菩提樹の猫

無一物

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12章 伯爵令息の夏休暇

13 ある計画

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◆◆◆◆◆


 ベルナルトはアンドレイと無人島行きを約束をすると、クルトと共に天幕の方へと向かい飲み物を受け取る。
 天幕である人物を見つけ出しチラリと目を合わせ、人気のない庭の東屋の方へと歩みを進める。
 
 一息ついて、東屋に設けられているベンチに座ると、隣に立ったままのクルトを見上げた。
 クルトはベルナルトが十歳の誕生日に、父から贈られた騎士だ。
 貴族個人に忠誠を誓う騎士は、腕もさることながら外見も重視される。
 騎士を連れ歩くとは、貴族たちの中でも一種のステイタスになっていて、見目のいい若者が選ばれるのが常だ。
 クルトも怜悧な美貌の持ち主で、そんな騎士を従えるベルナルトは、どこに行っても羨望の眼差を向けられる。ベルナルトにとってクルトは自慢の騎士だった。
 
 ベルナルトもクルトが来るまでは、隣の領主の息子を羨んだ時期があった。
 プラチナブロンドに褐色の肌、そしてアイスブルーの瞳。
 最初にまだ幼いアンドレイが連れていた騎士を見た時は、衝撃を受けて目が釘付けになった。

 ドロステア人にはまずいない、強烈な色彩の組み合わせにすっかり魅せられて、父に『僕もアンドレイの騎士が欲しい』と泣きついたのを覚えている。

 リンブルク伯爵家とは領地が隣同士ということもあり、なにかにつけてよく顔を合わせる機会がある。
 アンドレイとリンブルク伯爵のアルベルトが、一緒に社交の場に現れようなら、いつもその場の注目を一気に攫っていった。
 なぜなら、アルベルトの連れている騎士も、デニスと同様に強烈な個性を持っているからだ。
 二人の騎士は顔立ちまでそっくりの兄弟で、リンブルク伯爵親子にそれぞれ剣を捧げている。
 伯爵に仕える兄のラデクは、銀髪に褐色の肌、それに滅多にない銀色の瞳の持ち主だ。
 微妙な色の違いはあるが、二人の騎士が並ぶ姿はまるで揃いで誂えた芸術品のようで、人々を魅了した。
 
 それは犬の品評会に、豹を引き連れてくるようなもので、ベルナルトはいつも唇を噛み締めて見つめていた覚えがある。

 十歳の誕生日に、父からクルトを贈られた時には、嬉しさのあまり全身に震えが走った。
 怜悧な美貌も去ることながら、初めて見る黄色と水色のオッドアイの虜になってしまった。

(——僕だけの騎士……)

 あの時の感動を、ベルナルトは今でも忘れない。
 
 我に返り、ベルナルトは先程見た美青年の顔を思い浮かべる。

「アンドレイが連れていた従者、剣士に見えるか?」

 騎士の目から見たら、あの青年はどう映るのだろうか。

「さあ……屈強な身体を持っているからといって、その者が必ずしも強いとは限らないし、華奢だからといって弱いとも限らない……ただ一つ言えることは、あの腰に差していた剣は素人が遊び半分で持つような剣ではない」

「ふ~~ん……」

 デニスだけでは物足りずに、今度は滅多にお目にかかれない美青年の従者を連れてくるとは——
 アンドレイ本人はまったく気付いていないようだったが、訪れた客たちの注目の的になっていた。

 ベルナルトからすると、今回はデニスがいないので、ただ注目を集めたくて見目のいい青年を連れ歩いているようにしか見えない。


「アンドレイを上手く誘い出せたかしら?」

 衣擦れの音と共に、年齢の割には派手な水色のドレスで着飾った貴婦人が、こちらへとやって来る。

「はい、新しい従者と一緒に来るように言っておきました」

 先ほど天幕の中でアイコンタクトをとった、リンブルク伯爵夫人のヘルミーナだ。

「あの綺麗な子ね。デニスを連れて行ってくれたら、一人お留守番をしている間に味見しようと思っていたのに……残念だわ……」

 扇で口元を隠して笑っているが、この女は本気で言っている。
 
「無人島では、あいつに赤っ恥を掻かせてやりますよ。そしてクーデンホーフ侯爵家までその醜聞が届くように話を広めてやります」

 ベルナルトは、クーデンホーフの次女マリアナを自分の妻にと狙っていた。
 だが、目の前にいるリンブルク伯爵夫人の話によると、急にアンドレイとの縁談の話が上がってきたらしい。
 後妻で入ったヘルミーナは、我が息子のタデアーシュにリンブルク伯爵家を継がせたい。これはヘルミーナだけではなくヴルビツキー男爵家の人間の総意だろう。

 ここで、ヘルミーナとベルナルトの目的が一致した。

 この婚約を阻止するべく、アンドレイをオストロフ島に誘い出し、赤っ恥を掻かせてやろうという算段だ。
 その場面を第三者に目撃させた方が信憑性も増すだろうと、ペレリーナ侯爵家の嫡男のパトリクも島へと誘ってある。
 
「アリアナ嬢もきっとそんな臆病な子のことなんて嫌いになるはず。逞しくて男らしい貴方の方がずっと魅力的よ」

 自分の母親とそう年は違わないが、じゅうぶん魅力的な女に言われると、悪い気はしない。

「では後は、打ち合わせた通り上手くやってちょうだい」

 そう言いながら、赤く塗った唇を釣り上げニッコリ笑うと、甘ったるい香水の香りを残して、この場から去っていた。
 

「……ベルナルト、あの女のことはあんまり信用しない方がいいぞ」

 クルトが厳しい顔で忠告するが、ベルナルトの頭の中は、アンドレイを陥れ、自分がアリアナを手に入れることで頭の中がいっぱいだった。

「大丈夫だ。お前は俺の言うことを大人しく聞いていればいいんだ」

 アンドレイはデニスがいないとなにもできない、ひ弱な少年だ。
 二人を引き離すことさえできればこっちのものだ。
 ベルナルトはデニスにばかり気を取られ、新しい従者の存在などすっかり忘れていた。

 そしてまさか、闇にまみれてこの様子を一部始終聞いている人物がいることを、ベルナルトはもちろん、腕の立つ騎士のクルトでさえも気付いていなかった。
 


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