菩提樹の猫

無一物

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1章 君に剣を捧ぐ

番外編 オラつく猫様 1

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 バルトロメイは明日非番の団員たちと歓楽街へ飲みに来ていた。
 今から行く店はベドジフの行きつけらしく、宿屋通りにある比較的大きな店のようだ。

「割り勘はなしだぞ。どうせオレだけ飲めねえから損するし……」
 
 普段はアルコールを飲まないのだが、珍しくレネも一緒だ。
 
「わかってるって」
 
 ベドジフが店の支払いについて必死に訴えるレネを適当にいなす。

「ロランドも来るって言ってなかったか?」
 
 ヤンがカレルに尋ねる。

「ああ、あいつの家から歓楽街ここ近いだろ? 滅多に一緒になることないし、店の名前は教えてたからもう着いてるんじゃね?」
 
 性格のきついロランドとなぜか馬の合うカレルが、誘ったらしい。
 バルトロメイは、あまり得意なタイプではない。

「お~~先に来てたか」
 
 カレルがアッシュブロンドの優男を見つけて手を振る。
 店に着くと、ロランドが先に着いて席を取っていた。
 意外と気の利く奴だ。

「ここは売春宿か?」
 
 店の中に入るとゼラが、ぼそりとボリスに呟いていた。
 
「普通の居酒屋だと聞いてたが……」
 
 ボリスも周りを見回して、驚いている様子だ。

 それもそうだろう、ここの店員たちはみな露出の多い服を着た若い女たちばかりだ。
 ベドジフの趣味がモロ出ていて、バルトロメイも思わず眉を顰める。

 ふとレネを見ると、まるで敵地にでも来たかのように警戒している。
 以前ペニーゼの居酒屋で女たちに囲まれた時と同じように、ボリスに姉以外の女が近付かないように見張るつもりなのだろうか?

 席に案内する女のはち切れんばかりの尻に、ヤンの視線は釘付けになっている。
 
「すげえな」
「いいだろ? この店」
 
 得意げにベドジフがヤンの背中を叩いた。

 大きな机を囲むように八人で思い思いの席に着く。
 バルトロメイはもちろんレネの隣だ。
 
 レネに剣を捧げてからというもの、仕事で別々になる以外はできるだけ行動を共にしている。
 退団扱いは結局一日だけで、出戻りという形でバルトロメイはリーパに戻って来た。

 注文した料理が来たところで、レネの正面に座っていたカレルが、待ちきれずレネに話しかける。
 
「なあ、俺たちがいない間に、お前らなにがあったんだよ説明しろよ」

 決闘の時も、翌日の剣を捧げた時にもボリス以外ここにいるメンバーは全員仕事で出ており、リーパ本部にはいなかった。

「コイツがな———」
 
「……おわっ!?」
 
 バルトロメイはいきなりレネからヘッドロックを咬まされ、グイっと脇の下に首を挟まれる。
 なにが始まるのかと周りも目を瞠る。

「オレのことずっとエロい目で見てたみたいなんだよ」
 
 まるで罪人でも見る様に黄緑色の瞳で見下ろされる。

(そこから説明するのか……)
 
 レネの尊厳にも関わることなのでここは話さないだろうと思っていたが。
 ジーっと六対の瞳がバルトロメイに向けられ、まるで針の筵状態だ。
 
「知ってた」
「やっぱお前気付いてなかったのか」
「鈍いよな」
「周りは気付いてたよな」

 団員たちは呆れた目でバルトロメイを見るも、さして驚いた様子ではない。
 しかし一人だけ様子の違う男がいた。
 
「糞野郎が……」

「……ボリス」
 
 ゼラが、普段は穏やかな癒し手の暴言を窘める。
 レネの保護者を気取っている男は、まだ怒りが収まっていないようだ。


「なんだよっ、知ってたなら言ってくれよ! オレぜんぜん知らなかったから、こいつが退団するって言った時に止めたら襲われたんだぞ!!」

「で、ヤられたのか?」
 
 ロランドが片肘で頬杖を突きながら、つまらなそうに先を促す。

「たぶん……あれはヤられてないと思う……でも……あんまりムカついたからブチ切れてこいつが退団した直後に決闘を申し込んだんだ」

 激情に駆られたあの時のレネは、今思い出すだけでも鳥肌が立つくらい気高く美しかったのに、本人の語彙力ない口から語られると、なんだか子供の決闘ごっこのようにしか聞こえない。

