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12章 伯爵令息の夏休暇
2 帰国
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ポリスタブの港にはレロから来た大きな船が着岸しており、もうすぐ乗客が順に船から降りて来るようだ。
出迎えに集まる人々の喧騒に混ざるように、空の上ではカモメが鳴き声を上げながら飛び交っている。強い日差しを背に、濃い水色の空の上を白と灰の鳥がはためく姿は、まさに夏を象徴するような爽やかな光景だ。
(一等客室からだからすぐだな……)
レネは出迎えに待つ人々の前の方へと身を乗り出す。
船梯から身なりのよい乗客が続々と下船を始めた。
「あっ!?……レネっ!!」
「こらっ!」
茶色い髪の少年が船梯を走り出しそうになるのを、プラチナブロンドを刈り上げた短髪の騎士が、すぐに服を引っ張って止めに入る。
まだ少し離れていたが、あの主従は遠くからでも目立つのでわかりやすい。
船梯を降りて、陸地へと着くと少年は迷わずレネの下へと走り寄ってきた。
「うわっ!? アンドレイっ、久しぶり」
いきなり抱きついてきた少年を受けとめるが、勢い余って一歩後ろに下がってしまう。
「レネーーっ! 逢いたかったよ~~」
頬やこめかみに何度もキスをされながら、レネは一人考える。
(アンドレイってこんな子だったっけ?)
これがレロ式の挨拶なのだろうか? などと考えながら、久々に会うアンドレイの好きにさせていた。
「おい、見苦しいからそこら辺で止めておけ」
レネの身体からアンドレイを離すと、お付きの騎士はレネへと目を向ける。
「久しぶりだな」
あまり表情には出ないが、アイスブルーの目元が少し細められ、レネとの再会を懐かしんでいる様子だ。
「デニスさん、お久しぶりです。今日からまたよろしくお願いします。あっちに馬車が待っているんで行きましょう」
レネはアンドレイの荷物を受け取りリンブルク伯爵家の馬車へと進む。
「お前、そうやってると本当にどこかの使用人みたいだな」
仕立てのいい白いシャツに、ピッタリと身体に沿った紺のパンツとベスト、灰色の髪を綺麗に顎のラインで切り揃えたレネの姿をデニスが上から下へと見下ろす。
「ちゃんとアンドレイの従者に見えますか?」
いま着ているレネの服は、リンブルク伯爵家の使用人が着用している臙脂色の御仕着せと似たデザインだ。
昔ハヴェルの家で教わったように、レネはお辞儀をしてみせる。
「うんっ! 見えるよ。もうこのままずっと従者になってほしいくらい」
アンドレイはニコニコ笑いながらレネを眩しいものでも見るかのように眺めていた。
「伯爵も自分の息子のことをよくわかってらっしゃる……」
デニスがぼそりと呟くのが聞こえたが、レネにはその意味がよくわからなかった。
今回レネは、ジェゼロの別荘で夏休暇を過ごすアンドレイを護衛するため、ファロから一緒に連れてきた従者として紛れ込むことになった。
自分の孫に伯爵家を継がせたいヴルビツキー男爵家にとって、嫡男のアンドレイは邪魔な存在でしかない。
ファロへ留学するために家を出る時も、馬車を襲撃され何度も命を狙われた。
今回もジェゼロに滞在中、アンドレイを亡き者にするため汚い手を使って来るかもしれない。
そう危惧したリンブルク伯爵が、リーパ護衛団に息子の護衛の依頼をした。
だが、表立って護衛を付けることができるのは移動中だけだ。
ジェゼロの別荘に着いてから、アンドレイだけリーパの護衛を付けるのは、ヴルビツキー側の人間に「あなたたちのことを信用できません」と表立って宣言するようなものだ。
さすがにそこまであからさまだと不味いので、レネが従者に扮してアンドレイの護衛をすることになった。
