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1章 君に剣を捧ぐ
12 嫉妬
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「暫く留守にしてたから、やっぱり埃っぽいわね……」
バーラは部屋の窓を次々と開けて、先程バルトロメイが割った薪を暖炉に入れて火を付ける。
「まずは軽く部屋の掃除をして、ここにいる間あなたは父の部屋を使うといいわ」
沸かした湯でお茶を淹れると、一つをバルトロメイに渡した。
「そうさせてもらうよ」
「レネさんも呼んでよかったんだけど、最後は父と私しかいなかったから、客室はずっと使ってなくて人が泊れる状態じゃなかったの」
訊かれてもいないのだが、レネを置いてきた罪悪感から、バーラは言い訳をする。
レネは急に知らない人の家に滞在することになり、まるで捨てられた猫のようになっていた。
少し可哀想に思ったが、バーラはどうしてもレネをバルトロメイから引き離しておきたかった。
「そんな気を使わないでいいって。レネが来たってお父さんの部屋に二人で寝ればいいんだし」
同性同士に壁はない。
油断すると、こうやってバーラの心を掻き乱していくのだ。
(——昨夜だって……)
◇◇◇◇◇
バーラは言われた通りに、厨房で蜂蜜入りのホットミルクを作ってもらうと、お盆に乗せて部屋へと戻る。
レネは、女であるバーラが山賊たちに見つからないように、自らが囮になって敵へ敵と向かって行った。
そんな彼のためにも少しでも力になりたいと思っていた。
扉を開くまでは。
「貰って来たわ……ッ!?」
その光景を見て、バーラは思わず固まってしまう。
お盆を落とさなかっただけでも上出来だ。
「ありがとう。サイドテーブルに置いといてくれ」
バルトロメイがレネの身体を後ろから抱きしめ、一緒に毛布へ包まっていた。
レネはまだガタガタと震えており、バルトロメイが湯たんぽ替わりになってレネの身体を温めているのだろう。
むさい男二人だったら、なんとも思わなかったかもしれない。
だが、バルトロメイは野性的な男らしい美男で、そしてレネは中性的な美青年だ。
そんな二人が、身体を温めるためとはいえ抱き合っていたら、なんだかとてもいけないことをしているみたいに見える。
「レネ、バーラがホットミルクを持って来てくれたぞ。これを飲んで温まれ」
バルトロメイはそう言って、サイドテーブルに置かれたホットミルクを手に持って、震えるレネの口へとカップを近付ける。
「……っ……あつい……」
バーラが口紅を塗ってもそんな色にはならない淡いピンクの唇が、カップに触れるとすぐに離れる。
「そう言えばお前、猫舌だったな」
ふっと片方の唇だけで笑ってお盆の上に置いてあるスプーンを手に取ると、それでミルクを掬って花びらみたいな唇へと持って行く。
「…自分で」
まるで子供のような扱いに、レネは抵抗があるのだろう。
「ブルブル震えてんのに、こぼすに決まってんだろ」
バルトロメイは、レネの顔のすぐ横に自らの顔を持ってくると、二人羽織の要領でスプーンに掬ったミルクを飲ませていく。
上手く口の中に入らなかったミルクが唇から溢れ顎を伝い、大きく開いた胸元に向かって滑らかな肌の上を流れ落ちる。
その光景が余りにも扇情的で、バーラは思わず目を逸らした。
ミルクを飲み終わっても、トイレに連れて行ったりと、バルトロメイはずっとレネの世話を続け、眠る時もレネを腕の中に抱いて眠った。
◇◇◇◇◇
いくら同性相手といっても、目の前であんな光景を見せつけられるなんてたまったものではない。
腕の中に抱かれて一緒に眠るなんて、バーラはレネのことが羨ましくて仕方がなかった。
それなのに、レネは昨夜のことをよく覚えていない。
だからバルトロメイがレネの頬を打った時には、少し清々した気分になった。
マトヴェイがレネを強引に連れて行ってくれてよかった。
彼が近くにいるだけで、バーラの心の中にどす黒い感情が渦巻く。
これはバルトロメイを取られるかもしれないという嫉妬心に違いない。
それにレネはバルトロメイの実父である団長の養子。
リーパ護衛団の中でもレネに遠慮して、バルトロメイが肩身の狭い思いをしているのではないか?
