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10章 運び屋を護衛せよ
15 待ち伏せ
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◆◆◆◆◆
コンラートはパソバニの町の入口で、私服に着替えて見張っていたフゴたちの班と合流するが、まだドプラヴセは姿を見せていないという。
青い制服で屋敷の周りをウロウロするわけにもいかないので、コンラートたちも私服に着替えている。
訊き込みをするには制服が断然有利だが、見張りをするのには目立ちすぎるからだ。
(——おかしい……パソバニの領主の所じゃなかったのか?)
だが、間違いなくドプラヴセはプートゥにいた。
それもあのレネという青年が泊まっていた場所と同じ所に。
偶然だろうか。
カマキリの時にも感じたあの、引っかかる感覚は——
どうしてあの時、ドプラヴセについて質問をしなかったのだろうと、今になって後悔する。
ムクムクと湧き上がる疑問も、美しい青年を見ていたら、どこかにふっ飛んでしまう不思議な魔力があった。
「どうしたんですかい。難しい顔して」
隣にいたヒネクが心配そうにこちらを見ている。
「いや……あのレネという青年がどうも引っかかっていてね」
「そういえば、今朝も話してましたね。まあ後でわかったことですけど、まさかドプラヴセと同じ宿にいたなんてね……」
顎髭をなぞりながら、ヒネクが渋い顔をする。
「そこなんだよ……今思うとあの時なぜドプラヴセのことを訊かなかったんだろうと……」
「鼻の下伸ばして綺麗な顔でも眺めてたんでしょ?」
ヒネクがニヤニヤ笑う。
このベテラン隊員は、痛い所を突いてくる。
「それが……普段なにをしているのか尋ねたら、どうも誰かの愛人をしているようなことを匂わすんだよ。全部吹っ飛ぶだろ?」
「——あっ!? 思い出したっ!」
ヒネクがいきなり目を見開いて叫ぶ。
「どうした……いきなり大声を出して」
ふだん冷静な男にしては珍しい反応だ。
「あの美青年……リーパの団長が実の息子と決闘して取り戻したって言われている愛人だっ!」
「は?」
(——なにを言い出したかと思えば……リーパ護衛団だと?)
「見たんですよ、団長のバルナバーシュが灰色の髪の青年をそれはそれは大切そうに抱えて馬に乗っている所を。周りの野次馬たちが、あれは団長の愛人に違いないって」
うっとりした顔でヒネクが語るが、中年オヤジが頬を赤く染めるその姿はあまり見ていて気持ちのいいものではない。
「——なんだそりゃあ……男を抱いて馬に乗るなんて、無理がありすぎないか?」
「……それができるんですよあの男は。なんたって大戦の英雄ですからね」
英雄であることと、男を抱いて馬に乗る技術は果たして関連があるのだろうか?
話がぶっ飛びすぎていて、ドプラヴセとの接点がどんどん遠く離れていく。
「顔は見えませんでしたが、珍しい髪の色と、細っそりとした体つきは、あの青年に間違いありません」
そうヒネクは言い切った。
「……でもお使いでペレリーナまで行くって言ってたぞ? リーパの団長がそんな用事を愛人に頼むか?」
先ほどから話が脱線しまくっているという自覚はあるが、ついつい会話を続けてしまう。
「連れがいると言っていたが、もしレネがリーパの団長の愛人だったとしたら、団員を護衛につけるよな?」
「それなのに一人で夜道を歩かせて、怪我までさせて……そいつはなにしてたんだって話になりますね……」
「う~~~ん……」
なにかが間違っていて、話が噛み合わなくなっているのだ。
日も暮れてきたというのに、ドプラヴセは一向に姿を見せる気配はない。
大男がコンラートの元へと歩いてくる。
暗くなって顔は確認できないが、先発隊のフゴに違いない。
「隊長、あの……先ほど住民から聞いた話なんですが、どうやら海岸線の方からも屋敷に通じる道があるみたいです。街道の手前にある集落からその海岸線の道が繋がっているらしくて、もしかしたら……奴らはそこを通って屋敷に向かう可能性もあるんじゃないかと……」
フゴが言い辛そうに進言する。
「なんだと……」
暗くなると、ますます捕まえるのが困難になってくる。
(——先に来ておきながら、なぜ今まで見つけられなかったのだ……)
しかし、今はそんなことを嘆いている暇はない。
「ヒネク、行くぞっ!」
そしてコンラートは、領主の敷地内には入り込めないので港から海岸線に出て、道のない岬をぐるりと周り、集落から屋敷へと繋がる道を発見する。
「この道だっ、おいっ、あそこに人が歩いているぞっ!」
暗闇の中、三つの影が崖の中腹を歩いている姿が見える。
(——聞いた話では二人だったはず……いや待て、チェスタでは『運び屋』には二人連れがいると報告があった。一旦離れて、どこかで合流したのか?)
ドプラヴセが運んでいる証拠を、こちらが先に入手しないと、領主を取り調べることはできない。
制約が多い中、なんとか密輸の証拠を取り押さえたかった。
それに、コンラートの推理が正しければ、商人のカシュパルと同じように、ドプラヴセまで——
コンラートは夢中で九十九折になった上り坂を、三人の影を追いかけて走り出した。
(止めなければ!)
