菩提樹の猫

無一物

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12章 伯爵令息の夏休暇

24 苦手なもの

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「ねえレネっ、ここの泉、水が綺麗だよっ!」
 
 裸足になった足をパチャパチャと泉に浸けながら、アンドレイは満面の笑みでレネに手をふる。

「ほら、遊んでる暇ないって。まずは水筒に水を汲んで。オレは自分のことしかやんないからね、アンドレイも自分で自分のことはやるよ」
 
 せっかくの機会に、今回はアンドレイに一通りなんでもさせるつもりでいた。
 一緒に来た他の二組も、お昼の食料調達は別々に行い、それぞれで調理して食べることになっている。
 
「水を汲んだら、お昼ごはんの食材を調達しよう」
 
「は~~~い」

「アンドレイの所の従者は見かけによらず、押しが強いな」
 
 ベルナルトの隣で二人の様子を見ていたパトリクが呆れ顔になって呟く。
 
「デニスもいないし後であいつらをちょっとからかってやろう」
 
「いいね。あの二人、苛めがいありそう」
 
 ベルナルトの提案に、パトリクはにんまりと口元に笑みを浮かべた。


「まずは高台から島全体を眺めてみよう」
 
 レネはアンドレイを連れて小屋まで戻って来ると、全方位の見える見晴らしのいい場所を選んで、二人で周囲を見回す。

 高台から容易に全体が把握できるほどの広さのこの島は、東の方に森が広がり、船着き場のある西側方面は草原になっていた。
 
「森の方には鳥か小動物がいるかも。でも船着き場の桟橋にはマスっぽい魚が泳いでたし、釣り竿を持ってきてるから、釣りの方が簡単かな……」

 とは言ったものの、釣りをするには乗り越えないといけない壁があった。

(えさ……)

「ねえ、アンドレイ……アンドレイはミミズ触ったことある?」
 
「……え? 小さいころ庭で弄って遊んだことはあるかも」
 
(よしっ!)
 
「じゃあ今から、釣りの餌に使うミミズをとりに行くから、アンドレイ頑張って」
 
 そう言うと、泉の周りの湿っぽい地面にある石の下をひっくり返していく。
 
「ほらっ、いたっ! アンドレイとってこの中に入れてっ!」
 
 大きな草の葉っぱを三角の袋状に折って、レネはアンドレイに差し出す。

(うわ……クネクネ動いてる……)
 
 赤茶色の艶めくその姿を見ただけで、レネはゾッと鳥肌が立つ。
 ヒルもそうだが、レネは足のない生き物が苦手だ。
 醜悪な姿もさることながら、あのウネウネと蠢く気持ちの悪い動きが駄目なのだ。

「ねえ、レネも捕まえなよ。さっき言ってたでしょ? 自分のことは自分でやるって」
 
「…………」

 初っ端から完全に墓穴を掘っている。
 レネは棒きれを拾うと、それで石の下に潜り込んでいるミミズをつつくが、上手く捕まえることができない。

「ねえ……もしかして、ミミズ触れないの?」
 
 アンドレイはレネの目の前に手で掴んだミミズを目の前にぶら下げる。
 
「ひっ……」
 
 あまりにも咄嗟のことで驚きすぎて悲鳴さえも出ない。

「えっ!? まさか本気で怖がってる?」
 
 アンドレイが悪戯好きの子供のような笑みを浮かべ、ミミズを持ったままレネに迫ってくる。
 
(やめろっ……)

「あっ……!?」
 
 急にミミズが暴れだして、アンドレイの手からミミズがポロリとこぼれ、尻もちをついて動けなくなっているレネの頬の上にペタリと張り付く。

「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!」
 
 レネの情けない悲鳴が無人島中に響き渡った。


「ゴメンっ!! そこまで嫌いだとは思わなくて……」
 
 バシャバシャと泉の水で顔を洗うレネの横で、アンドレイが申しわけなさそうに謝る。
 レネの悲鳴を聞きつけて走ってきた、パトリクとアイロスが堪えきれずに、後ろでゲラゲラ笑っている。
 
「姫君はミミズが怖いとは、本当に女の子みたいだ」
 
 アイロス馬鹿にしたような物言いに、レネは顔の水を払いながらも悔しさに拳を握りしめる。
 
(クソっ……屈辱だ……)

「レネ、大丈夫だよ。ミミズは僕が捕まえといたから。それより早く釣りに行こう」
 
 アンドレイもパトリクたちの態度が気に食わないのだろう、レネを引っ張り最初にやって来た桟橋の方へと移動する。

 
「大丈夫。自分でやれるから」
 
 その後、ビクつきながらもレネはなんとか自力で針にミミズを付けると、桟橋の先端に座って、釣り糸を青く輝く湖へと垂らす。

「うわ~~魚が泳いでるのが見えるよっ!」
 
 水中に彷徨くマスの姿を見つけ、生まれて初めて釣りをするお坊ちゃまは興奮気味だ。
 
「あんまり大声出すと魚が逃げるよ」
 
「……ごめん」
 
 レネに注意され、アンドレイは少し落ち着きを取り戻す。

「あっ……!? 今、ぴくぴくって反応した!?」
 
 どうやらアンドレイの竿にあたりがあったようだ。
 水中を確認すると、何匹かのマスがアンドレイの餌をつついている様子が見えた。

「もう一度グイって来たら竿を上げるんだ」
 
 レネは自分の竿を置いてアンドレイの後ろにで、状況を見守る。
 
「あっ!? レネの竿も引いてるよ」
 
「嘘!? ほんとだっ!!」


 こうして二人は無事に昼食を手に入れることができた。
 アンドレイにナイフを持たせ、自分で下処理をさせた魚を、薪を集めて起こした炎で串刺しにして焼く。

「あ~凄いいい匂いがする! お腹空いたな~」
 
 生まれて初めて釣りをしたアンドレイは、焼かれる魚を眺めながら、焼き上がるのが待ちきれない様子だ。
 レネだって大好物の魚の丸焼きが出来上がるのを、涎を垂らさんばかりに待っていた。
 
(うまそ~~~)

「——もういいかな」
 
 革の手袋を嵌めて炎の中から魚の串を取り出し、皿代わりの葉っぱの上に乗せる。
 
「わぁ……凄い美味しそう! もう食べてもいい?」
 
「どうぞ。まだ熱いからね、それに骨には気を付けてよ」
 
 串を持ち上げると、アンドレイは魚に齧り付く。

「うわぁ~~~魚って塩だけでこんなに美味しいの!?」
 
 零れんばかりに目を見開いて、感動に打ち震えている少年を見て、レネは多少無理をしてでも魚釣りをしてよかったと思う。
 
「新鮮な魚は美味いだろ?」
 
 自分も頭から齧り付きながら、あまりの美味しさににんまりと目尻を下げていると、驚きの顔でアンドレイがこちらを見ていた。

「ちょっと待って、魚って頭も食べれるの?」
 
 頭どころか、骨までも一緒に食べているレネが信じられないのだろう。
 きっとアンドレイは、骨や皮まで綺麗に取り除かれた切り身しか食べたことがないはずだ。

「いや……普通は食べないから真似しない方がいい。慣れないと骨が喉に引っかかるから」
 
 川魚の骨はそこまで固くないので、魚が大好物のレネは全部食べる。
 
「うん。僕は無理」
 

 先に食べ終わり、骨まで綺麗に食べるレネをアンドレイはじっと観察していた。
 
「——レネって……本当に猫みたいだね」


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