菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

3 鷹騎士団とカマキリ

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◆◆◆◆◆
 
 
「ということは、ドプラヴセは抜け出した跡だったか……」

 コンラートは部下からの報告を聞き終えると、夜中まで店を開ける露店で堅パンに牛の内臓のトマト煮込みを挟んだパンを複数買い求め、夜も明ける前から重要参考人の捜索に当たっている部下たちに配ると、自分も食べ始めた。
 
 金髪に青灰色の瞳の澄ました外見に似合わず、コンラートは露店に売っているような庶民の味が大好きだ。
 この仕事に就いて初めて露店で買い食いをして以来、その味の虜になっている。
 コンラートは見かけ通り、子供のころは料理人が作った料理以外は口にしたことがない男爵家の三男に生まれ、食い扶持を得るために騎士団へ入った。
 貴族ではよくある話だ。

 士官教育を経て配属された先が鷹騎士団の小隊長で、最初はベテランの部下たちに揉まれて苦労したが、二年目の今ではこの仕事にも慣れ、意外と自分に合っているのではないかと思えるくらいにはなった。
 
「隊長、厄介なことになってきましたね……」

 部下の一人の大男フゴが、あっという間にパンを食べ終えコンラートに話しかけてくる。
 まだモグモグと咀嚼しながらも、コンラートはある考えを口にする。

「ああ……被害者のカシュパルは、私たちが嗅ぎつけているのに気付いて自分で証拠を消したのか、それとも殺した奴が、私たちが踏み込む前に自分へ繋がる証拠を消したのか」

「誰かが……俺たちから嗅ぎつかれる前にカシュパルを始末したって可能性が?」

 自分の考えを整理するのには、こうやって部下と話をして行くのがちょうどいい。

「ああ。カシュパルを殺したのは密輸仲間のパソバニの領主だと思っている。私たちがポリスタブの輸入元を調べたとたんに、ピタリと運ばれる酒の量が減った。カシュパルよりも先に気付いていた可能性が高い」

 パンを食べ終わり包んであった紙を綺麗に畳むが、慌ててクシャリと握り潰した。以前部下に『お上品ですね』と笑われたのだ。こういった所はどうしても育ちが出てしまう。

「トカゲの尻尾切りですかい。じゃあ『運び屋』はどう関わってるんです?」

 ベテラン隊員の髭面のヒネクが、パンを食べ終わり口を挟んでくる。

「問題はそれだ……なぜカシュパルは『運び屋』に会っていたのかだ。なにかを運ぶように依頼したのはほぼ間違いないだろう。証拠を隠滅するだけだったら、カシュパルが自分一人でできる。だが、自分は身綺麗にできても、パソバニの領主がそのままだったら、そこから証拠があがって自分も捕まるかもしれないと、カシュパルは考えたんじゃないか?」
 
「カシュパルは親切心からじゃなく、自分まで巻込まれるのが怖いから——」

「——それを知らせる手紙を『運び屋』に託したんじゃないか?」

 ヒネクの後にコンラートはそう続けた。
 だから『運び屋』を捕まえればその手紙が、密輸の証拠になるかもしれない。


「『運び屋』はパソバニに向かった可能性が高い。急いで跡を追うぞ」


 コンラートは手の空いている部下たちを集め、三班に分けた。
 途中替え馬をしながら、『運び屋』よりも早くパソバニに向かい、町の入口で張り込みをするフゴの班。
 追い込みをするように後ろから『運び屋』を追いかけるコンラートとヒネクの班。
 残りはメストで待機する班。
 
 メストを先に出発したフゴの班が、街道沿いを進む一台の荷馬車を追い越して行った。

 次に少し時間をおいて、コンラートの班が出発した時には、その荷馬車は途中の小さな村で荷物を下ろして、メストへと引き返している途中だった。
 コンラートは、こんな時間に荷物を運ぶなんて珍しいと思ったが、メストに向かっている馬車だったのでそのまま素通りした。


◆◆◆◆◆


 カマキリは焦っていた。
 依頼主のパソバニの領主から、カシュパルという商人を殺して、密輸に関わる証拠を隠滅して来いと言われていた。
 殺したまではいいが、カシュパルの部屋には証拠になるものがなに一つなかったからだ。
 
 カシュパルを殺すまで、カマキリはずっと彼の尾行をしていた。
 前日の夜に『運び屋』に会うと、なにかを渡しパソバニの領主の所まで運ぶようにと依頼をしていた。
 気配を消して盗み見ていたのだが、もしかしたら『運び屋』は気付いていたかもしれない。
 
(もし『運び屋』が運んでいるのが、密輸の証拠になる物だったら……)

 領主から証拠隠滅を命じられたのに、その領主の元に証拠が届けられたら、カマキリの立つ瀬がない。

(『運び屋』を阻止しないといけない……)

 夜も明けきる前に出発し、カマキリは昼過ぎにはチェスタへと着くと、街の手前で人の出入りを常に監視してその情報を売っている男から『運び屋』についての情報を買った。
 思った通り、『運び屋』はチェスタに入っていた。それも今しがた。
 だが困ったことに、『運び屋』は自分の身の危険を察しているのか、二人の護衛らしき男と一緒に行動しているようだ。

 カマキリは別の仕事で『運び屋』を見かけたことがあるが、その時もなにやら妖しげな吟遊詩人《バード》と一緒に行動していたのを思い出す。
 なんでもない振りをしながらニヤリと嗤い、目だけで牽制してきたあのバードは只者ではなかった。腕に自信のあるカマキリでさえ背筋が凍ったのを覚えている。

(あいつが連れている護衛は厄介だ……)

 だが、なんとかしないと自分の立場がなくなってしまう。

 チェスタを抜けてプートゥまではこの街道を真っ直ぐ行くだけなので、今ならまだ追いつける。
 
 カマキリは『運び屋』に追いつくべく、まずは次の町ホリスキーに向けて出発した。


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