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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ
13 バルトロメイの怒り
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レネがすべての用事を済ませて宿まで戻ってくると、入口の所に誰か立っているのが見えた。
(誰だ?)
暗闇の中、目を凝らして見ると、黒っぽい髪の短髪の男だ。
近付くにつれ、それが誰だか明らかになってくる。
「……バルトロメイ……」
「——お前……こんな暗くなって、一人でどこをほっつき歩いてた?」
今まで聞いたとのないような、低い声だ。
そうとう怒りを滲ませているのがわかるが、今はまだ本当のことは言わない方がいいだろう。
「本屋……」
——パンッ……
破裂音とともに、レネは地面に転がっていた。
来るとは思ったが、ここまで本気で打たれるとは思わなかった。
平手だが威力は強大だ。
剣ではまだどうにかなるが、自分より身体の大きな団員たちに力では敵わない。
(……鼓膜が破れたかも……)
打たれてから、ずっと耳鳴りがやまない。まるで他人事のようにぼんやりと思う。
鼻血もタラタラと流れて、口の中も切れて血の味がする。
だが、身体の記憶が上書きされ、今のレネには好都合だった。
バルトロメイが険しい顔をしてなにか言っているが、耳鳴りが酷くて、よく聞こえない。
一向に起き上がろうとしないレネに痺れを切らし、バルトロメイは引き摺るように首根っこを掴んで宿の中へと入って行く。
◆◆◆◆◆
バルトロメイがレネを連れて部屋に着くと、中にいた団員たちが一斉にこっちを見る。
「どうした?」
「血が」
「なにがあったんだよ?」
レネの血だらけの顔を見て、団員たちが眉を顰める。
「俺が殴った」
バルトロメイは自己申告する。
今日は温泉に行かず一人で宿に残るとレネが言い出したので、やけにしおらしいなと思っていたのだが、帰ってみると、部屋はもの抜けの殻だ。まだ宿の風呂に入っているんだろうと、他の団員たちは気にした風でもない。
バルトロメイは気になって風呂場を覗きに行くが、人の気配はない。
まさか何かあったんじゃないかと、心配になり宿の外でレネの帰りを待っていた。
しばらく待っていると、なに食わぬ顔でレネが帰ってきた。
あれだけ夜は一人で出歩くなと言っていたのに、こいつはなにを考えているんだと、言いようもない怒りが湧いて来た。
『——お前……こんな暗くなって、一人でどこをほっつき歩いてた?』
『本屋……』
少し間をおいて返された答えを聞いて、バルトロメイは怒りで目の前が真っ赤に染まり、気が付けばレネの頬を打っていた。
怒りに任せていたので手加減などできようはずがない。
体重の軽いレネは吹っ飛ばされて、鼻から血が出ている。
『お前は、一度犯されないとわからないのかっ!』
思わず大声で叫んでいた。
昼間、竜騎士団からも連れ去られそうになっていたのに、あまりにも無防備過ぎる。
レネの頬を打つのはこれで二度目だ。
一度目は、自害しそこなって『殺せ』と言われた時。
どうやら自分は、レネが己の身を軽んじるのが許せないらしい。
レネのことになると感情をコントロールできなくなる。
部屋に戻ってくるとボリスが、バルトロメイの言葉を聞いて、引き離すようにレネを外に連れ出した。たぶん、ハミルに見えない所で治療しているのだろう。
「テメェっ、レネになにすんだよっ!」
ヴィートに胸ぐらを掴まれるが、カレルがすぐに止めに入る。
片手で簡単に押さえ込まれるも、それでもヴィートは牙を剥き出しにしてこちらを威嚇してくる。
「おい、お前もがっつくな。にしても、仲間相手にやりすぎだろ? 喧嘩でもしたのかよ」
カレルが怪訝な顔をしてバルトロメイを睨む。
予想していた通り、ここに来ているベテラン団員たちは約一名を除いてレネを特別扱いはしない。
綺麗な顔に怪我をしたからといっても、そこまで大騒ぎはしなかった。
「だってあいつは昼間も拉致られそうになったのに、夜に一人で昨日の本屋に行ってたんだぜ? 馬鹿もいい加減にしろだ」
言い返しているうちに、バルトロメイはまたレネに対する怒りが込み上げてきた。
