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2章 時計職人を護衛せよ
1 宿屋が……
しおりを挟むいつものごとく、バルナバーシュはルカーシュと二人、リーパ護衛団本部の応接室で来客を迎え、話を聞いていた。
「急遽ウチェルの領主様に注文の品を届けることになったので、そこまで護衛をお願いしたくて。去年からシニシュとウチェルの間で盗難が多発していると聞いて、気が気ではないのです」
「確かにあの区間はあまり良い噂は聞きませんね。命をとられることはないが高価な商品を運ぶ商人が狙われていると聞きます」
その先に牧場を構えるオレクからも盗難事件の話は聞いている。他にも情報源は色々あるが、商人が集中的に狙われているようだ。
「……ええ。ですから用心に越したことはないと思いました」
「なるほど、わかりました。予算に応じてこちらで護衛を用意しましょう。ルカーシュ料金の説明を頼む」
依頼人で時計職人のアーモスは、ドロステアでも指折りの時計工房で働く職人だ。
携帯時計の発達で人々は移動中でも正確な時間を知ることができるようになった。
掌に納まる丸い形から王侯貴族の間では『金の卵時計』という名で親しまれている。
だがその値段はとても高価で、高い物では二頭引の馬車の値段に相当するといわれている。
本来ならばそんな商品を職人が届けたりはしないのだが、領主はなにやら忙しくて領地を離れることができず、ついでに他の時計の修理も頼みたいというので、アーモスが商品を届けることとなった。
「ご予算がそれくらいでしたら精鋭の護衛を二人つけられます。今でしたらこちらのヤンとレネが空いております」
バルナバーシュからバトンを受け取ったルカーシュは、慣れた様子で団員たちそれぞれのプロフィールが乗った冊子を見せ言葉を続ける。
「ヤンは戦斧が得意で野外なら一人で多くの敵を相手にできます。大柄で威圧感があり変な輩に絡まれることはまずないでしょう。いざとなればお客様の盾にもなれます。もう一人のレネは片手剣とナイフを得意としており、室内での接近戦にも対処できます。彼は気配に敏いので矢での攻撃にもすぐに対応するでしょう」
生命を脅かすような被害は今の所はでていないし、予算的に大人数はかけられないので少数精鋭でいく作戦だ。
威圧感のあり野外で多人数を一度に相手できるヤンと、室内での接近戦にも強く一見護衛には見えないレネの組み合わせは悪くないかもしれない。
バルナバーシュもルカーシュの人選に思わず頷いた。
◆◆◆◆◆
「あれ? 看板も出てないし、扉も閉まってる」
レネは雪が舞い散る中、宿屋の扉に手を掛けるが扉はびくともしない。
「は? 前に来た時はちゃんと開いてたぞ? おいおい……シニシュには一軒しか宿屋はねえんだぞ……」
後ろで見ていたヤンが想定外の出来事に眉を顰める。
「隣の店に訊いてみるか」
厳つい熊男よりも自分の方が警戒されないので、レネは隣の日用品店へと入る。
細々とした日用品が並べられた店内は、両親が営んでいた店を思い出させ、少し切ない気分になる。
「あの、隣の宿屋は営業してないんですか?」
レネは気を取り直して、奥に座る小柄な中年の男に話しかける。
「それがなぁ、宿屋の主人が年末に亡くなって以来営業してねえんだよ。春には甥っ子がこっちにやって来て営業再開するみてえなこと言ってたっけな? 旅人はあそこにある領主様の屋敷に行けば泊めてくれるから行ってみろ」
店の男が気の毒そうに話す。
「アーモスさんどうします?」
レネは後ろを振り返って尋ねると、今回の護衛対象の男は困った顔をして苦笑いする。
「仕方ないねぇ……領主様の所にお世話になるしかないだろうね……」
夏だったら野宿もありだが、こんな雪の降る真冬の寒さの中では凍死してしまう。
もう選択肢はそれしかない。
ドロステア王国は貴族がそれぞれの領地を治めているが、周辺の村々は領主が村の代表である村長に管理させている。
宿屋のない小さな村などでは、村長が旅人を家に泊めることは珍しくない。
領主が直接治めるシルシュの町は、交通の便のよい所にあり、本来なら旅人を受け入れる宿屋があるのだが、間の悪い時に来てしまった。
領主の屋敷に行けば、間違いなく素性と旅の目的を訊かれる。
疚しいことはなに一つないのだが、宿屋では行わない手続きを踏むのはいちいち面倒くさい。
「——ほう……メストの時計職人なのか、だったらついでにうちの動かない時計を見てもらおうか」
領主の屋敷に着くと、すぐに奥へと通された。
使用人と話すだけで済むと思っていたが、領主本人と面会することになった。
護衛で付いてきたレネとヤンは武器を携帯しているため、領主が居る部屋の入口で足止めされているが、扉が開いたままなので会話がそのまま聞こえてくる。
「その場で修理できる物だったら喜んで」
一晩の宿を提供してもらうのだ、アーモスとしてもそのくらいはお安い御用だろう。
(オレたちはどうなるんだ?)
