197 / 473
11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ
18 見つかった……
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
仮の橋が完成し、明日から馬車も行き来できるようなので、一同はもう一泊して朝一番で馬車に乗りペニーゼへ戻ることにした。
「うわ……こんな飯、久しぶりだぜ……」
並べられた料理を目の前に、マルツェルは目を潤ませて感慨に耽っている。
今日も宿の料理はご馳走ばかりだ。
ペニーゼで泊まった宿とは大違いだ。
「え? ここの宿と同じのが毎日出てくんじゃないの?」
(あ~やっぱりそんなうまい話ないよな……)
そう思いながらも、一応訊き返す。
「んなわけねえだろ。毎日ジャガイモとキャベツと人参で、肉はペラッペラのベーコンが付いてるくらいだよ」
そう言いながら、豚肉の塊をフォークで刺してうっとりとしばらく眺めたあと、大口を開けてがぶりと齧り付く。
「お前、転職しなくてよかったな」
初日に、こんなご馳走が食べれるのならと、心が揺れていたヤンにベドジフがそっと耳打ちする。
「マルツェルさんさ、ハミルが言ってたけど女遊びばっかりしてたって本当かよ?」
レネはマルツェルを睨む。
ハミルの自供を聞いてから、レネの中でなんとも言えない気持ちが湧き上がってきていた。
一番悪いのはもちろんハミルだが、その原因を作ったのはマルツェルがクラーラを悲しませていたことだ。
「そんな女遊びって……綺麗なネエちゃんの店で飲んでるだけだって」
少し痛い所を突かれたのか、しろどもどろになって答える。
「クラーラさんを泣かせんなよ……」
女遊びばかりするような不甲斐ない夫でも、行方不明になってからというもの、クラーラは懸命に探し続けてきた。
レネは少しだけハミルには同情する。
「わかったよ。お前までそんな顔するなよ」
マルツェルが困った様子でレネの頬を撫でた。
秋の初めには二十一になるのに子供みたいな扱いをされ、レネの心はささくれる。
(オレ一人……なんか馬鹿みたいだ……)
「おい、このソーセージ美味いぞ、食ってみろよ」
そんな空気などまったく読んでいないバルトロメイが、レネにスモークソーセージのグリルの乗った皿を回す。
「いや……オレはいいかな」
大きさも長さも妙にリアリティのある赤黒い肉棒をチラリと見るが、すぐに視線を逸らしながらレネは皿を遠ざける。
「なんだよ腹いっぱいなのか?」
らしくない反応に、バルトロメイがレネの顔を覗き込んでくる。
「うん……」
(——本当は見たくもない)
口の中がなんだか酸っぱくなり、レネは食堂から出て行った。
洗面所から部屋に戻ると、団員たちは温泉に行く準備をしていた。
「どこ行ってたんだよ。最後だし皆で温泉行くけど、お前どうする? マルツェルさんも俺たちと一緒だったら大丈夫だろうし」
カレルから温泉に誘われるが、レネは前もって準備していた返事をする。
「行ってきなよ。あそこは竜騎士団もいるし、昨日のことがあるし厄介事になったら面倒だからこっちの風呂に入る」
「あ~お前、あいつらと喧嘩したんだっけ? だったら留守番した方がいいかもな」
想像していた通りの答えが返ってきた。
「お前、また一人で猥本屋に行ったりするんじゃねぇぞ」
横からヤンまで口出ししてくる。
「殴られるのは懲りたからもうしねえって」
冗談で言い返すと、ヤンの後ろで聞いていたバルトロメイが口元に苦笑いを浮かべていた。
ギクシャクした時はこうして自ら話題に出した方が、わだかまりも残り辛い。
「オレはいいからさっさと行って来いよ」
皆を見送ると、レネは自分も入浴の準備をして宿の風呂へと向かった。
石造りの宿の風呂は、今日もどうやら貸し切り状態のようだ。
ここも温泉のお湯が引いてあるらしく、少し硫黄の匂いのするお湯が大理石の浴槽に湛えられている。
白い大理石が映えるように浴室内は明るめの夜光石で照らされていて、洗い場の鏡に自分の裸が鮮明に映り込み、レネは眉を顰めた。
(昨日よりも色が濃くなってる……)
上半身に無数に残る歯型。
レネはこれを団員たちに見られたくないがために、温泉には行かなかった。
だがそんな願いも叶わず、風呂場の扉がギギギと音をたてて開く音がする。
「——バルトロメイ……」
レネは咄嗟に身構える。
もしかしたら、今一番会いたくない相手かもしれない。
「忘れ物してさ、またわざわざ行くのも面倒臭いなってな」
バルトロメイが、レネの心中などお構いなしに、どんどんと近付いてくる。
そのヘーゼルの瞳は、レネの身体へと向けられている。
(——見つかった……)
もしかしたら、また殴られるかもしれない。
だがそれよりも……自分より身体の大きな男と、無防備な裸のまま密室で二人っきりになる恐怖に立ち竦んでいた。
