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2章 時計職人を護衛せよ
8 ウチェルへ
しおりを挟む剣の腕もそうだが、レネのような毛色の違う男はホルニークにはいない。
側に置けたら……もっと自分が強くなれる気がした。
後ろを行くレネを振り返ると、相変わらず機嫌よさげにヤンと笑い合っている。
自分には素っ気ない態度しかとらないのに……ヤン相手だとこうも態度が違う。
フォンスは、そんなヤンが羨ましかった。
同僚相手に心を許している様子を見ていると無性に腹が立ってくる。
「レネをどうにかして、ウチの団に引き抜き抜くことはできるか?」
今までも、欲しいものはどうにかして手に入れてきた。
フォンスは隣を歩くヨーに尋ねる。
「さあ……今貰ってる金よりもウチが多く提示したらいいんじゃないのか? まあ、確かにあいつは使い道があるよな……」
ヨーもレネの戦いぶりを見て、思う所があったらしい。
「——やめておけ……」
そんな二人の会話を聞いていたゾルターンが間に割って来た。
自分から意見してくるなんて珍しい。
「どうしてだよ?」
いきなり自分の意見を真っ向から否定されいい気はしない。
(レネを手に入れたいのに……)
「リーパの団長を敵に回したいのか?」
金色の目がジロリとフォンスを睨むが、なぜリーパの団長がそこででてくるのだ。
同じ成り立ちをしたこともあり、団長同士の交流があるので、何度かその顔は見たことがあるが、四十半ばの苦み走った男前だ。
「なんだよ敵に回すって?」
リーパの団長とレネがどう関係あるというのだ?
「まあ、いずれわかるだろう」
ゾルターンはそう言って思わせぶりに笑った。
この男はいつもこうだ。
自分よりも多くのことを知っているのに、種明かしを中々してくれない。
「——あっ!?」
ヨーがなにかに気付いたかのような声を上げた。
「なんだよ……?」
素っ頓狂な声に、フォンスは眉を顰める。
「去年の春に騒ぎになってた決闘騒ぎ……」
「そう言えば、リーパの団長が誰かと決闘したって……」
なにかそう言う噂を飲み屋の女たちが話していた気がする。
いい年になった今でも、あの男前の団長は女に大人気だ。
「それだよっ! 灰色の髪の美青年を決闘に勝って取り戻したってやつ!」
「……!? まさか……男の愛人がいたのかって噂になってたが……レネなのか?」
後ろを歩くレネ本人に確かめれば済む話なのだが、フォンスは「お前は団長の愛人なのか?」と訊くことができなかった。
ニコニコと無邪気に笑う青年が、とても同性相手の愛人をしているようには見えなかったからだ。
フォンスが躊躇していると、またゾルターンが口を挟んでくる。
「人の噂に惑わされるな。お前たちはちゃんと情報を精査する術を持て」
ということは……レネは団長の愛人ではないわけだ。
それを聞き、フォンスは心のどこかで胸をなでおろしていた。
わからないことはレネではなく、後でヤンに訊いてみよう。
きっとヤンはフォンスの知りたい情報を教えてくれるはずだ。
自分でもいい考えだと思っていたのだが、それは叶うことなく二人と別れてしまう。
アジトから盗賊たちを捕まえて、領主の屋敷に帰り着いた時にはお昼をとうに越えており、本当は当日中にウチェルへ辿り着きたかったレネたちは、渋々もう一泊ここで過ごすことになった。
領主も自分の家の使用人が盗賊の手引きをしていたのを心苦しく思ったのか、アーモスたちを手厚くもてなしたいと引き留めたのも大きい。
盗賊は捕まったとはいえ、時計のことを心配したアーモスは「今度は護衛と一緒の部屋にして下さい」と申し出て、レネたちは領主の住まいの方に行ってしまったため、ゆっくり話す暇もなかった。
お互いの居場所もわかっているし、またそのうちどこかで会うだろう。
いざという時は、リーパに行けばいいのだ。
元々交流がないわけではないし、自分は次期団長なのだ、訪ねて行く口実はいくらでもある。
なかなかいい考えだと、フォンスはゾルターンの言葉の意味を深く考えることもせずに、自分の思いつきににんまりとする。
◆◆◆◆◆
真っ白な雪で覆われた丘陵地帯を、レネたちは東へと歩いていた。
ウチェル一帯は昔から牧畜が盛んで、この地方独特の灰色の被毛の乳牛からしか作れないチーズが特産品となっている。
「夕方にはウチェルに着くかな」
何度も通った道でも、雪道でしかも徒歩だと時間の感覚がわからない。
レネはいつもオレクの牧場へ行く時は馬を使ってだったので、徒歩で向かうのは実はこれが初めてだ。
この前行ったホリスキーなどのクローデン山脈沿いにある街道よりは積雪量が少ないので、冬でも比較的楽に歩くことができる。
だから冬も関係なくオレクたちはしょっちゅう出歩いているわけだが。
(まだ、私邸に居るのかな……)
現在もメストにいるのだが、なにやらダニエラが用事で忙しいようで、オレクは私邸に一人で滞在中だ。
毎朝鍛練に顔を出すと新人の団員たちの指導をし、昼間はルカーシュを供につけて外出したりと、毎日楽しそうに過ごしている。
暫く同じような景色の中を歩いていると、なにかが近付いて来る気配を感じ後ろを振り向く。
「あっ!? 後ろから鷹騎士団が来てる」
青い制服を着た騎馬隊がこちらに向かって進んで来るのが見えた。
二十騎くらいはいるだろうか?
「えらくゆっくりだな……あれ? 間に護送車が見える」
ヤンに言われ目を凝らすと、青い騎馬から前後を挟まれながら灰色の馬車が近付いて来る。
「なんだか物騒だな……」
走行の邪魔にならないように道の端に避けながら、アーモスが空の護送車を物珍しそうに眺めていた。
通常罪人はその領地で裁くので、護送車でわざわざ他所へ運んだりはしない。
昨日捕まえた盗賊たちも、シニシュの領主によって罪が言い渡され処罰される。
領地以外の所へ移動させるということは、よっぽど重い罪の者を運ぶのだろう。
この先はウチェルとオレクの牧場しかないが、一体どこへ向かうのかと首を傾げる。
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