菩提樹の猫

無一物

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11章 金鉱山で行方不明者を捜索せよ

10 ムカつく野郎

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◆◆◆◆◆


 ヴィートはあんなにレネと一緒に外で仕事をすることを夢見ていたのに、いざ一緒に来てみると心が乱されてばかりだ。
 一対一だったら、レネは自分を支配する美しい獣だ。ヴィートは腹を見せて服従するのみ。
 だが、それに他の男たちが関わって来ると力関係が曖昧なものへと変わる。

 レネは他の団員たちを自分の時とは違って、上下関係をつけようとはしない。
 それどころかその身体を弄られても、抵抗することなく自由にさせている。
 団員たちもレネ自身も、なにも気にしていない。
 ヴィートはそれが気持ち悪かった。
 白黒はっきりさせてくれないと、白黒つけていたレネと自分の関係まで曖昧になってしまう。

 中でもヴィートの心を特に乱すのは、あの狼の血を引いた男だ。
 他の団員たちとはまったく違った目でレネを見ている。
 あのヒル騒動でもあの男は、レネに欲情していた。

 そして……あの男の欲望に濡れた目を見て、ヴィートは自分がレネに抱いている気持ちがなんであるのか気付く。
 自分も、レネに欲情していたのだ。

 だから、レネが唯一腹を見せるバルナバーシュを
 だから、レネに欲情するバルトロメイを
 だから、強い男としてレネが憧れるゼラを
 
 目の敵にしていたのだ。

 ヴィートはそんな膨れ上がる欲望を抱えた自分を、初めて逢った時のようにボコボコに叩きのめしてほしかった。レネに噛みつかないように、主が誰なのか、この身体に言い聞かせてほしかった。
 他の男に守られる、弱いレネなど見たくもない。
 そんな鬱々とした想いを抱えていた。


 管理棟に来て名簿を見せてもらった後、レネ宛に速達で手紙が届いたと知らせと受ける。
 どうやら橋の復旧が進み、馬も通れるようになったらしい。馬車が通れるようになれば、ここの男たちの欲求不満も解消されるだろう。

 他の団員たちは先に宿へ戻ったが、レネが管理棟で手紙を受け取るため、ヴィートとバルトロメイも一緒に受付でしばらく待っていた。

 手紙を開けると真剣な面持ちで読み始めたレネを、そっと盗み見る。
 睫毛まで灰色だ。
 その間から見える黄緑色の瞳が、ヴィートの胸を高鳴らせる。

「団長からか? なんて書いてあんだよ?」

「他言無用と書いてあるから言えない」

 眉を顰めてレネが目線だけ上に上げ、ヴィートを睨んだ。

「なんか面倒臭いことが起こったのか?」

 表情からして、あまりいいことは書いてなさそうだ。
 だがこの手紙の主に、レネは絶対服従だ。
 手紙の一言一句までが、その身体を支配する。

「まあな……」

「取り敢えず、宿に戻るか」

 少し離れた所で、壁に背を預けていたバルトロメイが声を上げ、姿勢を正す。
 悔しいが、この男はなにをしても様になる。
 レネが以前に外見を褒めていたのも輪からなくはない。

(いちいちムカつく野郎だ……)

 団長といい、バルトロメイといい、親子揃ってヴィートの心を苛つかせる。


 管理棟を出て宿へと向かっていると、左手に赤茶の地肌のテジット金鉱山が見える。

「明るい所で改めて見ると迫力あるな」

 バルトロメイが眩しそうに目を細める。

「うわ……あんな所に人が歩いてる。途中に穴があるとこって、中がトンネルみたいになってんのかな?」

 目を凝らすと、垂直に削れた山肌に何段にも渡って足場が組んであり、そこを鉱夫たちが行き来していた。

 最初に受けた説明をヴィートは思い出す。
 なんでも、削れた山の上に貯水池があり、アリの巣のように掘り進めたトンネルに一気にその水を流して土砂崩壊を起こし、山肌を削って行くのだという。
 次に流れ出した土砂を細かく砕いて、下を流れる川に流し、下に溜まった金を集めていくらしい。
 水の力で掘削するなど、ヴィートには想像もつかないが、その技術を用いることで効率化が進み、発掘量が何倍にも増えたそうだ。


「——おいそこの三人、止まれ」

 採掘場へ続く道を横断して宿に帰えろうとしていた時、いきなり緑色の制服の集団に呼び止められる。

(竜騎士団っ!?)

 十数人の竜騎士兵たちからいきなり喉元に剣を突きつけられ、身動きがとれない状態にさせられる。

「持ち物検査を行う。両手を上に上げろ」

「待ってくれ、俺たちは部外者だっ!」

 ヴィートはいきなりの扱いに、思わず叫ぶ。

「俺たちは敷地内の不審者を調べる権限がある」

 団員たちが言っていたが、王国騎士団の中でも実働部隊にあたる竜騎士団は、気性の荒いことで有名らしい。

「おいっ! こいつナイフを隠し持ってやがる」

 両手を上げて無抵抗のレネを、後ろから抱き込むようにいして腰を探っていた男がベルトに差したナイフを取り上げた。

「他にまだ隠し持ってるかもしれないぞ」

 ヴィートとバルトロメイはなにもせず、レネばかり群がるように男たちが身体を探る。
 シャツが捲くりあげられ、白い腹が露わになり男たちの手は胸の方にまで向かって行っていた。

「ここじゃあちゃんと検査できないな、こいつを連行しろ」

 まだ若いが一番偉そうな男が、ニヤニヤしながら命令する。

(……クソっ、こいつら最初っからそのつもりでっ!)

