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2章 時計職人を護衛せよ
7 盗賊のアジト
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もみの木の枝に隠れながら、フォンスは華奢な背中を追う。
(ぜんぜん気配を隠せてねえ……)
腕に覚えのある者ならば、盗賊のアジトに向かって行くのに見つからないように気配を消しながら進むのが当たり前だろう。
だがレネは、ほぼ素人同然のように全く気配を消すことなく、新雪の上に残ったトレースを辿り、敵のアジトがあると思われる窪地へと歩いて行く。
「おいっ、誰か来たぞっ!」
見えて来た洞穴の入口にいた見張り役の盗賊が、すぐにレネの姿を見つけ大声で仲間に知らせる。
中からゾロゾロと他の盗賊たちも様子を見に外へと顔を出してきた。
皆、レネに注目するお陰で、後ろで気配を消しているフォンスには誰も気付かない。
「あの……そちらにウチの仲間が一人、捕えられてると思うんですけど、無事ですか?」
「——なんだ、テメェは?」
少し距離を置いたまま立ち止まったレネを、警戒しながら見張りの男が剣を向け威嚇する。
「オレ、一番下っ端で強くもないし役に立たないから、交渉役をして来いって言われたんです」
「なんだよ、自分で言うなよ……でも確かにぜんぜん傭兵には見えねえな……」
レネの顔を見て男が驚いているのが、傍目で見ても確認できる。
確かに、いきなりこんな美青年が盗賊のアジトを訪ねてきたら驚くだろう。
その様子を見ていた他の盗賊たちも、レネの姿を見て拍子抜けした様子だ。
「仲間はちゃんと生きてます? 姿を見て来いって言われたんで」
盗賊たちが顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「会わせてやるぜ、中に入って来い」
(これは……もしかして……)
フォンスは男たちがなにを考えているのか、気付いてしまった。
いや……なんで今まで気付かなかったのだろうか……。
傭兵業を生業とすると、盗賊たちがどうやって稼いでいるかを目の当たりにする。
金品を盗むのはもちろん、中には人身売買に関わっている者たちも少なくない。
人で一番高く売れるのは若くて綺麗な女だ。
だが、若くて美しければ男にもそれなりに需要がある。
フォンスは自分にそんな趣味がないので、今の今まで気付かなかったが、レネはかなりの高値で取引されるに違いない。
そんな青年が、のこのこと自分たちのアジトまでやって来たら、盗賊たちは捕まえて売り払うに違いない。
レネは自分がそんな目で男たちから見られているなんて、わかっているのだろうか?
今回は自分たちが一緒だが、ひょいひょいと軽はずみな行動をしていたらとても危なっかしくて見てられない。
レネがこの提案をした時にも思ったのだが、なぜヤンは無鉄砲な同僚を注意しなかったのか不思議に思う。
自分やゾルターンがいるので、心配する必要ないとでも思ったのだろうか?
