菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

11 憂さ晴らし

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◆◆◆◆◆

 
「お前、なにぶすくれてんだよ」

 昼食の席で隣に座ったカレルがレネを小突く。

「だって……」

「竜騎士団に拉致られそうになったからだろ」

 言ってほしくないことをバルトロメイが申告する。

「なんだよそれ……」

「大丈夫だったのか?」

 バルトロメイの言葉を聞いて、他の団員たちが急に真顔になる。

「大丈夫だったからここに居るんだろっ」

 すべてが、気持ち悪かった。
 あの場でなにもできなかった自分も、そしてバルトロメイがバルナバーシュの名を持ち出し、危険を回避したことも。
 そんなことで頭がいっぱいになっていた時に、追い打ちをかけるようにハミルが口を開く。

「ずっと我慢してたんですけど、あなた本当に護衛なんですか? 私なんかより周りに護衛されてるじゃないですか」

 きっとバルトロメイの言葉に触発されたのだろう。
 自分が護衛らしく見えないと護衛対象から思われることは多々ある。
 今回は特に、レネ一人が浮いていた。
 護衛が護衛されているなんて屈辱の言葉だが、確かに今のレネはそう見える。
 ふだんだったら仕事中にこんなことはないのだが、今回は違った。

 先ほど、バルナバーシュから送られてきた手紙を読んで、迷いがあったのだが、ハミルの言葉で腹が決まった。
 
「……以後、気を付けます」

 口では殊勝な言葉を吐いておきながら、レネの腹の中は自分への怒りで煮え滾っていた。

(——絶対……やってやる……)

 
 今晩も、団員たちは豪華な温泉施設へと出かけて行ったが、レネは一人宿に残った。
 昨日行かなかったハミルとバルトロメイも、今日は温泉へと行っている。
 
 自分もさっさと宿の風呂で入浴を済ませる。
 橋の決壊の影響で、たち以外には客がいないので貸し切り同然だ。
 馬も通れるようになったみたいなので、あと数日もすれば馬車も通るようになり、ペニーゼで足止めになっていた人々もやって来るだろう。

 皆が帰って来る前にさっさと身支度を済ませ、カウンターを通らずに裏口から外へと出た。
 管理等の敷地内見取り図で確認した通りに薄暗い道を進んでいく。
 できるだけ、人とあわないよう人通りの少ない場所を選んだつもりだったが、一番遭遇したくなかった緑の制服を着た連中が五、六人ほど角を曲がってこちらにやって来た。

「おっと!? あの噂になってた部外者か?」
「凄えな、マジで綺麗じゃねえか」
「想像以上だ」

「お前……最初に受付で注意されなかったのか? 夜の独り歩きは危ないって」
「自分から襲って下さいって言わんばかりに独り歩きしてたんだもんな、文句は言えねえだろ」

 レネの姿を確認すると、男たちはとたんにニヤニヤをいやらしい笑みを浮かべる。

 この外見を揶揄われたことは数しれないが、金鉱山の男たちは、最初からレネをまるで女の代用品のような目で見てくる。
 できるだけ騒動は起こしたくなかったので逃げてもよかったのだが、今は最高に虫の居所が悪かった。

「ふん。やれるもんならやってみろよ?」

 レネは不敵に笑って挑発する台詞を吐くと、わざと人気のない暗い場所へと逃げる。

「おいおい、逃げたって無駄だぜ?」

 追ってきた男たちを物陰に隠れ様子を窺い、通り過ぎた所で背後から襲った。

「……ぐはっ」

 相手は竜騎士団だ。少しでも隙きを見せたら、返り討ちにあう。
 一人の男の首の後ろをナイフの柄で殴り付け、そのまま気絶させると、振り向きざまに剣を抜こうか迷っている男の首に回し蹴りを食らわせた。

「……なんだっコイツっ!?」

 まさか貧弱な男から反撃に遭うなどとは思ってもいなかったのだろう。
 男たちはただならぬ様子に一気に警戒心を強めた。

(あと三人)

 剣を抜いた騎士三人にどうやって立ち向かおうか。
 レネの中で、獣の血がざわめき出す。

 気絶した騎士が落とした剣を拾うと、一人にめがけて投擲《とうてき》した。さすがにそこは騎士だ、一瞬の差で尻もちを付いて剣を避ける。
 だが、レネの狙いはそこにあった。尻もちをついた騎士の腹に思いっきり蹴り上げる。

(あと二人)

「ほら、早くかかって来いよ」

 挑発に乗ってきた男の攻撃を避けて、相手の間合いの中へ入り股間に膝を入れる。

(あと一人)

 今のを見ていた男は、自分からは斬り掛かって来るような愚かなことはしない。
 だから余計にレネは大胆な動きができる、上半身の防御ばかりに意識がいっている男に足払いをかけると、両手で剣を構えていたのでバランスがとれずに面白いように横に転んだ所を、鳩尾を蹴って戦闘不能にする。
 
(ふう……)

 なんとも言えない充実感が身体の中を突き抜ける。
 
 敷地内で遭遇した竜騎士たちは、必ずなにかしらのちょっかいを出してくる。そんな相手を、容赦するわけにはいかない。

 噂には聞いていたが、このくらい血の気が多くないと国境警備は務まらないのだろうか?
 バルトロメイの伯父は竜騎士団の大隊長だと言っていたが、こんな男たちをまとめるのも大変だろう。
 
 改めて後ろを振り返ると、まだどの男も立ち上がることもできないでいた。
 誰かに見つかって騒ぎが大きくなる前に、レネはさっさとその場を立ち去る。

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