菩提樹の猫

無一物

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2章 時計職人を護衛せよ

3 内心ハラハラ

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 広いのだが全体的に簡素な造りの食堂の中に入ると、中央に据えられたテーブルの上には木の食器とカトラリーが置かれていた。

 ヤンは仕事で領主の屋敷に泊まったことがこれまで何度かあるが、だいたいどこも似たような感じだ。

 国内の市場を活性化するためには、人の流れを活発にさせる必要があるという名目の下、領主たちは一晩の宿に困った旅人たちへ、無料で宿泊の場所を提供する義務を課されている。
 だが、そのために多くの費用を割きたくはないのだろう、どこも最低限のもてなししかしない。
 大きな街道沿いにある村や町ほど、わざわざ呼び込まなくとも人はやって来るので、旅人への対応も素っ気ない。
 旅人たちも旅の目的なども申告しなければいけない面倒な手続きもあるので、よっぽど金に困ってない限りは金を払ってでも宿屋を利用する。
 

 食事はパンとスープにソーセージという質素なものだったが、スープとパンのおかわりは自由だ。

「おい、レネだっけ?」

「……ふ?」

 食堂で向かいの席に座ったフォンスがレネに声をかけてくる。
 切れ味の悪い木のナイフで細かくソーセージを切ることに躍起になっていたレネは、妙な声で返事をしてしまったようだ。
 以前はソーセージなど丸かじりしてたくせに、近ごろ食べ方が変わった。

「リーパは団長の私邸にも団員たちが住んでいるって聞いたけど本当なのか? 前にリーパから来た団員が言っていたんだが」

 レネが「なんでそんなこといちいち訊くんだよ?」という顔をして、向かいに座るフォンスに目を向ける。

「オレもヤンも私邸に住んでるけど?」

 質問に答えながらも、レネは輪切りにしたソーセージを口に放り込むことも忘れない。

「へえ、本当なのか」

「他にも本部の近くに団員たちが安く入れる下宿もあるよ」

(いきなりタメ口かよ……)

 一緒に仕事をしていると、感情を隠すことが下手なレネがなに考えているかくらいはわかるようになってくる。
 初対面で明らかに年上の人物だというのにタメ口で話す時は、親しみを持てると確信している時か、敬意を抱く必要のない相手だと思っている時だ。

 フォンスに対してはどっちだ?

 ヤンはレネの言葉遣いにハラハラしながら、この会話の行方を見守る。
 
「個室なのか?」

「まあね。寝るとこ以外は共同だけど」

「なんだ……そこはウチと変わんないんだな。飯は旨い?」

 フォンスの隣に座るヨーが話に加わって来た。
 レネが物怖じしない性格だとわかってきたせいか、ヨーの態度も砕けたものになってきている。

「食堂は近所のおばちゃんたちが通って来てるから、家庭料理っぽいのが多いかな……もちろん、ここのより美味しいよ。なあ?」

「ま、まあな」

 同意を求める様にレネは顎を上げ、上目づかいで背の高いヤンと視線を合わせる。

 身体が大きいと自分より小さな人物が隠れてしまうので、いつもヤンは人の盾になるとき以外は邪魔にならないように常に人の後ろへ立つ。
 そのせいだろうか、レネはすぐ横にヤンが居ても後ろを見上げるように顎を上げる。

 本人に言ったら怒ると思うが、まるで飼い主の足元に頭を擦り付けながら顎を反らす猫のようで可愛らしい。
 相手がレネだとわかっていながらも、ヤンは毎回胸がキュンと締め付けられる。
 
 免疫があるはずの自分でもこうなのだ。
 フォンスはレネの向かいでまり、周囲からも咳払いや咽る音が聞こえる。
 元々炭鉱夫の集まりだった無骨な傭兵団に、そんな萌えなど存在するはずもなく、先ほどから我関せずと無表情で食事をとるゾルターン以外はどう反応していいか戸惑っているようだ。

