菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

1 補佐役

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◆◆◆◆◆


 春真っ盛り。
 メストの街中で花々が鮮やかにほころび芳しい香りを発していた。
 眠気を誘うような心地よい昼下がり、リーパ護衛団本部の執務室では、溜まった書類を整理するためにあくびを噛み殺しながら必死に書類と格闘する男の姿があった。

「おい、例の『運び屋』からまた仕事が来てるぞ」

 速達に目を通しながら、バルナバーシュが副団長のルカーシュに告げる。

「いつです?」

 執務室に居る時は二人っきりでもルカーシュは仕事モードだ。

「あー急ぎみたいだ。ちょうどお前も牧場行きだしな……間が悪ぃな……」

 先日の手紙の件でルカーシュはどうしてもオレクというより、ダニエラに会って話しておかなければいけないことがあった。

「だったらレネに任せたらどうですか?」

 いつも『運び屋』の仕事はルカーシュが担当していたが、いい機会なので、弟子に任せてみようと思った。

 リーパは移動する人物と荷物は護衛するが、決して物だけを運んだりはしない。
 それは運送屋の仕事であって護衛の仕事ではないからだ。
 得体の知れない物を運んで犯罪に加担する可能性もあるし、持ち主が自ら運べないということは、それなりの理由があるので、危険な任務になる可能性が高い。
 
『運び屋』からの依頼は、『運び屋』自身を護衛する仕事だ。
 だが『運び屋』という仕事の性質上、ほぼ黒に近い仕事をする人物の護衛を行うことになる。
 他所に漏れるとリーパの外聞にも関わる問題なので、いつも副団長のルカーシュ一人で依頼を請けていた。

「レネか……」

「団長はこの前、団員たちの前で見せつけたでしょう? 血の繋がった息子を差し置いて、こいつが俺の正統な後継者だって。そろそろ自覚を持たせないといけないんじゃないですか?」

 あの出来事で、レネのことになるとグジグジと悩むこの男も腹を決めたはずだ。
 
「そうだな……じゃあ、誰かもう一人一緒に行かせよう」

 確かにレネ一人では心許ない。
 ある意味バルナバーシュよりも、ルカーシュはレネのことを知っている。
 あの猫は頭のねじが少々緩く、大きなヘマをやらかしかねない。
 特に『運び屋』相手では苦労するだろう。

「だったらゼラにして下さい。彼は口が堅いので」

 口が堅いというより口数が少ないだけなのだが、ルカーシュが選んだ理由はそれだけじゃない。

 ゼラは絶対バルナバーシュを裏切ることがない。
 
 剣の強さと忠誠心は、団員たちの中で一番といっていい。なにがあってもこの仕事をやり通すだろう。
 そう思い、ルカーシュはゼラを推薦した。

「そろそろレネの片腕が必要ですね。バルトロメイもその候補に考えているから入団を許したんでしょ?」 

 オレクの所に向かわせたのも、レネとのわだかまりを解くのと、オレクに一度逢わせておきたかったのだろうと、ルカーシュは最初から気付いていた。
 今後リーパにとって重要な人材になるのなら、血縁関係を抜きにしても、オレクと一度は面会させておきたい。

 バルトロメイは護衛としても優秀だ。
 だがバルナバーシュの実子が養子の補佐に回るとなれば、認知はしていないにしても周りからとやかく言う人間も出てくるに違いない。
 犬の集団を上手くまとめるには、レネがバルトロメイを服従させ、その関係を周知させ揺るぎないものにしなければいけない。

 果たしてレネにその器があるのか?

 それはルカーシュにもわからない。
 
「よくわかったな。あいつは真面目な男だ。腕も申し分ない。俺の中ではレネの片腕はゼラかあいつかと思っている」

「……でもゼラは貴方の忠実な犬であって、レネにはどうなのか……」

 ゼラの強さと冷静さはレネに足りない所だ。補佐としてはもってこいなのかもしれない。
 しかし普段の仕事で二人が一緒になることはあまりないので、よくわからないところが多い。
 
 ゼラはレネのことを、団長の飼い猫くらいにしか認識していない。
 だがレネはゼラに妙に懐いている。レネに構わないから逆に居心地がいいのだろう。
 わかっていることといえばこれくらいだ。

「ゼラは俺が拾ってきたからな。そういう意味ではあいつが自分で拾ってきた犬の方がいいのかもな」

 バルナバーシュは、レネが拾ってきたヴィートのことを気に入っている。

「でもアレは牙が弱い」

 団長代行の時に、手合わせをしたのだが、一撃で終わった。

「ヴィートは磨けば光ると思うか?」

 なにか考えでもあるような言い方だ。

「なにかきっかけがあれば……変わるかもしれません」

 独学で戦い方を学んだせいか、筋は良いのだが基本がなっていない。
 何年もかけて基本からやり直さないとこれ以上は伸びない。

「あいつにやる気があるならばだが……濃墨こずみから夏にこっちに来るとの便りがあったから、預けてみるのもいいかもしれんと思っている」
 
「——濃墨が来るんですか……」

 ドロステアの南東にある島国出身の男は、片刃の両手剣『刀』の使い手だ。
 少しコジャーツカの剣とも似ているが、その戦い方は独特だ。
 ルカーシュも刀を持つ男たちと何度か剣を交えたことがあるが、厄介な相手だった覚えがある。
 そんな中でも濃墨は特に腕の立つ男で、バルナバーシュとは東国の大戦中の傭兵仲間だ。

 二人がいなかったら、間違いなく自分は死んでいたに違いない。そのくらいバルナバーシュと濃墨には世話になった。
 色々な思い出がありすぎて、少し複雑な気分になるが、ヴィートを濃墨が鍛え上げたらどうなるのだろうかと想像すると、単純に剣士としての好奇心が頭をもたげる。

「ヴィートが濃墨の眼鏡に適うかはわかりませんが、面白いかもしれませんね」

「まあ、今の歳までまともに剣を習ってなかったからな、どうなるかはわからんが、面白そうだろ?」

 ルカーシュには子供はいないが、こうやって次の世代が育っていく姿を思い浮かべるのは楽しい。

「ええ。それだけは認めます。バルトロメイとゼラにヴィート。よく考えたら、私の後継者選びになるわけですから、真剣に考えていかないといけないですね」

「……本当はお前がレネの代も副団長を務めるのが一番いいんだけどな……」

 バルナバーシュにしては覇気のない、探るような口調でルカーシュに囁く。


「巫山戯んじゃねえよっ! わかってるだろ」

 ルカーシュはついつい感情的になって素の言葉が出てしまう。
 バルナバーシュは時に残酷な言葉を平気で吐く。

「すまん……今のことは忘れてくれ……」



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