菩提樹の猫

無一物

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1章 君に剣を捧ぐ

5 冬の賑わい

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1ぺリア=1円
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 年が明け、本格的な冬が到来したドロステア北部は雪に覆われ、街道沿いの移動手段も馬車から馬橇ばそりへと変わる。
 
 冬季になると北のザリフ湾は荒れやすく、船は運休になり、物資や人の移動は陸路だけとなる。
 したがって、ドロステアの王都メストからレロの王都ファロを結ぶ街道は、降雪量の多いクローデン山脈を越えるにも関わらず交通量が多い。

 そんな冬の交通を支えるのが、除雪を行う出稼ぎ労働者たちだ。
 二都を結ぶ街道沿いの宿場町は、そんな男たちが多く集まるために、冬季の方が賑わいを見せる。
 街道の除雪はそれぞれの領主たちが行うため、街道を通る通行人は領地が変わる度に除雪代として冬季の通行税を取られる。
 
 馬一頭  300ぺリア
 人    500ぺリア
 馬橇(小)1000ぺリア
 馬橇(大)2000ぺリア

 個人で移動するには交通税の負担が大きいため、庶民たちの交通手段は乗合い馬橇だ。
 乗合馬橇だと2000ぺリアを四人以上の乗客で割れば交通税は割安になる。
 それに単独で進むよりも安全だ。

 
「馬橇が来た!」
 
 レネたちも今回は乗合い馬橇を利用する。
 メストの街道沿いに馬橇用の停車場がある。
 北行きと南行きの列に並んで乗客たちは馬橇がやって来るのを待っていた。

 雪が積もった冬の街はどの季節よりも静かだ。
 いつもなら雑踏にまみれる馬たちの息づかいや、雪を踏むもくもくとした蹄の音が、遠く離れていても聴こえてくる。
 乗客たちが一斉に南の方向に顔を向けると、遠くから二頭立ての馬橇がやって来た。
 赤い馬具を付けた真っ白な馬たちは、馬橇専用の足腰の強い農耕馬で、リーパの軍馬よりも足が太く毛足も長い。

「はいこっちがはチェスタ行だよ。順番に乗り込んで」
 
 停車場の係員が乗客を順番に案内する。
 馬橇は四人掛けの席が三列で十二人乗りになっていた。
 客席は屋根だけで、横風の転倒を防ぐため幌は付いていない。
 乗客たちは長時間外気に晒されるため、しっかりと防寒対策をする必要があった。

「バーラ」
 
 バルトロメイが先に乗り込み、その後に続くバーラに手を差し出す。
 
「ありがとう」
 
 バーラは頬を染めその大きな手に自らの手を預け、バルトロメイに補助されながらステップを上がる。

 隣の席にバーラが座ろうとすると、「ちょっと待って」とバルトロメイは声をかけ、自分の荷物から毛皮の敷物を取り出し座席へと敷いた。
 
「揺れるし、寒いからね」
 
 ニッコリと笑いバーラを席へと座らせる。
 
「まあ……ありがとう。よかったら、これ一緒に掛けない?」
 
 そう言って、バーラは持参したブランケットを、自分とバルトロメイの膝の上に掛けた。

(えっと……オレもいるんですけど……?)
 
 レネの存在など完全に忘れられている。
 まあ、バルトロメイからあんなことされたら、女の子は舞い上がってしまうだろうから仕方ない。

「おい、さっさと進めよ」
 
 後ろの方の客から文句を言われ、レネは急いでバーラの隣へと座る。

 もちろん敷物など用意していないが、元々寒がりなので耳当て付きの毛皮の帽子と、アネタお手製の薄手のウールの手袋の上に皮の手袋を重ね防寒対策はしてきた。
 だがあまり着込むといざという時に動きにくいので、他はいつもより厚手の外套を羽織っているだけだ。
 
「兄ちゃん、そんな細っこい身体して、見てるこっちが寒そうだ、ほら半分貸してやるよ」
 
 隣の席の中年の男がそう言ってレネの太腿をぺちぺち叩くと、厚手のブランケットをレネの膝にも掛けてくれた。
 
「あっ、どうも」

 それからというもの、男はなにかとレネに身の上話をしてきて、ブランケットを借りている手前ずっと話を聞く羽目になる。

「早く孫の顔が見たいんだがなぁ……このままじゃ難しそうだ」

「大伯父さまがずっとあなたの子供の頃の話を聞かせて下さるの」

 共有するブランケットでそれぞれの話題が持ち上がり、四つ横に並んだ席は、まるで半分から二つに分かれたようだった。
 時おりバーラ越しに寄越されるバルトロメイの視線が、なんだか剣を含んで見えるのは気のせいか?
 もしかしたら、護衛中なのに知らない客の話に相槌を打ってる場合じゃないとでも言いたいのかもしれない。

