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2章 時計職人を護衛せよ
2 古巣
しおりを挟むそう……ヤンは元ホルニークの傭兵だ。
父親が団員だったということもあり、そのまま息子のヤンも入団したのだが、獣退治ばかりさせられる現実に嫌気がさしてリーパに鞍替えしたと、レネは以前ヤン本人から聞いていた。
「フォンスも憶えてるだろ?」
茶髪にヘーゼルの瞳の傭兵にしては小柄な男が、隣に居る金髪の男を肘で小突く。
「ああ。熊を素手で倒す奴なんて後にも先にもいないからな。噂じゃあリーパ護衛団に入団したって聞いたけど?」
今回はレネもヤンもリーパ護衛団のサーコートは着ていないので、服装ではリーパの団員だとは判断できない。
「はい、今はリーパ護衛団の団員です。ここへも仕事でやって来ました」
フォンスともう一人の小柄な男も、年の頃は二十代半ばでヤンの少し上くらいに見えるが、わざわざヤンが敬語を使うということは、重要な人物なのかもしれないとレネは判断する。
「それよりもヤン、お前の後ろにいる連れを紹介しろよ」
フォンスと呼ばれた男がレネへ言及すると、今までヤンばかりに目がいっていた他の男たちの視線が一斉にレネへと向けられる。
そのなかに異質なものを感じとり顔を向けると、金色の双眸と視線がぶつかった。
(……あの男)
只者ではない気配にレネは思わず固まるが、その黒髪に金色の瞳の男は無表情のまま動じる様子もない。
「こいつは同僚のレネ。レネ、俺が元ホルニークだって知ってるだろ?」
「……うん」
ヤンの顔を見上げ返事をする。
「護衛対象かと思ったら同僚かよ……」
ヤンがレネを紹介すると、フォンスが意外な顔をする。
「今の人がフォンスさん。その隣がヨー。後ろの黒髪の人がゾルターン。あと四人は知らん」
(金髪で少し偉そうなのがフォンス、小柄な男がヨー、黒髪の只者じゃないのがゾルターン)
レネはヤンが紹介した三人の名前を頭の中に叩き込む。
「リーパには猫が一匹混じってるって聞いたことあるけど……もしかしてそいつが『猫』か?」
ヨーが大発見でもしたかのようにヤンに確認する。
「…………」
「やっぱりそうなのか!」
ヤンはなにも答えないが、レネと同じで全て顔にだしてしまうタイプなので了承と受け取られてしまったようだ。
「確かに猫だ」
「目も黄緑だしな」
「実物を見るまで意味がわからんかったが、なるほど……猫ちゃんだ」
他の男たちも勝手に納得している。
(なんでホルニークまでそんな話が伝わってんだよ……)
現場で、ホルニークと顔を合わせることは稀にある。
レネも黒いサーコートの男たちを見かけたことが何度かあるのでその時だろうか?
「宿屋が閉まってるからここに泊まれって言われたのか?」
「はい。依頼人だけ領主の住まいの方に行ってます」
フォンスから問われ、ヤンは素直に頷く。
その姿はまるで上司と部下のようだ。
もしかしたら、以前はそういう関係性だったのかもしれない。
「でもここ、ベッドが八つしかないぞ」
肩をすくめてフォンスが笑う。
「え……」
ホルニークの団員たちは全員で七人なので、レネとヤンを合わせたら九人になり一つ足りない計算になる。
タダで泊めてもらっている身だが、レネは思わず落胆の声が出る。
「俺たちは領主の依頼でここに来ている。宿屋がなくて仕方なく来たお前たちとは事情が違うから、お前たちが残りの一つを使えよ」
ヨーが正論を述べる。
「は? こんな狭いとこヤンとオレが納まるわけねーだろ」
部屋に置いてあるベッドを見ても、自分の部屋で使っている物の半分以下の大きさだ。
そんな狭いベッドにヤンと二人で眠るには相当くっついて眠る必要がある。
「俺は床でいいから、お前が寝台を使えばいいだろ」
納得いかないレネを鎮めるようにヤンが譲歩した。
しかしレネにとってはそういう問題ではない。
「それじゃあ、ヤンが眠れないだろ?——わっ!?」
