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10章 運び屋を護衛せよ
8 遅いな
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◆◆◆◆◆
「おい、遅いな。なにかあったんじゃないのか?」
ドプラヴセは、飲み屋の二階の連れ込み宿に、ゼラと肩を抱き合って部屋に入り、しばらくレネの帰りを待っていたが、まだレネは帰って来ない。
「大丈夫だ。あいつが負けることはない」
部屋に入るとたんドプラヴセの身体を突きとばして、これ以上寄るなとばかりに睨みをきかせていたゼラが口を開く。
「言い切るな」
「最初の一撃でだいたいわかる」
「でもカマキリは強いぞ」
「レネを誰の弟子だと思ってる」
ドプラヴセは妖艶なバードの姿を思い浮かべる。
「確かに……」
そう言っている間に、人の気配が廊下にしたかと思うと、誰かが扉を叩く音がする。
『オレ……』
レネが帰ってきたようだ。
ゼラが鍵を開けて扉を開く。
「遅かったな」
「——色々あって……」
レネは浮かない顔をしている。
視線を落とすと腕に巻いた布には血が滲んでいた。
「腕を怪我したのか?」
だが、他に大きな怪我もないようだ。
カマキリ相手にこれだけで済むとは、ゼラの言った通りレネはそうとうな腕の持ち主だ。
(さすがルカの弟子なだけはある……)
「誰が手当した?」
ゼラはレネの怪我よりも、そっちの方が気になるようだ。
「鷹騎士団の隊長。ドプラヴセって男を知らないかって訊かれたけど知らんぷりしといた……」
「馬鹿が……」
ゼラは呆れている。
「お前なんで無事に帰ってこれたんだよ!」
ドプラヴセは思わず叫んだ。
姿を見られて、ご丁寧に応急処置までしてもらっている。
なにがどうなれば『鷹』がそんなもてなしをしてくれるのか、ドプラヴセは理解できない。
「オレがあんたの連れとは想像もしてないんじゃないか? オレは善良な市民だし」
(カマキリを仕留めに行った奴がなにを言う……)
シレッと言ってのけるレネに、ドプラヴセは少しムッとする。
「ちゃんとカマキリは仕留めたのか?」
肝心なのはここだ。
「ああ。路地裏の奥に見つかりにくいように隠しといた」
外套を脱いでレネは椅子に座る。
「『鷹』にお前は面が割れたわけだな……怪我もしたし……。これから先のことを考えたらゼラと二人で行った方がいいかな……」
ドプラヴセはちょっとムッとしていることもあって、心にもないことを口に出す。
「嫌だ……オレも行かせてくれ」
レネは捨てられた猫みたいな必死な顔をして、ドプラヴセを見つめる。
(おっと……)
それがドプラヴセの嗜虐心をくすぐった。
「お前が鷹騎士団に見つかったお陰で、動きづらくなったしな……」
「絶対バレないようにするから……」
確かに面は割れたが、自分の連れだとは思われていない。
アチラもレネには親切に接しているようだし、相手を撹乱するのにこれから先なにかと使えるかもしれない。
「お前、絶対俺の言うこと聞くか?」
「はい」
今のところ返事だけは従順だ。
師匠と違い、こういう所はまだ可愛げがあるかもしれない。
「——いいだろう」
急にしおらしくなったレネに、わざともったいぶって告げる。
少し生意気な猫には、誰が雇い主かちゃんとわからせておいた方がいい。
「一緒に行くなら腕を縫った方がいいかもしれない、腕を見せてみろ」
ゼラが自分の鞄からなにか道具を取り出している。
「一応消毒はやってもらったけど」
そういいながらレネはシャツを脱いでゼラに腕を差し出す。
部屋の明かりを明るくして照らされたレネの裸体は、ドプラヴセの想像以上だった。
腕の怪我以外は傷一つない輝く白い肌に、食って下さいと言わんばかりの薄いピンク色の乳首ときた。
思わずいやらしい笑みが口元に漏れてしまう。
(うわーー泣かせてみてぇ……)
師匠のルカにも同じ欲望を感じているが、あの男はまったくとりあってくれない。
他の男とは寝るくせに、『仕事仲間とは関係を持つ気はない』と断られ続けている。
ドプラヴセの鬱積した思いが、まとめてレネへと向けられる。
「そりゃあ、こんな身体してたら、誰も剣士だって思わねえだろ」
騎士団の男たちも、まんまと騙されるわけだ。
「悪かったな貧弱で」
どうやらレネは自分の外見に劣等感を抱いているようだ。
ルカのように開き直ってしまうまでは、まだ年月が必要なのかもしれない。
「思ったより深いな……一応消毒し直して、傷口が開かないように縫う。これを咥えとけ」
ゼラは綺麗に畳まれた布を、くるくると筒状にしてレネに渡した。
「え……さっき消毒はしたって」
レネの顔が青くなる。
麻酔無しで縫うのは相当な苦痛だ。
「酒をかけただけだろ? ちゃんと傷の中までやっておかないと化膿して護衛どころじゃなくなる」
「——わかった……」
ゼラが持ち出してきた小さな道具入れの中には、ピンセットに脱脂綿、針と糸が入っていた。
(裁縫セットかよ……)
ドプラヴセはあることを思いつき、ニヤリと笑う。