 
 途中の村で昼の休憩を挟み、暗くなる前にはチェスタに到着した。
 街道沿いの雪道は通行税を取るだけあってきちんと整備されているので、進むスピードも普通の馬車とそう変わらない。

「宿は白樺通りにあるからもう少し我慢してね」
 
「疲れただろ? 荷物は俺が持つから、レネの後に続いて」
 
 一日中慣れない移動が続いたせいか、バーラに疲労の色が見える。

 バルトロメイの実家はテプレ・ヤロに近いので、メストまではドゥーホ川を優雅な船旅を楽しめるのだが、橇の移動は体力を消耗する。
 女子供が町から町へと移動するなど滅多にないことなので、バーラも疲れたに違いない。


 リーパの団員がこの街に泊まる時は必ず利用する『子栗鼠亭』へと到着すると、レネは顔見知りの宿屋の親仁に部屋の状況を訪ねた。

「おおレネ、仕事か?」
 
 小柄な老人がいつもの様に気さくに応じる。
 
「うん。お客さん多いみたいだけど……個室あいてるかな?」
 
 宿屋の親仁であるこの老人は、元リーパの団員でいつも団員たちに優先的に部屋を割り当ててくれる。

「この季節はなぁ……今日は二人部屋しか空けてないないが大丈夫か?」
 
 後ろの二人とレネを見比べて、小柄な老人は少し心配そうな顔をする。

「うん、オレは大部屋でいいよ」
 
「簡易ベッドを部屋に入れるか?」

「大丈夫だって」
 
 少し気の毒そうな顔をして老人はレネに二人部屋の鍵を渡すが、レネは気にしていない。
 バルトロメイは親戚だからまだいいとして、未婚の女性とレネが同部屋なのもまずいと思っていたので、自分が大部屋に行くのは逆に気が楽だった。

「聞いてたと思うけど、バーナさんとバルトロメイは二人部屋を使って。オレは用事を頼まれてるし、大部屋を使うから」

「いいのか?」
 
「だって、オレとバーラさんが同室なんてありえないだろ?」
 
 宿屋の親仁と同様にバルトロメイも少し心配そうな顔をしているが、レネは無視して、受付から扉の窓越しに見える食堂の様子を窺った。

 今日も宿の食堂は賑わいを見せている。
 宿泊客以外も、ここの料理の評判を聞きつけてやってきているのだろう。肉体労働者と思われる男たちが多い。
 酒も入ると喧嘩になることも珍しくない。そんな所でバーラに食事をさせるのは不適切だ。

「食堂はおっさんばっかりだし、食事は部屋に運んでもらいなよ」
 
「確かに、そうだな」
 
 バルトロメイも食堂の様子を見て同意する。

「夕食は二人前を部屋に運んでもらっていいかな」
 
 後ろのカウンターを振り返り、レネは親仁に注文する。
 
「おう、了解した」

「なに言ってんだ、飯くらい一緒に部屋で食べればいいだろ」
 
 その様子を隣で見ていたバルトロメイが、レネの肩を掴んで訊き返す。

「さっき言ったろ。オレは用事を済ませてくるから、飯は一人で適当に食うよ。後で戻って来たら部屋に来るから」
 
 執務室で打ち合わせをした時に、チェスタでの用事のことはバルトロメイも聞いていたはずだ。

「ああ、ホリスキー周辺に出る賊の情報集めか」
 
 隣にいるバーラが余計な心配をしないように、バルトロメイは小声で囁く。
 
「そう。このまま行くから後は宜しく」
 
「わかった。そっちはお前に任せるから、気を付けて行って来いよ」
 
「うん」
 
 バルトロメイは送り出すようにレネの背中をポンと叩いた。

 今日一日バルトロメイとは殆ど会話をする時間もなかったので、ほんのわずかな時間話せるだけでも、レネは自然と笑顔になっていた。


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