 あれは神聖な記憶としてバルトロメイの中に刻まれているのに……とても残念だ。


「で、猫が勝ったのか」
 
 ヤンがレネの話す前にさっさと決闘の結果を言ってしまう。

「———なんだよっ、言うんじゃねーよっ! そこが一番大事な所だろ?」
 
 話を取られて、レネがヤンを睨んだ。

 バルトロメイとしても、ただレネに負けたとは思われたくないので補足をする。
 
「俺はこの時まで、こいつが二刀流だとは全く知らなかった。二刀流なんて滅多にいないからな、戦ったのも初めてだったんだ」

「なんだよ言い訳しやがって」
 
 酒を飲みながらロランドがムカつくことを言う。

(だからコイツは好きじゃねえんだよ……)
 
 発言に容赦がない。

「でもよ、副団長が鍛練の時に二刀流だってのは見てたけど、俺たちも猫ちゃんがそうだってこと知らなかったぜ?」
 
 カレルがロランドの横でつまみのサラミを齧りながら話に乗ってきた。

「鍛練の時もいつも一本だっただろ?」
「いつ練習してたんだよ?」
 
 ヤンとベドジフの問いは、誰もが疑問に思っていることだ。

「今まで副団長の許可が下りなかったんだよ。それまでは、ずっと副団長相手に誰もいない所で練習してた」

「あの人、謎が多いよな」
「二人でどんな練習してんのか想像つかねえな」
「お堅いしな……うちの師匠より面倒くさそうだな……」

 ヤンとベドジフ、そしてカレルの三人は、この発言から推測するに副団長の素顔を知らない。
 だが素顔を知ってしまったバルトロメイでも、日頃二人がどんな鍛練を積んているのか想像がつかない。


「そんなこと、どうでもいいんだよ。俺が知りたいのはその後だって」
 
 ロランドが行儀悪く、フォークでジョッキを叩いて先を促す。
 
(クソ……)
 
 この男は一番嫌な所を抉ってくる。

「バートお前、猫ちゃんにお持ち帰りされたんだって?」
「猫が肩に担いで持って帰ったと聞いた時にはぶったまげたそ」
「お前ら、けっこう体重差あるだろ?」


「『剣には剣を』って諺があるだろ? 自分は中途半端にヤリ逃げしといてオレに『覚悟がない』って言ったんだぜ? この馬鹿にわからせてやらねーとって思ってな、気絶したままのこいつを肩に担いで部屋に帰ったんだよ。———今でもなんであの時あんな力が出たのか自分でもわかんねえ」
 
 バルトロメイを小脇に抱えながら、レネは獲物を咥えた猫の様に得意満面の顔をする。
『この馬鹿』呼ばわりされているし、バルトロメイにとっては屈辱以外のなに物でもないのだが——

 薄っすらと付いた大胸筋に顔を押し付けられ、レネの心音がトクトクと伝わって来る。
(あっ……もしかして乳首はここかな?)なんて頬に当たるしこりを感じながら、この状況を喜んでいるもう一人の自分がいる。

 下半身は素直だ。


「前置きがなげーよ。熊を素手で倒したって自慢するおっさんみたいになってるぞ」
 
 なかなか核心まで辿り着かないレネの語りに、ロランドが焦れている。

「そうだよ、その後だよ」
「やったのか?」
「どっちがどうなったんだよ」


「……まんざらでもない顔しやがって!」
「ボリス、ラッパ飲みは止めとけ」


 男たちだけで盛り上がる異様な一画に、他の客や店の女たちも少し遠巻きにして状況を眺めている。

「勿体ぶるなよ」
「ほら、早く言えって」
 
 なかなかその先を言わないレネに対し、団員たちからヤジが飛ぶ。


「———オレがこいつをオンナにしてやった」


 シン……と一瞬の沈黙の後、大爆笑が巻き起こる。

「ぎゃはははははっ!!」
「男前っ!!」
「濡れた……」
「目が合っただけで妊娠しちゃうっ!!」

「…………」
「泣くな……」
 
 ゼラが、俯くボリスの肩に手を置く。


 状況について行けず、バルトロメイは完全に脱力していた。
 周囲からは完全に笑いものにされているが、深刻に捉えられるよりもマシなような気もする。

 なによりもレネの口から『女にしてやった』なんて斜め上の台詞が飛んできて、爪の出ていない猫の肉球で思いっきり顔を殴られたみたいだ。

 要するに、バルトロメイは戸惑っていた。


「こいつを抱いた感想は?」
 
 ロランドは畳みかけるように残酷な質問をする。

「もういいかな……オレはただ仕返しがしたかっただけだし」

 バルトロメイとしては少し複雑な心境だ。
 本来なら自分が抱く側だしホッとした半面、レネから「そこに愛情なんてない」と言われているようであり悔しくもある。

「やっぱ女がいいよな」
「そらそうだよな」
 
 レネの感想にヤンとベドジフが頷く。


「———オレはこいつの身体に自分の印を刻み付けたかっただけなんだ……」


 ふう……と溜息を吐きながら少し物憂げな表情で語るレネの姿は、まるでジゴロのようだ。
 
「かっけえな、おい!」
「猫さん抱いてぇ~」
「ソーセージの時といい、猫語録が捗るな」

 他の団員たちは笑いを必死に堪えながら、もっと面白いことを言わないかとレネを煽てている。


「よし、猫、一人前の男になった記念に今日は俺たちの驕りだ! じゃんじゃん飲めっ!!」
 
 そう言うと、ベドジフが全く飲んでいなかったレネの酒を注文した。

「えっ……すぐ酔っぱらうって」
 
「いいじゃねえか、明日休みなんだから」
「そーだぜ、一人林檎ジュースなんか飲みやがって、お前は付き合い悪いんだよ」

 
「は~い、ご注文のビール八杯ですね~~」
 
 ベドジフとヤンが巨乳の店員が持って来たビールを受け取り、それぞれに配る。
 レネの前にもどんと大きなジョッキが置かれた。

「じゃあ、せっかくだから乾杯するか!」
 
 カレルもノリノリだが、いったいなにに乾杯するのだ…… 

「レネの素人童貞の卒業に———」

「なんだよ素人童貞って」
 
 レネが不満げにベドジフを睨んで乾杯を中断させる。

「いやあ、あの未亡人は絶対筆おろしの玄人プロだったよな」
 
「確かにアレは素人じゃねえ」
 
 現場にいたカレルとヤンも頷き合い同意しているが、果たしてその言葉の使い方は正しいのだろうか?

「……そんなの祝ってもらってもぜんぜん嬉しくねえよ……」

 ぼそりとレネが呟やくと、ジッとその様子を窺っていたゼラが、急にジョッキを持ち上げて大声を上げた。


「新しい主従の誕生に———乾杯!」
 

 はじめはゼラの大声に、皆ぽかんとしていたが、それに倣い全員でジョッキを合わせ笑顔で乾杯をする。

(……ゼラ……)

 普段は無口だが、こういう時に仲間の気持ちを慮って行動するゼラの優しさが、バルトロメイの身に沁みる。
 二人での仕事の時も、なにかとアドバイスをくれる思いやりのある男だ。


(そうだ……俺はレネの騎士になったのだ……)
 
 今更ながら実感が湧いて来る。



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