「ちょっと待て……」
ゼラから渡された布を口に咥えようとしたレネを止める。
「おい、遅いな。なにかあったんじゃないのか?」
ドプラヴセは、飲み屋の二階の連れ込み宿に、ゼラと肩を抱き合って部屋に入り、しばらくレネの帰りを待っていたが、まだレネは帰って来ない。
「大丈夫だ。あいつが負けることはない」
部屋に入るとたんドプラヴセの身体を突きとばして、これ以上寄るなとばかりに睨みをきかせていたゼラが口を開く。
「言い切るな」
「最初の一撃でだいたいわかる」
「でもカマキリは強いぞ」
「レネを誰の弟子だと思ってる」
ドプラヴセは妖艶なバードの姿を思い浮かべる。
「確かに……」
そう言っている間に、人の気配が廊下にしたかと思うと、誰かが扉を叩く音がする。
『オレ……』
レネが帰ってきたようだ。
ゼラが鍵を開けて扉を開く。
「遅かったな」
「——色々あって……」
レネは浮かない顔をしている。
視線を落とすと腕に巻いた布には血が滲んでいた。
「腕を怪我したのか?」
だが、他に大きな怪我もないようだ。
カマキリ相手にこれだけで済むとは、ゼラの言った通りレネはそうとうな腕の持ち主だ。
(さすがルカの弟子なだけはある……)
「誰が手当した?」
ゼラはレネの怪我よりも、そっちの方が気になるようだ。
「鷹騎士団の隊長。ドプラヴセって男を知らないかって訊かれたけど知らんぷりしといた……」
「馬鹿が……」
ゼラは呆れている。
「お前なんで無事に帰ってこれたんだよ!」
ドプラヴセは思わず叫んだ。
姿を見られて、ご丁寧に応急処置までしてもらっている。
なにがどうなれば『鷹』がそんなもてなしをしてくれるのか、ドプラヴセは理解できない。
「オレがあんたの連れとは想像もしてないんじゃないか? オレは善良な市民だし」
(カマキリを仕留めに行った奴がなにを言う……)
シレッと言ってのけるレネに、ドプラヴセは少しムッとする。
「ちゃんとカマキリは仕留めたのか?」
肝心なのはここだ。
「ああ。路地裏の奥に見つかりにくいように隠しといた」
外套を脱いでレネは椅子に座る。
「『鷹』にお前は面が割れたわけだな……怪我もしたし……。これから先のことを考えたらゼラと二人で行った方がいいかな……」
ドプラヴセはちょっとムッとしていることもあって、心にもないことを口に出す。
「嫌だ……オレも行かせてくれ」
レネは捨てられた猫みたいな必死な顔をして、ドプラヴセを見つめる。
(おっと……)
それがドプラヴセの嗜虐心をくすぐった。
「お前が鷹騎士団に見つかったお陰で、動きづらくなったしな……」
「絶対バレないようにするから……」
確かに面は割れたが、自分の連れだとは思われていない。
アチラもレネには親切に接しているようだし、相手を撹乱するのにこれから先なにかと使えるかもしれない。
「お前、絶対俺の言うこと聞くか?」
「はい」
今のところ返事だけは従順だ。
師匠と違い、こういう所はまだ可愛げがあるかもしれない。
「——いいだろう」
急にしおらしくなったレネに、わざともったいぶって告げる。
少し生意気な猫には、誰が雇い主かちゃんとわからせておいた方がいい。
「一緒に行くなら腕を縫った方がいいかもしれない、腕を見せてみろ」
ゼラが自分の鞄からなにか道具を取り出している。
「一応消毒はやってもらったけど」
そういいながらレネはシャツを脱いでゼラに腕を差し出す。
部屋の明かりを明るくして照らされたレネの裸体は、ドプラヴセの想像以上だった。
腕の怪我以外は傷一つない輝く白い肌に、食って下さいと言わんばかりの薄いピンク色の乳首ときた。
思わずいやらしい笑みが口元に漏れてしまう。
(うわーー泣かせてみてぇ……)
師匠のルカにも同じ欲望を感じているが、あの男はまったくとりあってくれない。
他の男とは寝るくせに、『仕事仲間とは関係を持つ気はない』と断られ続けている。
ドプラヴセの鬱積した思いが、まとめてレネへと向けられる。
「そりゃあ、こんな身体してたら、誰も剣士だって思わねえだろ」
騎士団の男たちも、まんまと騙されるわけだ。
「悪かったな貧弱で」
どうやらレネは自分の外見に劣等感を抱いているようだ。
ルカのように開き直ってしまうまでは、まだ年月が必要なのかもしれない。
「思ったより深いな……一応消毒し直して、傷口が開かないように縫う。これを咥えとけ」
ゼラは綺麗に畳まれた布を、くるくると筒状にしてレネに渡した。
「え……さっき消毒はしたって」
レネの顔が青くなる。
麻酔無しで縫うのは相当な苦痛だ。
「酒をかけただけだろ? ちゃんと傷の中までやっておかないと化膿して護衛どころじゃなくなる」
「——わかった……」
ゼラが持ち出してきた小さな道具入れの中には、ピンセットに脱脂綿、針と糸が入っていた。
(裁縫セットかよ……)
ドプラヴセはあることを思いつき、ニヤリと笑う。
「ちょっと待て……」
ゼラから渡された布を口に咥えようとしたレネを止める。
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