菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
333 / 473
2章 時計職人を護衛せよ

8 ウチェルへ

しおりを挟む


 剣の腕もそうだが、レネのような毛色の違う男はホルニークにはいない。
 側に置けたら……もっと自分が強くなれる気がした。

 後ろを行くレネを振り返ると、相変わらず機嫌よさげにヤンと笑い合っている。
 自分には素っ気ない態度しかとらないのに……ヤン相手だとこうも態度が違う。
 フォンスは、そんなヤンが羨ましかった。
 同僚相手に心を許している様子を見ていると無性に腹が立ってくる。

「レネをどうにかして、ウチの団に引き抜き抜くことはできるか?」

 今までも、欲しいものはどうにかして手に入れてきた。
 フォンスは隣を歩くヨーに尋ねる。

「さあ……今貰ってる金よりもウチが多く提示したらいいんじゃないのか? まあ、確かにあいつは使い道があるよな……」

 ヨーもレネの戦いぶりを見て、思う所があったらしい。

「——やめておけ……」

 そんな二人の会話を聞いていたゾルターンが間に割って来た。
 自分から意見してくるなんて珍しい。

「どうしてだよ?」

 いきなり自分の意見を真っ向から否定されいい気はしない。

(レネを手に入れたいのに……)
 
「リーパの団長を敵に回したいのか?」

 金色の目がジロリとフォンスを睨むが、なぜリーパの団長がそこででてくるのだ。
 同じ成り立ちをしたこともあり、団長同士の交流があるので、何度かその顔は見たことがあるが、四十半ばの苦み走った男前だ。
 
「なんだよ敵に回すって?」

 リーパの団長とレネがどう関係あるというのだ?

「まあ、いずれわかるだろう」

 ゾルターンはそう言って思わせぶりに笑った。
 この男はいつもこうだ。
 自分よりも多くのことを知っているのに、種明かしを中々してくれない。

「——あっ!?」

 ヨーがなにかに気付いたかのような声を上げた。

「なんだよ……?」

 素っ頓狂な声に、フォンスは眉を顰める。

「去年の春に騒ぎになってた決闘騒ぎ……」

「そう言えば、リーパの団長が誰かと決闘したって……」

 なにかそう言う噂を飲み屋の女たちが話していた気がする。
 いい年になった今でも、あの男前の団長は女に大人気だ。

「それだよっ! 灰色の髪の美青年を決闘に勝って取り戻したってやつ!」

「……!? まさか……男の愛人がいたのかって噂になってたが……レネなのか?」

 後ろを歩くレネ本人に確かめれば済む話なのだが、フォンスは「お前は団長の愛人なのか?」と訊くことができなかった。
 ニコニコと無邪気に笑う青年が、とても同性相手の愛人をしているようには見えなかったからだ。

 フォンスが躊躇していると、またゾルターンが口を挟んでくる。

「人の噂に惑わされるな。お前たちはちゃんと情報を精査する術を持て」
 
 ということは……レネは団長の愛人ではないわけだ。
 それを聞き、フォンスは心のどこかで胸をなでおろしていた。


 わからないことはレネではなく、後でヤンに訊いてみよう。
 きっとヤンはフォンスの知りたい情報を教えてくれるはずだ。


 自分でもいい考えだと思っていたのだが、それは叶うことなく二人と別れてしまう。

 アジトから盗賊たちを捕まえて、領主の屋敷に帰り着いた時にはお昼をとうに越えており、本当は当日中にウチェルへ辿り着きたかったレネたちは、渋々もう一泊ここで過ごすことになった。
 領主も自分の家の使用人が盗賊の手引きをしていたのを心苦しく思ったのか、アーモスたちを手厚くもてなしたいと引き留めたのも大きい。

 盗賊は捕まったとはいえ、時計のことを心配したアーモスは「今度は護衛と一緒の部屋にして下さい」と申し出て、レネたちは領主の住まいの方に行ってしまったため、ゆっくり話す暇もなかった。
 

 お互いの居場所もわかっているし、またそのうちどこかで会うだろう。

 いざという時は、リーパに行けばいいのだ。
 元々交流がないわけではないし、自分は次期団長なのだ、訪ねて行く口実はいくらでもある。

 なかなかいい考えだと、フォンスはゾルターンの言葉の意味を深く考えることもせずに、自分の思いつきににんまりとする。



◆◆◆◆◆



 真っ白な雪で覆われた丘陵地帯を、レネたちは東へと歩いていた。
 ウチェル一帯は昔から牧畜が盛んで、この地方独特の灰色の被毛の乳牛からしか作れないチーズが特産品となっている。

「夕方にはウチェルに着くかな」

 何度も通った道でも、雪道でしかも徒歩だと時間の感覚がわからない。
 レネはいつもオレクの牧場へ行く時は馬を使ってだったので、徒歩で向かうのは実はこれが初めてだ。

 この前行ったホリスキーなどのクローデン山脈沿いにある街道よりは積雪量が少ないので、冬でも比較的楽に歩くことができる。

 だから冬も関係なくオレクたちはしょっちゅう出歩いているわけだが。

(まだ、私邸に居るのかな……)

 現在もメストにいるのだが、なにやらダニエラが用事で忙しいようで、オレクは私邸に一人で滞在中だ。
 毎朝鍛練に顔を出すと新人の団員たちの指導をし、昼間はルカーシュを供につけて外出したりと、毎日楽しそうに過ごしている。


 暫く同じような景色の中を歩いていると、なにかが近付いて来る気配を感じ後ろを振り向く。

「あっ!? 後ろから鷹騎士団が来てる」

 青い制服を着た騎馬隊がこちらに向かって進んで来るのが見えた。
 二十騎くらいはいるだろうか?
 
「えらくゆっくりだな……あれ? 間に護送車が見える」

 ヤンに言われ目を凝らすと、青い騎馬から前後を挟まれながら灰色の馬車が近付いて来る。

「なんだか物騒だな……」

 走行の邪魔にならないように道の端に避けながら、アーモスが空の護送車を物珍しそうに眺めていた。

 通常罪人はその領地で裁くので、護送車でわざわざ他所へ運んだりはしない。
 昨日捕まえた盗賊たちも、シニシュの領主によって罪が言い渡され処罰される。

 領地以外の所へ移動させるということは、よっぽど重い罪の者を運ぶのだろう。
 この先はウチェルとオレクの牧場しかないが、一体どこへ向かうのかと首を傾げる。
 


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...