菩提樹の猫

無一物

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閑話

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 ロランドは先程とは角度を変え深く口を合わせレネの唇をこじ開けると、なんと舌まで入れてきた。

(そこまでやらなくってもいいだろっ!)

 レネは抗議の意思を込めてグッとロランドの手を握り締めるが、まるで恋人の熱い想いに答えているようにしか見えない。

「……ふっ……んっ……」

 言われた通りに息継ぎをしたのだが、鼻にかかった甘い声が漏れてしまった。
 舌を絡めとられ、粘膜どうしの接触にボウっと頭に靄がかかる。

(あれ……ちょっと気持ちいいかも……)

 レネは過去にも不本意な状態で唇を奪われたが、気持ち悪いばかりでここまで翻弄されなかった。
 ロランドの相手は生娘ではなく、それなりに経験を積んだ女たちだ。
 そんな相手を満足させるためには、それなりの技術がないと無理だろう。

 延々と続くかと思われたディープキスが終わり、耳たぶを噛むふりをしてロランドがレネの耳元で囁く。

『俺の首に両手を回せ』

 完全に口付けに意識を持って行かれていたレネは、ロランドの声で正気を取り戻し、言われた通りに抱き着きロランドの首に両手を回した。

「もしかして気持ちよすぎて腰が抜けた?」

「……違う」

 否定はしたが、腰が抜ける一歩手前ぐらいまではいっていた。

「このまま一緒に風呂に入ろう。しっかり掴まって」

 ロランドはそう言うと、レネの膝裏に手を回し横抱きにしたので、一気に視界が反転した。

「……わっ!? 一人で入るからいいって!」

 まさかの急展開にレネは焦りだすが、ヴィオラ嬢が見ているので本気で抵抗するわけにもいかない。

「駄目。身体の隅々まで洗ってやるから覚悟しろよ」

「……なに言ってんだよ」

 先ほどからこの男は歯の浮くような台詞を難なく吐いてくる。
 女を口説くにはこんなことをしないといけないのか?

(オレには無理……)

 考えただけでもゾッとする。

 すぐ横にある顔を覗くと、優しい笑みを浮かべながらも、普段は隠している雄の色気を惜しみもなく滲ませる。
 ロランドの素の顔を知っているので、レネはこんな顔を向けられてもあきれ果てるばかりだが、もし自分がなにも知らない女だったらコロリと騙されているかもしれない。

「レネ、扉を開けて」

 あっという間にロランドはレネを抱いたまま、浴室の前まで来ていた。
 言われた通りに、首に回していた手を片方外し扉を開けて中に入ると今度は扉を閉め内側からしっかりと鍵を閉めた。

「は~~~」
「ふ~~~」

 それと同時に二人は揃って溜息を吐いた。

「いくら細いって言っても、やっぱ男は重いわ……」

 自分からやりだしたことなのに愚痴をこぼしながら、ロランドはレネを床に下ろした。

 レネは意趣返しと言わんばかりに、急いで水道の蛇口をひねって口をゆすぐ。

「……失礼な奴だ……」

 そう呟くと、先ほどまでの優しい笑顔はどこに行ったのか、甘さの欠片もない殺伐とした顔でレネを睨んだ。

(最初っからこの顔を見せてやれば、こんな馬鹿な真似しなくてもヴィオラ嬢から嫌われただろうに……)


 バタンっ——
 玄関の方から盛大に扉が閉まる音が聞こえた。

「誰かが出て行った!?」

「ヴィオラ嬢だな」

 ロランドが浴室の扉を少しだけ開け、ヴィオラ嬢が隠れていたカーテンの方を確認している。

「じゃあ、成功?」

「このまま諦めてくれたらな……」

 ロランドはなにかやるせない顔をして、レネの方を見る。

 今まで隠れていたのに、あんな大きな音を立て外に出て行くということは、
それだけヴィオラにとって衝撃が大きく、このまま部屋にい続けるのも耐えられなかったのだろう。


 コンコン——
 今度は玄関から扉を叩く音がする。

「こんな時間に誰? まさか、ヴィオラ嬢が!?」

「——たぶん違う」

 ロランドは誰が来たのかだいたい見当が付いているのか、すぐに玄関へと向かった。
 レネもずっと風呂場にいても仕方にのでつられるようにロランドの後をついて居間に戻った。

『クリーチ男爵、やはりお見えでしたか』

『ああ。ここであったことを説明してもらおうか』

(クリーチ男爵!?)