必死に忘れようとしていた昨日の出来事が、ありありと脳裏に蘇った。
仮の橋が完成し、明日から馬車も行き来できるようなので、一同はもう一泊して朝一番で馬車に乗りペニーゼへ戻ることにした。
「うわ……こんな飯、久しぶりだぜ……」
並べられた料理を目の前に、マルツェルは目を潤ませて感慨に耽っている。
今日も宿の料理はご馳走ばかりだ。
ペニーゼで泊まった宿とは大違いだ。
「え? ここの宿と同じのが毎日出てくんじゃないの?」
(あ~やっぱりそんなうまい話ないよな……)
そう思いながらも、一応訊き返す。
「んなわけねえだろ。毎日ジャガイモとキャベツと人参で、肉はペラッペラのベーコンが付いてるくらいだよ」
そう言いながら、豚肉の塊をフォークで刺してうっとりとしばらく眺めたあと、大口を開けてがぶりと齧り付く。
「お前、転職しなくてよかったな」
初日に、こんなご馳走が食べれるのならと、心が揺れていたヤンにベドジフがそっと耳打ちする。
「マルツェルさんさ、ハミルが言ってたけど女遊びばっかりしてたって本当かよ?」
レネはマルツェルを睨む。
ハミルの自供を聞いてから、レネの中でなんとも言えない気持ちが湧き上がってきていた。
一番悪いのはもちろんハミルだが、その原因を作ったのはマルツェルがクラーラを悲しませていたことだ。
「そんな女遊びって……綺麗なネエちゃんの店で飲んでるだけだって」
少し痛い所を突かれたのか、しろどもどろになって答える。
「クラーラさんを泣かせんなよ……」
女遊びばかりするような不甲斐ない夫でも、行方不明になってからというもの、クラーラは懸命に探し続けてきた。
レネは少しだけハミルには同情する。
「わかったよ。お前までそんな顔するなよ」
マルツェルが困った様子でレネの頬を撫でた。
秋の初めには二十一になるのに子供みたいな扱いをされ、レネの心はささくれる。
(オレ一人……なんか馬鹿みたいだ……)
「おい、このソーセージ美味いぞ、食ってみろよ」
そんな空気などまったく読んでいないバルトロメイが、レネにスモークソーセージのグリルの乗った皿を回す。
「いや……オレはいいかな」
大きさも長さも妙にリアリティのある赤黒い肉棒をチラリと見るが、すぐに視線を逸らしながらレネは皿を遠ざける。
「なんだよ腹いっぱいなのか?」
らしくない反応に、バルトロメイがレネの顔を覗き込んでくる。
「うん……」
(——本当は見たくもない)
口の中がなんだか酸っぱくなり、レネは食堂から出て行った。
洗面所から部屋に戻ると、団員たちは温泉に行く準備をしていた。
「どこ行ってたんだよ。最後だし皆で温泉行くけど、お前どうする? マルツェルさんも俺たちと一緒だったら大丈夫だろうし」
カレルから温泉に誘われるが、レネは前もって準備していた返事をする。
「行ってきなよ。あそこは竜騎士団もいるし、昨日のことがあるし厄介事になったら面倒だからこっちの風呂に入る」
「あ~お前、あいつらと喧嘩したんだっけ? だったら留守番した方がいいかもな」
想像していた通りの答えが返ってきた。
「お前、また一人で猥本屋に行ったりするんじゃねぇぞ」
横からヤンまで口出ししてくる。
「殴られるのは懲りたからもうしねえって」
冗談で言い返すと、ヤンの後ろで聞いていたバルトロメイが口元に苦笑いを浮かべていた。
ギクシャクした時はこうして自ら話題に出した方が、わだかまりも残り辛い。
「オレはいいからさっさと行って来いよ」
皆を見送ると、レネは自分も入浴の準備をして宿の風呂へと向かった。
石造りの宿の風呂は、今日もどうやら貸し切り状態のようだ。
ここも温泉のお湯が引いてあるらしく、少し硫黄の匂いのするお湯が大理石の浴槽に湛えられている。
白い大理石が映えるように浴室内は明るめの夜光石で照らされていて、洗い場の鏡に自分の裸が鮮明に映り込み、レネは眉を顰めた。
(昨日よりも色が濃くなってる……)
上半身に無数に残る歯型。
レネはこれを団員たちに見られたくないがために、温泉には行かなかった。
だがそんな願いも叶わず、風呂場の扉がギギギと音をたてて開く音がする。
「——バルトロメイ……」
レネは咄嗟に身構える。
もしかしたら、今一番会いたくない相手かもしれない。
「忘れ物してさ、またわざわざ行くのも面倒臭いなってな」
バルトロメイが、レネの心中などお構いなしに、どんどんと近付いてくる。
そのヘーゼルの瞳は、レネの身体へと向けられている。
(——見つかった……)
もしかしたら、また殴られるかもしれない。
だがそれよりも……自分より身体の大きな男と、無防備な裸のまま密室で二人っきりになる恐怖に立ち竦んでいた。
必死に忘れようとしていた昨日の出来事が、ありありと脳裏に蘇った。
33
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる