277 / 473
13章 ヴィートの決断
19 すれ違い
しおりを挟む
「まあそうだよな。お前いまレネがどういう状況に置かれてるかわかってるか?」
カレルまでもがバルトロメイに加勢する。
先ほど、ベドジフにも似たようなことを言われた気がする。
しかしまともにレネと会話したのは、河川敷の帰り道くらいだ。
なのでヴィートには今レネがどういう状況なのかわからない。
「春にレネが家出した時にお前も気付いただろ? あいつが難しい立場にいるの。団長には絶対服従でもレネのことを良く思ってない奴らが一定数いる。あんな見てくれだからな、見くびられないように、強くそして男らしくあろうって心掛けてたんだよ」
レネ努力をカレルはずっと側で見て来たのだろう。
この前はバルトロメイでさえ負かしたくらいだ、団員たちの中でも敵う者などほとんどいないといっていい。
「男の嫉妬は怖いからな……なにかあったら足をひぱってやろうと思っている連中がいる」
「——そんな中、お前との不純性行為が表沙汰になった」
カレルの言葉を引き継ぐように、バルトロメイが続ける。
「……でもあれは……レネも……」
だんだんと口の中が乾いて上手く喋れない。
「わざわざ言う必要あったか? お前が団長に自己申告しなければ皆知ることもなかった。それにお前、食堂で自慢げに言いふらしてたじゃないか。俺が注意したの覚えてるか?」
バルトロメイから凄まれて、あのとき自分が放った言葉の数々を思い出していく。
『え……だってさ、お宅の息子さんあまりにも無防備過ぎですって教えてやりたくてな』
『でもよ、マジでチョロかったんだ——』
『誘ったらすぐのって来たのに?』
「聞いてたのは俺だけと思うな。レネをよく思わない連中も耳に入れていただろう」
ヘーゼルの瞳がまるで自分を断罪する死刑執行人のように見下ろす。
あの時はバルトロメイを見返したような気持ちになっていたのに、実際にはヴィートが一人でいい気になっていただけだった。
「今まで均衡を保ってきたのに、お前がひっくり返すから自分たちも猫を狙っていいって思う連中が出てきたってことだ」
次々と痛い所を突かれる。
そしてヴィートはバルトロメイから、レネが吐くようになった理由を聞かされた。
更に追い打ちをかけて、今度はボリスから、この前ジェゼロでレネが山賊たちから殺されかけ虹鱒亭に運ばれてきた時の様子を聞き、返す言葉をなくす。
そんな酷い目に遭ってたなんてぜんぜん知らなかった。
まさか、今回も吐くようになったということは……レネはもしかして……また同じような目に遭ったのだろうか?
(——でも……じゃあどうして……レネは俺とあんな行為を……?)
「お前、じゃあどうして、レネは俺とあんなことをって思ってるだろ?」
バルトロメイに図星を突かれ、ヴィートは動揺する。
「今回の仕事で副団長と一緒だったからな。ちょっと話す機会があったんだ。あいつは師匠である副団長に金鉱山から帰った後に相談したんだとさ。『仲間から女扱いされるのが悔しい』って。まあたぶん俺のことだな。女扱いしたつもりは一切ないけどな。レネに副団長はこう答えたそうだ。『そいつらより自分が強くなればいい。簡単じゃないか?』って。そして俺はその後の手合わせでレネに打ち負かされたわけだ」
「…………?」
話の要点が掴めず、バルトロメイがなにを言いたいのかわからない。
「まだわかんねぇって顔してんな。お前が殴られただけで済んだのは、レネが飼い犬に手ぇ噛まれたくらいにしか思ってないってからだよ。要するにお前のことを男としても見てないくらい弱いと思ってるってわけだ」
(——うそ……)
「お前はレネのことが好きなんだろ? でもなんでレネのことがぜんぜん見えてないんだ?」
レネのことが見えていない。
ボリスの言葉にヴィートは頭を殴りとばされたような衝撃を受ける。
ここにいる団員たちがすべてレネをこの世で一番大切に思っているわけではないい。
まあ仲のいい同僚ていどだろう。
そんな男たちでさえ、レネが吐いていることに気付いていたのにヴィートはまったく気付いていなかった。
今回のことで、レネが微妙な立場に追いやられてることさえも考えずに、ヴィートはただ自己顕示欲だけを満足させてきた。
