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12章 伯爵令息の夏休暇
番外編 ベルナルトの懺悔1
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ベルナルトはオストロフ島から這々の体で屋敷へ帰りつくと、父であるダルシー伯爵に泣きついた。
伯爵は息子の失態に怒り狂うと、急いでリンブルク伯爵に使いを送り、オストロフ島でアンドレイが危機に瀕していることを知らせた。
まさか自分が企んだことがこんな大事になるとは思っていなかった。
「クルト……どうしよう……」
自室に籠もりガタガタと震えることしかできない自分が情けなかった。
「アンドレイたちは……無事だろうか?」
この疑問の答えを知るのも今のベルナルトにとっては辛かったが、一人で抱え込むことに耐えきれず、恐る恐るクルトを見上げた。
「アンドレイ坊ちゃまが足に怪我さえしてなければあの従者も上手く立ち回ることができるかもしれないが……一人で戦うには山賊たちの数が多すぎる。いくら強くても、数にはかなわない」
クルトが口にした『アンドレイの怪我』という言葉を聞いて、刃物で刺されたかのような衝撃が胸に走った。
(……俺のせいだ……)
「じゃあ……」
「最悪の事態を想定しておけ。二人とも殺されているかもしれない」
「…………」
ベルナルトにとってあまりにもその言葉は重く、息をするのも憚られるほど罪悪感に押しつぶされる。
その夜は眠ることなく、リンブルク伯爵家から届く一報を待ち続けた。
まだ陽も登らない早朝、アンドレイは無事であの従者も瀕死の重傷を負ったが生きているという知らせが届いた時は、ヘナヘナと腰が抜けた。
父から再度呼び出された時に、ベルナルトはどんな罰でも受けようと覚悟していた。
だが、言い渡された言葉は想定外のもので、ベルナルトは伯爵である父に何度も許しを請うたが『口答えは許さんっ!!』と一喝されまったく取り合って貰えなかった。
言い渡された罰とは、ベルナルトではなくクルトに対してのもので、鞭打ち三十回という重いものだった。
お付きの騎士として、主のすべてを把握していなければいけないはずのクルトが、ヘルミーナとの企てに気付いていなかったとして、監督不十分を問われた形だ。
ベルナルトにとってはなによりも重い罰となった。
若い頃に戦場で腕を鳴らした伯爵自らが振り下ろす鞭の破壊力は凄まじく、辺りにクルトの血が飛び散るさまをベルナルトは幼い子供のようにわんわんと泣き叫びながら強制的に見せられた。
「お前は、自分の行いでどれだけの人に迷惑をかけているのか気付け。アンドレイの従者は主を守るために瀕死の重傷を負ったそうだ。アンドレイは今のお前よりも何十倍も辛い思いをしているはずだ。わかるか? この意味が? お前はもっと他人の心の痛みを察することが必要だ!」
父はそう言うと、自分の騎士と共に部屋から出て行った。
(——俺は……なんて愚かなことをしたんだ……)
「……クルト……ごめんなさいっ……僕のせいでっ……お前が……こんなことに……」
あまりにもショックが大きすぎて、一人称が幼い頃に戻っていたが、ベルナルト
は気付いていない。
クルトは少しヨロヨロとしながらも自らの足で立ち上がり、ミミズ腫れどころか皮膚が破れて血だらけになった背中の上にシャツを羽織る。
綺麗に僧帽筋の乗った美しいクルトの背中に、自分の愚かな行いのせいで醜い傷を付けてしまった。ベルナルトはそれが悔しくてならない。
「お前のお父上はさすがだな……絶対間違ったことはなさらない。お前は俺なんかに謝るよりも、アンドレイ坊ちゃまに謝るべきだろ」
「……クルト……」
自分を鞭打った伯爵に対して、恨みどころか逆に讃えるクルトの器の大きさの方こそ、ベルナルトは凄いと思わずにはいられない。
「従者の容態が安定したら、謝罪と見舞いに行け。あの従者はお前の命も守ってくれたんだぞ」
クルトの言葉を受けてベルナルトは、敵を目前にして急に豹変した青年の姿を思い出す。
実のところ、山賊たちよりもあの青年の方が恐ろしく感じたほどだ。
しかし、レネという名のアンドレイの従者は、たいそうな美青年だった。
そんな青年が瀕死の重傷を負った……間違いなく鞭打ちを受けたクルトの背中よりも酷い怪我だろう。
下着一枚で火にあたっている所を見たが、傷一つない綺麗な肌をしていた。
もしかしたらその美しい外見が、怪我のせいで二度と見られない醜い姿になってしまったかもしれない。
アンドレイは今どんな気持ちでいるのだろうか……。
レネをクルトに置き換えると簡単に想像がつく。
(俺は……最低の人間だ……)
隣同士の領地ということもあり、蟠《わだかま》りを残したままにておくと後々面倒な事態になる。
父は先にさっさとリンブルク伯爵と話し合いを付けて、今回の出来事についての後始末を済ませてしまった。
「お前はアンドレイにちゃんと謝罪して、どんな現実が待ち受けていようとも受け入れろ」
父の一言に、ベルナルトはゴクリと固唾をのむ。
伯爵は息子の失態に怒り狂うと、急いでリンブルク伯爵に使いを送り、オストロフ島でアンドレイが危機に瀕していることを知らせた。
まさか自分が企んだことがこんな大事になるとは思っていなかった。
「クルト……どうしよう……」
自室に籠もりガタガタと震えることしかできない自分が情けなかった。
「アンドレイたちは……無事だろうか?」
この疑問の答えを知るのも今のベルナルトにとっては辛かったが、一人で抱え込むことに耐えきれず、恐る恐るクルトを見上げた。
「アンドレイ坊ちゃまが足に怪我さえしてなければあの従者も上手く立ち回ることができるかもしれないが……一人で戦うには山賊たちの数が多すぎる。いくら強くても、数にはかなわない」
クルトが口にした『アンドレイの怪我』という言葉を聞いて、刃物で刺されたかのような衝撃が胸に走った。
(……俺のせいだ……)
「じゃあ……」
「最悪の事態を想定しておけ。二人とも殺されているかもしれない」
「…………」
ベルナルトにとってあまりにもその言葉は重く、息をするのも憚られるほど罪悪感に押しつぶされる。
その夜は眠ることなく、リンブルク伯爵家から届く一報を待ち続けた。
まだ陽も登らない早朝、アンドレイは無事であの従者も瀕死の重傷を負ったが生きているという知らせが届いた時は、ヘナヘナと腰が抜けた。
父から再度呼び出された時に、ベルナルトはどんな罰でも受けようと覚悟していた。
だが、言い渡された言葉は想定外のもので、ベルナルトは伯爵である父に何度も許しを請うたが『口答えは許さんっ!!』と一喝されまったく取り合って貰えなかった。
言い渡された罰とは、ベルナルトではなくクルトに対してのもので、鞭打ち三十回という重いものだった。
お付きの騎士として、主のすべてを把握していなければいけないはずのクルトが、ヘルミーナとの企てに気付いていなかったとして、監督不十分を問われた形だ。
ベルナルトにとってはなによりも重い罰となった。
若い頃に戦場で腕を鳴らした伯爵自らが振り下ろす鞭の破壊力は凄まじく、辺りにクルトの血が飛び散るさまをベルナルトは幼い子供のようにわんわんと泣き叫びながら強制的に見せられた。
「お前は、自分の行いでどれだけの人に迷惑をかけているのか気付け。アンドレイの従者は主を守るために瀕死の重傷を負ったそうだ。アンドレイは今のお前よりも何十倍も辛い思いをしているはずだ。わかるか? この意味が? お前はもっと他人の心の痛みを察することが必要だ!」
父はそう言うと、自分の騎士と共に部屋から出て行った。
(——俺は……なんて愚かなことをしたんだ……)
「……クルト……ごめんなさいっ……僕のせいでっ……お前が……こんなことに……」
あまりにもショックが大きすぎて、一人称が幼い頃に戻っていたが、ベルナルト
は気付いていない。
クルトは少しヨロヨロとしながらも自らの足で立ち上がり、ミミズ腫れどころか皮膚が破れて血だらけになった背中の上にシャツを羽織る。
綺麗に僧帽筋の乗った美しいクルトの背中に、自分の愚かな行いのせいで醜い傷を付けてしまった。ベルナルトはそれが悔しくてならない。
「お前のお父上はさすがだな……絶対間違ったことはなさらない。お前は俺なんかに謝るよりも、アンドレイ坊ちゃまに謝るべきだろ」
「……クルト……」
自分を鞭打った伯爵に対して、恨みどころか逆に讃えるクルトの器の大きさの方こそ、ベルナルトは凄いと思わずにはいられない。
「従者の容態が安定したら、謝罪と見舞いに行け。あの従者はお前の命も守ってくれたんだぞ」
クルトの言葉を受けてベルナルトは、敵を目前にして急に豹変した青年の姿を思い出す。
実のところ、山賊たちよりもあの青年の方が恐ろしく感じたほどだ。
しかし、レネという名のアンドレイの従者は、たいそうな美青年だった。
そんな青年が瀕死の重傷を負った……間違いなく鞭打ちを受けたクルトの背中よりも酷い怪我だろう。
下着一枚で火にあたっている所を見たが、傷一つない綺麗な肌をしていた。
もしかしたらその美しい外見が、怪我のせいで二度と見られない醜い姿になってしまったかもしれない。
アンドレイは今どんな気持ちでいるのだろうか……。
レネをクルトに置き換えると簡単に想像がつく。
(俺は……最低の人間だ……)
隣同士の領地ということもあり、蟠《わだかま》りを残したままにておくと後々面倒な事態になる。
父は先にさっさとリンブルク伯爵と話し合いを付けて、今回の出来事についての後始末を済ませてしまった。
「お前はアンドレイにちゃんと謝罪して、どんな現実が待ち受けていようとも受け入れろ」
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