそんな経緯があったなんて初耳だ。

「あいつ人を平気で利用するしな、俺も苦手だ。あのヨーって奴も」

 人を見かけだけで判断するような男はどうしても好きにはなれない。

「ホルニークの団長には親父の代からお世話になって恩義を感じるんだけどな……」

「やっぱり孫には甘くなるもんなのか?」
 
「さあ……でも一人息子を亡くしているし、本人にそのつもりはなくても過保護になるかもな——そうならないように、ウチの団長は、お前に厳しいんだと思うけどな」

 レオポルトの件で、バルナバーシュが自分を心から愛してくれているのがわかったので、どんなに厳しく当たられても、もう信頼関係が崩れることはない。
 それどころか、「自分はバルナバーシュのような団長になれるのだろうか?」と重圧を感じるくらいだ。

「オレは団長と血も繋がってないけど、次の団長に相応しいと思うか?」

 バルトロメイとの決闘騒ぎを、ヤンをはじめ私邸一階に住む団員たちは目撃していない。
 ふと気になって、問いかける。

「俺はお前についてくよ。お前は決して人を利用しない。実は盗賊のアジトにお前が一人で突っ込んで行くのを後ろから見ていて、気分爽快だったんだぜ。『ウチの次期団長様は凄いんだぜ』って。お前が次から次へと盗賊を倒していく姿を見て、ホルニークの連中がぶったまげてた顔は、今思い出しただけも笑えるぜ」

「——ヤン……」

 決して湯に浸かっているからではない温もりが、胸の奥から湧いて来る。

「お前は、お前らしくあればいいんだよ」

 お湯で少し火照った顔で笑いながら、ヤンがレネの裸の肩をがしがしと力任せに揺すった。

「おい、イテーよ馬鹿力っ!!」

 お返しだと言わんばかりに、レネは笑いながらヤンの顔へとお湯をかけた。


(——オレらしくか……)
 
 同じ人間ではないので、バルナバーシュと同じにはなれないのはわかっている。
 でも少しでも近付きたい。
 血が繋がっていないので、その思いは余計に強かった。

 だからレネは、ヤンの口から飛び出してきた『お前らしく』という言葉の意味を理解できないでいた。
 
 今はただ、憧れの養父へ近付くために足掻くだけだ。
 追いかけるその背中は、まだまだ遠く離れていた。


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