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閑話
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◆◆◆◆◆
「ソニャ、男性しか愛せないって一体どういうことなの?」
屋敷の自室に帰って来て、髪を結い直させながら、鏡越しに褐色の肌をしたエキゾチックな侍女の顔を見る。
「言葉通りですよ。ロランド様は恋愛対象が女性ではなく男性なのです」
五つばかり年上のソニャは、ロランドが予想外の答えをヴィオラに返してきたというのにあまり動じてない。
「男同士で愛し合うことなんてできるの?」
まったくもって想像がつかない。
「貴族にも男色家で有名な方々が何名もいらっしゃいます。形だけの妻を娶って子供を成すと別居して男の愛人と暮らしてらっしゃる方とか」
「……え……嘘……」
貴族の子息とお付きの騎士が愛し合うというプラトニックな恋愛小説を読んだことはあるが、それは物語の世界だけの話だと思っていた。
「噂ですが騎士団なんかはもっと凄いと聞きますよ。なんたって男性しかいませんからね。もしかしたらロランドさんの所属してらっしゃる護衛団も凄いのかもしれません」
ソニャは先ほどから凄い凄いと連呼しているが、一体なにが凄いのかヴィオラには想像もできないでいた。
「あの団長さんなんて、とても渋くて魅力的でしたわ……あんな素敵な男性滅多にお目にかかれないし、ロランドさんは男らしい方がお好みなのかしら……」
ぽっと頬を赤らめてソニャが目を逸らし俯く。これは妄想して自分の世界に入っている顔だ。
「……は? え? え!?」
一人現実世界に置いていかれているヴィオラは、ソニャの言った言葉をさらって自分も頭の中で組み立ててみる。
だが、男色という世界をまったく知らないヴィオラは、すぐに思考停止に陥ってしまう。
男同士でなにをするのかまったく想像ができない。
(そういう時はわたしの妄想に置き換えてみるといいんだわ!)
ヴィオラは気を取り直し、男色というものを目を瞑って想像することにした。
いつも頭の中で妄想しているのは、ロランドがヴィオラを意外と逞しい腕の中にすっぽりと包み込み『君は誰よりも美しい』と囁き、顎を持ち上げて接吻するというシチュエーションだ。
その自分の場所に団長を置き換えてみる。
大柄で髭を生やした父と年齢の変わらない団長を、ロランドが腕の中に包み込み『君は誰よりも美しい』と囁き、髭だらけの団長の顎を持ち上げて——
「——不潔だわ! そんなこと絶対あり得ないわっ! わたしよりあんなおじさんがいいっていうのっ!!」
気が付けば大声で叫んでいた。
自分が髭面の団長に負けるはずがない。
ソニャが心配な顔をして「違いますっ! お嬢様が想像してらっしゃるのは上級者向けの方ですわっ!!」と訴えるのだが、頭に血が上ったヴィオラにはまったく耳に入ってこなかった。
「これはお父様が身分違いの恋をしているわたしを止めようとして、ロランドに圧力を加えたのよっ!」
だから、リーパ本部に乗り込んでロランドを指名しても断られ、ロランドに直接交際を申し込んでも断られたのだ。
いきなり上級者コースの妄想をしてしまい取り乱すことで、奇跡的にも事実に近い答えを導き出してしまったヴィオラは、より一層ロランドへの恋心を燃え上がらせるのだった。
◆◆◆◆◆
「お前、まだ尾行されてるのか……」
執務室に報告へ行くと、バルナバーシュは呆れた顔をしてロランドを見た。
「そうなんです。止むどころか余計酷くなってしまい、困っています」
報告しながらも思わずため息がこぼれた。
段々と尾行がエスカレートしていき、ついにはロランドが仕事に行っている間に、近所に訊き込みを行ったのか家の場所まで特定されていた。
貴族の令嬢が独身男の家に行っていたという噂が広まるだけでも、その家の醜聞になってしまう。
ちゃんと手を打たないとクリーチ男爵から娘を拐したとして、訴えられるかもしれない。
「ヴィオラ嬢になんと言って断ったんだ?」
ルカーシュに尋ねられ、ロランドはヴィオラとのやり取りを二人に話した。
「……お前……また思い切ったことを言ったな」
バルナバーシュは案の定、呆れた顔をしている。
「このくらい言わないと諦めてくれないと思ったので」
「でも、結局ヴィオラ嬢は諦めていないから尾行を止めなんだろ?」
ルカーシュに痛い所を突かれ、ロランドは顔を曇らせる。
「彼女は自分を諦めさせる為にお前が嘘をついていると思ってるんだな」
