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13章 ヴィートの決断
9 爆発
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◆◆◆◆◆
「八条違反とは大きく出たな」
バルナバーシュは腕を組んで椅子に座り直す。
「……別に大したことはしてません」
生意気な灰色の目が真正面からバルナバーシュを睨む。
団員たちの中でもバルナバーシュが凄んで目を逸らさない者は一握りしかいない。
(その中でもこいつは最弱のクセに態度だけはふてぶてしい……)
この態度は一条も違反していると言っていいだろう。
そしてバルナバーシュは、後ろで二人の様子を眺めているルカーシュの目が輝いているのを見逃さなかった。
(こいつはこいつで面白がってやがるな……)
「じゃあなんでそんな顔になるんだ、言ってみろ」
「——勢いで」
後ろで、ふっと息の漏れる音が聴こえた。
必死で笑いを噛み殺している様子が、見なくとも伝わる。
「なんの勢いだよ?」
長年団長をやっていて、若い団員からこうしてトンチンカンな話を聞かされることは間々ある。
いちいちキレていたら身が持たないので、バルナバーシュは気を静めて冷静に話を聞いていく。
「実は、スロジットの峠で……初めて人を殺したんです」
「……で?」
バルナバーシュは今まで多くの団員たちを見てきたせいか、この一言でだいたいの成り行きが見えてきた。
だが、ここで口を挟むことはせずに、ヴィートに話を続けさせる。
「宿に帰ってもなんか興奮が収まらなくて、下着一枚でレネと傷の手当をしてたらムラムラしてきて」
(……それでレネに手ぇ出して殴られたのか……)
だが、その答えはバルナバーシュの予想の遥か斜め上を行っていた。
「お互いのを扱きあってたら——」
(は? 扱き合う? )
「——ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉が、養子の飼い犬の口から飛び出し、一旦話を中断させる。
ついこの前まで多少の行き違いはあったが、レネの教育には神経を尖らせていたつもりだ。
レネはあの容姿だ。
もっと意識的に使ったら、男たちを意のままに扱うこともできるだろう。
しかしバルナバーシュは人に色目を使うような男に育ってほしくなかったし、レネ自身も強く男らしい人間になることを目指していた。
そしてレネは自分の中性的な容姿に強くコンプレックスを抱いている。
同性に性的な目で見られることをなによりも嫌っているはずだ。
男は隠すとよけいに暴きたくなるという習性がある。
なので敢えて他の男たちと同じよう、肌を見せることになんの羞恥心も覚えないように育てた。
少しでも恥じらったら、そこに陰湿な空気が生まれかねない。
バルナバーシュは大浴場に行ったりすることはないので確かめようはないが、きっとレネは他の男たちに混じってあけっぴろげに身体を洗っているはずだ。
そこで妙な気を起こしても、手を出せる気概のある男たちは今までいなかった。
第一、レネは団長であるバルナバーシュの養子だ。疚しい気持ちがある奴らは、だいたい一睨みしてやると尻尾を巻いて逃げていく。
それに、ベテランの団員たちも絶妙な距離感でレネを見守っていた。
あの男たちは距離感をよく心得ていて、決して甘やかしたり特別扱いはしないが、目だけは光らせていた。
男たちの集団では、時に馬鹿げたじゃれ合いが必要な時もある。
扱き合いなど、集団の中で生活していれば誰でも経験することだろう。
だが、どうして自分が拾ってきた犬と?
目の前にいる目付きの悪いガキは、レネが最初にマウントをとって絶対服従しているとばかり思っていた。
ヤンやベドジフ、カレルなどだったらまだわかる。
なぜ自分より年下のこんな犬にそんな行為を許してしまったのか、バルナバーシュには理解できなかった。
「心配しないで下さい、レネを誘ったのは俺ですから。レネは悪くありません。でも、どうしてお前とって思ってるでしょ?」
押し黙って考え込んでいたバルナバーシュの頭の中を、ヴィートに言い当てられる。
「——理解に苦しむ」
「あいつは押しに弱いし、負けず嫌いだからそこを刺激したらすぐにのってきましたよ? あんまりチョロいからこっちが心配になるくらい」
いつになくヴィートは饒舌だった。
バルナバーシュは、ヴィートがレネとの体験を誰かに話したくてたまらないと思っていることを知らない。
そして冗談でも、息子を無防備に育てた親の顔が見てみたいなんて思っていたことも知らない。
いくら他の人間に自慢したいからといって、一番自慢してはいけない男に自分から話す馬鹿はいない。
だがヴィートは、バルナバーシュが混乱しているのをいいことに、自分が優位にいると勘違いして話を続ける。
要するに馬鹿だった。
ふとバルナバーシュが視線を足元に落とすと、ルカーシュが団長の机の影にしゃがんで、必死に笑いを噛み殺している。
ムカついたので足でその尻を蹴ってやった。
親としては、実に不愉快だ。
「どっちが早漏かを競って扱きあったんですけど、そこはレネも男です、コツを掴んでるから俺が負けました。レネも勃ってたんですけど、それを目の当たりにして我慢できなくなって……咥え——」
いくら血が繋がらなくとも、自分の子供の性的な話を聞いて喜ぶ親などいない。
「黙れっ、誰もそこまで聞いてねえだろうがっ! よくも俺の息子に手ぇ出しやがって!!」
思わず大声で怒鳴った瞬間に、執務室の扉が開いた。
バルナバーシュの怒号が二階の廊下中にまで響き渡ったのは言うまでもない。
「八条違反とは大きく出たな」
バルナバーシュは腕を組んで椅子に座り直す。
「……別に大したことはしてません」
生意気な灰色の目が真正面からバルナバーシュを睨む。
団員たちの中でもバルナバーシュが凄んで目を逸らさない者は一握りしかいない。
(その中でもこいつは最弱のクセに態度だけはふてぶてしい……)
この態度は一条も違反していると言っていいだろう。
そしてバルナバーシュは、後ろで二人の様子を眺めているルカーシュの目が輝いているのを見逃さなかった。
(こいつはこいつで面白がってやがるな……)
「じゃあなんでそんな顔になるんだ、言ってみろ」
「——勢いで」
後ろで、ふっと息の漏れる音が聴こえた。
必死で笑いを噛み殺している様子が、見なくとも伝わる。
「なんの勢いだよ?」
長年団長をやっていて、若い団員からこうしてトンチンカンな話を聞かされることは間々ある。
いちいちキレていたら身が持たないので、バルナバーシュは気を静めて冷静に話を聞いていく。
「実は、スロジットの峠で……初めて人を殺したんです」
「……で?」
バルナバーシュは今まで多くの団員たちを見てきたせいか、この一言でだいたいの成り行きが見えてきた。
だが、ここで口を挟むことはせずに、ヴィートに話を続けさせる。
「宿に帰ってもなんか興奮が収まらなくて、下着一枚でレネと傷の手当をしてたらムラムラしてきて」
(……それでレネに手ぇ出して殴られたのか……)
だが、その答えはバルナバーシュの予想の遥か斜め上を行っていた。
「お互いのを扱きあってたら——」
(は? 扱き合う? )
「——ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉が、養子の飼い犬の口から飛び出し、一旦話を中断させる。
ついこの前まで多少の行き違いはあったが、レネの教育には神経を尖らせていたつもりだ。
レネはあの容姿だ。
もっと意識的に使ったら、男たちを意のままに扱うこともできるだろう。
しかしバルナバーシュは人に色目を使うような男に育ってほしくなかったし、レネ自身も強く男らしい人間になることを目指していた。
そしてレネは自分の中性的な容姿に強くコンプレックスを抱いている。
同性に性的な目で見られることをなによりも嫌っているはずだ。
男は隠すとよけいに暴きたくなるという習性がある。
なので敢えて他の男たちと同じよう、肌を見せることになんの羞恥心も覚えないように育てた。
少しでも恥じらったら、そこに陰湿な空気が生まれかねない。
バルナバーシュは大浴場に行ったりすることはないので確かめようはないが、きっとレネは他の男たちに混じってあけっぴろげに身体を洗っているはずだ。
そこで妙な気を起こしても、手を出せる気概のある男たちは今までいなかった。
第一、レネは団長であるバルナバーシュの養子だ。疚しい気持ちがある奴らは、だいたい一睨みしてやると尻尾を巻いて逃げていく。
それに、ベテランの団員たちも絶妙な距離感でレネを見守っていた。
あの男たちは距離感をよく心得ていて、決して甘やかしたり特別扱いはしないが、目だけは光らせていた。
男たちの集団では、時に馬鹿げたじゃれ合いが必要な時もある。
扱き合いなど、集団の中で生活していれば誰でも経験することだろう。
だが、どうして自分が拾ってきた犬と?
目の前にいる目付きの悪いガキは、レネが最初にマウントをとって絶対服従しているとばかり思っていた。
ヤンやベドジフ、カレルなどだったらまだわかる。
なぜ自分より年下のこんな犬にそんな行為を許してしまったのか、バルナバーシュには理解できなかった。
「心配しないで下さい、レネを誘ったのは俺ですから。レネは悪くありません。でも、どうしてお前とって思ってるでしょ?」
押し黙って考え込んでいたバルナバーシュの頭の中を、ヴィートに言い当てられる。
「——理解に苦しむ」
「あいつは押しに弱いし、負けず嫌いだからそこを刺激したらすぐにのってきましたよ? あんまりチョロいからこっちが心配になるくらい」
いつになくヴィートは饒舌だった。
バルナバーシュは、ヴィートがレネとの体験を誰かに話したくてたまらないと思っていることを知らない。
そして冗談でも、息子を無防備に育てた親の顔が見てみたいなんて思っていたことも知らない。
いくら他の人間に自慢したいからといって、一番自慢してはいけない男に自分から話す馬鹿はいない。
だがヴィートは、バルナバーシュが混乱しているのをいいことに、自分が優位にいると勘違いして話を続ける。
要するに馬鹿だった。
ふとバルナバーシュが視線を足元に落とすと、ルカーシュが団長の机の影にしゃがんで、必死に笑いを噛み殺している。
ムカついたので足でその尻を蹴ってやった。
親としては、実に不愉快だ。
「どっちが早漏かを競って扱きあったんですけど、そこはレネも男です、コツを掴んでるから俺が負けました。レネも勃ってたんですけど、それを目の当たりにして我慢できなくなって……咥え——」
いくら血が繋がらなくとも、自分の子供の性的な話を聞いて喜ぶ親などいない。
「黙れっ、誰もそこまで聞いてねえだろうがっ! よくも俺の息子に手ぇ出しやがって!!」
思わず大声で怒鳴った瞬間に、執務室の扉が開いた。
バルナバーシュの怒号が二階の廊下中にまで響き渡ったのは言うまでもない。
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