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12章 伯爵令息の夏休暇
21 君はコジャーツカ族なのか?
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口に笑みを湛えたままリンブルク伯爵は、レネにお茶を勧める。
「飲まないのかい?」
<意訳>「私のことを信用できないのかい?」
「い、いただきますっ!」
レネはカップを手に取ると、紅茶を口にした。
一口飲むと、思わずぽかんと呆けてしまう。
今まで飲んできたお茶はいったいなんだったんだというくらい香り高く、口の中から温もりと共に身体の中を駆け抜けていく。
「——美味しい……」
素直に口に出すと、ラデクが隣でくすりと笑った。
「シュテファンのいれるお茶は美味しいだろう? こうやって見ていると、アンドレイが君を気に入っている理由がよくわかるよ。ころころ表情が変わって見ているだけで飽きない」
アルベルトも、レネがお茶を飲む様子を見ながら笑っている。
(——なんでそこで笑う? オレなにか失礼なことした?)
まだ頭の中の整理がつかない上に、アンドレイとラデクの主従に翻弄され、レネはどう反応していいか困り果てる。
武装した盗賊たちに囲まれるよりも、レネは追い詰められていた。
「別に取って食いはしないから、そんなにおどおどしないでくれ。アンドレイの元に戻る前に、君に訊きたいことがあってね。二、三質問していいかい?」
「はい」
役立たずのレッテルを貼られお役御免にされたらどうしようと思っていたので、アンドレイの元に戻れると聞いて、レネはほっと安堵する。
「昨日の夕食で気になったことはあったかい?」
アルベルトの質問の意図はわからないが、レネは思い当たることがあったので素直に答える。
「実は……ラタトゥイユが塩っぱくて、ついつい水をたくさん飲んでしまいました」
「……ほう」
興味深いと言わんばかりに、アルベルトが顎に手をやり考え込んでいる。
「その水に変わったところは?」
「……そう言えば……レモンとハーブの葉が浮かんでいて、少し薬臭いような気もしましたが、ハーブのせいだろうと思っていました」
レネの言葉を聞いて、アルベルトとラデクが目を見合わせている。
「その水の中に薬が混ぜられていたと思って間違いない。君より後に食堂に来たシモンは、ただの水だったって言っていたからね。その薬入りの水を飲ませるために、誰かが塩を入れたんだろう」
「自分が不用心なばっかりに……」
あの時、もう少し用心していれば防げたことかもしれない。
今になってレネは自分の不注意な行動を後悔する。
「いや、これは君の落ち度ではない。ラデク、あれを持ってきてくれ」
アルベルトの言葉を受けて、ラデクはチェストの上に置かれたレネの剣とナイフをテーブルの方へと持ってきた。
「用心のため預からせてもらっていたけど、君に返すよ。——ところで、この前の夜会でヴルビツキー男爵はその剣を見て、なにを真剣に訊いていたんだい?」
あの時は、ヘルミーナが間に入って有耶無耶にできたが、依頼主であるリンブルク伯爵にはちゃんと話しておいた方がいいだろう。
「これは東国のコジャーツカ族の持つ剣で、男爵はオレがコジャーツカ族なのかを知りたかったようです」
アルベルトはレネが想像していたよりも、驚いた顔をしている。
「君はコジャーツカ族なのか?」
その顔は真剣だ。
「いいえ。生まれも育ちもメストです」
「じゃあどうしてこんな剣を? ラデクも実物の剣は初めて見たと言っていた」
レネも現地に行ってやっとのことで手に入れたのだ。そう簡単にお目にかかれる物ではない。
「実は、剣の師匠である副団長がコジャーツカ族出身なんです」
ここまでは周知の事実で、隠すようなことはなにもない。
「へえ、顔はぼんやりとしか思い出せないが、ほっそりとした印象の人だよね」
アルベルトは、本部に直接アンドレイの護衛を依頼しに来たことがあるので、ルカーシュと面識がある。
「あの副団長さんがコジャーツカ族なんて意外ですね。そして君もコジャーツカ族の剣を使うとは……彼らはなんでも戦える物は武器にすると聞いたけど、君の山小屋での戦いの後を見たら、それも納得だよ」
ラデクは、あの時の山小屋の中を一通り見ているのだろう。
「デニスの報告でも、君がアンドレイを助けるために元傭兵たちと戦った時は、相手の両手剣を奪って戦っていたと言っていたからね」
「え? そこまで細かく聞いていらっしゃるんですか?」
一番最初にアンドレイの護衛をしていた時の様子を、アルベルトがそこまで詳細に知っているとは思わなかった。
「大事な息子の命に関わることだからね。君はなんでもその場にあるものを武器にして戦うことを得意としているようだが、やっぱりその剣が一番戦いやすいのかい?」
「はい。自分の剣が一番です」
両手剣と自分の剣では天と地ほどの違いがある。
「やっぱりそういうもんなんだねえ」
ラデクから剣とナイフを返されると、レネはすぐに身に着けた。
腰にかかる重みがレネに心地よい安心感を与える。
「今日からなんだけど、もうなにを仕込まれるかわからないから用心のため、夕食は食堂には行かずに別に食事を用意させよう。デニスと一緒に食べるといいよ。シュテファン、頼んだよ」
「はい。旦那様」
「お気遣い頂きありがとうございます」
「飲まないのかい?」
<意訳>「私のことを信用できないのかい?」
「い、いただきますっ!」
レネはカップを手に取ると、紅茶を口にした。
一口飲むと、思わずぽかんと呆けてしまう。
今まで飲んできたお茶はいったいなんだったんだというくらい香り高く、口の中から温もりと共に身体の中を駆け抜けていく。
「——美味しい……」
素直に口に出すと、ラデクが隣でくすりと笑った。
「シュテファンのいれるお茶は美味しいだろう? こうやって見ていると、アンドレイが君を気に入っている理由がよくわかるよ。ころころ表情が変わって見ているだけで飽きない」
アルベルトも、レネがお茶を飲む様子を見ながら笑っている。
(——なんでそこで笑う? オレなにか失礼なことした?)