「なんだよ、そんなつまんねーことで殴んじゃねーよ。こっそりエロ本買いに行ってただけじゃねーか。あいつも男なんだしなにが問題なんだよ?」
「そうだぜ、お前あいつがお姫様かなんかと勘違いしてねえか?」
ヤンとベドジフに諭されるが、バルトロメイは団員たちにも言っておきたいことがあった。
「あんたたちの言い分もわかるけど、あいつは自分が箱入りなことに気付いてないんだよ。団員たちだけの時は無防備でいいけど、ここに来てあれは駄目だろ? なにかあってからじゃ遅いって」
「そりゃあそうかもしれねーけど、もう少しあいつを信じてやれよ。それに部外者がいる所でそんな話、護衛なのに呆れられるだけだぜ?」
言い聞かせるように、カレルがバルトロメイの肩を叩く。
先ほどからレネは仕事ができませんと言っているようなものだ。
それはバルトロメイも理解している。
「もうすでに呆れてますから。気にしないで下さい」
するとハミル本人が口を挟んできた。
「あんな場面ばかり見てるからそう思うかもしれねえけど、レネはあんたの思っているような人間じゃねえぜ」
ベドジフがレネを擁護するが、ヒルに吸い付かれて半狂乱になっていた姿をハミルは目の前で見ている。
言葉だけでは、ハミルの評価は覆らないだろう。
「あれ? レネは?」
一人で部屋へ帰ってきたボリスに、ヤンが不思議な顔をする。
「血で汚れたからって風呂に行った。——バルトロメイ、ちょっとこっちへ」
ボリスから手招きされ、廊下の外へと呼び出される。
部屋にレネと帰ってきた時から、この男は静かな怒りを滲ませている。
剣は一通り扱えるがボリスは癒し手であって、剣士とは違う。だから纏っている空気もいつも穏やかで優しい。
だが今は、剣の腕に覚えのあるバルトロメイさえも鳥肌が立つような、そんな冷えた空気を纏っている。
「耳からも出血して、鼓膜も破れていた。もし癒し手がいなかったら、片耳が聞こえなくなり剣士として致命的なハンデを負うことになっていたぞ」
「…………」
その事実を告げられると、バルトロメイは自分の発作的な行動を悔やむしかない。
(俺がレネを傷付けてどうする……)
心のどこかで、どうせボリスが治療してくれるからという思いが、バルトロメイの行動に拍車をかけていた。
「お前はレネに特別な感情を抱いているのかもしれないが、だったらレネを傷付けるな。次になんかあったら私はお前を許さない」
静かなる威圧に、思わず気圧される。
だがバルトロメイは、ボリスからも自分と同じ匂いを嗅ぎとっていた。
この男はあからさまに、他の団員たちと違い、レネを特別視している。他の団員たちもそれに対し当たり前のように受け入れている。
バルトロメイには敵愾心剥き出しの、あのヴィートでさえ。
「あんたは、レネのなんなんだ?」
疑問に思っていたことを直接本人に問う。
「私にはこの世で大切なものが二つある。レネはそのうちの一つだ」
「——あんたは欲張りだな。俺は一つしかない」
「世の中そんなに単純なものではないんだよ」
ボリスはそう言うと、皆の居る部屋の中へと戻っていった。
部屋に戻っても、微妙な空気が流れている。というか淀んでいる。
ヴィートから親の仇のように睨まれ、バルトロメイは眉間に皺を寄せ壁にもたれて座っていた。
そこに、風呂からレネが帰って来た。
男だけの部屋に男が一人増えただけなのに、花でも撒き散らしてでもいるかのように、石鹸の匂いが香る。
(なんでだよ……同じ石鹸使ってんのに……)
「おいレネ、大丈夫だったか?」
ヴィートがご主人様の帰りを待つ犬の如く駆け寄る。
「は? なんがだよ? あんなの大したことねえって」
レネは何事もなかったかのような対応だ。
「さっきは殴ってごめん」
バルトロメイは素直にレネに謝った。
「いいよ謝らなくても。心配してくれてるのに言うこと聞かなかったオレも悪いんだし」
レネはすぐに自分の非を認める。
こんな所は素直なのだ。
自分の荷物から着替えを出して、レネが皆に背を向けサッと着替える。
血が付いたままでは気持ち悪かったのだろう。
お互いの非を認めあったので、団員たちは二人に関心をなくし、昨日買った猥本を読んだり、ナイフの手入れをしたりと思い思いに過ごし始めた。
(——なんだ……?)
