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10章 運び屋を護衛せよ
13 ついつい……
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◆◆◆◆◆
プートゥで街道は二つに分かれる。
西に向かえば隣国レロへ。
北へ向かえばドロステア最北端の町ペレリーナへ。
北へ向かう街道の最初の宿場町がパソバニだ。
ドプラヴセとゼラは北へと向かう街道に進んでいた。
「あいつ大丈夫かね?」
日も高くなり、街道から少し離れた川のほとりで、馬たちの休憩も兼ねて宿の弁当を食べている。
前日に頼んでいた昼食は、カウンターで受け取るだけだったので顔の割れていないゼラがとりに行き、表の通りでレネが時間稼ぎをしている間に裏口から抜け出した。
鷹騎士団から逃げるように出てきた割には、弁当まで受け取ってちゃっかりしている。
だがまだレネは追いついて来ない。
昔からドプラヴセは、ああいう生き物を見るとついつい、弄ってしまう癖がある。
痛みに悲鳴を上げる姿を見てから、完全に箍が外れた。
レネは、カマキリを一人で仕留め、昨日は徹夜で見張りをしていたし、今回は囮役を引き受けている。
怪我もしているし、ドプラヴセの弄りも少しずつだが負担になって来ているはずだ。
(少しやり過ぎたか……)
もし鷹騎士団に身柄を拘束されるようなことがあれば、尋問も行われるだろう。
しかし今は、手紙を届けることが第一優先だ。
その時は可哀想だが見捨てていくしかない。
(まあ、後で迎えに行けばいいか……)
「誰か来る。蹄の音が複数だ。レネじゃない。隠れてろ」
ゼラが立ち上がり剣を構えドプラヴセを後ろへと隠す。
馬は沢の辺りに繋いでいるので、自分たちさえ身を隠せば見つかることはない。
木陰に隠れて二人は街道の様子を盗み見る。
青い制服の男たちが馬を駆けさせ、街道を北へと移動していく。
レネより早くやつらが通り過ぎるとはどういうことだ?
ドプラヴセは目の前でいったいなにが起こっているのか飲み込めないでいた。
「おい、もう少しここで様子を見ないか」
ゼラが珍しくドプラヴセに進言してくる。
「その方がいいかもしれねーな……」
これについてはドプラヴセも同じ意見だ。
なにが起きているのか把握してからでないと、前へ進むのは危険だ。
しばらくすると、葦毛の馬に乗ったレネがやって来る。
「おいっ、こっちだ!」
手を振って呼ぶと、ホッとした顔をしてレネが二人の所へとやってくる。
「さっき鷹の奴らが通って行ったが、なにがあった?」
「あそこの宿の客に野次馬がいて、鷹騎士団に『厩舎の方から人相書きの男が逃げて行った』と喋りやがった……」
さすがのドプラヴセも宿の人間だけではなく、通行人や客までは口止めできないから仕方がない。
「危ねーな……ここでゆっくり飯食っててよかったぜ……」
「いいーよな、あんたたちはゆっくり休めて……オレだって腹減ってるのに」
実際あまり本調子ではなさそうだ。いつもより表情が冴えない。
レネの目の下にできた隈を見て、ドクンとドプラヴセは胸を高鳴らせた。
(——駄目だ……)
「すまねぇな……もう少し早く来たらよかったんだがあんまり遅いから、お前の弁当食べちまった」
もちろん嘘だ。
さっきまではやり過ぎたかと反省していたのだが、この顔を見るとついつい虐めたくなる。
「——えっ……」
溢れんばかりに瞳を見開いて……立ちすくんでいる。
一人だけ損な役回りをして、やっと追いついたのに、弁当も残してないとは、相当ショックだったのだろう。
(——ああ……やべえ……)
胸の周りがゾワゾワとしてくる。
「ほら、嘘だ。お前がそうやって一々反応するから遊ばれてるんだ」
ゼラがミートパイの入った包みを渡す。
「…………」
レネは無言のまま受け取りゼラの隣に座ると、包みを開けてモソモソと食べはじめた。