まだ頭の中の整理がつかない上に、アンドレイとラデクの主従に翻弄され、レネはどう反応していいか困り果てる。
武装した盗賊たちに囲まれるよりも、レネは追い詰められていた。
「別に取って食いはしないから、そんなにおどおどしないでくれ。アンドレイの元に戻る前に、君に訊きたいことがあってね。二、三質問していいかい?」
「はい」
役立たずのレッテルを貼られお役御免にされたらどうしようと思っていたので、アンドレイの元に戻れると聞いて、レネはほっと安堵する。
「昨日の夕食で気になったことはあったかい?」
アルベルトの質問の意図はわからないが、レネは思い当たることがあったので素直に答える。
「実は……ラタトゥイユが塩っぱくて、ついつい水をたくさん飲んでしまいました」
「……ほう」
興味深いと言わんばかりに、アルベルトが顎に手をやり考え込んでいる。
「その水に変わったところは?」
「……そう言えば……レモンとハーブの葉が浮かんでいて、少し薬臭いような気もしましたが、ハーブのせいだろうと思っていました」
レネの言葉を聞いて、アルベルトとラデクが目を見合わせている。
「その水の中に薬が混ぜられていたと思って間違いない。君より後に食堂に来たシモンは、ただの水だったって言っていたからね。その薬入りの水を飲ませるために、誰かが塩を入れたんだろう」
「自分が不用心なばっかりに……」
あの時、もう少し用心していれば防げたことかもしれない。
今になってレネは自分の不注意な行動を後悔する。
「いや、これは君の落ち度ではない。ラデク、あれを持ってきてくれ」
アルベルトの言葉を受けて、ラデクはチェストの上に置かれたレネの剣とナイフをテーブルの方へと持ってきた。
「用心のため預からせてもらっていたけど、君に返すよ。——ところで、この前の夜会でヴルビツキー男爵はその剣を見て、なにを真剣に訊いていたんだい?」
あの時は、ヘルミーナが間に入って有耶無耶にできたが、依頼主であるリンブルク伯爵にはちゃんと話しておいた方がいいだろう。
「これは東国のコジャーツカ族の持つ剣で、男爵はオレがコジャーツカ族なのかを知りたかったようです」
アルベルトはレネが想像していたよりも、驚いた顔をしている。
「君はコジャーツカ族なのか?」
その顔は真剣だ。
「いいえ。生まれも育ちもメストです」
「じゃあどうしてこんな剣を? ラデクも実物の剣は初めて見たと言っていた」
レネも現地に行ってやっとのことで手に入れたのだ。そう簡単にお目にかかれる物ではない。
「実は、剣の師匠である副団長がコジャーツカ族出身なんです」
ここまでは周知の事実で、隠すようなことはなにもない。
「へえ、顔はぼんやりとしか思い出せないが、ほっそりとした印象の人だよね」
アルベルトは、本部に直接アンドレイの護衛を依頼しに来たことがあるので、ルカーシュと面識がある。
「あの副団長さんがコジャーツカ族なんて意外ですね。そして君もコジャーツカ族の剣を使うとは……彼らはなんでも戦える物は武器にすると聞いたけど、君の山小屋での戦いの後を見たら、それも納得だよ」
ラデクは、あの時の山小屋の中を一通り見ているのだろう。
「デニスの報告でも、君がアンドレイを助けるために元傭兵たちと戦った時は、相手の両手剣を奪って戦っていたと言っていたからね」
「え? そこまで細かく聞いていらっしゃるんですか?」
一番最初にアンドレイの護衛をしていた時の様子を、アルベルトがそこまで詳細に知っているとは思わなかった。
「大事な息子の命に関わることだからね。君はなんでもその場にあるものを武器にして戦うことを得意としているようだが、やっぱりその剣が一番戦いやすいのかい?」
「はい。自分の剣が一番です」
両手剣と自分の剣では天と地ほどの違いがある。
「やっぱりそういうもんなんだねえ」
ラデクから剣とナイフを返されると、レネはすぐに身に着けた。
腰にかかる重みがレネに心地よい安心感を与える。
「今日からなんだけど、もうなにを仕込まれるかわからないから用心のため、夕食は食堂には行かずに別に食事を用意させよう。デニスと一緒に食べるといいよ。シュテファン、頼んだよ」
「はい。旦那様」
「お気遣い頂きありがとうございます」
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