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13章 ヴィートの決断
11 秘密
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「そんな機嫌を損ねないでよ。おっさんが拗ねてもぜんぜん可愛くないわよ」
哀れに思ったのか、ゲルトがバルナバーシュの肩を小突くが、おっさんにそれを言われてもムカつくだけだ。
「だが、あいつバル相手にそこまで言うとは、勇気のある奴じゃないか。初めて人を殺した割には落ち着いていたし、見所のある奴だ」
腕を組んで濃墨が初めて会った時の様子を思い出しているようだ。
「俺に楯突く勇気だけは認めてやる」
「あんた前から、ヴィートのそこだけは買ってるよな」
バルナバーシュの言葉を聞いて、ルカーシュが笑う。
「確かにあの子、負けん気の強い顔してたわねぇ」
「いくら腕が立っても、いざという時に戦えない腰抜けは要らない」
腹は立つが、その要素だけは日ごろの鍛練では磨けない。
元から持っている本人の資質によるものが大きい。
バルナバーシュは団員たちを見る時に、一番そこを重視している。
特に心を動かしたのは三人の団員だ。
団長自らレネを鍛練するのを止めて、代わりを申し出たゼラ。
一切の私情を捨て、実の父と決闘を行ったバルトロメイ。
戦えもしないくせに、レネを庇ってゼラの前に躍り出たヴィート。
だがこの中で、最も実力が足りないのはヴィートだ。
「お前、ヴィートが戦う所を見て、どう思った? 伸びると思うか?」
濃墨にバルナバーシュは問いかける。
「あいつはまったくの我流だろ?」
真剣な顔で濃墨がバルナバーシュに視線を向ける。
まったく興味がなかったら、こんな目をしない。
(少しは脈があるかもしれん)
「去年の秋に入団して、それまではナイフしか扱ったことがない。剣は全体練習で扱ったくらいで、誰かが本格的に教えたことはないな」
「あいつは幾つだ?」
「確か十八になったばかりだ」
しばらく濃墨は考え込んでいた。
「……ちと遅い気もするが、実戦で叩き込めばなんとかなるかもしれん」
「——そうか……——俺は一つ皆に話しておかなければいけないことがある。養子のレネについてのことだ」
そう切り出すと、バルナバーシュは今までレネの師であるルカーシュにしか告げていないレネの秘密を、信頼ある仲間たちに話した。
「……あの子にそんな秘密があったのね……だとしたら……」
「あそこは男系しか認めないから大丈夫だ。お前の所に迷惑はかけない」
ゲルトが言いたいことを察したバルナバーシュは、安心させるように先に言っておく。
「順当に行けばここの時期団長は養子のレネだ。実の息子は入団時に自らその意思がないことを俺に告げている。リーパの団長になるということは、国王に忠誠を誓い剣を捧げることを意味する。もし連中がレネの存在に気付けば、そのことをよく思わんだろう。色々と妨害が入るかもしれん。俺もまともに動けてあと五年くらいだ。その前にレネの周辺を鍛え上げておきたい。ヴィートは気概はあるんだが、俺も二人同時に指導していて、ルカもレネで手一杯だし、正直持て余していた。濃墨、答えはここで出さなくていいから考えておいてくれるか?」
「あと五年。年をとってくると厳しい言葉だよな……——俺も時々考えるよ。動けるうちになにも残さなくていいのかって? ……いい頃合いなのかもしれないな。だがこればっかりはお互いにピンと来るものがないとな……——滞在中には答えを出そう」
濃墨は片頬を上げると、皮肉げに笑った。
誰でも老いには勝てない。バルナバーシュも五年以内にゼラとバルトロメイに抜かれるだろう。いや、そうなってもらわないと困る。早くそうなるように、二人の指導には熱心に取り組んでいた。
「アタシもルカちゃんだって弟子がいるものね。ムカつくことも沢山あるけど弟子を持つことも悪くないわよ」
ゲルトも口添えする。
これまでバルナバーシュの心の中で色々な葛藤があった。
この十年間悩み抜いた末、春先の決闘騒ぎで心が決まる。
どこかにしまい込むよりも、レネ自身をもっと強く鍛え上げ、周りを猛犬たちで固めてしまった方が、レネの性に合っているしリーパも安泰だ。
「でもよくそんな子をリーパで働かせる気になったわね。この前だってあと一歩遅ければ死んでたわよ」
ゲルトがジェゼロの件を持ち出す。
「仕事で死ぬのは仕方ないと思ってる。本人の実力と運次第だ。あれからウチの弓使いに鍛えさせたからもうあんなことにはならないはずだ。これからも危険な仕事はたくさん請けるだろうが、リーパにいる限り仕方ない。本人の意思で入団してるんだからな。危険は常に他の団員たちと同じであるべきだ。それにあいつはこの前の任務で何年も遊んで暮らせるほどの金をもらっている」
「アンタ親として甘いのか厳しいのかわからなくなる時があるわ……」
「そこは割り切ってるからな。だがそれ以外のことであいつに危害を加える者がいたら阻止するのが俺の役目だと思っている」
「……咥える方も阻止な」