 玄関の方から聞こえてくる会話を聞いて、レネはギクリと身を竦ませる。
 ヴィオラの父親がここに姿を現したのは、先ほどまでこの家に娘がいたと知っているからではないのか?
 もしかしたら男爵は、ロランドとヴィオラの間になにがあったのか問い詰めるつもりかもしれない。

『玄関先で込み入った話もなんですので、散らかってますが中へどうぞ』

 そう言ってロランドは訪問者を中へと招き入れた。
 レネは急いで、チェス盤が置きっぱなしになっているテーブルを片付け、急な来客に備えた。

 すぐに四十半ばの身なりのいい男とロランドが居間へと入って来る。

「こちらは同僚のレネです。彼には色々と協力してもらいました。レネ、こちらはヴィオラお嬢様の御父上である、クリーチ男爵閣下だ」

 ロランドから紹介され、レネは以前ロランドから教えられたとおりに挨拶した。
 男爵はロランドから勧められるままにソファへ座ると、改めてレネを見つめた。

「君は……——ロランド、彼も護衛なのか?」

「はい。こう見えても彼は強いですよ」

 クリーチ男爵は驚いたようにレネを凝視している。
 きっとレネが護衛に見えないのだろう。でもよくある反応なので慣れている。

「ヴィオラお嬢様の件は、ソニャさんからお聞きになったと思いますが、私はお嬢様に『男性しか愛せない』と申しておりましたので、レネに恋人の振りをしてもらっていたのです」

「——そういうことだったのか。うちの職人からここの部屋の合鍵を作ったと聞かされた時は、心臓が口から飛び出るほど驚いたが、まさかヴィオラが本当にこの部屋に忍び込むなんて思ってもいなかったよ。最近ずっとコソコソ動いてたからね、嫌な予感がして一日早く領地に帰ると嘘を言って、ヴィオラの後をつけていてよかった」

 男爵はヴィオラ嬢を尾行していたというのか。

「男爵のお手紙をソニャさんから渡された時は驚きました。でもお陰様で事態に備えることができました。ありがとうございます」

 ロランドは男爵に頭を下げる

「私は外から見ているだけだったが、一体なにがあったんだ?」

 男爵はやはり中で行われていたことが気になるらしい。

「ただ、部屋の中でも彼と恋人の振りをしただけですよ。ちょっとお嬢様には刺激が強かったかもしれませんが」

 ロランドは相手が男爵でも、決して臆した態度をとったりはしない。至っていつも通りだ。

「ヴィオラは君たちが演技をしていると疑っていたみたいだから、目の前で見せつけられたらさぞかし吃驚しただろうな」

 男爵の言葉を聞くだけで、先ほどの出来事を思い出し、レネは顔を真っ赤にして俯いた。


 一通り話し終えると、元々長居をするつもりはなかったのか、男爵は立ち上がり暇を告げる。
 去り際に意味ありげな視線でレネを見つめると、声をかけた。

「まさかこんな所で、また逢えるなんて思ってもいなかったよ。君は私のことなど覚えていないと思うが……」

「え?」

 クリーチ男爵とは初見のはずだ。レネは言われている意味がわからず間抜けな声を上げた。

「いいさ。君がリーパの護衛だとわかっただけでもスッキリしたよ」

 そう言い残し、男爵はロランドの部屋を後にした。

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