コンラートはパソバニの町の入口で、私服に着替えて見張っていたフゴたちの班と合流するが、まだドプラヴセは姿を見せていないという。
青い制服で屋敷の周りをウロウロするわけにもいかないので、コンラートたちも私服に着替えている。
訊き込みをするには制服が断然有利だが、見張りをするのには目立ちすぎるからだ。
(——おかしい……パソバニの領主の所じゃなかったのか?)
だが、間違いなくドプラヴセはプートゥにいた。
それもあのレネという青年が泊まっていた場所と同じ所に。
偶然だろうか。
カマキリの時にも感じたあの、引っかかる感覚は——
どうしてあの時、ドプラヴセについて質問をしなかったのだろうと、今になって後悔する。
ムクムクと湧き上がる疑問も、美しい青年を見ていたら、どこかにふっ飛んでしまう不思議な魔力があった。
「どうしたんですかい。難しい顔して」
隣にいたヒネクが心配そうにこちらを見ている。
「いや……あのレネという青年がどうも引っかかっていてね」
「そういえば、今朝も話してましたね。まあ後でわかったことですけど、まさかドプラヴセと同じ宿にいたなんてね……」
顎髭をなぞりながら、ヒネクが渋い顔をする。
「そこなんだよ……今思うとあの時なぜドプラヴセのことを訊かなかったんだろうと……」
「鼻の下伸ばして綺麗な顔でも眺めてたんでしょ?」
ヒネクがニヤニヤ笑う。
このベテラン隊員は、痛い所を突いてくる。
「それが……普段なにをしているのか尋ねたら、どうも誰かの愛人をしているようなことを匂わすんだよ。全部吹っ飛ぶだろ?」
「——あっ!? 思い出したっ!」
ヒネクがいきなり目を見開いて叫ぶ。
「どうした……いきなり大声を出して」
ふだん冷静な男にしては珍しい反応だ。
「あの美青年……リーパの団長が実の息子と決闘して取り戻したって言われている愛人だっ!」
「は?」
(——なにを言い出したかと思えば……リーパ護衛団だと?)
「見たんですよ、団長のバルナバーシュが灰色の髪の青年をそれはそれは大切そうに抱えて馬に乗っている所を。周りの野次馬たちが、あれは団長の愛人に違いないって」
うっとりした顔でヒネクが語るが、中年オヤジが頬を赤く染めるその姿はあまり見ていて気持ちのいいものではない。
「——なんだそりゃあ……男を抱いて馬に乗るなんて、無理がありすぎないか?」
「……それができるんですよあの男は。なんたって大戦の英雄ですからね」
英雄であることと、男を抱いて馬に乗る技術は果たして関連があるのだろうか?
話がぶっ飛びすぎていて、ドプラヴセとの接点がどんどん遠く離れていく。
「顔は見えませんでしたが、珍しい髪の色と、細っそりとした体つきは、あの青年に間違いありません」
そうヒネクは言い切った。
「……でもお使いでペレリーナまで行くって言ってたぞ? リーパの団長がそんな用事を愛人に頼むか?」
先ほどから話が脱線しまくっているという自覚はあるが、ついつい会話を続けてしまう。
「連れがいると言っていたが、もしレネがリーパの団長の愛人だったとしたら、団員を護衛につけるよな?」
「それなのに一人で夜道を歩かせて、怪我までさせて……そいつはなにしてたんだって話になりますね……」
「う~~~ん……」
なにかが間違っていて、話が噛み合わなくなっているのだ。
日も暮れてきたというのに、ドプラヴセは一向に姿を見せる気配はない。
大男がコンラートの元へと歩いてくる。
暗くなって顔は確認できないが、先発隊のフゴに違いない。
「隊長、あの……先ほど住民から聞いた話なんですが、どうやら海岸線の方からも屋敷に通じる道があるみたいです。街道の手前にある集落からその海岸線の道が繋がっているらしくて、もしかしたら……奴らはそこを通って屋敷に向かう可能性もあるんじゃないかと……」
フゴが言い辛そうに進言する。
「なんだと……」
暗くなると、ますます捕まえるのが困難になってくる。
(——先に来ておきながら、なぜ今まで見つけられなかったのだ……)
しかし、今はそんなことを嘆いている暇はない。
「ヒネク、行くぞっ!」
そしてコンラートは、領主の敷地内には入り込めないので港から海岸線に出て、道のない岬をぐるりと周り、集落から屋敷へと繋がる道を発見する。
「この道だっ、おいっ、あそこに人が歩いているぞっ!」
暗闇の中、三つの影が崖の中腹を歩いている姿が見える。
(——聞いた話では二人だったはず……いや待て、チェスタでは『運び屋』には二人連れがいると報告があった。一旦離れて、どこかで合流したのか?)
ドプラヴセが運んでいる証拠を、こちらが先に入手しないと、領主を取り調べることはできない。
制約が多い中、なんとか密輸の証拠を取り押さえたかった。
それに、コンラートの推理が正しければ、商人のカシュパルと同じように、ドプラヴセまで——
コンラートは夢中で九十九折になった上り坂を、三人の影を追いかけて走り出した。
(止めなければ!)
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