ぼそりとルカーシュが笑いながら呟く。
「言葉遊びをしてんじゃねえよ」
横の三編み頭を叩くと、今日もいい音が響いた。
哀れに思ったのか、ゲルトがバルナバーシュの肩を小突くが、おっさんにそれを言われてもムカつくだけだ。
「だが、あいつバル相手にそこまで言うとは、勇気のある奴じゃないか。初めて人を殺した割には落ち着いていたし、見所のある奴だ」
腕を組んで濃墨が初めて会った時の様子を思い出しているようだ。
「俺に楯突く勇気だけは認めてやる」
「あんた前から、ヴィートのそこだけは買ってるよな」
バルナバーシュの言葉を聞いて、ルカーシュが笑う。
「確かにあの子、負けん気の強い顔してたわねぇ」
「いくら腕が立っても、いざという時に戦えない腰抜けは要らない」
腹は立つが、その要素だけは日ごろの鍛練では磨けない。
元から持っている本人の資質によるものが大きい。
バルナバーシュは団員たちを見る時に、一番そこを重視している。
特に心を動かしたのは三人の団員だ。
団長自らレネを鍛練するのを止めて、代わりを申し出たゼラ。
一切の私情を捨て、実の父と決闘を行ったバルトロメイ。
戦えもしないくせに、レネを庇ってゼラの前に躍り出たヴィート。
だがこの中で、最も実力が足りないのはヴィートだ。
「お前、ヴィートが戦う所を見て、どう思った? 伸びると思うか?」
濃墨にバルナバーシュは問いかける。
「あいつはまったくの我流だろ?」
真剣な顔で濃墨がバルナバーシュに視線を向ける。
まったく興味がなかったら、こんな目をしない。
(少しは脈があるかもしれん)
「去年の秋に入団して、それまではナイフしか扱ったことがない。剣は全体練習で扱ったくらいで、誰かが本格的に教えたことはないな」
「あいつは幾つだ?」
「確か十八になったばかりだ」
しばらく濃墨は考え込んでいた。
「……ちと遅い気もするが、実戦で叩き込めばなんとかなるかもしれん」
「——そうか……——俺は一つ皆に話しておかなければいけないことがある。養子のレネについてのことだ」
そう切り出すと、バルナバーシュは今までレネの師であるルカーシュにしか告げていないレネの秘密を、信頼ある仲間たちに話した。
「……あの子にそんな秘密があったのね……だとしたら……」
「あそこは男系しか認めないから大丈夫だ。お前の所に迷惑はかけない」
ゲルトが言いたいことを察したバルナバーシュは、安心させるように先に言っておく。
「順当に行けばここの時期団長は養子のレネだ。実の息子は入団時に自らその意思がないことを俺に告げている。リーパの団長になるということは、国王に忠誠を誓い剣を捧げることを意味する。もし連中がレネの存在に気付けば、そのことをよく思わんだろう。色々と妨害が入るかもしれん。俺もまともに動けてあと五年くらいだ。その前にレネの周辺を鍛え上げておきたい。ヴィートは気概はあるんだが、俺も二人同時に指導していて、ルカもレネで手一杯だし、正直持て余していた。濃墨、答えはここで出さなくていいから考えておいてくれるか?」
「あと五年。年をとってくると厳しい言葉だよな……——俺も時々考えるよ。動けるうちになにも残さなくていいのかって? ……いい頃合いなのかもしれないな。だがこればっかりはお互いにピンと来るものがないとな……——滞在中には答えを出そう」
濃墨は片頬を上げると、皮肉げに笑った。
誰でも老いには勝てない。バルナバーシュも五年以内にゼラとバルトロメイに抜かれるだろう。いや、そうなってもらわないと困る。早くそうなるように、二人の指導には熱心に取り組んでいた。
「アタシもルカちゃんだって弟子がいるものね。ムカつくことも沢山あるけど弟子を持つことも悪くないわよ」
ゲルトも口添えする。
これまでバルナバーシュの心の中で色々な葛藤があった。
この十年間悩み抜いた末、春先の決闘騒ぎで心が決まる。
どこかにしまい込むよりも、レネ自身をもっと強く鍛え上げ、周りを猛犬たちで固めてしまった方が、レネの性に合っているしリーパも安泰だ。
「でもよくそんな子をリーパで働かせる気になったわね。この前だってあと一歩遅ければ死んでたわよ」
ゲルトがジェゼロの件を持ち出す。
「仕事で死ぬのは仕方ないと思ってる。本人の実力と運次第だ。あれからウチの弓使いに鍛えさせたからもうあんなことにはならないはずだ。これからも危険な仕事はたくさん請けるだろうが、リーパにいる限り仕方ない。本人の意思で入団してるんだからな。危険は常に他の団員たちと同じであるべきだ。それにあいつはこの前の任務で何年も遊んで暮らせるほどの金をもらっている」
「アンタ親として甘いのか厳しいのかわからなくなる時があるわ……」
「そこは割り切ってるからな。だがそれ以外のことであいつに危害を加える者がいたら阻止するのが俺の役目だと思っている」
「……咥える方も阻止な」
ぼそりとルカーシュが笑いながら呟く。
「言葉遊びをしてんじゃねえよ」
横の三編み頭を叩くと、今日もいい音が響いた。
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