菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

【番外編】捨てられたパンツを巡る物語

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 ヤンは深夜に仕事が終わり、宿舎代わりに団員たちが住み込んでいる団長の私邸の方へと歩いていた。
 すると、空からなにかヒラヒラとした物が降ってきた。

「なんだ?」

 拾い上げると、どぎつい色をしたなんとも際どい形をしたパンツだ。

(なんで女物のパンツが?)

 降ってきた私邸の二階の部屋を見上げる。
 アノ窓はレネの部屋の……たぶん浴室だ。

(女を連れ込んでるのか?)

 まさか自分の部屋に連れ込むなんて大胆なことはしないだろう。
 それにレネは数年前の童貞喪失事件のせいで、恐ろしく奥手になってしまった。
 あれは、未亡人に食われたといっても過言ではない。
 なので、レネがそのようなことをするとは思えなかった。

 それにリーパの敷地内は若い女を入れてはならない。
 飢えた狼の群れに妊娠の可能性のある女性を入れることを、団長が禁止している。
 敷地内で働いている使用人は閉経した女か、この前までいたヴィートの妹くらいだ。
 
 改めて、拾った下着を広げてみる。
 後ろの尻の谷間の所はほぼ紐状になっていて、尻が丸見えになる造りだ。
 前は、女物の下着にしては股間の所が膨らんでいるような——

(まさか、このパンツは……レネのなのか?)

 レネがこんな下着を履いているところなど一度も見たことがないが、間違いなくこの下着は、二階のあの窓から落ちてきた。
 取りあえず、今度あった時に本人へ渡そう。
 
 ヤンはサーコートのポケットにそれを詰め込んだ。


 本人でさえすっかり忘れたころに、事件は起こった。

 団長の執務室に団員たち数名が呼び出され、仕事の打ち合わせを行っている時のことだ。

「今度の仕事のことだが、お前たちにはある人物の護衛で、金鉱山まで——」

 バルナバーシュが説明をはじめた時に、ヤンの足元に鮮やかな青紫色の布切れがハラリと落ちた。
 団員たちには馴染みのない色に、皆吸い寄せられるように視線を向ける。

「ヤン、お前……いまなにを落とした?」

 バルナバーシュが静かな声で問いかける。

(——やべっ!?)

 ヤンは焦って拾い上げようとするが、横からベドジフが人差し指と親指で摘み上げて、皆の前に晒す。

「おい、なんだこりゃ……」

 床に落ちた派手な布切れの正体が明らかになり、みなが興味津々で覗き込んでいる。

「凄えな、ケツの所が紐になってる。これ割れ目に食い込むんじゃねーの? なにこのエロいおパンツ」

 カレルがニヤニヤ笑いながらヤンの落とし物を観察している。

 ヤンは思わず持ち主であろうはずのレネの方を盗み見るが、顔を真っ青にして恐怖に戦いたような表情をしている。
 恥ずかしがって顔を真赤にしているかと思ったが、意外な反応だ。
 レネの目線を辿っていくと、副団長に行き着いた。
 
 その副団長だが、そこだけ真冬のように凍りついていた。
 お堅い副団長のことだ、こんなふしだらな下着が目の前にあることが許せないのだろう。
 もしかしたらこんな類の下着など、見たこともないのかもしれない。

「これ男物だよな……ヤン、お前はこんなちっちぇの入んねぇし、どうしたんだよこれ」

「……おい、テメェら……仕事の話してんのに勝手に雑談すんじゃねえ!」

 バルナバーシュの一喝で、その話題は絶ち消された。

 
◆◆◆◆◆


 床にヤンが落とした見覚えのある布切れを見て、レネは戦慄した。

(——ど、どうして……をヤンが持ってるんだ……)

「凄えな、ケツの所が紐になってる。これ割れ目に食い込むんじゃねーの? なにこのエロいおパンツ」

(おいヤメロ……これ以上挑発するな……誰のパンツかわかって言ってんのかっ!)

 だが、なにも知らないカレルに罪はない。

 たぶんレネ以外、このド派手なパンツの持ち主が誰かわかっていない。
 ふだんの姿からは結びつかないのが普通だろう。

 恐る恐る持ち主の方を盗み見ると、そこだけ凍てつく氷の大地のようだ。

(あああああ……あれは間違いなく怒ってる……それも後で医務室送りになるパターン……)

 もう師とは十年来の付き合いだ。
 なにを考えているくらいかはだいたいわかる。
 
 あの時どうして自分は風呂の窓からパンツを投げたりしたのだろうか——
 今さら後悔しても遅いのだが、浅はかな行動をしてしまった自分が恨めしい。

(ヤンの奴、どうしてあんなの拾ったんだよっ! それも本人の目の前で落としやがって馬鹿野郎っ!)

 理不尽な怒りはヤンへと向かう。

 そして……嫌な予感は見事的中し、夕食を終えて私邸の自室へ戻っていると背後に凄まじい殺気を感じた。


「あっ……!?」と思った時にはもう遅かった。

 そして気がつくと、いつものように、心配そうな顔をしたボリスが、レネを覗き込んでいた。



◆◆◆◆◆


 
「——おい……ルカ」

 馬鹿弟子を半殺しにした後、部屋に戻ると、先客がいた。
 沢山の衣装と楽器や武器が、所狭しと並べられたこの部屋は、まるで芝居小屋の楽屋のようだった。
 その中に、場違いな男が壁に凭れ佇んでいる。
 いつもは腰に提げている剣を、珍しく壁に立てかけていた。


 なんの目的で男がやって来たのか、ルカーシュは理解する。

「……なんだよ?」

 表情には一切出さずに、ルカーシュはいつも通りに答えた。


「男が食い足りなかったのか? あいつの熊並のデカマラはよかったか? ん?」

 鞘に入ったままの剣で強引に顎を持ち上げられる。

「——俺は言ったよな? 団員には絶対手を出すなって……」

 口元は嗤っているのだが、その狼のような瞳はまったく嗤っていなかった。


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