フォンスがそんなことを考えている間にも、レネが盗賊たちと一緒にアジトの洞穴の中に入って行く。
急な珍客に見張りの男までもが一緒に中へ入って行ったので、フォンスはモミの木の幹から入口まで走り寄り、中をそっと覗き見る。
夜光石の光で薄っすらと照らされた洞穴の中は、自分たちが現在寝泊まりしている部屋くらいの広さがあり、予想通り十名前後の盗賊たちの姿があった。
そこにレネが両サイドを盗賊たちに挟まれ、奥へと進んで行く。
『おい、お客さんのお出ましだぞ』
高値で売れる商品が自ら飛び込んで来たようなものだ。
盗賊たちがレネの姿を目にして、一斉にどよめく。
『お前っ!? なにしに来たんだよっ!』
後ろ手に拘束されていたヨーも、レネの姿を見るなり仰天して叫び出す。
顔には殴られた跡があるが、叫ぶ元気があるのなら大した怪我ではないのだろう。
フォンスが安堵したのもつかの間、瞬きをする間もなく空気が一変する。
レネが右手で左の腰に差していた剣を抜き、鞭でもしならせるように両サイドを歩いていた盗賊二人を斬り倒し、左手で袖の中に隠し持っていたナイフを投げ、ヨーの隣で身柄を押さえていた男の眉間に命中させた。
それも、その動作を同時に行ったのだ。
「……は?」
フォンスはそんな一瞬の出来事を目視できず、倒れた男たちを確認してなにが起こったかを理解した。
『ヨーっ! 入口まで走って逃げろっ! フォンスっ!!』
面食らう盗賊たちをよそに、レネがこちらまで聞こえる大きな声で叫んだ。
フォンスは名前を呼ばれて、最初にレネが言っていた自分の役割を思い出す。
両腕を拘束されたまま駆けて来るヨーを受け止め、後ろに控えているであろう男の名を叫ぶ。
「ゾルターンっ、盗賊たちが出て来るぞっ!」
背中にヨーを庇ったまま、フォンスも剣を抜き逃げて来る盗賊たちを迎え撃った。
団員の一人が近付いて来ると、拘束されたままのヨーの身柄をフォンスから引きとる。
中にいるレネを助太刀しようと中へと進むが、既に空気は一変していた。
「うわぁぁぁっっ!」
「助けてくれぇぇっっ……」
悲鳴を上げながら盗賊たちが外に逃げ出して来る。
フォンスはその一人のこめかみを剣の柄で殴り倒すが、一人が間をすり抜けて出口へと走って行く。
「どうやら俺たちの出番はないようだな」
後ろからやって来たゾルターンが、フォンスをすり抜けた盗賊に蹴りを入れ気絶させると、中の様子を見ている。
「……あいつは……何者だ……?」
暗い洞穴の中で、夜光石の光が黄緑色の瞳に反射し、不思議な色合いに輝いている。
昨夜の風呂上りの……あのほわほわとした生き物とは、まるで別人だ。
ビシビシと殺気を迸らせ、洞穴内を混乱に陥れているレネに、ゾクリと背筋が凍る。
今まで『強い』とは、男らしく逞しいものだと思っていた。
か細く儚なげなものが、こんなに『強い』とは……。
それに美しさが伴うと、ここまで人の魂を揺さぶるのか。
フォンスはただ圧倒されて……レネの戦う姿を眺めていた。
湧いて来る……この渇望感はなんなのだろうか?
自分の知らない初めての感覚に、フォンスはただ戸惑うばかりだ。
レネの活躍もあり、予想していたよりも短時間で、ヨーを救出して盗賊たちを捕まえることに成功する。
「よし、領主の館へ戻ろう」
生き残ってまだ歩ける盗賊たちを、縄で数珠繋ぎにして雑木林の中を歩かせる。
歩けない者たちはいったん取りに帰った橇に乗せ、ヤンがそれを引き摺って歩く。
「よかった~~アーモスさんも喜ぶだろうな!」
レネは上機嫌でヤンの横を歩く。
盗まれた時計が盗賊のアジトの中から見つかりホッと一安心したのか、剣を鞘に戻してからは、今までののほほんとしたレネに戻っていた。
「ああ……俺たちまでお咎め受けたらどうしようって内心ビクビクしてたところだ」
ヤンは横にいるレネを見下ろし上機嫌にニコニコ笑うと、レネもヤンを見上げてニッコリと笑った。
(——あっ……)
また胸がキュンキュンと締め付けられる発作が起こり、フォンスは胸を押さえ戸惑った。
「どうしたんだ? 怪我でもしたのか?」
隣でヨーが心配そうに胸を押さえたフォンスの顔を覗き込む。
「いや……大丈夫だ。お前こそ他に怪我はないのか?」
ヨーの顔は、青痣ができ痛々しく腫れあがっていた。
「まあ顔と腹に何発か食らったけど大したことない。それよりあいつ吃驚したぜ……まさかあんなに強いなんてな。相手も油断してたから見事にやられたよな」
「……ああ」
返事をしながらも心の中では、あの時に生じた渇望感がまだフォンスの中に渦巻いていた。
レネが欲しい。
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