菩提樹の猫

無一物

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閑話

ヴィオラ嬢を失恋させよ プロローグ

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 父が一人娘のわたしに付けた護衛として彼はやって来た。
 腕の立つ護衛と聞いていたので厳つい男かと思っていたら、今まで出会ったどんな男性よりも魅力的だった。
 アッシュブロンドの長い髪を後ろで三つ編みに纏めて、従僕の格好をした彼は優雅に一礼する。
 美しい身のこなしに目を瞠っていると、冬の冷たい海を連想させる翡翠色の瞳に見つめられ、一気に顔に血が上ったのを覚えている。
 
 一目惚れだった。

 いつもわたしが外出する時に用心棒代として付き添って来た従僕が、襲って来た暴漢と揉みあいになり怪我を負う。
 心配した父が、急遽プロの護衛を雇ったのが彼との出逢いだった。

 従僕の振りをして私に付き添う彼は控えめだ。
 しかしその物腰は洗練されており、実は貴族の子息だといってもおかしくないような品格が感じられた。
 従僕としての仕事も適格にこなし、屋敷にいる使用人よりも有能だった。
 その整った顔を見るだけで、わたしの頬はバラ色に染まった。


 ある日、外出先で従僕を怪我させてそのまま逃亡した男が再びわたしを襲ってきた。
 すると彼が瞬く間にその男を捕らえ、手慣れた様子で身動きできないように拘束する。
 捲り上げた袖から見える意外と筋肉質な腕……いつもは耳にかけている長めの前髪が顔に掛かり、上品さの下に隠れている男性的な部分が顔を出し、わたしの心臓がドキリと高鳴る。

 襲って来た男の身元を調べると、まったく覚えていなかったのだが、以前交際を申し込まれて断った商人だった。
 身分が違うにも関わらず、金に物をいわせた態度にわたしはムッとして、どうやら感情の赴くままに酷い断り方をしていたようだ。
 もちろん私はそんなことなどまったく覚えていない。

 小娘から面目を潰された男は、痛い目に遭わせてやろうとわたしをつけ狙っていたということが、取り調べからわかってきた。

 元々最長でひと月、暴漢が捕まるまでの間の護衛だったので、たった十二日間で彼はわたしから離れていった。

「お父様、彼をもう一度わたしの護衛に雇って」

 いつもは娘の我儘をなんでも聞いてくれる父が、一向に首を縦に振ろうとしない。
 
 こうなったら、自ら動くしかない。
 わたしは侍女と共に、彼のいる場所へと向かって馬車で目抜き通りを東へと向かった。
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