実はロランドは、バルナバーシュがそう言いだすのを待っていた。
「——そうなんです。私の言葉に信憑性を持たせる為に、ご協力をお願いしたいと思って」
「……なんだ協力とは」
なにか不穏な空気を感じ取ったのか、バルナバーシュが眉間に皺を寄せる。
「男色家を名乗るなら、男の恋人が実際にいないとおかしいと思いませんか?」
「——まあな……」
次にどんな言葉が飛び出すのか、バルナバーシュから明らかに警戒されている。
「それでですが、レネをしばらく貸してもらえませんか?」
「……それはお前の家で寝泊まりさせるという意味か?」
「ええ。レネほどの容姿を持った男だと、ヴィオラ嬢もお手上げでしょう。それに以前団長と言い争って家出した時も私の家に匿っていたし、レネも慣れているでしょう」
わざと痛い所を突くと、バルナバーシュの眉間の皺が一層深くなる。
だが養子をそんな目的で利用することに抵抗を覚えているのだろう、なかなか首を縦に振ろうとしない。
当然ロランドはこうなることが予想で来ていたので、次の手を使った。
「レネが駄目なら、副団長を」
予想外の名前が出てきて、バルナバーシュの片眉が上がる。
ロランドはある人物の紹介でリーパに入団したという話になっているが、実は『山猫』の活動をしているルカーシュによって拾われてここで働くようになった。だから当然、本来のルカーシュの姿を知っている。
ルカーシュはレネと違って本物なので、ヴィオラは迫力負けして逃げていくだろうとロランドは踏んでいた。
「——却下だ」
レネの時は迷っていたが、ルカーシュの時は即却下された。
ロランドにしては少し意外だったが、当の本人はバルナバーシュの後ろで当然だと言わんばかりにその様子を眺めている。
(なんだ……?)
この二人に流れる空気が変わったように感じるが、恐ろしいのでロランドはなにも考えないことにした。
そしてバルナバーシュがとんでもない提案をする。
「お前、自分が抱く側だというその貧弱な発想を変えろ。ヤンを貸すから抱きかかえてもらって家まで帰れ」
想像しただけで身の毛もよだつ光景に、ロランドは顔を引きつらせる。
(他人事だと思って……)
「団長、それは駄目です。熊男相手に自分が負けるはずがないとヴィオラ嬢はますます行動をエスカレートさせていくでしょう」
それに多分ヴィオラは、同じ愛される側として完敗しないとロランドのことを諦めない気がする。
だからロランドには、ほっそりとした美青年の恋人が必要なのだ。
説得が通じたのか、バルナバーシュはその場でレネを執務室に呼び出し、さっそく今夜からロランドの部屋で寝泊まりすることが決まった。
当然ながら、いきなりそんなことを命令されたレネは不服そうな顔をしている。
「ソニャ、男性しか愛せないって一体どういうことなの?」
屋敷の自室に帰って来て、髪を結い直させながら、鏡越しに褐色の肌をしたエキゾチックな侍女の顔を見る。
「言葉通りですよ。ロランド様は恋愛対象が女性ではなく男性なのです」
五つばかり年上のソニャは、ロランドが予想外の答えをヴィオラに返してきたというのにあまり動じてない。
「男同士で愛し合うことなんてできるの?」
まったくもって想像がつかない。
「貴族にも男色家で有名な方々が何名もいらっしゃいます。形だけの妻を娶って子供を成すと別居して男の愛人と暮らしてらっしゃる方とか」
「……え……嘘……」
貴族の子息とお付きの騎士が愛し合うというプラトニックな恋愛小説を読んだことはあるが、それは物語の世界だけの話だと思っていた。
「噂ですが騎士団なんかはもっと凄いと聞きますよ。なんたって男性しかいませんからね。もしかしたらロランドさんの所属してらっしゃる護衛団も凄いのかもしれません」
ソニャは先ほどから凄い凄いと連呼しているが、一体なにが凄いのかヴィオラには想像もできないでいた。
「あの団長さんなんて、とても渋くて魅力的でしたわ……あんな素敵な男性滅多にお目にかかれないし、ロランドさんは男らしい方がお好みなのかしら……」
ぽっと頬を赤らめてソニャが目を逸らし俯く。これは妄想して自分の世界に入っている顔だ。
「……は? え? え!?」
一人現実世界に置いていかれているヴィオラは、ソニャの言った言葉をさらって自分も頭の中で組み立ててみる。
だが、男色という世界をまったく知らないヴィオラは、すぐに思考停止に陥ってしまう。
男同士でなにをするのかまったく想像ができない。
(そういう時はわたしの妄想に置き換えてみるといいんだわ!)