まだ領主はレネたちが一緒だと知らない。
「それと……護衛の二人も一緒なのですが」
おずおずとアーモスが領主に申し出る。
「護衛をつけるほど高価な物をウチェルまで届けるのか。時計は住まいの方にあるからお前はそちらに部屋を用意しよう。護衛たちはこの建物で他の者たちと相部屋になるが、傭兵同士だからきっと気が合うだろう」
どうやらアーモスだけが領主の住まいである奥の建物に泊まるようだ。
(それになんだ? 傭兵同士って?)
レネは領主の口から気になる言葉が飛び出し首を傾げていると、どうやら隣のヤンも眉を顰めて考え込んでいる。
「それぞれの部屋に案内してやってくれ」
領主がそう告げると、アーモスは使用人と一緒にレネたちの所に戻って来た。
「お前たち護衛はここの一階に旅人を泊める部屋がある」
仏頂面をした使用人が、階段を下りながら一階の奥にある部屋へとレネたちを案内する。
別の所に泊まるアーモスもとりあえず一緒についてきた。
「ここだ。先客が居るからわからないことはそいつらに訊いてくれ」
いちいち説明するのも面倒なのだろう、使用人が廊下の突き当りにある扉を指さす。
先客とは先ほどいっていた傭兵のことだろうか?
「領主様のお屋敷だから大丈夫だとは思うけど、なにかあったら呼んで下さいね」
レネは先を急ぐ使用人の後ろを頼りなさげについて行くアーモスへ声をかける。
「ああ。大丈夫だ」
口ではそう言いながらも、アーモスはなんだか不安そうだ。
まさか部屋が別々になるとは思っていなかったが、領主の住まいにできるだけ余所者を上げたくないのも頷けるので、レネたちは護衛対象をただ見送ることしかできない。
「さて、俺たちも部屋に入るか……」
ヤンがなんだか暗い顔でレネを見下ろす。
「さっき傭兵同士って言ってたけど……」
レネは気になっていたことを口にする。
「ああ……嫌な予感しかしない」
ますますヤンの顔に影が差す。
扉を開けると、交差した二つのツルハシのエンブレムのある黒いサーコートを着た七人の男たちが部屋で寛いでいた。
(やっぱり……)
メストには、リーパ護衛団のような成り立ちをした傭兵団がもう一つある。
ホルニーク傭兵団だ。
先の大戦で炭鉱が閉鎖され、失業した炭鉱夫たちが傭兵として参戦し大きな活躍を見せる。その戦功を労い、先王がメストの端に土地を与え、正式な傭兵団の設立を後押しした。
これもリーパ護衛団と同じで表向きは美談だが、失業した炭鉱夫たちの武力集団を王都に留め置き、反乱分子とならないよう監視しながらも国のために働かせるための措置だった。
因みにホルニーク傭兵団は、特定勢力の私兵となることを王国が禁止している。
傭兵団と貴族や豪商との間に癒着ができてしまえば、国を脅かす存在になる可能性があるからだ。
それはリーパ護衛団も同じだ。
顧客とはその都度契約を結び直し、一定の人物に専属で護衛につくことはない。
メストに居を構える同じ傭兵団ながらも、ホルニークとリーパはちゃんと棲み分けができている。
ホルニーク傭兵団は、決闘の代理、人命救助、そればかりではなく行方不明者の捜索や窃盗犯の捕縛や獣退治まで、治安維持部隊の『赤い奴等』や警察騎士である鷹騎士団の手が及ばない面倒ごとを解決した。
そのことから市民たちからは『何でも屋』といわれている。
リーパ護衛団と違い依頼内容が多岐にわたり、広範囲だと収拾がつかなくなるので、メスト近郊でしか活動していない。
「——あれ……? お前ヤンじゃねえか。なんでこんな所にいるんだ?」
ホルニークの団員たちの視線が一斉にヤンへと向けられる。
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