(俺は……レネの一番になりたいと願うだけで、ぜんぜんレネの気持ちなんて考えてもなかった……)
◆◆◆◆◆
レネは、夕食にゲルトから行きたい店があるからと誘われて、一緒に外食した。
そこは女性に人気のカフェで、日ごろ滅多に食べないような野菜と果物中心の綺麗に飾りつけされた料理を、ゲルトと二人、ウサギにでもなった気分になりながら食べた。
編物工房の他愛のない話と、例のパンツの穿き心地を訊かれて(もちろんあれから一度も穿いていない)、すっかり現実を忘れることができたせいか料理も完食し、吐き気に襲われることもなかった。
日ごろ女たちに囲まれているせいか、髭を生やして男っぽい顔立ちをしているにも関わらず、不思議とゲルトは男臭さを感じることはない。
今のレネにとってはとてもありがたい存在だった。
ゲルトと別れ自分の部屋に帰って来るとレネは溜息を吐いた。
一人になるとどうしても考え込んでしまう。
『あのチビが食堂で自慢してぜ。誘ったらすぐにのって来たって』
団員の一人から風呂場で言われた言葉が頭の中でこだまする。
あの言葉を聞いてから、ヴィートに裏切られた気持ちになっている。
レネにとってヴィートはどこか危なっかしい所のある弟分のような存在だった。
初めて人を殺して、身体の熱を持て余しているのも、同じ男として気持ちがよくわかるので協力したつもりでいたのに、あんな風に思われていたなんて心外だった。
扱き合いなんて若い頃は皆一度は経験することだと、団員たちがよく口にしていたのを聞いていたから自分もそのつもりだったのに……。
それにヴィートが執務室でわざわざ自己申告しなければ、自分もここまで悩むことはなかったのだ。
(——オレはなに? 仲間じゃないのか?)
カレルまでもがバルトロメイに加勢する。
先ほど、ベドジフにも似たようなことを言われた気がする。
しかしまともにレネと会話したのは、河川敷の帰り道くらいだ。
なのでヴィートには今レネがどういう状況なのかわからない。
「春にレネが家出した時にお前も気付いただろ? あいつが難しい立場にいるの。団長には絶対服従でもレネのことを良く思ってない奴らが一定数いる。あんな見てくれだからな、見くびられないように、強くそして男らしくあろうって心掛けてたんだよ」
レネ努力をカレルはずっと側で見て来たのだろう。
この前はバルトロメイでさえ負かしたくらいだ、団員たちの中でも敵う者などほとんどいないといっていい。
「男の嫉妬は怖いからな……なにかあったら足をひぱってやろうと思っている連中がいる」
「——そんな中、お前との不純性行為が表沙汰になった」
カレルの言葉を引き継ぐように、バルトロメイが続ける。
「……でもあれは……レネも……」
だんだんと口の中が乾いて上手く喋れない。
「わざわざ言う必要あったか? お前が団長に自己申告しなければ皆知ることもなかった。それにお前、食堂で自慢げに言いふらしてたじゃないか。俺が注意したの覚えてるか?」
バルトロメイから凄まれて、あのとき自分が放った言葉の数々を思い出していく。
『え……だってさ、お宅の息子さんあまりにも無防備過ぎですって教えてやりたくてな』
『でもよ、マジでチョロかったんだ——』
『誘ったらすぐのって来たのに?』
「聞いてたのは俺だけと思うな。レネをよく思わない連中も耳に入れていただろう」
ヘーゼルの瞳がまるで自分を断罪する死刑執行人のように見下ろす。
あの時はバルトロメイを見返したような気持ちになっていたのに、実際にはヴィートが一人でいい気になっていただけだった。
「今まで均衡を保ってきたのに、お前がひっくり返すから自分たちも猫を狙っていいって思う連中が出てきたってことだ」
次々と痛い所を突かれる。
そしてヴィートはバルトロメイから、レネが吐くようになった理由を聞かされた。
更に追い打ちをかけて、今度はボリスから、この前ジェゼロでレネが山賊たちから殺されかけ虹鱒亭に運ばれてきた時の様子を聞き、返す言葉をなくす。
そんな酷い目に遭ってたなんてぜんぜん知らなかった。
まさか、今回も吐くようになったということは……レネはもしかして……また同じような目に遭ったのだろうか?