いつも通りの平穏を取り戻したかのように感じたのだが、なにか……バルトロメイは言いようのない違和感を感じた。
(誰だ?)
暗闇の中、目を凝らして見ると、黒っぽい髪の短髪の男だ。
近付くにつれ、それが誰だか明らかになってくる。
「……バルトロメイ……」
「——お前……こんな暗くなって、一人でどこをほっつき歩いてた?」
今まで聞いたとのないような、低い声だ。
そうとう怒りを滲ませているのがわかるが、今はまだ本当のことは言わない方がいいだろう。
「本屋……」
——パンッ……
破裂音とともに、レネは地面に転がっていた。
来るとは思ったが、ここまで本気で打たれるとは思わなかった。
平手だが威力は強大だ。
剣ではまだどうにかなるが、自分より身体の大きな団員たちに力では敵わない。
(……鼓膜が破れたかも……)
打たれてから、ずっと耳鳴りがやまない。まるで他人事のようにぼんやりと思う。
鼻血もタラタラと流れて、口の中も切れて血の味がする。
だが、身体の記憶が上書きされ、今のレネには好都合だった。
バルトロメイが険しい顔をしてなにか言っているが、耳鳴りが酷くて、よく聞こえない。
一向に起き上がろうとしないレネに痺れを切らし、バルトロメイは引き摺るように首根っこを掴んで宿の中へと入って行く。
◆◆◆◆◆
バルトロメイがレネを連れて部屋に着くと、中にいた団員たちが一斉にこっちを見る。
「どうした?」
「血が」
「なにがあったんだよ?」
レネの血だらけの顔を見て、団員たちが眉を顰める。
「俺が殴った」
バルトロメイは自己申告する。
今日は温泉に行かず一人で宿に残るとレネが言い出したので、やけにしおらしいなと思っていたのだが、帰ってみると、部屋はもの抜けの殻だ。まだ宿の風呂に入っているんだろうと、他の団員たちは気にした風でもない。
バルトロメイは気になって風呂場を覗きに行くが、人の気配はない。
まさか何かあったんじゃないかと、心配になり宿の外でレネの帰りを待っていた。
しばらく待っていると、なに食わぬ顔でレネが帰ってきた。
あれだけ夜は一人で出歩くなと言っていたのに、こいつはなにを考えているんだと、言いようもない怒りが湧いて来た。
『——お前……こんな暗くなって、一人でどこをほっつき歩いてた?』
『本屋……』
少し間をおいて返された答えを聞いて、バルトロメイは怒りで目の前が真っ赤に染まり、気が付けばレネの頬を打っていた。
怒りに任せていたので手加減などできようはずがない。
体重の軽いレネは吹っ飛ばされて、鼻から血が出ている。
『お前は、一度犯されないとわからないのかっ!』
思わず大声で叫んでいた。
昼間、竜騎士団からも連れ去られそうになっていたのに、あまりにも無防備過ぎる。
レネの頬を打つのはこれで二度目だ。
一度目は、自害しそこなって『殺せ』と言われた時。
どうやら自分は、レネが己の身を軽んじるのが許せないらしい。
レネのことになると感情をコントロールできなくなる。
部屋に戻ってくるとボリスが、バルトロメイの言葉を聞いて、引き離すようにレネを外に連れ出した。たぶん、ハミルに見えない所で治療しているのだろう。
「テメェっ、レネになにすんだよっ!」
ヴィートに胸ぐらを掴まれるが、カレルがすぐに止めに入る。
片手で簡単に押さえ込まれるも、それでもヴィートは牙を剥き出しにしてこちらを威嚇してくる。
「おい、お前もがっつくな。にしても、仲間相手にやりすぎだろ? 喧嘩でもしたのかよ」
カレルが怪訝な顔をしてバルトロメイを睨む。
予想していた通り、ここに来ているベテラン団員たちは約一名を除いてレネを特別扱いはしない。
綺麗な顔に怪我をしたからといっても、そこまで大騒ぎはしなかった。
「だってあいつは昼間も拉致られそうになったのに、夜に一人で昨日の本屋に行ってたんだぜ? 馬鹿もいい加減にしろだ」
言い返しているうちに、バルトロメイはまたレネに対する怒りが込み上げてきた。
「なんだよ、そんなつまんねーことで殴んじゃねーよ。こっそりエロ本買いに行ってただけじゃねーか。あいつも男なんだしなにが問題なんだよ?」
「そうだぜ、お前あいつがお姫様かなんかと勘違いしてねえか?」