 ヴィートは鼻に皺を寄せて唸る犬のように、歯を剥き出しにして顔を歪めた。


「——よおババーク、いつの間にそこまで偉くなったのか?」

 レネしか眼中にない騎士たちの一人に、バルトロメイが問いかける。
 その声はいつになく低く、怒りを含んでいた。

「……!? テサクっ、どうしてお前がっ!」

 声の主に気付き、ババークと呼ばれた騎士が、驚きに顔を引き攣らせている。

(テサク? バルトロメイの名字か? でもなんでこいつらお互いの名前を知ってるんだ?)
 
「——テサク……もしかして……テサク大隊長と関係が?」

 騎士の一人がババークに尋ねる。

「ああ。大隊長の甥にあたる」

 ババークは面白くなさそうに答える。

「……えっ!?」

 騎士たちの動きが止まった。

「でも、こいつは騎士団を退団した身で、今はただの一般市民だ」

「そいつを離せ。どこかに連れ込んで輪姦《まわ》すつもりなんだろ? お前の手口は昔から変わんねぇな」

「なんだと……」

 ババークは怒りを滲ませ、バルトロメイと睨み合う。

「それにな、そいつはお勧めしない。あんたたち、最新版の美少年・美青年図鑑ってやつ持ってるだろ?」

 バルトロメイは騎士たちを見回すと、思わせぶりに話し出す。

「……あっ!?」

 騎士の一人がなにかに気付き、レネから身を離した。

「注目度ナンバー1の灰色の髪の美青年」

 バルトロメイの語りに、皆が両手を上げたままのレネに注目する。
 どうやら皆、あの本に目を通しているようだ。

「あの『紅い狼』がこいつを取り戻すために決闘騒ぎを起こしたのは本当だ。俺はあの決闘の現場にいた。知ってるか? 決闘相手は息子じゃあない。元竜騎士の男だ」

「なんだって!?」

 元同僚と聞き、周りがザワザワとざわめき出す。

「その男はどうなったと思う? 『紅い狼』に傷を負わせることもなく、腹を刺し貫かれて背中から剣を生やして負けた……」

「…………」

 その無残な最後を聞いて、竜騎士たちが固唾をのむ。

「じゃあこいつはやっぱり……大戦の英雄の……」

 いつでも戦争が起これば最前線に派遣される竜騎士たちにとって、バルナバーシュはリーパの団長というよりも、先の大戦の英雄という側面の方が強いようだ。
 それも二代続けて戦で特別大きな戦果をおさめた者だけに贈られるコウペル勲章を叙勲し、武門の名家と言っても過言ではない。
 語り手たちによって『紅い狼』という二つ名も、先代のオレクから二代に渡って語られるようになった。


「もう一つ間違いがある。こいつは愛人じゃない。レネ、お前のフルネームは?」

「——レネ・セヴトラ・ヴルク」

 狼《ヴルク》の名を持つ意味を察し、一斉に男たちがレネから離れた。
 初めて聞いたレネのミドルネームは、ヴィートには聞き慣れない名前だった。

「お察しの通り、こいつが『紅い狼』の息子だ」

「…………」

 騎士たちは完全に勢いを削がれてしまう。

「それにちゃんと受付で身体検査も受けて問題なかった。俺たちも仕事で来てるんだ、もういいだろ?」

「……ふんっ」

 ババークと呼ばれた男が、レネから没収したナイフを地面に投げてこの場を離れると、ゾロゾロと金魚のフンのように他の騎士たちも去っていった。


「お前……竜騎士団だったんだな」

 ナイフを拾いながらレネが尋ねる。

「悪名高いな……」

 バルトロメイが皮肉げに笑う。
 ヴィートはそれどころか、バルトロメイが騎士団に所属していて姓がある身分だったことさえ知らなかった。
 ドロステアでは、王族・貴族・騎士の家系以外は姓を持たない。

 もし、バルトロメイがこの場にいなかったらどうなってただろうか?

 レネはそのまま連れ去られて、取り返しのつかない事態に陥っていたかもしれない。
 それもこの男は、自分が団長の実の息子なのに養子であるレネを立て、情報を修正して騎士たちに伝えた。
 戸籍上はレネがバルナバーシュの息子なので、バルトロメイが言っていることは正しい。
 咄嗟にそんな判断ができるバルトロメイが、なんだかとても大人の男のに見えてきた。

 そして今さらながら、バルナバーシュが先の大戦の英雄の一人であることを知る。
 まさかこんなに騎士団の男たちに影響力を持っているとは思わなかった。
 
 結局、自分の手の届かない所でレネは守られている。
 ヴィートは自分の無力さに、拳をきつく握りしめた。

「さっさと宿に戻ろうぜ。また違う奴らにあったら厄介だ」

 バルトロメイが早くこの場を離れるよう促す。



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