そうしているとますます憔悴して見える。
いや……実際しているのだ。
言い返してこないのも、もうドプラヴセを相手にして消耗したくないからだろう。
「お前、どうやって誤魔化して来たんだ」
「…………」
ドプラヴセが聞いても、リスのように口の中にミートパイを詰め込んでとりあってくれない。
口の端に、ミートソースを付けて子供っぽいのだが、唇に滲んだ赤いソースはまるで血のようで、そこだけが扇情的に見える。
「さて、これからどうするか……」
鷹騎士団が今回自分を追っているのも、この手紙を持っているからだ。
ドプラヴセは手紙の中身を、前もって封蝋を綺麗に剥がしてバレないように確認している。
内容を確かめた上で、どうしてもパソバニの領主の所まで運ばなければならないと思った。鷹騎士団が追っているのなら尚更だ。
相手も、ドプラヴセの目的地をわかっているだろう。
「普通にパソバニに入って行ったらあいつらが待ち構えているしな……」
あの様子だと、町の入口で張り込みをしているはずだ。
「目的地は領主の館なんだろ?」
ドプラヴセが一人で頭を悩ませているところに、ゼラが口を挟んでくる。
「ああ」
目をやると、レネがいつの間にか食べ終わり背中を向けてゼラの身体にもたれ掛かっていた。
(ふん……ゼラには懐いてやがる)
だが今は、それどころではない。
「うろ覚えだが……あそこの屋敷は確か海沿いの高台にあったはず。街道を逸れて浜沿いに行けばいいんじゃないか?」
ドプラヴセもいざという時のために、迂回路としてその道は確認済みだ。
もともと地元の住民たちが使う道で、土地勘のない者には知られていない。
「確かに……途中までしか馬ではいけないが、そっちがいいかもな」
領主の館に繋がる道は崖を登る急斜面だ。そこからは徒歩でしか進めない。
プートゥは山間の町だが、パソバニ方面に街道を進むと海へと向かう下り坂が続く。
三人は、ちょうどパソバニとの中間地点くらいにいた。もうしばらく進めば進行方向の右手に海が顔を出し、小さな集落が見えてくる。その集落が、例の海岸線の道への入口になっていた。
(こりゃあ、到着は夜になるな……)
だが、領主の館に向かうのは夜の方が目立たずいいかもしれない。
プートゥで街道は二つに分かれる。
西に向かえば隣国レロへ。
北へ向かえばドロステア最北端の町ペレリーナへ。
北へ向かう街道の最初の宿場町がパソバニだ。
ドプラヴセとゼラは北へと向かう街道に進んでいた。
「あいつ大丈夫かね?」
日も高くなり、街道から少し離れた川のほとりで、馬たちの休憩も兼ねて宿の弁当を食べている。
前日に頼んでいた昼食は、カウンターで受け取るだけだったので顔の割れていないゼラがとりに行き、表の通りでレネが時間稼ぎをしている間に裏口から抜け出した。
鷹騎士団から逃げるように出てきた割には、弁当まで受け取ってちゃっかりしている。
だがまだレネは追いついて来ない。
昔からドプラヴセは、ああいう生き物を見るとついつい、弄ってしまう癖がある。
痛みに悲鳴を上げる姿を見てから、完全に箍が外れた。
レネは、カマキリを一人で仕留め、昨日は徹夜で見張りをしていたし、今回は囮役を引き受けている。
怪我もしているし、ドプラヴセの弄りも少しずつだが負担になって来ているはずだ。
(少しやり過ぎたか……)
もし鷹騎士団に身柄を拘束されるようなことがあれば、尋問も行われるだろう。
しかし今は、手紙を届けることが第一優先だ。
その時は可哀想だが見捨てていくしかない。
(まあ、後で迎えに行けばいいか……)
「誰か来る。蹄の音が複数だ。レネじゃない。隠れてろ」
ゼラが立ち上がり剣を構えドプラヴセを後ろへと隠す。
馬は沢の辺りに繋いでいるので、自分たちさえ身を隠せば見つかることはない。
木陰に隠れて二人は街道の様子を盗み見る。
青い制服の男たちが馬を駆けさせ、街道を北へと移動していく。
レネより早くやつらが通り過ぎるとはどういうことだ?