ヴィオラは気を取り直し、男色というものを目を瞑って想像することにした。
いつも頭の中で妄想しているのは、ロランドがヴィオラを意外と逞しい腕の中にすっぽりと包み込み『君は誰よりも美しい』と囁き、顎を持ち上げて接吻するというシチュエーションだ。
その自分の場所に団長を置き換えてみる。
大柄で髭を生やした父と年齢の変わらない団長を、ロランドが腕の中に包み込み『君は誰よりも美しい』と囁き、髭だらけの団長の顎を持ち上げて——
「——不潔だわ! そんなこと絶対あり得ないわっ! わたしよりあんなおじさんがいいっていうのっ!!」
気が付けば大声で叫んでいた。
自分が髭面の団長に負けるはずがない。
ソニャが心配な顔をして「違いますっ! お嬢様が想像してらっしゃるのは上級者向けの方ですわっ!!」と訴えるのだが、頭に血が上ったヴィオラにはまったく耳に入ってこなかった。
「これはお父様が身分違いの恋をしているわたしを止めようとして、ロランドに圧力を加えたのよっ!」
だから、リーパ本部に乗り込んでロランドを指名しても断られ、ロランドに直接交際を申し込んでも断られたのだ。
いきなり上級者コースの妄想をしてしまい取り乱すことで、奇跡的にも事実に近い答えを導き出してしまったヴィオラは、より一層ロランドへの恋心を燃え上がらせるのだった。
◆◆◆◆◆
「お前、まだ尾行されてるのか……」
執務室に報告へ行くと、バルナバーシュは呆れた顔をしてロランドを見た。
「そうなんです。止むどころか余計酷くなってしまい、困っています」
報告しながらも思わずため息がこぼれた。
段々と尾行がエスカレートしていき、ついにはロランドが仕事に行っている間に、近所に訊き込みを行ったのか家の場所まで特定されていた。
貴族の令嬢が独身男の家に行っていたという噂が広まるだけでも、その家の醜聞になってしまう。
ちゃんと手を打たないとクリーチ男爵から娘を拐したとして、訴えられるかもしれない。
「ヴィオラ嬢になんと言って断ったんだ?」
ルカーシュに尋ねられ、ロランドはヴィオラとのやり取りを二人に話した。
「……お前……また思い切ったことを言ったな」
バルナバーシュは案の定、呆れた顔をしている。
「このくらい言わないと諦めてくれないと思ったので」
「でも、結局ヴィオラ嬢は諦めていないから尾行を止めなんだろ?」
ルカーシュに痛い所を突かれ、ロランドは顔を曇らせる。
「彼女は自分を諦めさせる為にお前が嘘をついていると思ってるんだな」
実はロランドは、バルナバーシュがそう言いだすのを待っていた。
「——そうなんです。私の言葉に信憑性を持たせる為に、ご協力をお願いしたいと思って」
「……なんだ協力とは」
なにか不穏な空気を感じ取ったのか、バルナバーシュが眉間に皺を寄せる。
「男色家を名乗るなら、男の恋人が実際にいないとおかしいと思いませんか?」
「——まあな……」
次にどんな言葉が飛び出すのか、バルナバーシュから明らかに警戒されている。
「それでですが、レネをしばらく貸してもらえませんか?」
「……それはお前の家で寝泊まりさせるという意味か?」
「ええ。レネほどの容姿を持った男だと、ヴィオラ嬢もお手上げでしょう。それに以前団長と言い争って家出した時も私の家に匿っていたし、レネも慣れているでしょう」
わざと痛い所を突くと、バルナバーシュの眉間の皺が一層深くなる。
だが養子をそんな目的で利用することに抵抗を覚えているのだろう、なかなか首を縦に振ろうとしない。
当然ロランドはこうなることが予想で来ていたので、次の手を使った。
「レネが駄目なら、副団長を」
予想外の名前が出てきて、バルナバーシュの片眉が上がる。
ロランドはある人物の紹介でリーパに入団したという話になっているが、実は『山猫』の活動をしているルカーシュによって拾われてここで働くようになった。だから当然、本来のルカーシュの姿を知っている。
ルカーシュはレネと違って本物なので、ヴィオラは迫力負けして逃げていくだろうとロランドは踏んでいた。
「——却下だ」
レネの時は迷っていたが、ルカーシュの時は即却下された。
ロランドにしては少し意外だったが、当の本人はバルナバーシュの後ろで当然だと言わんばかりにその様子を眺めている。
(なんだ……?)
この二人に流れる空気が変わったように感じるが、恐ろしいのでロランドはなにも考えないことにした。
そしてバルナバーシュがとんでもない提案をする。
「お前、自分が抱く側だというその貧弱な発想を変えろ。ヤンを貸すから抱きかかえてもらって家まで帰れ」
想像しただけで身の毛もよだつ光景に、ロランドは顔を引きつらせる。
(他人事だと思って……)
「団長、それは駄目です。熊男相手に自分が負けるはずがないとヴィオラ嬢はますます行動をエスカレートさせていくでしょう」
それに多分ヴィオラは、同じ愛される側として完敗しないとロランドのことを諦めない気がする。
だからロランドには、ほっそりとした美青年の恋人が必要なのだ。
説得が通じたのか、バルナバーシュはその場でレネを執務室に呼び出し、さっそく今夜からロランドの部屋で寝泊まりすることが決まった。
当然ながら、いきなりそんなことを命令されたレネは不服そうな顔をしている。
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