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10章 運び屋を護衛せよ
6 ホリスキー
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三人は夕方にチェスタを出て、夜中にはホリスキーに到着した。
「今日はここまでだな」
ドプラヴセはそう言うと、馬から降りてすたすたと歩きはじめる。
「おい、ちょっと待てよっ」
レネは慌てて後を追いかける。
不規則な時間に走らせて、馬もさすがに疲れてきたので、ちゃんと休ませないといけない。
リーパの馬に比べ体力もそんなにあるわけではないので、無理をさせたらこの先旅を続けられなくなる。
夜光石の産地だけあって夜中でも歓楽街はキラキラと異様なまでに光り輝いていた。
一度レネは夜光石を発掘している洞窟に入ったことがあるが、まるで太陽の下にいるように洞窟内が光り輝いてたのを覚えている。
(それにしても……どこへ行くんだ?)
レネは首を傾げる。
ゼラと二人で挟むように、ドプラヴセの横について歩いていくが、どうもいかがわしい方向へ歩いて行っているようにしか思えない。
宿場町には必ずある娼館が立ち並ぶ一角へ足を向ける。
その時——
「おわっ!?」
なにかがドプラヴセめがけて飛んできたが、レネが荷物を盾にしてはたき落とす。
ドプラヴセが間抜けな声を上げているのを横目に、レネは地面に落ちたキラリと光る物を拾い上げる。
「ナイフだ」
何者かがドプラヴセを狙ってナイフを投げたのだ。
「刺客か?」
「……たぶんカマキリだ。奴は投げナイフも得意だ」
うんざりした顔でドプラヴセが告げる。
レネはナイフが飛んで来た方を睨む。
カマキリはナイフを二本使いするとドプラヴセが言っていた。
もしそうならば、バスタードソードのゼラよりも、小回りの利く片手剣のレネの方が向いている。
いま殺っておかないと、これから先もずっと狙われることになる。
レネは意を決した。
(——ここはオレが行くべきだ)
「ゼラ、二人で先に行ってくれ。オレが始末してくる。途中で石を落としておいてくれると助かる」
「わかった」
ゼラはいつも通り無表情で頷く。
「じゃあよろしく」
「おいっ、お前一人で大丈夫なのかよっ?」
心配するドプラヴセを無視し、レネはナイフの飛んで来た薄暗い通りの方へと走り出した。
投げナイフは飛び道具としては有効だが、失敗したら相手に武器を渡してしまうことになる。それで相手から反撃されたら終わりだ。
だからよっぽど腕に自信がないと実戦では使わない。
カマキリもきっと腕に自信があるはずだ。
しかしそれを外したということは、相当焦っているのではないのだろうか?
一度失敗した攻撃を、もう一度自分の武器を減らしてまで仕掛けてくるとは思えない。
(じゃあ、次に来るのは……)
柄に手を掛け一瞬の動作で剣を抜き、物陰から切り付けてきたカマキリの攻撃を防ぐ。
(こいつ、左利きか)
「……ぐっ……」
ナイフと剣で戦ったらナイフが不利だ。
カマキリから声が漏れた。
それを補うように、カマキリはもう一本の手にもナイフを持って、今度はそちらで攻撃を繰り出す。
(させるかっ)
レネは事前に情報を得ていたので自分の左手にもナイフを構えて、咄嗟に攻撃を防ぐ。
片手剣の使い手が、空いた方の手に盾の代わりにナイフを持ち、攻撃を防御することはよくある。
カマキリは自分の特性をよくわかっていて、剣を振り回し辛い狭い通路へと相手を誘い込む。
こうなると壁に当たる横薙ぎはの攻撃はなくなるので、カマキリは正面の防御だけを考えればいい。その反面、逃げ場が後ろしかなくなるので行き止まりになったら終わりだ。
自ら誘うということは、カマキリは前もって周辺の地理を頭に叩き込んでいるはずだ。
建物と建物の間にあるこの狭い通路には、夜光石の産地といえども街灯は無い。
暗闇の中、周りがどういう造りになっているのかレネは把握できていない。
レネの得意とする円を描く様な攻撃ではなく、レイピアのように突きを中心とした攻撃に変更を余儀なくされていた。コジャーツカの剣は剣先の途中までは両刃になっているので、突き攻撃にも威力を発する。
そんな中、カマキリの姿がいきなり消えた。
(……!?)
突きの攻撃を仕掛けていたレネは、咄嗟に反応できず、そのまま身体を前に突き進めてしまった。
壁の隙間に身を滑らせていたカマキリが、目の前に来たレネの右腕にナイフで切りつける。
「……クッ…」
腕がカッと熱くしびれたが、剣を落とすわけにはいかない。
二刀流は即座に次の攻撃を仕掛けてくるのが常だ。
(——来たっ!)
次の攻撃は、なんとか剣を落とさずに弾き返すことができた。
レネが二刀流の師を相手に何度もその練習を積んだ成果だ。
体勢を立て直し、飛び出してきたカマキリにお返しだとばかりに蹴りを入れ、よろめいたところを左手に持ったナイフで腹を刺す。
「ぐぁ……」
カマキリから苦痛の声が漏れる。
そしてレネの切られた右手も、燃えるように熱い。
(けっこう深くやられた……)
反撃を受けないよう、ナイフの間合いから身体を離し、レネは左手に剣を持ち替えた。
まだルカーシュのように二刀流とまではいかないので二本の剣は持ち歩いていないが、左手でも剣を持って戦えるくらいには鍛えている。
腹を刺されて動きの鈍くなったカマキリの胸を剣で一突きして、止めを刺す。
町の中で人を殺すと厄介だ。
レネは先ほどカマキリが隠れていた壁と壁の隙間に、今度は死体になったカマキリを移動させ、上からそこら辺にあるゴミや物を乗せて隠すと、地面に染みた血の跡も土を被せて綺麗に消し去った。
歓楽街の朝は遅い。
きっと自分たちが町を出るまでには時間稼ぎになるだろう。
(ドプラヴセたちの場所を見つけないと……)
ゼラには分かれる時に、リーパの団員たちが目印で使う色のついた小石を置いておくようにと言っておいた。
歓楽街の方へ戻って印を探し出さないといけない。
レネはまだ賑わいを見せる歓楽街に戻ると、ぽつり、ぽつりと赤く塗られた小さな石ころを回収しながら歩いて行き、一軒のいかがわしい飲み屋の前に着いた。
(また……なんちゅうとこに入ってんだよ……)
たぶんあの二人は、二階の個室を宿代わりとするために入ったはずだ。
レネは扉を開ける勇気が持てずに、そのまま一度、店の前を通り過ぎる。
長身の漆黒の肌をした美男と、冴えないおっさんの二人組は周りからどう見られたのだろうか?
激しく気になったが、今から自分もそこに入ると思うと、憂鬱になる。
そんなことで悩んでいると、通行人が急に端に避け道をあける。
(なんだ?)
レネも倣って端に避けて様子を窺うと、奥から青い制服を着た騎士たちが数名歩いてきた。
(鷹騎士団っ!?)
その男たちの姿を見て、レネは凍りついた。
こんな町ではよっぽどの事件がないと、こんな沢山の騎士たちを見かけることはない。
(まさか!? ドプラヴセを追ってきたのか?)
目の前まで騎士たちが歩いて来ると、金髪の騎士がレネの前で足を止めた。
青灰色の目から睨まれ、レネの心臓はバクバクと鳴り響いた。
「君、ちょっとこっちに来なさい」
(ヤバい……)
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