菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

番外編 狼vs猫3

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◆◆◆◆◆


「本当に狼みたいだな……いきなり豹変しやがった」
 
 ロランドが呆れて、担架で運ばれていくバルトロメイを眺めている。

「あいつね……どうやら猫ちゃんにご執心みたいなんだよ……」
 
 バルトロメイは傍から見ていてもわかりやすい。
 ふだんは温厚な性格なのだが、レネのこととなると熱くなりすぎて感情をコントロールできなくなるきらいがある。
 先ほども、そのまま違う意味で襲いだすんじゃないかと、カレルは内心冷や冷やしながら見ていた。

「はっ、そりゃ報われねーな……」
 
 ロランドが鼻で笑うと、座って呆然としたままのレネの所に歩いて行くので、カレルも慌てて後を追う。

「——おい……お前どうした?」
 
 なんだかレネの様子がおかしい。
 座り込んだまま呆けている。

「こいつ、腰が抜けてるんじゃないか? ——おいっ、レネっ、勝ったんなら、ちゃんと自分で立て。女扱いするなって言っときながら、お前がそんなヘナヘナしてんじゃねえよ」
 
 そう言ってレネの頭を叩くロランドは、いつも通り容赦がない。

「痛いって……」
 
 レネは思わずロランドに文句を言う。
 紙一重の差で勝ったレネも腹を殴られたばっかりだし、身体中傷だらけだ。
 すぐに立てと言う方が無理だろう。

 カレルは、レネが金鉱山の帰り道、ずっと吐いていたのを知っている。
 だが敢えてなにがあったのかは追求しなかった。
 今回の金鉱山での行動は、レネが自分で決めて自分で実行してきたことだ。なにか問題があったとしてもレネ自身で解決するはずだ。
 だからロランドにもそのことは話していない。

 今回のバルトロメイとの手合わせもその一環だとカレルは推測している。
 二人はずっと金鉱山に行っている間もいがみ合っていた。
 傍から見るとバルトロメイの恋慕からくる庇護欲に、レネが反発しているという構図なのだが、当事者の二人は目の前のことでいっぱいいっぱいになり、その状況に気付いていない。

「お前なあ、そんなんだから付け入られるんだよ。ボサッとしてないで医務室に行けよ」
 
 ロランドはレネを無理矢理立たせると、医務室につながる裏口へと背中を押して向かわせる。
 たぶんロランドは、このような無防備な状態のレネを、団員たちに晒したくないのだ。
 だが決してヨロヨロと歩きだすレネに、手を貸してやることはしない。
 その様子を見ていた団員たちも散っていく。


 カレルとロランドは風呂に入って汗を流すと、二人で食堂に行き昼食を摂っていた。
 人気のない端の席に座って、具たくさんのスープとサンドイッチを頬張る。
 すぐに服を着たらまた汗を掻きそうなので、下だけ穿いて上半身は裸のままだ。
 ロランドは下着一枚にしても他の団員たちと違う。
 瞳と同じ翡翠色の絹で、普通の男物より面積が小さい。
 
「なんだよそのおパンツ……」
 
「貢ぎもんだよ」
 
 人妻に絶大な人気を誇る優男が、澄ました顔で答える。

「けっ……自慢かよ。そう言えばさ……この前、ヤンが団長から呼ばれて執務室に行った時に、ポケットから凄えパンツを落としたんだぜ。男もんだけど尻の所が紐みたいになってて食い込むやつ。なんでお前がそんなの持ってるんだって聞いたらさ、レネの部屋の方から落ちてきたんだとよ。信じられるか? 猫ちゃんがあんなパンツ持ってるわけねえって」

 それを聞いたロランドの顔がひくりと引き攣った。
 
「……そのパンツの持ち主は猫じゃない。——俺はそこまでしか言えないな……」
 
「なんだよお前……そこまで言っといて教えてくれないとか卑怯じゃねえか」

「俺だって命は惜しい……」
 
 意外な答えに、カレルはスプーンで掬った具をポロリと落とす。
 
「は? お前にも怖いもんとかあるのかよ」
 
「ふん——」
 
 もうその話題は終わったとばかりに、カレルの問には答えず、ロランドはサンドイッチを黙々と食べ始めた。
 この男にしては珍しくどこか歯切れが悪い。

 相手が口を閉ざし手持ち無沙汰になったので、カレルは改めてロランドを見つめる。
 全体の色と雰囲気はレネと似ているのだが、身体つきはレネより大柄だ。
 体型はどちらかと言うとカレルと近いかもしれない。
 こえでもカレルとロランドは、リーパの護衛たちの中ではまだ細身の部類に入る。

 ロランドは髪から雫が落ちないように、頭にタオルと巻いたままにしているのだが、一房長い髪がタオルから零れているのを見て、カレルは指摘する。
 
「お前さ……そんなに長いと髪乾かすの大変じゃね? そろそろ切った方がよくねえか?」
 
「確かに、ここまで伸びたら手入れが面倒だ」

 ロランドは、貴婦人たちのウケがいいので髪を伸ばしてはいるが、いつも伸びてきたら適当な長さにカレルが切ってやっていた。
 
「飯食ったら、俺の部屋来いよ。なかなか休みが合うことなんてねえし、切ってやるよ」
 
「そうだな、せっかくだし頼もうかな」

 つかの間の休日も、本部の敷地内から出ることもなく終わってしまいそうだが、こんな日も悪くない。
 食堂を出て、ロッカーに立ち寄って服を着ると、ロランドと二人、私邸のカレルの部屋へと向かった。



 
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