それなのに、なぜバルトロメイはあんなにレネに優しくするのだろう。
レネと一悶着あったと言っていたが、過去になにがあったのか気になった。
昨夜アレを見せつけられてからというもの、バーラは二人の関係が気になって仕方がない。
「簡単なものしかできなかったけど……」
来る時に買ってきた食材を鍋に入れて煮込んだポトフを皿によそう。
煮込む時間さえあれば、塩とハーブだけでできる超簡単手抜き料理だ。
「野菜たっぷりで美味そう。ポトフなんて久しぶりだな」
満面の笑みを浮かべバルトロメイは、スプーンを手に取った。
具は大きいが、柔らかく煮込んであるためナイフを使わずスプーンだけで食べることができる。
「え!? そうなの? 普段はいったいどんな料理を食べてるの?」
バーラはバルトロメイが普段どういう生活をしているのか興味があった。
「三食ともリーパ本部の食堂で食べてるけど、なにせ団員の数が多いからな。こんな大きな具がゴロゴロ入った料理は出てこないな。作ってるのは近所のおばちゃんたちだから家庭料理が多くて助かるんだけどね。あ~~このキャベツトロトロで旨い……」
「へえ、食堂で沢山料理を作るのも楽しそうね」
きっと皆ガツガツ食べるから、さぞかし作り甲斐があるだろう。
父の部下たちをしょっちゅう食事に招待していたので、バーラは料理を作って人をもてなすことが大好きだ。
「いやいや、男ばっかりしかいないからね、バーラは食堂に入って来ただけでも卒倒すると思うよ。おばちゃんたちは耐性があるから逆に喜んでるけどね」
バルトロメイは苦笑いして首を横に振った。
「……それってどういう意味なの?」
なぜ食堂で卒倒しなければいけないのだろうか?
「女の子にいうのも気が引けるな……だいたいみんな仕事が終わるとまず風呂に入って、それから食事なんだけど、冬以外は風呂上りで暑いから裸のままで食べるんだよ。あっ一応パンツは穿いてるけどね」
「……え? 裸?」
バーラは動揺しすぎて、スプーンに乗せていた人参をポロリと落とす。
目の前の美男が、逞しい肉体を晒してこうして食事をしているのかと思い浮かべるだけで頭が沸騰しそうだ。
宿屋でバルトロメイが着替える所を見ているので、容易にその姿を想像できる。
「男なんてそんなもんだよ。言っとくけど、竜騎士団の駐屯地も似たようなもんだよ。伯父さんたちのクラスになるともう少し上品になるかもしれないけどね」
「……レネさんもそうなの?」
あんな美青年までもがそんな風なのだろうか?
「もちろん。あいつああ見えるけど、中身は野郎だから。まああんなのが一匹混じってると誰でも最初は吃驚するけどね」
「想像がつかないわ……あなた普段はどんな暮らししてるの?」
自分から振った話題だが、バルトロメイがレネのことを語るのはあまりいい気分がしないので、バーラは話題を変える。
「同じ敷地の中に、団長の私邸があって、ベテランの独身男はそこの一階で暮らしてる。俺はまだ入団して一年も経たないんだけど、運よく空きが出て滑り込むことができた。ちゃんと個室だよ」
ということは、私邸と言いながらも一階は宿舎になっているようだ。
「じゃあ、団長さんは二階で?」
「ああ、副団長とレネも二階に部屋がある」
「そうか……レネさんは養子なんだものね」
本来ならばバルトロメイが暮らしていたはずの場所。
しかしもしバルトロメイが父親に引き取られていたのなら、こうやってバーラと会うこともなかったのかもしれない。
「バルはレネさんのこと、どう思ってるの?」
「え……?」
そんな質問が来るなんて思ってもいなかったのか、バルトロメイの食事の手が止まる。
「どんなって……いきなり聞かれても……」
なんだかいつもの彼よりも歯切れが悪い。
「団長の養子と仲良くしているのが意外だったから」
レネとの関係を知ったら誰もが思うことではないのだろうか。
「あいつはああいう外見だろ? でも中身は凄く男らしくて優しいんだ。俺は小さい頃から祖父さんに騎士道を叩き込まれて来たけど、実際に騎士団に入ってみたら屑みたいな奴らばっかりで幻滅して辞めた。今度は貴族の護衛も幾つかしてみたけど、最後に就いた貴族は最低の男で……そんな時あいつに出逢ったんだ。バーラも昨日見ていたと思うけど、あいつは人の命を護るために簡単に自分の身を投げ出す奴なんだよ。今までも何度も死にかけてるし。だから放っておけない」
「……もしかして、護衛団に入ったのはレネさんがいたから?」
女の勘がピンと働いた。
「そうだな。でも、それまでに複雑な事情が絡まってたんだ。レネからも色々誤解をされてたし、もっと近付いてその誤解を解きたかったんだ」
(でもそれって……)
バーラは勇気を振り絞って、踏み込んだ話をすることにした。
「いくら認知してないっていっても。あなたがいると周りの人たちは混乱しないの? まだ一度しか会ったことがないけれど、すぐに親子だってわかるほどあなたは団長さんにそっくりだわ。自分が後継ぎじゃなくても、周りは勝手に誤解していくんじゃないかしら?」
「……だから悩んでるんだ……」
「前にも言ったけど、大伯父さまはあなたに騎士として生きてほしいのよ。今はまだ元気でいらっしゃるけど、早く安心させてあげて。言わないつもりでいたけど、あなたが自分の身の振り方について迷ってるんですもの。今回メストまで一緒に出て来たのも、あなたに合った奉公先を探すためなの」
「……祖父ちゃん……」
余計な口出しをして怒りだすかと思っていたら、バルトロメイは押し黙ってしまった。
バーラはシモンから口留めされていたことを、バルトロメイの煮え切らない態度を見て、ついつい漏らしてしまった。
そしてこれは、レネからバルトロメイを引き離してしまいたいバーラの願いでもある。
もう一押しだ。
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