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12章 伯爵令息の夏休暇
29 本領発揮
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レネは突撃する時も、決して叫んだりしない。
「……っ」
「……!?」
まるでカマイタチの様な突然の斬撃に、最初の二人はなにが起こったのかも理解できないまま事切れた。
「なんだっ!?」
「こいつっ……何者だ」
残りの男たちは武器を構えたまま後退する。
こんな時は相手が状況を把握できていない今がチャンスだ。
レネは腰からナイフを抜き取ると、右手の剣で一番近くの男を斬り捨て、左手で逆手に持ったナイフで次にいた男の首を掻き切る。
あと二人。
流石に残りの男たちはこれだけ仲間が殺られて、対峙する相手がただ者ではないと気付いた。
これ以上、間合いを詰めてこようとしない。
手前にいる男は槍を持っている。
狭い獣道では一番戦い難い相手だが、レネが今ここで下がると、少年たちに敵を近付けてしまうことになる。
レネはナイフを腰に戻すと、動きを止めて、ジッと槍を持つ男の動きを見極めた。
一瞬のうちに神経を集中させると、耳鳴りのように自分の心音だけが聴覚に響く。
次第に、レネの焦点の合った場所だけがスローモーションのようにゆっくりと動き出す変わりに、まるで空間が歪んだように、その周りは超高速で動き出した。
槍で突いてくる男の攻撃を紙一重で躱すと、槍を掴んで脇の下に固定する。
動けなくなった所に、今度は剣を右から左に斬り返し、バッサリと男の腹を切る。
「ぐぁぁぁぁぁぁっっ……」
男の断末魔が響き、最後の一人は恐れをなして踵を返す。
「たっ……助けてくれっ!」
だがすぐに向こうから来た人物によって、男は退路を阻まれる。
レネは正体に気付き叫んだ。
「クルトさんっ、そいつは生け捕りにしてくれ」
レネの言葉を受けてクルトはすぐさま男の剣をはたき落とすと、腹に蹴りを入れ地面に倒れた所を拘束する。
流石に騎士だけあって、その腕も伊達ではない。
「なにがあった?」
獣道に広がる惨状を見て、クルトは眉を顰めた。
「それよりも坊ちゃまたちを丸太小屋まで移動させましょう」
ガタガタと恐怖に震える三人を、藪から呼び戻し死体を避けて獣道を通って丸太小屋へと向かう。
アンドレイは挫いたせいでまともに歩けないので、レネが肩を貸しながら移動した。
(クソ……この怪我じゃまともに走れない)
丸太小屋の近くで様子を窺っていたアイロスが、返り血を浴びたレネを見て驚いた様子で、クルトに尋ねる。
「どうしたんだ?」
「賊が潜んでいた。まずは小屋の中へ入ろう」
「じゃあ……君が全員仕留めたのか……」
簡単な経緯を話すと、アイロスが信じられない面持ちでレネを見つめた。
レネの正体を知らない少年二人も、一番弱そうな従者の豹変に恐れおののいている。
先ほど襲ってきた賊よりも、これではまるで自分の方が恐ろしい化け物のようではないか。
「……やっぱりコジャーツカの剣は飾りじゃなかったんだな……」
クルトだけが別段驚いた様子もなく、レネの剣に目を向けていた。
だが、レネはそんなことにかまけている暇はなかった。
「おい、お前……さっきなにか仲間と喋ってたろ? 後の奴らとはなんだ? 死にたくなかったら正直に喋ろっ!」
普段の口調をガラリと変え、低い声でナイフを首元に当て生け捕りにした男を尋問する。
「ひっ……喋るから、こ…殺さないでくれッ……」
レネが仲間を殺す所を直接見ているので、その効果は覿面だ。
少年たちまで、まるで自分が尋問されているかのようにガタガタと恐怖に身体を震わせているが、今はそんなことに構っている余裕はない。
「俺たちとは違う山賊集団が幾つか、もうすぐ島に着くはずだ。噂じゃこの辺の山賊たちに相当金をバラまいていると聞いた」
(幾つかだと?)
「依頼主は誰だっ!」
「知らねえ……がっ……」
レネは躊躇なくナイフの柄で頬を殴る。
「本当に……知らねえんだよ……」
口から血を流し男はブルブルと震えだす。
「おいっ、北から舟の明かりが近付いてくるぞ、急いでここを出た方がいい」
この島の一番高い場所にあるロフトの窓から、周りの様子を観察していたアイロスが叫んだ。
「お前っ、舟はどこに置いてきた?」
レネは男にせっつく。
「……桟橋だっ」
「早くしないと島の北に接岸するぞっ」
アイロスがロフトの階段を下りて、パトリクの襟首を掴んで逃げる準備をする。
「桟橋へ行って、その舟で島を脱出するぞっ!」
クルトもベルナルトを無理矢理立たせて、扉へと向かう。
「レネ、ごめんっ……僕走れない」
今から全力疾走で走ってもギリギリなのに、足を挫いたアンドレイでは無理だ。
アンドレイを皆で待っていた
ら共倒れになる可能性もある。
「四人で舟を出せっ! オレたちは助けが来るまでなんとかもたせる」
「死ぬ気かっ?」
クルトが叫ぶが、レネは首を横に振った。
「早く行けっ! こっちは大丈夫だ」
騎士たちは自分の主が一番だ。これ以上レネたちを気にしている余裕はない。
「……わかった、無事を祈る」
力付けるようにレネの肩を一度叩くと、クルトが主を連れて小屋を出て行き、アイロスたちもそれに続いた。
「南東の林に向かう斜面に小さな洞穴がある。そこに身を隠せ」
去り際にアイロスがレネに耳打ちする。
嫌がらせばかりしていた男も、さすがに二人を取り残していくのは後味が悪かったのだろう。
レネは頭の隅でそんなことを考えながら、自分たちの荷物の方へと向かった。
「レネ、ごめん……僕のせいで」
荷物の中から必要なものを取り出し、レネはアンドレイの言葉を背中で聞く。
「アンドレイ……生き残りたいなら、これからオレの言うことは絶対聞け、いいな?」
肩を貸し、小屋の外に出ると、今までにない強い口調でアンドレイに告げる。
「——はい」
アンドレイは今までになく真剣な顔でレネに答えた。
小屋に置いてきた男は山賊集団が幾つかと言っていた。
きっと十人や二十人では済まない。
だがレネには、デニスに代わってアンドレイを守り抜かないといけない使命があった。
どんな状況になっても絶対諦めない。
レネは、熾火になっている焚き火に、手に持っていた大量の爆竹を投げ込んだ。
「アンドレイっ、あっちの林に向かって急ぐぞっ!」
アンドレイに肩を貸し、南東の林に向かって走り出す。
背後で爆竹の爆音が鳴り響いた。
その音はジェゼロの街まできっと届くだろう。
賊たちも、爆音が鳴り止むまではあの場所に近寄らないから、多少の時間稼ぎになるはずだ。
不測の事態が起こったら合図を送るとデニスに約束していた。
そこでレネは考える。
自分がデニスだったらどうするか?
我が命よりも大切な主人の元にいつでも駆けつけることができるように、舟を出せる所に待機しておくはずだ。
だからすぐに、デニスはアンドレイを助けに来てくれる。
きっとゲルトも助力してくれるだろう。
すべて希望的観測でしかない。
だがそれは、大勢の山賊たちに一人で立ち向かわなければいけないレネの……最後のお守りのようなものだ。
(——デニスさん……どうか気付いて……アンドレイだけでも助け出してくれ……)
「……っ」
「……!?」
まるでカマイタチの様な突然の斬撃に、最初の二人はなにが起こったのかも理解できないまま事切れた。
「なんだっ!?」
「こいつっ……何者だ」
残りの男たちは武器を構えたまま後退する。
こんな時は相手が状況を把握できていない今がチャンスだ。
レネは腰からナイフを抜き取ると、右手の剣で一番近くの男を斬り捨て、左手で逆手に持ったナイフで次にいた男の首を掻き切る。
あと二人。
流石に残りの男たちはこれだけ仲間が殺られて、対峙する相手がただ者ではないと気付いた。
これ以上、間合いを詰めてこようとしない。
手前にいる男は槍を持っている。
狭い獣道では一番戦い難い相手だが、レネが今ここで下がると、少年たちに敵を近付けてしまうことになる。
レネはナイフを腰に戻すと、動きを止めて、ジッと槍を持つ男の動きを見極めた。
一瞬のうちに神経を集中させると、耳鳴りのように自分の心音だけが聴覚に響く。
次第に、レネの焦点の合った場所だけがスローモーションのようにゆっくりと動き出す変わりに、まるで空間が歪んだように、その周りは超高速で動き出した。
槍で突いてくる男の攻撃を紙一重で躱すと、槍を掴んで脇の下に固定する。
動けなくなった所に、今度は剣を右から左に斬り返し、バッサリと男の腹を切る。
「ぐぁぁぁぁぁぁっっ……」
男の断末魔が響き、最後の一人は恐れをなして踵を返す。
「たっ……助けてくれっ!」
だがすぐに向こうから来た人物によって、男は退路を阻まれる。
レネは正体に気付き叫んだ。
「クルトさんっ、そいつは生け捕りにしてくれ」
レネの言葉を受けてクルトはすぐさま男の剣をはたき落とすと、腹に蹴りを入れ地面に倒れた所を拘束する。
流石に騎士だけあって、その腕も伊達ではない。
「なにがあった?」