滞在中に色々な行事があるが、武装した騎士であるデニスが一緒に行けない場所も、使用人だったらすんなり付いて行くことができる場合もあるので好都合だった。
しかし、リンブルク伯爵がレネを指名した最大の理由はそこではなかった。
「坊ちゃまお久しぶり~」
馬車の近くまで行くと、松葉色のサーコートを着た四人の男たちが迎え出る。
馴れ馴れしく声をかけて来る赤毛の男を発見すると、アンドレイは「うっ」と息を詰まらせた。
初めて会った時も、アンドレイはずっとカレルを敵視していた。
前回はお忍びの馬車で移動中に敵の襲撃を受けたので、今回はリンブルク伯爵家の家紋付きの馬車で移動し、その前後をリーパの護衛が四騎付くことになっている。
以前も護衛を担当したカレル、そしてポリスタブ出身のヴィートに、ベドジフとヤンという顔ぶれだ。
「ふん。お前までまた一緒か……」
やはり、アンドレイはこの赤毛の護衛とは相性があまりよくないようだ。
「そりゃあね。坊ちゃまと顔見知りの人物が一人でも多い方がいいからね。それにしても、少し背が伸びた? もう体重はレネより重いんじゃね?」
確かに、まだ一年も経っていないのに、アンドレイは丸い頬の丸みも消え若干大人びて見える気がする。
まだ身長はレネの方が高いのだが、体重は微妙だ。
どうでもいい所で負けず嫌いのレネは反論する。
「そんなことないだろ?」
「僕、いま65カロ。レネは?」
「……64」
リーパには護衛を選ぶために、団員たちの簡単なプロフィールを制作している。それには64カロと記載してあるはずだ。
しかし金鉱山に行ってからやむを得ぬ事情で吐いていたので、今では62カロくらいしかない。
もう吐くこともなくなったので、減った体重もすぐに戻るだろうが、アンドレイに体重を越されたのは少し悔しい。
「わ~い! レネに勝った~~~!!」
アンドレイが大袈裟に喜ぶものだから、よけいに悔しくなる。
「確かに、お前は相変わらず細いな」
デニスからの一言が、またレネに打撃を与える。
「あ~そんなにウチの猫ちゃん苛めるのやめてやって。これが売りでもあるんだから」
カレルが珍しくレネを庇う。
レネが食事の度に隠れて吐いていたことに、他の団員たちも気付いていた。
だが団員たちはレネに干渉してこない。
それは同僚としての厳しさでもあり、優しさでもある。
「まあ確かにな。だからそんな格好をしてもぜんぜん不自然じゃない。尻尾を出さないようにウチの坊ちゃまの世話をするんだぞ」
デニスはバシッとレネの背中を叩く。
「今日中にジェゼロへ着きたいからな。さっさと移動するぞ」
御者に荷物を積み込ませ、アンドレイとデニス、レネの三人は馬車の中へと乗り込んだ。
出迎えに集まる人々の喧騒に混ざるように、空の上ではカモメが鳴き声を上げながら飛び交っている。強い日差しを背に、濃い水色の空の上を白と灰の鳥がはためく姿は、まさに夏を象徴するような爽やかな光景だ。
(一等客室からだからすぐだな……)
レネは出迎えに待つ人々の前の方へと身を乗り出す。
船梯から身なりのよい乗客が続々と下船を始めた。
「あっ!?……レネっ!!」
「こらっ!」
茶色い髪の少年が船梯を走り出しそうになるのを、プラチナブロンドを刈り上げた短髪の騎士が、すぐに服を引っ張って止めに入る。
まだ少し離れていたが、あの主従は遠くからでも目立つのでわかりやすい。
船梯を降りて、陸地へと着くと少年は迷わずレネの下へと走り寄ってきた。
「うわっ!? アンドレイっ、久しぶり」
いきなり抱きついてきた少年を受けとめるが、勢い余って一歩後ろに下がってしまう。
「レネーーっ! 逢いたかったよ~~」
頬やこめかみに何度もキスをされながら、レネは一人考える。
(アンドレイってこんな子だったっけ?)
