菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

【番外編】今年も毛刈りの季節がやってまいりました

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「もう昼間はあち~よな」
「風呂入ろ~ぜ」

 リーパ護衛団本部の一階廊下は、任務を終えた団員たちでひしめき合っていた。

 メストは連日初夏の陽気だ。
 とうぜん肉体労働者たちは汗だらけになり仕事から帰ってくる。
 団員たちは腹の虫が鳴るほど空腹でも、まずは風呂に入って汗を流す。

 今日はレネもカレルやベドジフたちと近場の護衛だった。
 本部の裏口から入り、レネは脱衣所の端にある自分のロッカーをゴソゴソと探る。

「あれ、オレ着替え置いてたかな?」

 団員たちはそれぞれの私物をここに置いている。
 レネもいつでも風呂に入れるように簡単な着替えをロッカーに置いているのだが、下着しか見つからない。

「まっ……いっか」

 どうせ風呂上がりは暑いくらいだから、すぐに服を着たらまた汗を搔いてしまう。
 
 私邸の自分の部屋にも風呂は付いているのだが、こんな時は皆で広い風呂に入る方が楽しい。
 今日みたいな日は、風呂上がりに冷たく冷やしたレモン水を飲むのがレネのお気に入りだ。
 なんてことを考えながら服を脱いで周りを見回し、レネはあることに気付く。

(——あれ、もうそんな季節か……)

 団員たちの股間がスッキリしている。

 ドロステアきっての発明王フサール男爵の大発明、T字カミソリが普及した結果、男たちの日常生活が激変した。
 熊のように伸ばし放題だった髭を簡単に手入れできるようになったので、女受けもいいとあってか、小綺麗に髭を整えるようになり、その刃は身体中の無駄毛にも向けられるようになる。
 
 肉体労働者たちは、夏場になると汗を掻き、股間が蒸れてくる。
 それを防ぐために、暖かくなると股間の毛を処理するようになった。

 団員たちは風呂で髭を剃るついでに下の毛も剃っている。
 しかし、レネは日ごろ髭剃りを必要としないので、カミソリをロッカーに常備していない。

(あ~今度買っとかないとな……)

 そんなことを思いながら風呂場の洗い場に向かっていいると、横からカレルがレネの股間を覗き込んでいる。

「あら、おたくの息子さん、衣替えまだなの? なんだか暑苦しそうじゃない?」

「……へ?」

 レネは一瞬なんのことか考えた。だが涼し気なカレルの股間を見て合点がいく。

「あ……でもオレ、カミソリ持って来てないんだよ」

 レネはいつものように洗い場のシャワーの蛇口を捻り、石鹸を泡立てる。

 しかし、ふと隣を見ると、カレルが目を光らせカミソリを持ち、待ち構えていた。

「——大丈夫、俺がやってやるよ」


◆◆◆◆◆


 バルトロメイは大浴場の湯船に浸かってゆっくりと仕事の疲れを癒やしていた。

「あれ、猫さんだ」

 近くにいたエミルが、しきりに洗い場の方を見ている。

「あっ本当だ」

 隣には、何度か一緒に仕事をしたことがある、生意気な少年ヴィートもいた。
 ドレイシー婦人の誕生会で初めて会ってから、ずっと目の敵のような目でバルトロメイを睨んでくるのだ。

(俺別になにもしてないよな?)

「あっ!?」
「おいっ!?」

 二人が同時に驚きの声を上げた。
 
 バルトロメイも思わず、二人の視線の先を追うと、とんでもない光景を目にし思わず固まった。

(なにをしているっ!?)

 あの赤毛の男カレルが、レネの前に屈んでとんでもないことをしていた。

「ほ~ら猫ちゃんじっとしててね~ すぐに終わるからね~」

 まさに猫撫で声で、レネの股間に石鹸の泡を塗ると、カミソリを持って——

 あの灰色の……まるでクローデン山脈にひっそりと咲いている高山植物のような慎ましい毛を……誰の断りもなしに刈り取っているではないかっ!
 
 鼻先を突っ込んだ時に感じたサラサラとした感触が脳裏に蘇る。

(こんなことが、団員たちの間でまかり通っているのか?)