(——でも……じゃあどうして……レネは俺とあんな行為を……?)
「お前、じゃあどうして、レネは俺とあんなことをって思ってるだろ?」
バルトロメイに図星を突かれ、ヴィートは動揺する。
「今回の仕事で副団長と一緒だったからな。ちょっと話す機会があったんだ。あいつは師匠である副団長に金鉱山から帰った後に相談したんだとさ。『仲間から女扱いされるのが悔しい』って。まあたぶん俺のことだな。女扱いしたつもりは一切ないけどな。レネに副団長はこう答えたそうだ。『そいつらより自分が強くなればいい。簡単じゃないか?』って。そして俺はその後の手合わせでレネに打ち負かされたわけだ」
「…………?」
話の要点が掴めず、バルトロメイがなにを言いたいのかわからない。
「まだわかんねぇって顔してんな。お前が殴られただけで済んだのは、レネが飼い犬に手ぇ噛まれたくらいにしか思ってないってからだよ。要するにお前のことを男としても見てないくらい弱いと思ってるってわけだ」
(——うそ……)
「お前はレネのことが好きなんだろ? でもなんでレネのことがぜんぜん見えてないんだ?」
レネのことが見えていない。
ボリスの言葉にヴィートは頭を殴りとばされたような衝撃を受ける。
ここにいる団員たちがすべてレネをこの世で一番大切に思っているわけではないい。
まあ仲のいい同僚ていどだろう。
そんな男たちでさえ、レネが吐いていることに気付いていたのにヴィートはまったく気付いていなかった。
今回のことで、レネが微妙な立場に追いやられてることさえも考えずに、ヴィートはただ自己顕示欲だけを満足させてきた。
(俺は……レネの一番になりたいと願うだけで、ぜんぜんレネの気持ちなんて考えてもなかった……)
◆◆◆◆◆
レネは、夕食にゲルトから行きたい店があるからと誘われて、一緒に外食した。
そこは女性に人気のカフェで、日ごろ滅多に食べないような野菜と果物中心の綺麗に飾りつけされた料理を、ゲルトと二人、ウサギにでもなった気分になりながら食べた。
編物工房の他愛のない話と、例のパンツの穿き心地を訊かれて(もちろんあれから一度も穿いていない)、すっかり現実を忘れることができたせいか料理も完食し、吐き気に襲われることもなかった。
日ごろ女たちに囲まれているせいか、髭を生やして男っぽい顔立ちをしているにも関わらず、不思議とゲルトは男臭さを感じることはない。
今のレネにとってはとてもありがたい存在だった。
ゲルトと別れ自分の部屋に帰って来るとレネは溜息を吐いた。
一人になるとどうしても考え込んでしまう。
『あのチビが食堂で自慢してぜ。誘ったらすぐにのって来たって』
団員の一人から風呂場で言われた言葉が頭の中でこだまする。
あの言葉を聞いてから、ヴィートに裏切られた気持ちになっている。
レネにとってヴィートはどこか危なっかしい所のある弟分のような存在だった。
初めて人を殺して、身体の熱を持て余しているのも、同じ男として気持ちがよくわかるので協力したつもりでいたのに、あんな風に思われていたなんて心外だった。
扱き合いなんて若い頃は皆一度は経験することだと、団員たちがよく口にしていたのを聞いていたから自分もそのつもりだったのに……。
それにヴィートが執務室でわざわざ自己申告しなければ、自分もここまで悩むことはなかったのだ。
(——オレはなに? 仲間じゃないのか?)
59
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる