菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

12 八班

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 そうこうしているうちに、目的の建物の前に着く。
 焦げ茶色の木造建築の前に立って、レネは意を決した。

「おい小僧、ここだどこだかわかって突っ立ってんのか?」

 建物の脇の方で中屈みで煙草を吸っていた男が、斜めに顎を上げてレネを睨みつけた。

「この中の人物に用事があって来た」

 虫も殺さぬ顔をしながら、まったく物怖じすることなく用件を告げるレネに、男は面白いものでも見つけたような顔をする。

「ここは、浮浪者の集まりだぞ?」

 だが、メストにいる浮浪者よりも皆小綺麗にしている。あの温泉施設のお陰だろう。

「まず、ここの班長に会わせてくれ」

 レネは真っ直ぐに男の顔を見つめる。こんな時は絶対目を逸らしたらいけない。

「面白え。おいっ、班長に客人だぞっ!」

 入口付近にいた別の男に呼びかけると、急いでその男が中に入りしばらくして戻ってきた。

「中に入れだとよ」

「もう二度と外に出られねえかもしれねえぜ? 覚悟して入れよ」

 入口の段差を登り建物の中へと入って行こうとするレネに、男はニヤリと笑って声をかけた。

 中に入ると、板張りの長い廊下があって、男たちが窓から顔を出し、珍しい客人に興味津々と視線を向けていた。
 ザワザワと男たちの囁きが聞こえるが、レネはいちいち言語に変換するのを放棄する。どうせ碌なことは言ってないに決まってる。

 一番手前にある扉を案内の男が開ける。
 ここがきっと班長室なのだろう。他の扉と違い頑丈で豪華な造りをしている。
 灰色がかかった淡いミントグリーンの扉の向こうへとレネは足を踏み入れた。

「よお。俺に話があるのはお前か? また……娑婆でも滅多に見かけない美形じゃねえか」

 そこは応接間のようになっていて、行儀悪く机へ足を乗せた大柄の中年男が、品定めでもするかのようにレネを見る。

「人捜しをしている。マルツェルという男だ」

 レネは班長をじっと見つめる。

 この男は曲者だと聞いている、きっとただでは会わせてもらえないだろう。

「さあいたかなそんなヤツ? ここは番号でしか管理してないからな」

「じゃあ宿舎の中を探させてくれ。どうしても伝えたいことがあるんだ」

「いいだろう。ただし一つ条件がある。なあに命をくれってわけでもない。簡単なことだ——」

 その条件を聞いて、レネは躊躇した。

(こんなことなら一人で来なければよかった……)

 だが昼間に言われたハミルの言葉が頭を過ぎった。

『私なんかより周りに護衛されてるじゃないですか』

 このままでは本当にハミルが言っている通りの人間になってしまう。
 それにこれは自分だけができる仕事だから、わざわざここへやって来たと言っても過言ではない。

「——わかった。でもその前にマルツェルと会わせて話をさせてくれ」

「俺も楽しみは後がいいからな。おい誰か、こいつに宿舎の中を案内してやれ」

 班長が扉の外に声をかけけると、すぐに扉が開いて髭を生やした男が出てきた。

 男から案内され、手前の部屋から順にマルツェルを探していく。
 レネは小さいころにハヴェルと同様にマルツェルの屋敷に預けられたことがある。
 ハヴェルほどではないが、成人してからも何度か会っていた。
 団員たちの中で唯一マルツェルの顔を知る者として、今回の金鉱山行きのメンバーに加えられた。
 
 宿舎の中の男たちがまるで見世物でも見るようにゾロゾロとレネを見ようと廊下へと出てくる。
 皆、支給された灰色の服を着て年はまちまちだが、髪を同じ様に短く刈られ、どこか虚ろな目をしていた。