いきなりヤンに首根っこを掴まれ、片手でヒョイと持ち上げられたので、レネは驚く。
ヤンの目線の高さまで持ち上げられると、強制的に顔を見合わせる形をとらされた。
「——レネ、今は黙ってろ」
いつも気の優しいヤンが、真剣な顔をしている。
「うっ……」
実力行使をされたら黙るしかない。
レネは仕方なく口を閉じると、ヤンが溜息と共にレネを床に下ろす。
「おい、まるっきり猫じゃねえか」
「首根っこ掴まれると大人しくなるとこまで同じだな」
ホルニークの傭兵たちが馬鹿にするように笑う。
(なんだよ……ヤンの奴……)
ヤンのらしくない行動に怪訝な顔をするが、ホルニークの傭兵たちと揉めごとを起こすのも良くないので、とりあえず大人しく引き下がることにした。
◆◆◆◆◆
(まいった……)
まさかフォンスたちと出くわすとは思ってもいなかった。
それもレネと二人の時に……。
一晩だけといえ、色々と面倒くさいことになってきた。
レネを一つだけ空いている寝台に座らせ、ヤンは野宿用に持って来ていた敷物を床に敷いて座った。
黄緑色の猫の目に見下ろされる。
普段はなかなかこのアングルにはならないので新鮮だ。
天井の照明に照らされて、灰色の長い睫毛が白く輝いている。
やっぱり猫だ。
「そういや、お前たちは使用人からここについて聞いてるか?」
「いえ」
フォンスから言われ思い出したが、わからないことは先客から訊けといわれていた。
「食堂は一番手前の部屋で、準備ができたら使用人から声がかかる。風呂はこの部屋の隣だが、食事の後にすぐ入らないとお湯が出なくなる」
会話に割り込んできたヨーが一通り説明をする。
この二人は昔からこんな感じだ。
ヤンがいた頃から団員たちの間で、ヨーはフォンスの太鼓持ちといわれている。
フォンスは現団長の孫にあたり、若くして任務中に亡くなった父親の代わりに次期団長として育てられてきた。
祖父に当たる現団長も高齢なので近いうちに代替わりするだろう。
次期団長として育てられてきたフォンスは体面を気にして、自分を器の大きな人間に見せようとするきらいがある。
もう一つの傭兵団であるリーパ護衛団の団員と一緒になり、ライバル意識が湧いているはずだ。
鉢合わせしたリーパ護衛団の二人が、下っ端だった元ホルニークの団員と、そしてもう一人は人目を引く『猫』ときた。
フォンスのような相手には、できるだけ目立たないようにするのが一番だ。
団同士の諍いは避けた方がいい。
それにレネが次期団長だと知ったら、フォンスはどうでて来るだろうか?
あの男のことだ、リーパよりホルニークの方が上だと、レネになんらかの形でマウントをとってくるはずだ。
困ったことに、レネとヤンは腹芸が苦手だ。
二人とも顔にすぐでてしまうし、レネはさっきみたいに余計な一言が多い。
腹芸が得意なボリスやロランドあたりがいてくれたら心強いのだが、今は二人っきり。
なんとか問題を起こさずに乗り切らなければいけない。
本当はレネにそのことをしっかりと言い聞かせたかったが、皆がいる部屋の中では無理だ。
二人で一度部屋を出た方がいいかもしれない。
「レネ、俺たちも他の所を確認してこよう」
「え? 風呂は隣だし、飯はここの人が呼びに来るんだろ? 別に場所なんか確認する必要ないじゃん」
ヤンの心配をよそに、能天気な答えが返って来る。
「なんで?」と首を傾げながら無邪気に上から見下ろされると、無性に腹が立つ。
さっき、首根っこを掴んで言い聞かせたつもりだが、ヤンの心配などぜんぜん伝わっていないようだ。
フォンスが次期団長だという情報だけでも共有しておきたいのだが、レネに断られたばかりだし、部屋を出て行く口実を他に思いつかない。
ヤンは、こんな時に知恵の働かない自分がもどかしかった。
そうして一人でやきもきしている間に、使用人が食事の準備ができたと呼びに来た。
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