菩提樹の猫

無一物

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13章 ヴィートの決断

19 すれ違い

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「まあそうだよな。お前いまレネがどういう状況に置かれてるかわかってるか?」
 
 カレルまでもがバルトロメイに加勢する。
 先ほど、ベドジフにも似たようなことを言われた気がする。
 しかしまともにレネと会話したのは、河川敷の帰り道くらいだ。
 なのでヴィートには今レネがどういう状況なのかわからない。

「春にレネが家出した時にお前も気付いただろ? あいつが難しい立場にいるの。団長には絶対服従でもレネのことを良く思ってない奴らが一定数いる。あんな見てくれだからな、見くびられないように、強くそして男らしくあろうって心掛けてたんだよ」
 
 レネ努力をカレルはずっと側で見て来たのだろう。
 この前はバルトロメイでさえ負かしたくらいだ、団員たちの中でも敵う者などほとんどいないといっていい。

「男の嫉妬は怖いからな……なにかあったら足をひぱってやろうと思っている連中がいる」
 
「——そんな中、お前との不純性行為が表沙汰になった」
 
 カレルの言葉を引き継ぐように、バルトロメイが続ける。

「……でもあれは……レネも……」
 
 だんだんと口の中が乾いて上手く喋れない。

「わざわざ言う必要あったか? お前が団長に自己申告しなければ皆知ることもなかった。それにお前、食堂で自慢げに言いふらしてたじゃないか。俺が注意したの覚えてるか?」
 
 バルトロメイから凄まれて、あのとき自分が放った言葉の数々を思い出していく。

 
『え……だってさ、お宅の息子さんあまりにも無防備過ぎですって教えてやりたくてな』
『でもよ、マジでチョロかったんだ——』
『誘ったらすぐのって来たのに?』

 
「聞いてたのは俺だけと思うな。レネをよく思わない連中も耳に入れていただろう」
 
 ヘーゼルの瞳がまるで自分を断罪する死刑執行人のように見下ろす。
 あの時はバルトロメイを見返したような気持ちになっていたのに、実際にはヴィートが一人でいい気になっていただけだった。

「今まで均衡を保ってきたのに、お前がひっくり返すから自分たちも猫を狙っていいって思う連中が出てきたってことだ」
 
 次々と痛い所を突かれる。


 そしてヴィートはバルトロメイから、レネが吐くようになった理由を聞かされた。
 更に追い打ちをかけて、今度はボリスから、この前ジェゼロでレネが山賊たちから殺されかけ虹鱒亭に運ばれてきた時の様子を聞き、返す言葉をなくす。

 そんな酷い目に遭ってたなんてぜんぜん知らなかった。
 まさか、今回も吐くようになったということは……レネはもしかして……また同じような目に遭ったのだろうか?

(——でも……じゃあどうして……レネは俺とあんな行為を……?)

「お前、じゃあどうして、レネは俺とあんなことをって思ってるだろ?」
 
 バルトロメイに図星を突かれ、ヴィートは動揺する。

「今回の仕事で副団長と一緒だったからな。ちょっと話す機会があったんだ。あいつは師匠である副団長に金鉱山から帰った後に相談したんだとさ。『仲間から女扱いされるのが悔しい』って。まあたぶん俺のことだな。女扱いしたつもりは一切ないけどな。レネに副団長はこう答えたそうだ。『そいつらより自分が強くなればいい。簡単じゃないか?』って。そして俺はその後の手合わせでレネに打ち負かされたわけだ」

「…………?」
 
 話の要点が掴めず、バルトロメイがなにを言いたいのかわからない。

「まだわかんねぇって顔してんな。お前が殴られただけで済んだのは、レネが飼い犬に手ぇ噛まれたくらいにしか思ってないってからだよ。要するにお前のことを男としても見てないくらい弱いと思ってるってわけだ」

(——うそ……)

「お前はレネのことが好きなんだろ? でもなんでレネのことがぜんぜん見えてないんだ?」

 レネのことが見えていない。
 ボリスの言葉にヴィートは頭を殴りとばされたような衝撃を受ける。

 ここにいる団員たちがすべてレネをこの世で一番大切に思っているわけではないい。
 まあ仲のいい同僚ていどだろう。
 
 そんな男たちでさえ、レネが吐いていることに気付いていたのにヴィートはまったく気付いていなかった。
 今回のことで、レネが微妙な立場に追いやられてることさえも考えずに、ヴィートはただ自己顕示欲だけを満足させてきた。


(俺は……レネの一番になりたいと願うだけで、ぜんぜんレネの気持ちなんて考えてもなかった……)



◆◆◆◆◆


 レネは、夕食にゲルトから行きたい店があるからと誘われて、一緒に外食した。
 
 そこは女性に人気のカフェで、日ごろ滅多に食べないような野菜と果物中心の綺麗に飾りつけされた料理を、ゲルトと二人、ウサギにでもなった気分になりながら食べた。
 編物工房の他愛のない話と、例のパンツの穿き心地を訊かれて(もちろんあれから一度も穿いていない)、すっかり現実を忘れることができたせいか料理も完食し、吐き気に襲われることもなかった。

 日ごろ女たちに囲まれているせいか、髭を生やして男っぽい顔立ちをしているにも関わらず、不思議とゲルトは男臭さを感じることはない。
 今のレネにとってはとてもありがたい存在だった。


 ゲルトと別れ自分の部屋に帰って来るとレネは溜息を吐いた。
 一人になるとどうしても考え込んでしまう。

 『あのチビが食堂で自慢してぜ。誘ったらすぐにのって来たって』
 
 団員の一人から風呂場で言われた言葉が頭の中でこだまする。
 あの言葉を聞いてから、ヴィートに裏切られた気持ちになっている。
 
 レネにとってヴィートはどこか危なっかしい所のある弟分のような存在だった。
 初めて人を殺して、身体の熱を持て余しているのも、同じ男として気持ちがよくわかるので協力したつもりでいたのに、あんな風に思われていたなんて心外だった。

 扱き合いなんて若い頃は皆一度は経験することだと、団員たちがよく口にしていたのを聞いていたから自分もそのつもりだったのに……。
 それにヴィートが執務室でわざわざ自己申告しなければ、自分もここまで悩むことはなかったのだ。

(——オレはなに? 仲間じゃないのか?)
 
 
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