「食堂ならウチも負けてないぞ。なんたってプロの料理人が料理を作ってるからな」

 暫く惚けていたが、気を取り直したフォンスが、自分の傭兵団の食堂を自慢する。

「ふ~~ん」

 別に会話を広げてフォンスと交流を図りたいなどとは思ってもいないレネが、興味のなさそうな相槌をうつ。
 猫はいつでも自分の心に正直だ。

「ヤンは両方食べてるだろ。どっちがうまいと思う?」

 空気を読み、もっと会話を盛り上げようとヨーが横からヤンに話を振って来る。

「う~~ん……どっちもうまいから難しいですね……」

 ホルニークの食事はそこそこ旨いのだが、レパートリーが少ない。
 逆にリーパの食事はレパートリーが多い分、当たり外れの揺れ幅が大きい。

「夏にトマト料理ばっかり続くのはウンザリするな」

 レネがいうように、毎日トマト尽くしになる。
 最盛期には食堂の各テーブルの上に「勝手に食え」とばかりに生のトマトが盛ってあるほどだ。

「仕方ないだろ、馬丁のおっちゃんが放牧ついでに野菜作るのが趣味なんだから」

 リーパの馬丁は非番の馬を河原で放している間、空き地の端で野菜作りに精を出している。
 特にトマトは土壌が合うらしく、毎年豊作だ。
 経費の節約にもなるので、食堂のおばちゃんたちも文句を言うどころか、収穫の手伝いに行っている。
 これまでヤンも非番の時に駆り出されたことが何度かあった。

「お前らんとこ、暢気だな」

 ヨーが少し馬鹿にしたように鼻で笑う。

「でもウチも似たようなもんだよな。獣退治の仕事の後は、獣肉ばっかりだもんな」

 今度はフォンスが自嘲気味に苦笑いする。

「お前が熊を仕留めた時は、いつも熊肉ばっかり食ったよな……」

 ヨーがいうように身体の大きなヤンは熊狩りが得意で、メスト近隣の村で熊が出るたびに呼び出されていたので、結構な頻度で熊肉を食べていた気がする。
 そして団長室には熊の毛皮が飾ってあったような。

 あの毛皮は今でもあるのだろうか……そんなことをふと思う。

「団長はお元気ですか?」

 つい気になり孫のフォンスに尋ねてみた。

「……まあな。でも最近はしょっちゅう腰が痛いって言ってるな」

「そうですか……」

 ホルニークの団長はリーパの先代よりも年上だ。
 白い顎髭を伸ばした、いかにも炭鉱夫らしい大柄な老人の姿を思い出す。

「そういや、リーパの先代がちょくちょく男装の麗人と一緒に団長室へ茶飲みに来てるけど、まだ馬に乗ってるし元気だよな」

「ダニエラも一緒なのか」

 レネが偶に先代が連れている男装の麗人の名を口にすると、今まで興味を示さなかったゾルターンがピクリと一瞬だけ反応する。
 ゾルターンはホルニーク傭兵団の中でも一番の腕を誇り、決闘の代闘士として貴族たちから指名の絶えない男だ。
 無口で冷淡な性格はヤンにとっては不気味な存在でしかなかった。
 同じ無口でもゼラとはなにかが違う。

「なんだよあのヒトの名前知ってんのか?」

 ヨーがレネに問いかける。
 たぶん男装の麗人のことが気になって仕方ないのだ。

「そりゃあ、オレクの——いてっ!?」

 先代のことを名前で呼び捨てる団員など、レネ以外にいない。これ以上喋らせたら、レネがどういう身の上なのかがフォンスたちにバレてしまうと判断し、ヤンは無言の実力行使にでた。

「なんだよっ!」

 足を蹴られたレネは涙目でヤンを睨む。

(わかれよ、バカ猫!!)

 先ほどから、全く意思疎通ができていない。

 たった一晩だけの我慢なのに先が思いやられる……。
 これから食事が終わった後は、皆一緒に風呂へ入らなければいけないというのに、どうすればいいのだろうか。
 金鉱山でひとり神経質になっていたバルトロメイの心境が、今になってわかってきた。



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