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1章 君に剣を捧ぐ
20 全てを懸けて
しおりを挟む◆◆◆◆◆
チェスタから険悪な空気の中、メストまで帰って来た。
バーラはレネに退団の旨を伝えてギクシャクした雰囲気になっているのだと誤解してくれていたので、なんとかバレずに助かった。
レネが自分と結ばれることはない。
だからこれでよかったのだ。
これからは同性相手にももっと警戒心を持つだろう。
バーラは女にしては背も高く、胸や腰も主張していない。
地味だが顔立ちも整っている。
女としての主張がない分、バルトロメイの守備範囲内で収まっている。
どうやらレネのことは目の敵にしてライバル視しているようだが、芯はしっかりしていて媚び諂う様な子ではない。
人生に関わることなので、お互いにゆっくりと関係を深めていけば、祖父の望むようないい家庭が築けるのではないか?
手袋を投げつけられるまでは、そう暢気に考えていた。
結局レネは友情以上の深い関係にはなれなかった。
『行くな』と口では言いながらも、バルトロメイの一番になる覚悟などなかったのだ。
そう諦めていた想い人が、決闘を申し込んできた。
「——オレの全てを懸けて、お前と戦う」
「では、俺も全てを懸けよう」
戦いを前に、お互い向かい合う。
侮辱されたままでは許せないからだとわかってはいるが、その台詞はまるで愛を囁かれているようで、背筋に陶酔の甘い痺れが走る。
太陽の光にキラキラと照らされ、銀色に髪が輝き、黄緑色の瞳が空の色を反射しながら美しくこちらを見つめた。
自分が愛した存在は、こんなにも気高く美しい。
白い肌に残る赤い痕は、清らかさを語る上でのアクセントにしかなっていない。
穢したつもりなのに、穢れるどころか、逆に輝いているではないか。
凄まじい殺気が肌に刺さるが、それさえも心地よい。
レネの全ての意識が、いま自分に向けられている。
そして自分もレネだけしか見ていない。
視線を交えただけでもこれなのに、実際に剣を交えたら、興奮のあまりレネを殺してしまうかもしれない。
なんと言っても——全てを懸けて戦うのだ。
もう手に入らないと思っていた獲物が、自らを懸けてバルトロメイの所へとやって来た。
全てを捧げる覚悟を持って、剣を交えるのだ。
それだけで、バルトロメイの想いが通じたような錯覚を覚える。
勝負に勝って愛する者を手に入れる。
レネが剣を抜くと、周囲が騒めく。
『まさかっ!?』
『おいっ! あいつも二本!?』
『でも、一本しか使ってるとこ見たことねえぞっ』
『副団長の弟子だからか』
二本の剣を抜いたレネに、バルトロメイも流石に驚く。
もちろん最初から左右の腰に二本差していると気付いていたが、一本は予備だとばかり思っていた。
他の団員たちの言葉から推測すると、どうやら師匠の副団長が二刀流らしい。
しかし、いぜん副団長と一緒だった時は一本しか帯剣していたなかったし、レネだってそうだ。
だから二人が二刀流だとういう認識さえなかった。
今までの手合わせは、いったん記憶から消してしまった方がいいようだ。
「準備はいいか?」
副団長が間に立って、両者を確認する。
二人が頷き返すと合図を送り、雌雄を決する戦いが始まった。
「——はじめっ!」
まさしく猫の様なしなやかな身体つきのレネは、力で剣を振り回すようなことは決してしない。
全ての動力を剣に乗せて効率のよい動きで攻撃を繰り出す。
レネの身体は華奢だが、実に滑らかで無駄のない筋肉を備えていた。
そう言えば、師匠のルカーシュとレネの体型はよく似ている。
均整の取れた左右の偏りのない体型は、剣士と言うよりも舞踏家みたいだ。
動きもまるで舞を舞っているように、全方向から攻撃を仕掛けて来る。
「クッ……」
レネの剣を綺麗に避け切れずにバルトロメイの身体には何か所か血が滲んだが、しかし全体的に軽い攻撃に感じられた。
それに先ほどレネの攻撃を舞のようだと例えたが、それは一定のリズムがあり次の動きを読みやすいということでもある。
(この勝負、もらった!)
「ッ……」
重さと速さを兼ね備えたバルトロメイの攻撃が、レネの脇腹を掠めた。
浅い傷だが血の色に染まったシャツを見て、犬歯を剥き出しにしてニヤリと笑う。
勝てば、レネの全てを手に入れることができる。
◆◆◆◆◆
薄暗くなると、ルカーシュとレネはいつも二人で河原にある空き地で鍛練を積んできた。
実戦で戦える二刀流は稀少な存在だ。
出る杭を打つではないが、剣士の間でも悪目立ちして標的にされるので、多くの人間が途中で挫折し二刀流を辞める。
だから、ある程度完成形に近付けてからしか実戦では使わない方がいい。
それがルカーシュの持論だ。
だがもう技術的な部分は大丈夫だろう。
後はきっかけだ。
ルカーシュは弟子が二刀流になる機会をずっと窺っていた。
バルトロメイが退団の旨を伝え執務室から出て行った後に、すれ違いでやって来たレネの顔を見た時、ルカーシュはすぐに気付く。
首元から覗く赤い痕と、燃える様な闘志の籠ったレネの表情。
これはバルトロメイとひと悶着あっている。
『レネっ!? どこへ行くっ!!』
報告もせず執務室を去ろうとする養子に、驚いたバルナバーシュが呼び止めていた。
今までレネがこんな態度をとったことなどないので、さぞかし吃驚したのだろう。
『——獲物を狩りに』
(こいつは、本気で怒ってやがる……)
雄としての尊厳を傷つけられ、ルカーシュが以前教えた方法で、バルトロメイと決着をつけるつもりだ。
これは二刀流にさせる絶好のチャンスだと、普段は帯剣していないもう一つの剣と、左右の腰に剣が差せるベルトをレネに投げたのだ。
だから今、レネは自分の剣と、ルカーシュのもう一本の剣を使って戦っている。
どちらも鍛冶屋のレフの力作だ。大まかな作りも同じだし、それぞれに持ったからと言ってバランスを崩すようなことは決してない。
「あいつは大丈夫なのか?」
戦いの行方を隣で見ていたバルナバーシュが少し心配そうな顔をして訊いて来る。
どちらもまだ掠り傷だが、真剣での決闘は一撃で死に至る。
「——誰の弟子だと思ってるんですか?」
バルナバーシュが本気で心配しているのでわざとぼけて返すが、本当はそんなことを言いたいのではない。
レネは誰の姿に憧れて剣士になったと思っているのだ。
コジャーツカの戦士たちの前で、全てを斬り殺さんばかりの気迫で男舞いを見せた時、血は繋がっていないがレネは間違いなくバルナバーシュの子だと実感した。
ここで決闘を見学している団員たちの中にも、バルトロメイの方が次期団長に相応しいと思っている連中もいるだろう。
しかし次期団長はレネだ。
犬たちの集団にレネが君臨するためには、バルトロメイを服従させ、自分の方が優れた雄だと示さないといけない。
自分以外、隣にいる養父のバルナバーシュさえも……ここにいる誰も知らない。
レネの本当の姿を。
ルカーシュは密かにこの日を楽しみにしてきた。
この華奢な美青年が肚の中に、どれだけ凶暴な獣を飼っているのか、ここにいる男たちへ見せつけてやればいい。
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