これがレロ式の挨拶なのだろうか? などと考えながら、久々に会うアンドレイの好きにさせていた。
「おい、見苦しいからそこら辺で止めておけ」
レネの身体からアンドレイを離すと、お付きの騎士はレネへと目を向ける。
「久しぶりだな」
あまり表情には出ないが、アイスブルーの目元が少し細められ、レネとの再会を懐かしんでいる様子だ。
「デニスさん、お久しぶりです。今日からまたよろしくお願いします。あっちに馬車が待っているんで行きましょう」
レネはアンドレイの荷物を受け取りリンブルク伯爵家の馬車へと進む。
「お前、そうやってると本当にどこかの使用人みたいだな」
仕立てのいい白いシャツに、ピッタリと身体に沿った紺のパンツとベスト、灰色の髪を綺麗に顎のラインで切り揃えたレネの姿をデニスが上から下へと見下ろす。
「ちゃんとアンドレイの従者に見えますか?」
いま着ているレネの服は、リンブルク伯爵家の使用人が着用している臙脂色の御仕着せと似たデザインだ。
昔ハヴェルの家で教わったように、レネはお辞儀をしてみせる。
「うんっ! 見えるよ。もうこのままずっと従者になってほしいくらい」
アンドレイはニコニコ笑いながらレネを眩しいものでも見るかのように眺めていた。
「伯爵も自分の息子のことをよくわかってらっしゃる……」
デニスがぼそりと呟くのが聞こえたが、レネにはその意味がよくわからなかった。
今回レネは、ジェゼロの別荘で夏休暇を過ごすアンドレイを護衛するため、ファロから一緒に連れてきた従者として紛れ込むことになった。
自分の孫に伯爵家を継がせたいヴルビツキー男爵家にとって、嫡男のアンドレイは邪魔な存在でしかない。
ファロへ留学するために家を出る時も、馬車を襲撃され何度も命を狙われた。
今回もジェゼロに滞在中、アンドレイを亡き者にするため汚い手を使って来るかもしれない。
そう危惧したリンブルク伯爵が、リーパ護衛団に息子の護衛の依頼をした。
だが、表立って護衛を付けることができるのは移動中だけだ。
ジェゼロの別荘に着いてから、アンドレイだけリーパの護衛を付けるのは、ヴルビツキー側の人間に「あなたたちのことを信用できません」と表立って宣言するようなものだ。
さすがにそこまであからさまだと不味いので、レネが従者に扮してアンドレイの護衛をすることになった。
滞在中に色々な行事があるが、武装した騎士であるデニスが一緒に行けない場所も、使用人だったらすんなり付いて行くことができる場合もあるので好都合だった。
しかし、リンブルク伯爵がレネを指名した最大の理由はそこではなかった。
「坊ちゃまお久しぶり~」
馬車の近くまで行くと、松葉色のサーコートを着た四人の男たちが迎え出る。
馴れ馴れしく声をかけて来る赤毛の男を発見すると、アンドレイは「うっ」と息を詰まらせた。
初めて会った時も、アンドレイはずっとカレルを敵視していた。
前回はお忍びの馬車で移動中に敵の襲撃を受けたので、今回はリンブルク伯爵家の家紋付きの馬車で移動し、その前後をリーパの護衛が四騎付くことになっている。
以前も護衛を担当したカレル、そしてポリスタブ出身のヴィートに、ベドジフとヤンという顔ぶれだ。
「ふん。お前までまた一緒か……」
やはり、アンドレイはこの赤毛の護衛とは相性があまりよくないようだ。
「そりゃあね。坊ちゃまと顔見知りの人物が一人でも多い方がいいからね。それにしても、少し背が伸びた? もう体重はレネより重いんじゃね?」
確かに、まだ一年も経っていないのに、アンドレイは丸い頬の丸みも消え若干大人びて見える気がする。
まだ身長はレネの方が高いのだが、体重は微妙だ。
どうでもいい所で負けず嫌いのレネは反論する。
「そんなことないだろ?」
「僕、いま65カロ。レネは?」
「……64」
リーパには護衛を選ぶために、団員たちの簡単なプロフィールを制作している。それには64カロと記載してあるはずだ。
しかし金鉱山に行ってからやむを得ぬ事情で吐いていたので、今では62カロくらいしかない。
もう吐くこともなくなったので、減った体重もすぐに戻るだろうが、アンドレイに体重を越されたのは少し悔しい。
「わ~い! レネに勝った~~~!!」
アンドレイが大袈裟に喜ぶものだから、よけいに悔しくなる。
「確かに、お前は相変わらず細いな」
デニスからの一言が、またレネに打撃を与える。
「あ~そんなにウチの猫ちゃん苛めるのやめてやって。これが売りでもあるんだから」
カレルが珍しくレネを庇う。
レネが食事の度に隠れて吐いていたことに、他の団員たちも気付いていた。
だが団員たちはレネに干渉してこない。
それは同僚としての厳しさでもあり、優しさでもある。
「まあ確かにな。だからそんな格好をしてもぜんぜん不自然じゃない。尻尾を出さないようにウチの坊ちゃまの世話をするんだぞ」
デニスはバシッとレネの背中を叩く。
「今日中にジェゼロへ着きたいからな。さっさと移動するぞ」
御者に荷物を積み込ませ、アンドレイとデニス、レネの三人は馬車の中へと乗り込んだ。
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