ヤンとベドジフに諭されるが、バルトロメイは団員たちにも言っておきたいことがあった。
「あんたたちの言い分もわかるけど、あいつは自分が箱入りなことに気付いてないんだよ。団員たちだけの時は無防備でいいけど、ここに来てあれは駄目だろ? なにかあってからじゃ遅いって」
「そりゃあそうかもしれねーけど、もう少しあいつを信じてやれよ。それに部外者がいる所でそんな話、護衛なのに呆れられるだけだぜ?」
言い聞かせるように、カレルがバルトロメイの肩を叩く。
先ほどからレネは仕事ができませんと言っているようなものだ。
それはバルトロメイも理解している。
「もうすでに呆れてますから。気にしないで下さい」
するとハミル本人が口を挟んできた。
「あんな場面ばかり見てるからそう思うかもしれねえけど、レネはあんたの思っているような人間じゃねえぜ」
ベドジフがレネを擁護するが、ヒルに吸い付かれて半狂乱になっていた姿をハミルは目の前で見ている。
言葉だけでは、ハミルの評価は覆らないだろう。
「あれ? レネは?」
一人で部屋へ帰ってきたボリスに、ヤンが不思議な顔をする。
「血で汚れたからって風呂に行った。——バルトロメイ、ちょっとこっちへ」
ボリスから手招きされ、廊下の外へと呼び出される。
部屋にレネと帰ってきた時から、この男は静かな怒りを滲ませている。
剣は一通り扱えるがボリスは癒し手であって、剣士とは違う。だから纏っている空気もいつも穏やかで優しい。
だが今は、剣の腕に覚えのあるバルトロメイさえも鳥肌が立つような、そんな冷えた空気を纏っている。
「耳からも出血して、鼓膜も破れていた。もし癒し手がいなかったら、片耳が聞こえなくなり剣士として致命的なハンデを負うことになっていたぞ」
「…………」
その事実を告げられると、バルトロメイは自分の発作的な行動を悔やむしかない。
(俺がレネを傷付けてどうする……)
心のどこかで、どうせボリスが治療してくれるからという思いが、バルトロメイの行動に拍車をかけていた。
「お前はレネに特別な感情を抱いているのかもしれないが、だったらレネを傷付けるな。次になんかあったら私はお前を許さない」
静かなる威圧に、思わず気圧される。
だがバルトロメイは、ボリスからも自分と同じ匂いを嗅ぎとっていた。
この男はあからさまに、他の団員たちと違い、レネを特別視している。他の団員たちもそれに対し当たり前のように受け入れている。
バルトロメイには敵愾心剥き出しの、あのヴィートでさえ。
「あんたは、レネのなんなんだ?」
疑問に思っていたことを直接本人に問う。
「私にはこの世で大切なものが二つある。レネはそのうちの一つだ」
「——あんたは欲張りだな。俺は一つしかない」
「世の中そんなに単純なものではないんだよ」
ボリスはそう言うと、皆の居る部屋の中へと戻っていった。
部屋に戻っても、微妙な空気が流れている。というか淀んでいる。
ヴィートから親の仇のように睨まれ、バルトロメイは眉間に皺を寄せ壁にもたれて座っていた。
そこに、風呂からレネが帰って来た。
男だけの部屋に男が一人増えただけなのに、花でも撒き散らしてでもいるかのように、石鹸の匂いが香る。
(なんでだよ……同じ石鹸使ってんのに……)
「おいレネ、大丈夫だったか?」
ヴィートがご主人様の帰りを待つ犬の如く駆け寄る。
「は? なんがだよ? あんなの大したことねえって」
レネは何事もなかったかのような対応だ。
「さっきは殴ってごめん」
バルトロメイは素直にレネに謝った。
「いいよ謝らなくても。心配してくれてるのに言うこと聞かなかったオレも悪いんだし」
レネはすぐに自分の非を認める。
こんな所は素直なのだ。
自分の荷物から着替えを出して、レネが皆に背を向けサッと着替える。
血が付いたままでは気持ち悪かったのだろう。
お互いの非を認めあったので、団員たちは二人に関心をなくし、昨日買った猥本を読んだり、ナイフの手入れをしたりと思い思いに過ごし始めた。
(——なんだ……?)
いつも通りの平穏を取り戻したかのように感じたのだが、なにか……バルトロメイは言いようのない違和感を感じた。
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