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12章 伯爵令息の夏休暇
25 侮辱するなっ!
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昼食の後、レネはアンドレイと二人で、倒木を椅子にして水辺の近くの木陰に座ってのんびりくつろいでいた。
(……ん?)
背後から足音が聴こえて来たので咄嗟に振り向くと、遠くから四人の男たちの歩いて行く姿が見えた。
「こんな所に居たのか。折角だから湖で一緒に泳がないかと思って探してたんだ」
そう言いながら、ベルナルトは裸足の足で湖に入り辺りを確かめる。
ちょうどレネたちのいる場所は砂浜になっており、浅瀬が続いているようだ。
「ここなら浅いから泳いでも大丈夫だろ」
クルトのお墨付きももらい、少年たちの顔が喜色満面になる。
(やっぱりお坊ちゃまといっても、そこらの男の子と変わんないよな……)
ベルナルトとパトリクがさっそく服を脱ぎだすと、アンドレイも釣られるように脱ぎはじめた。
あっという間に下着一枚になった少年を、レネは心配そうに見つめる。
「アンドレイっ、泳げるの? 湖は水も冷たいから気を付けないと」
「大丈夫だって足が届く所しか行かないから」
「早く来いよっ! 気持ちいいぞ」
砂の上を裸足で歩きながら、アンドレイも他の二人の後を続いて水の中に足を浸けた。
「わぁっ、冷たっ!!」
あっという間にその背中が小さくなる。
「誰か一人くらい一緒に水の中にいた方が良くないか?」
クルトがレネとアイロスに問いかける。
「レネ、君が行ったらどうだい? 僕は泳ぎが得意じゃないんだ」
アイロスが金髪の巻毛を気怠そうに掻き上げる。
その姿は騎士というより、金持ちの女たちが連れ歩く若いツバメのようだ。同僚に一人同じような人物がいるので、こんな雰囲気の男が年上の女に人気があるのは知っている。
「実はオレも泳げないんです」
レネは苦笑いして肩をすくめる。
本当は水浴びも大好きだし、泳ぎも得意なのだが、ここへ来る前にデニスから釘を刺されていた。
『お前は絶対泳いだりするなよ。まず人前で服を脱がず、常に武器を肌身離さず持っていろ!』
確かに、一緒に泳いでいたらいざという時に武器を持って戦うことができない。
きっとデニスは、アンドレイと二人で湯船に浸かっていた時の武器も持たない無防備な状態を見ているので、余計に口酸っぱく言うのだろう。
「仕方ない……」
独り言のように呟くと、クルトがばさばさと潔く服を脱ぎはじめる。
鍛え上げられた肉体を爛々と降り注ぐ太陽の下に晒すと、一度レネたちの方を振り返る。
「陸地でなにかあったらお前たちが対処しろよ」
オッドアイの右側の黄色い瞳が、キラリと太陽の光を反射して宝石のように輝いた。
派手な外見に似合わず、クルトは真面目な人柄でホッとする。
「はい。そちらもよろしくお願いします」
レネはペコリと頭を下げた。
「君は相変わらずいい身体してるね」
クルトが自分たちの代わりに水の中に入ってくれるのに、アイロスはどこ吹く風で、視線をチラリと向けただけだ。
発達した僧帽筋の乗る背中をぼんやりと見つめながら、レネはその奥から聴こえるアンドレイたちのはしゃぎ声に耳を傾けた。
「ねえレネ、君はアンドレイ坊ちゃまの夜の相手もやってるの?」
岸辺に二人っきりになると急にレネの肩を抱いて、この金髪の騎士はいきなり妙な質問を浴びせてきた。
「——は?」
思わず、間抜けな声を上げる。
「だって君さ……こんなに綺麗で……華奢なのにぷりんとしたお尻を見せつけちゃってさ、変な女に手を出さないように、妊娠の心配のない君が相手してるんだろ?」
「……え?」
(——アンドレイの夜の相手って? 妊娠の心配がないって?)
なんだか凄いことを言われて、頭の中が真っ白になる。
「あれ? 図星だった?」
そう言うと肩に回していた腕が腰に移動し、段々と手が下へと下がり、あろうことか尻を揉みしだいてきた。
「——ちょっと!? なにするんですかっ!!」
咄嗟に飛び退り、身構える。
「なんだよ、そんな警戒する必要ないだろ? 坊ちゃまだけでは物足らずデニスさんにも可愛がってもらってるんじゃないの?」
「——ふざけるなっ!!」
大声で叫んだと同時に、アイロスの頬を思いっきり平手打ちしていた。
湖に入っていた四人も、ただならぬ気配を察して一斉にレネたちの方へと振り返った。
「おいっ! アイロスになにをしてるんだ」
パトリクが普段から赤みがかった顔をよりいっそう赤くさせ、二人の方へと駆け寄ってきた。
「パトリク大丈夫。ちょっと誂って怒らせただけだよ」
アイロスは主を落ち着けるために、なんてことない風を装うが、その唇には血が滲んでいた。
「お前っ、私の騎士をよくも傷付けたなっ!」
怒りの形相のパトリクに、レネは胸ぐらを掴まれて揺さぶられる。
だがレネだって言い分があった。
「この男はアンドレイを侮辱したっ!」
自分のことはどうでもいいが、アイロスはアンドレイやデニスのことまで貶める発言をしたのが、レネには許せなかった。
「レネ……」
遅れてやって来たアンドレイたちの三人も、その様子を見守る。
「おいパトリク、従者たちの争いに主人が入るなんて見苦しいぞ。それにアイロスは騎士だろ? そんなお人形さんが手を上げたくらいギャーギャー騒ぐなよ」
ベルナルトの意見は一見至極まっとうに聞こえるが、レネはお人形さんという物言いが気に食わない。
「……そうだな。こんな奴にアイロスがやられるわけないか……」
パトリクは顔を怒りで赤く染めてレネを睨んだが、ベルナルトの言葉を受けて、表面上は平静を装う。
「もういいだろう。そろそろ夕食の材料をとりに行かないとあっという間に日が暮れるぞ」
クルトは濡れた身体を乾いた布で拭いて、さっさと服を身に着けていく。
「食料は手分けして探そう、なにもとれなかった奴らは夕食は抜きだ。俺たちは釣りをする」
ベルナルトは最初からそのつもりで、クルトが釣り竿を二本用意して来ていた。
「じゃあ、わたしたちは東側にプラムの木があったんで、摘んでくるよ。君たちは、北東の森で狩りでもしたらどうだい?」
パトリクが果物狩や釣りよりも一番難易度が高い狩りをアンドレイに勧める。
弓矢を持ったこともないであろうアンドレイが、いきなり獲物を仕留めるとは思えない。
なにもとれなかったら食事抜きだ。
(オレのことが気に食わないんだろうな……)
先ほどから、パトリクが敵愾心を隠そうともしない目でレネを睨んでいた。
だがレネはこんなことで大人しくなるような性格ではなかった。
逆に対抗心がムクムクと湧いていくる。
「よしっ、アンドレイ頑張って大物を狙おうっ!」
(負けてたまるかっ!)
「うんっ!」
(……ん?)
背後から足音が聴こえて来たので咄嗟に振り向くと、遠くから四人の男たちの歩いて行く姿が見えた。
「こんな所に居たのか。折角だから湖で一緒に泳がないかと思って探してたんだ」
そう言いながら、ベルナルトは裸足の足で湖に入り辺りを確かめる。
ちょうどレネたちのいる場所は砂浜になっており、浅瀬が続いているようだ。
「ここなら浅いから泳いでも大丈夫だろ」
クルトのお墨付きももらい、少年たちの顔が喜色満面になる。
(やっぱりお坊ちゃまといっても、そこらの男の子と変わんないよな……)
ベルナルトとパトリクがさっそく服を脱ぎだすと、アンドレイも釣られるように脱ぎはじめた。
あっという間に下着一枚になった少年を、レネは心配そうに見つめる。
「アンドレイっ、泳げるの? 湖は水も冷たいから気を付けないと」
「大丈夫だって足が届く所しか行かないから」
「早く来いよっ! 気持ちいいぞ」
砂の上を裸足で歩きながら、アンドレイも他の二人の後を続いて水の中に足を浸けた。
「わぁっ、冷たっ!!」
あっという間にその背中が小さくなる。
「誰か一人くらい一緒に水の中にいた方が良くないか?」
クルトがレネとアイロスに問いかける。
「レネ、君が行ったらどうだい? 僕は泳ぎが得意じゃないんだ」
アイロスが金髪の巻毛を気怠そうに掻き上げる。
その姿は騎士というより、金持ちの女たちが連れ歩く若いツバメのようだ。同僚に一人同じような人物がいるので、こんな雰囲気の男が年上の女に人気があるのは知っている。
「実はオレも泳げないんです」
レネは苦笑いして肩をすくめる。
本当は水浴びも大好きだし、泳ぎも得意なのだが、ここへ来る前にデニスから釘を刺されていた。