 皆ジロジロ見てるが、誰も止める者はいない。
 それがバルトロメイには信じられない。

 時に男たちの集団は、残酷なことを平気でやってのける。

(クソッ……同じタイミングで風呂に入っていたら、あの役は俺がやっていたのに……)

 湯船の縁に置いていた、自分のカミソリを握りしめて、バルトロメイはワナワナと悔しさに震えた。


「ほ~らできたっ! 猫ちゃんは前にちょこっとあるだけだから、すぐに終わって楽だね~」

 カレルはそう言って、シャワーのお湯をレネの股間にかけて泡を綺麗に落とす。

「よけいなこと言うなよ」

 レネが恥ずかしそうに俯いている。
 
「あ~ら見事なトゥルン! おたくの息子さんとってもお似合いよ♡」

 そう言いながら、カレルはうっとりとレネの股間を眺める。

「……!?」
「……!!」

 湯船にいる隣の二人が、顔を真赤にして固まっている。
 そしてバルトロメイも、思わずレネの股間へ釘付けになる。

 それはまるで、生まれたての赤ん坊のような初々しい姿をしていた。

 あんな愛らしくもいやらしいモノが……成人男子の股間にぶら下がっていていいのだろうか?
 罪作りな存在が、バルトロメイの心と下半身を乱していく。

 いつもよりピンクを主張しながら、段々とこちらへと近付いてくる。

(ああっ……そんなにぷらぷら揺らしてこっちに近付いて来ないでくれっ!)

 あの時のことを思い出して、バルトロメイの下半身に血が集まりはじめる。

「バルトロメイ久しぶりじゃん。元気してた? 今度また仕事一緒だよな。確かヴィートも一緒だっけ?」

「そうだよ。俺さ、遠くに行くの初めてだからけっこう楽しみ」

 ヴィートはレネが来たとたんに、急に機嫌がよくなる。

(わかり易い奴だ……)

「金鉱山に行くんだってな」

 股間をかばいながら、バルトロメイは隣に入ってきたレネとカレルの場所を空ける。
 次の仕事は、まあまあの大所帯での護衛だ。

「鉱山とか……男ばっかじゃん……」

 カレルがげっそりとした顔で呟く。

「なんか面倒臭そう……山ん中だろ……」

 レネもあまり気が進まない仕事のようだ。
 
 確かに、なんであんな所にレネも行くのだろうか?

 それに……あの金鉱山は、竜騎士団も駐屯していたはず。
 ますますレネが行くには相応しくない場所に思える。

 バルトロメイは、緑の制服を思い出すだけで一気に気持ちがげんなりとしてきた。
 お陰で、荒ぶる息子も落ち着きを取り戻す。
 最終形態の一歩手前、第三形態まで進んでいたので、一時はどうなるかと思ったがどうやら危機は免れた。

 レネがすぐそこにいる状態で、バカ息子がまた暴走するかもしれない。
 次の仕事については気になるが、ここにいると危険だ。

「じゃあ、お先に~」

 バルトロメイはレネを横目にそそくさとその場を立ち去った。


◆◆◆◆◆


 カレルは隣に浸かるレネを上から下へとじっと見る。
 男同士なので遠慮などいらない。
 妙に目を逸らしたり、逃げたりするような奴は怪しい。

 今しがた立ち去っていたバルトロメイはきっと我慢の限界だったのだろう。

(あいつは確か騎士団育ちって言ってたよな……)

 カレルは改めてレネを見る。

 レネの裸は相変わらず凄い。
 今は下半身に直撃するようなことはないが、よくもまあこんなに条件が揃ったもんだと思う。
 一度スイッチが入ってしまったら、萎える要素がどこにもないのも考えものだ。

 いつも目を奪われる、ピンク色の乳首と性器。
 ここで、思わず二度見する。
 華奢な身体つきなのに、筋っぽさや骨っぽさを感じさせない。
 それどころか、剣士に必要な筋肉が最低限はついているので、胸は少しふっくらしていて、尻と太股も肉感的だ。
 細い上にその筋肉が乗っかると、いけない括れができてしまう。
 だが女とは少し違う。
 だからこそ、その溝を埋めるために見続けてしまうのだ。
 

「なんだよさっきから」

 穴が空くほど見つめられ、レネが訝しげにこちらを睨む。

「いやね……金鉱山っていったら男しかいないし、荒くれ者が多いイメージだからな……お前狙われそう……」

「は?」

「自分の尻は死守しろよってことだよ」

 言い終わると同時に、ギロリと猫の目で睨まれる。

(怒ってるな……)

 こう見えてもレネの中身はまるっきり男だ。
 剣を持って戦っているところを見るとよくわかる。
 だからカレルはレネにこのままでいてほしかった。
 無自覚すぎるのもいけないが、自分たちの前では、こうやって一緒に風呂に入って、同じ野郎として無防備に裸を晒してほしい。
 だからこそ築かれている仲間関係が、少なからずともある。

 相反するようだが、そのために外ではもう少し、自分がどう見えているか自覚してほしい。
 なにか起こってしまったら、たぶんレネは……もう犬の集団の中では生きていくことができなくなる。
 今までなんとか無事だった(そのなんとかの中に、団長の辞任劇まで入っているのが恐ろしいが……)。

 レネの牙が完全に生え揃うまで、無事にこのままの状態でいてほしい。
 それがカレルの願いだ。

「俺はな、ずっとお前と一緒に仕事したいんだよ……」
 
 いつかは……この美しい猫が自分たちを服従させる日を夢見て。



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