獣道に広がる惨状を見て、クルトは眉を顰めた。
「それよりも坊ちゃまたちを丸太小屋まで移動させましょう」
ガタガタと恐怖に震える三人を、藪から呼び戻し死体を避けて獣道を通って丸太小屋へと向かう。
アンドレイは挫いたせいでまともに歩けないので、レネが肩を貸しながら移動した。
(クソ……この怪我じゃまともに走れない)
丸太小屋の近くで様子を窺っていたアイロスが、返り血を浴びたレネを見て驚いた様子で、クルトに尋ねる。
「どうしたんだ?」
「賊が潜んでいた。まずは小屋の中へ入ろう」
「じゃあ……君が全員仕留めたのか……」
簡単な経緯を話すと、アイロスが信じられない面持ちでレネを見つめた。
レネの正体を知らない少年二人も、一番弱そうな従者の豹変に恐れおののいている。
先ほど襲ってきた賊よりも、これではまるで自分の方が恐ろしい化け物のようではないか。
「……やっぱりコジャーツカの剣は飾りじゃなかったんだな……」
クルトだけが別段驚いた様子もなく、レネの剣に目を向けていた。
だが、レネはそんなことにかまけている暇はなかった。
「おい、お前……さっきなにか仲間と喋ってたろ? 後の奴らとはなんだ? 死にたくなかったら正直に喋ろっ!」
普段の口調をガラリと変え、低い声でナイフを首元に当て生け捕りにした男を尋問する。
「ひっ……喋るから、こ…殺さないでくれッ……」
レネが仲間を殺す所を直接見ているので、その効果は覿面だ。
少年たちまで、まるで自分が尋問されているかのようにガタガタと恐怖に身体を震わせているが、今はそんなことに構っている余裕はない。
「俺たちとは違う山賊集団が幾つか、もうすぐ島に着くはずだ。噂じゃこの辺の山賊たちに相当金をバラまいていると聞いた」
(幾つかだと?)
「依頼主は誰だっ!」
「知らねえ……がっ……」
レネは躊躇なくナイフの柄で頬を殴る。
「本当に……知らねえんだよ……」
口から血を流し男はブルブルと震えだす。
「おいっ、北から舟の明かりが近付いてくるぞ、急いでここを出た方がいい」
この島の一番高い場所にあるロフトの窓から、周りの様子を観察していたアイロスが叫んだ。
「お前っ、舟はどこに置いてきた?」
レネは男にせっつく。
「……桟橋だっ」
「早くしないと島の北に接岸するぞっ」
アイロスがロフトの階段を下りて、パトリクの襟首を掴んで逃げる準備をする。
「桟橋へ行って、その舟で島を脱出するぞっ!」
クルトもベルナルトを無理矢理立たせて、扉へと向かう。
「レネ、ごめんっ……僕走れない」
今から全力疾走で走ってもギリギリなのに、足を挫いたアンドレイでは無理だ。
アンドレイを皆で待っていた
ら共倒れになる可能性もある。
「四人で舟を出せっ! オレたちは助けが来るまでなんとかもたせる」
「死ぬ気かっ?」
クルトが叫ぶが、レネは首を横に振った。
「早く行けっ! こっちは大丈夫だ」
騎士たちは自分の主が一番だ。これ以上レネたちを気にしている余裕はない。
「……わかった、無事を祈る」
力付けるようにレネの肩を一度叩くと、クルトが主を連れて小屋を出て行き、アイロスたちもそれに続いた。
「南東の林に向かう斜面に小さな洞穴がある。そこに身を隠せ」
去り際にアイロスがレネに耳打ちする。
嫌がらせばかりしていた男も、さすがに二人を取り残していくのは後味が悪かったのだろう。
レネは頭の隅でそんなことを考えながら、自分たちの荷物の方へと向かった。
「レネ、ごめん……僕のせいで」
荷物の中から必要なものを取り出し、レネはアンドレイの言葉を背中で聞く。
「アンドレイ……生き残りたいなら、これからオレの言うことは絶対聞け、いいな?」
肩を貸し、小屋の外に出ると、今までにない強い口調でアンドレイに告げる。
「——はい」
アンドレイは今までになく真剣な顔でレネに答えた。
小屋に置いてきた男は山賊集団が幾つかと言っていた。
きっと十人や二十人では済まない。
だがレネには、デニスに代わってアンドレイを守り抜かないといけない使命があった。
どんな状況になっても絶対諦めない。
レネは、熾火になっている焚き火に、手に持っていた大量の爆竹を投げ込んだ。
「アンドレイっ、あっちの林に向かって急ぐぞっ!」
アンドレイに肩を貸し、南東の林に向かって走り出す。
背後で爆竹の爆音が鳴り響いた。
その音はジェゼロの街まできっと届くだろう。
賊たちも、爆音が鳴り止むまではあの場所に近寄らないから、多少の時間稼ぎになるはずだ。
不測の事態が起こったら合図を送るとデニスに約束していた。
そこでレネは考える。
自分がデニスだったらどうするか?
我が命よりも大切な主人の元にいつでも駆けつけることができるように、舟を出せる所に待機しておくはずだ。
だからすぐに、デニスはアンドレイを助けに来てくれる。
きっとゲルトも助力してくれるだろう。
すべて希望的観測でしかない。
だがそれは、大勢の山賊たちに一人で立ち向かわなければいけないレネの……最後のお守りのようなものだ。
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