ドプラヴセは目の前でいったいなにが起こっているのか飲み込めないでいた。
「おい、もう少しここで様子を見ないか」
ゼラが珍しくドプラヴセに進言してくる。
「その方がいいかもしれねーな……」
これについてはドプラヴセも同じ意見だ。
なにが起きているのか把握してからでないと、前へ進むのは危険だ。
しばらくすると、葦毛の馬に乗ったレネがやって来る。
「おいっ、こっちだ!」
手を振って呼ぶと、ホッとした顔をしてレネが二人の所へとやってくる。
「さっき鷹の奴らが通って行ったが、なにがあった?」
「あそこの宿の客に野次馬がいて、鷹騎士団に『厩舎の方から人相書きの男が逃げて行った』と喋りやがった……」
さすがのドプラヴセも宿の人間だけではなく、通行人や客までは口止めできないから仕方がない。
「危ねーな……ここでゆっくり飯食っててよかったぜ……」
「いいーよな、あんたたちはゆっくり休めて……オレだって腹減ってるのに」
実際あまり本調子ではなさそうだ。いつもより表情が冴えない。
レネの目の下にできた隈を見て、ドクンとドプラヴセは胸を高鳴らせた。
(——駄目だ……)
「すまねぇな……もう少し早く来たらよかったんだがあんまり遅いから、お前の弁当食べちまった」
もちろん嘘だ。
さっきまではやり過ぎたかと反省していたのだが、この顔を見るとついつい虐めたくなる。
「——えっ……」
溢れんばかりに瞳を見開いて……立ちすくんでいる。
一人だけ損な役回りをして、やっと追いついたのに、弁当も残してないとは、相当ショックだったのだろう。
(——ああ……やべえ……)
胸の周りがゾワゾワとしてくる。
「ほら、嘘だ。お前がそうやって一々反応するから遊ばれてるんだ」
ゼラがミートパイの入った包みを渡す。
「…………」
レネは無言のまま受け取りゼラの隣に座ると、包みを開けてモソモソと食べはじめた。
そうしているとますます憔悴して見える。
いや……実際しているのだ。
言い返してこないのも、もうドプラヴセを相手にして消耗したくないからだろう。
「お前、どうやって誤魔化して来たんだ」
「…………」
ドプラヴセが聞いても、リスのように口の中にミートパイを詰め込んでとりあってくれない。
口の端に、ミートソースを付けて子供っぽいのだが、唇に滲んだ赤いソースはまるで血のようで、そこだけが扇情的に見える。
「さて、これからどうするか……」
鷹騎士団が今回自分を追っているのも、この手紙を持っているからだ。
ドプラヴセは手紙の中身を、前もって封蝋を綺麗に剥がしてバレないように確認している。
内容を確かめた上で、どうしてもパソバニの領主の所まで運ばなければならないと思った。鷹騎士団が追っているのなら尚更だ。
相手も、ドプラヴセの目的地をわかっているだろう。
「普通にパソバニに入って行ったらあいつらが待ち構えているしな……」
あの様子だと、町の入口で張り込みをしているはずだ。
「目的地は領主の館なんだろ?」
ドプラヴセが一人で頭を悩ませているところに、ゼラが口を挟んでくる。
「ああ」
目をやると、レネがいつの間にか食べ終わり背中を向けてゼラの身体にもたれ掛かっていた。
(ふん……ゼラには懐いてやがる)
だが今は、それどころではない。
「うろ覚えだが……あそこの屋敷は確か海沿いの高台にあったはず。街道を逸れて浜沿いに行けばいいんじゃないか?」
ドプラヴセもいざという時のために、迂回路としてその道は確認済みだ。
もともと地元の住民たちが使う道で、土地勘のない者には知られていない。
「確かに……途中までしか馬ではいけないが、そっちがいいかもな」
領主の館に繋がる道は崖を登る急斜面だ。そこからは徒歩でしか進めない。
プートゥは山間の町だが、パソバニ方面に街道を進むと海へと向かう下り坂が続く。
三人は、ちょうどパソバニとの中間地点くらいにいた。もうしばらく進めば進行方向の右手に海が顔を出し、小さな集落が見えてくる。その集落が、例の海岸線の道への入口になっていた。
(こりゃあ、到着は夜になるな……)
だが、領主の館に向かうのは夜の方が目立たずいいかもしれない。
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