『あれ女だよな?』
『凄え美人だ』
『なにしに来たんだ』

「ほら、お前のこと女だって勘違いしてるぜ」

 隣を歩きながら髭の男が笑う。

「あいつらの目は節穴かよ? こんな背の高いまな板女、いるわけないだろ……」

「お前いま、世界中の貧乳好きを敵に回したな」

 そんなこと知ったことではない。レネはほどよい美乳派だ。
 この男はもしかしたら貧乳派なのだろうか。

「それにしても、野郎に囲まれて、びびったりしないんだな」

 ジロジロ見られても、臆することなく廊下を進んでいくレネを見て、男は不思議がっている。

「こんなの慣れてるよ。日ころから野郎に囲まれて生活してるから。あの緑の服の奴らよりお行儀がいいじゃねえか」

「お前、見かけと違って面白えな」

 意外とこの男とはまともな会話ができる。

「あっ…!?」

 灰色の服を着た男たちの中から、見知った顔の男がレネを見て、驚きの声を上げている。

「マルツェルさんっ!」

「レネ、なんでお前がこんな所に!?」

 事情が飲み込めない顔をして、マルツェルは幽霊でも見るようにレネを見つめた。
 まさか、レネがこんな所に来るなんて想像もしていなかったのだろう。

「もちろん、あんたを助けに来たんだよ」

 ガシッと両手を握りしめてマルツェルを見つめ返す。
 採掘場の過酷な仕事でもその屈強な身体は衰えることなく、いやそれよりも身体を動かすことにより余計に引き締まり以前より若返って見えるくらいだ。

(よかった……無事で)

「今まで何通も手紙を書いてたのにぜんぜん返事が来ないから、半ばあきらめてたぜ……」

「そのことだけど——」

 レネはこれまでの経緯を詳しく説明する。

「なんてこった……」

 レネの話を聞き、マルツェルは頭を抱え込んだ。

「それとマルツェルさんの、労働者番号って何番? 明日にはここを出られるように手続きするから、もう少し待ってて」 

「567番だ。それにしてもお前、こんな所に一人で来て……あの班長と変な約束しなかっただろうな?」

 マルツェルは今になって、八班の宿舎に単身で乗り込んだレネの身を案じ始めた。
 まるで子供のころ、マルツェルの屋敷に初めて一人でお使いで来た時のような反応だ。

(オレってやっぱりそんなに頼りなく見えるのか?)

 昼食時にバルトロメイとハミルから言われた言葉が、まだレネの中で尾を引いていた。

「……大丈夫だって」

「おい、なんだよ今の間は、お前になんかあったら俺ぁバルに顔向けできん!」

 マルツェルはそんなことを言っているが、レネにここに行けと言ったのはバルナバーシュ本人だ。なにかあったからと言って怒るはずがない。
 なんでいちいち心配するのだろうか。もう自分は子供ではないのに。

「ちょっと金を出せって言われただけだから心配しないでよ。どうせマルツェルさんの金だし」

 それを聞いて安心したのか。マルツェルは肩から力を抜いた。

「金ならどんだけ使ってもいい、だからお前……気を付けろよ」

 レネは護衛なのに、心配しすぎだ。
 きっとこの男の中では、レネは子供のころのままでときが止まってるのだろう。

「うんわかってる。じゃあ、もう行くね。明日はさっき言った通りにお願い」

「ああ」


 レネは廊下で待っていた髭の男と長い廊下を引き返す。

「お前、マルツェルの知り合いだったのか……」

「ああ、オレが子供のころから可愛がってもらってた」

 マルツェルの屋敷に預けられていたころ、二人はまだ新婚で、レネは子供ができた時の予行練習のように夫妻から扱われていた。
 特に妻のクラーラからは可愛がられた記憶がある。

 クラーラの妊娠・出産の後は、ハヴェルの家へ行くことが増えたが、その後もバルナバーシュのお使いで、レネは何度も屋敷を訪れていた。
 そんなマルツェルが行方不明になり、クラーラが失意に暮れて泣き暮らしていると知ったら、協力しないわけがない。
 
「だからって……お前……なんでこんな所に一人で来たんだ。班長になに言われたか知らねえが鵜呑みにすんなよ。あいつは碌な奴じゃあないからな」

 班長を知る人物は皆一様に同じことを言う。よっぽど人望のない人物なのだろう。

「オレはどうしてもマルツェルさんに話しておきたいことがあったんだよ」

 他の団員たちも一緒に来るという選択肢はあったかもしれないが、レネが裏で動いているということはできるだけ他の団員たちも知らない方が上手くいく。

「後悔するなよ。俺はここで平和に暮らしていきたいから、今からあの扉の向こうでなにがあっても助けてやれねえからな。忠告だけはしとく。ヤバいと思ったら逃げろよ」

「……わかった」

 髭の男は、もう自分は関係ないとばかりに建物の外へと出て行った。
 

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