『お前は絶対泳いだりするなよ。まず人前で服を脱がず、常に武器を肌身離さず持っていろ!』
確かに、一緒に泳いでいたらいざという時に武器を持って戦うことができない。
きっとデニスは、アンドレイと二人で湯船に浸かっていた時の武器も持たない無防備な状態を見ているので、余計に口酸っぱく言うのだろう。
「仕方ない……」
独り言のように呟くと、クルトがばさばさと潔く服を脱ぎはじめる。
鍛え上げられた肉体を爛々と降り注ぐ太陽の下に晒すと、一度レネたちの方を振り返る。
「陸地でなにかあったらお前たちが対処しろよ」
オッドアイの右側の黄色い瞳が、キラリと太陽の光を反射して宝石のように輝いた。
派手な外見に似合わず、クルトは真面目な人柄でホッとする。
「はい。そちらもよろしくお願いします」
レネはペコリと頭を下げた。
「君は相変わらずいい身体してるね」
クルトが自分たちの代わりに水の中に入ってくれるのに、アイロスはどこ吹く風で、視線をチラリと向けただけだ。
発達した僧帽筋の乗る背中をぼんやりと見つめながら、レネはその奥から聴こえるアンドレイたちのはしゃぎ声に耳を傾けた。
「ねえレネ、君はアンドレイ坊ちゃまの夜の相手もやってるの?」
岸辺に二人っきりになると急にレネの肩を抱いて、この金髪の騎士はいきなり妙な質問を浴びせてきた。
「——は?」
思わず、間抜けな声を上げる。
「だって君さ……こんなに綺麗で……華奢なのにぷりんとしたお尻を見せつけちゃってさ、変な女に手を出さないように、妊娠の心配のない君が相手してるんだろ?」
「……え?」
(——アンドレイの夜の相手って? 妊娠の心配がないって?)
なんだか凄いことを言われて、頭の中が真っ白になる。
「あれ? 図星だった?」
そう言うと肩に回していた腕が腰に移動し、段々と手が下へと下がり、あろうことか尻を揉みしだいてきた。
「——ちょっと!? なにするんですかっ!!」
咄嗟に飛び退り、身構える。
「なんだよ、そんな警戒する必要ないだろ? 坊ちゃまだけでは物足らずデニスさんにも可愛がってもらってるんじゃないの?」
「——ふざけるなっ!!」
大声で叫んだと同時に、アイロスの頬を思いっきり平手打ちしていた。
湖に入っていた四人も、ただならぬ気配を察して一斉にレネたちの方へと振り返った。
「おいっ! アイロスになにをしてるんだ」
パトリクが普段から赤みがかった顔をよりいっそう赤くさせ、二人の方へと駆け寄ってきた。
「パトリク大丈夫。ちょっと誂って怒らせただけだよ」
アイロスは主を落ち着けるために、なんてことない風を装うが、その唇には血が滲んでいた。
「お前っ、私の騎士をよくも傷付けたなっ!」
怒りの形相のパトリクに、レネは胸ぐらを掴まれて揺さぶられる。
だがレネだって言い分があった。
「この男はアンドレイを侮辱したっ!」
自分のことはどうでもいいが、アイロスはアンドレイやデニスのことまで貶める発言をしたのが、レネには許せなかった。
「レネ……」
遅れてやって来たアンドレイたちの三人も、その様子を見守る。
「おいパトリク、従者たちの争いに主人が入るなんて見苦しいぞ。それにアイロスは騎士だろ? そんなお人形さんが手を上げたくらいギャーギャー騒ぐなよ」
ベルナルトの意見は一見至極まっとうに聞こえるが、レネはお人形さんという物言いが気に食わない。
「……そうだな。こんな奴にアイロスがやられるわけないか……」
パトリクは顔を怒りで赤く染めてレネを睨んだが、ベルナルトの言葉を受けて、表面上は平静を装う。
「もういいだろう。そろそろ夕食の材料をとりに行かないとあっという間に日が暮れるぞ」
クルトは濡れた身体を乾いた布で拭いて、さっさと服を身に着けていく。
「食料は手分けして探そう、なにもとれなかった奴らは夕食は抜きだ。俺たちは釣りをする」
ベルナルトは最初からそのつもりで、クルトが釣り竿を二本用意して来ていた。
「じゃあ、わたしたちは東側にプラムの木があったんで、摘んでくるよ。君たちは、北東の森で狩りでもしたらどうだい?」
パトリクが果物狩や釣りよりも一番難易度が高い狩りをアンドレイに勧める。
弓矢を持ったこともないであろうアンドレイが、いきなり獲物を仕留めるとは思えない。
なにもとれなかったら食事抜きだ。
(オレのことが気に食わないんだろうな……)
先ほどから、パトリクが敵愾心を隠そうともしない目でレネを睨んでいた。
だがレネはこんなことで大人しくなるような性格ではなかった。
逆に対抗心がムクムクと湧いていくる。
「よしっ、アンドレイ頑張って大物を狙おうっ!」
(負けてたまるかっ!)
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