菩提樹の猫

無一物

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13章 ヴィートの決断

14 男の正体は!?

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 なにやら進行方向からバタバタと足音がする。

「——待てッ、ヴィートっ!?」

「……レネっ!?」

 リーパの敷地の方からレネが抜き身の剣を持って駆けてきた。

(どうしてここに!?)

「さあ、人質を取ったぞ? こいつを殺されたくなければ剣を捨てて両手を上げろ」

 首に食い込んだナイフの刃が皮膚を切り裂き、血が滲み出す。

「……なんでこんな所ほっつき歩いてんだよボケ」

 らしくない悪態を吐いてレネは持っていた剣を地面に放り投げた。

「……レネっ!?」

 ヴィートの迂闊な行動のせいで剣が使えなくなった。
 このままではレネは相手の思うがままだ。
 
 なにがあったのかわからないが、レネはこの男を追っていた。
 改めてレネに目を向けると、身体中に切り傷ができている。きっと得体の知れない男が付けたものだ。
 ヴィートならまだしもレネが攻撃を避けきれていないということは、相手はそうとうの手練れだと思って間違いない。


「さて、どうするかな」

 緊迫した空気の中、男は楽しそうに次の展開を考えている。

(このままでは、俺はレネの足手纏いだ)

「——レネ、俺に構わず剣を拾えっ!」

 ヴィートはレネに向かって叫ぶ。
 
「できない。そいつは本気でお前を殺す」

「……でも……」

「無抵抗の人間相手じゃ面白くないからな。お前らにチャンスをやろう。二人いっぺんに相手してやるからかかって来い」

「ぐわっ!?」

 男はそう言っていきなり背中を蹴り飛ばしたので、ヴィートは前のめりになって地面に膝をつく。

 レネはすぐに剣を拾い、ヴィートは起き上がりすぐに今まで自分を拘束していた男の方を振り返った。

「……っ!?」

 意外な容貌にヴィートは目を見開く。
 レネとは雰囲気が違う、どこか陰のある美しさを持った青年だった。
 知らない男のはずなのに、なにか引っかかりを感じる。

(——なんだ?)

 薄茶色の髪に、青茶の瞳。
 この組み合わせをどこかで見たことがある。
 だがいきなり斬り掛かられたことで、現実の戦いへと思考を切り替える。

「くっ……」

 躱したつもりだったが、剣先が太ももを掠り赤い線が走る。
 自分を斬った剣を見て、ヴィートは驚愕する。

(——あの剣はコジャーツカ族の……コジャーツカ人なのか!?)

 サーベルを抜き、レネと二人で囲むように男と対峙する。
 レネに尋ねたいことがたくさんあるが、今はこの男に立ち向かうことが最優先事項だ。
 
 男は二人纏めて横薙ぎの攻撃を入れて来た。
 ヴィートとレネは紙一重でその攻撃を躱すが、すぐにレネが忠告する。

「次が来るっ!」

 その言葉を受けて、ヴィートは体勢を緩めることなく次の攻撃に備えることができた。

 だた次の攻撃は、一つの動きで二人纏めてではなく、新たに抜いた剣を加え二本の剣を使ってヴィートとレネそれぞれに攻撃を加えて来た。

(——こいつ、二刀流かっ!?)

 レネは上手く自分の剣を使い相手の攻撃をいなし、今度はそのまま自分の攻撃へとつなげていくが、ヴィートは予想外の動きに対応しきれず腕を斬られる。

「やっぱりお前は一段も二段も落ちるな」

 男はまるでゴミでも見るかのようにヴィートを一瞥する。

「逃げろっ! お前は無理だ」

 敵に注視したままのレネに言われ、ヴィートは唇を噛み締めた。
 自分の実力が理解できないほど馬鹿ではない。これ以上一緒に戦うとレネの邪魔になることくらいわかる。

(——クソっ!)

 背中を見せることなく、サーベルと構えたまま後ろへと下がる。

「負け犬は尻尾巻いて逃げたか。賢明だな」

 男が仕切り直しに少しレネとの距離を取り直し、戦線離脱したヴィートを鼻で嗤った。
 ついでに放った男の一言がヴィートの心にグサグサと刺さっていく。

 一歩引いたことで、二人の状況を冷静に見ることができるようになった。
 ヴィートが抜けたとたんに、男の攻撃のスピードが増した。
 レネはそれに懸命について行こうとするが、剣二本の攻撃に対して、剣一本で対応するのは難しい。男から攻められるばかりで、レネはどんどんと防戦一方になって来る。

(——このままじゃ時間の問題だ……)

 レネが剣で男の攻撃を受け流した所で、すぐさま次の攻撃がやって来る。

(間に合わないっ!)

 ヴィートが目を背けようとした時、金属のぶつかる音がした。
 
「あっ!?」

 レネがとっさにもう一本あった腰の剣を抜いて男の攻撃を阻んだのだ。
 ヴィートは先ほど急に男から襲撃されたので、レネが腰にもう一本帯剣していことまで見えていなかった。
 
 
 レネも剣を二本にして少し状況が持ち直したかに見えたが、男の舞うような滑らかな動きに比べ、レネの動きはぎこちない。まだ二本の剣を完全に制御できていない。

「ほらほら、どうした? 左手が付いて来てないぞ?」

 レネは右利きなので、どうしても左の動きが右に比べ劣る。
 そこを男はどんどんと攻めていった。
 遂には、せっかく二本で対応して一時は盛り返してきたレネの左手から、放物線を描いて剣が弾き飛ばされた。

 またあっという間にレネは劣勢へと追い込まれ、下半身を狙った攻撃を避けた際に近くの石ころに足を取られ尻もちをついてしまう。

(——危ないっ!!)

 思った瞬間には身体が勝手に動いていた。
 横からタックルをするように突進し、レネの身体を男の間合いから突き飛ばし、ヴィートは背中に衝撃を受け地面に倒れ込む。
 男が思いっきりヴィートの背中を蹴ったのだ。

「がっ……はっ……」

 上手く呼吸ができない。

「おいおい……飼い主に手を出したかと思えば……相変わらずの忠犬ぶりは変わらんな」

 頭上で男の声が聞こえる。

(……なんだ? こいつ……俺のことを言ってるのか?)

 まるでヴィートのことを知っているかのような言い方だ。

「——おいっ!? なにやってるんだ!」

 隣でレネの声が聞こえたが、まだ苦しくて地面に転がったまま声を上げることができない。

「そっちばかりに気を取られるな」

「……ぐっ!」

 男は首をめがけ横から蹴りを入れようをしたところを、レネは肘で庇いなんとか避けた。
 そのまま決まっていたら、レネの首の骨は折れていただろう。

 今度は剣で首を刎ねるような横薙ぎの攻撃を入れてきたが、とっさに後ろへ倒れ込みその攻撃を防ぐ。
 だが、男はレネの身体に乗り上げると、真上からレネの眉間に剣先を突きつけた。

 薄茶色の長い髪が落ちて頬に掛かる。
 ヴィートはまだ起き上がることができないままその様子を眺めていたが、不謹慎にもほっそりとした美青年二人の絡みに、ドキリと心臓が高鳴った。

「——副団長、もう今日はそこまでにしておいて下さい。これ以上怪我人を増やすと私もよけいな力を使わないといけなくなる」

 とつぜん後ろからやって来たボリスに、ヴィートは度肝が抜けるほど驚く。
 それだけではない、その発言の内容だ。

「副団長!?」


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