菩提樹の猫

無一物

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10章 運び屋を護衛せよ

プロローグ

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 その商人からの依頼は何度目だろうか。
 ドプラヴセは歓楽街にある寂れた飲み屋の一室で依頼人と対面する。

 ここは、表立って届け物を頼めない者たちが、法外な値段で荷物を運ぶ『運び屋』に会うために訪れる場所だ。
 今夜も、お得意様からの仕事の依頼だ。

「これを運んでもらいたい」

 男が差し出した物は、いつもより薄い小さな木の箱だった。

(書類か?)

「今回はどこへ?」

 ドプラヴセは四十半ばの腹の出た男を見つめる。

「いつもの所だ」

「わかった」

 もう何度も仕事を請けていたので、それだけでどこへ荷物を届けるのかわかる。
 運び先はパソバニという寂れた港町の領主の館だ。

 ドプラヴセは、メストで酒の卸売業を営む商人——カシュパルと、パソバニの領主が、なんの接点もないはずなのに、物のやり取りをしているのか気になって色々と調べてみた。
 すると、信じられない事実に行き当たった。
 そんなことはおくびにも出さず、ドプラヴセは男との仕事のやり取りを進めていく。

「今回はもしかしたら追手がつくかもしれないから気を付けてくれ」

 心なしか、いつもよりカシュパルは疲れている様に見えた。
 さっきから自分たちを盗み見ている人間がいるが、これが原因のようだ。
 こういう仕事をしているせいか、ドプラヴセは人の視線に敏い。
 カシュパルと会っている時にこんなことは初めてだった。

(ついに足がついたのか?)

「じゃあもちろん、料金は弾んでくれるよな?」

「——ああ。もしお前が捕まったら、こちらだって一巻の終わりだ。捕まりそうになったらそれは破棄してくれ」

「わかった」



 翌日、カシュパルはドゥーホ川に死体となって浮いている所を、船頭に発見された。
 


◆◆◆◆◆


 コンラートは荒らされた部屋を見て、失望のため息を吐く。

 ドゥーホ川で、ある商人の他殺死体が発見された。
 当初、治安部隊『赤い奴ら』が駆けつけて、通常の殺人として処理していたのだが、被害者の家が荒らされていることがわかり、騎士警察が動く事態となった。
 ドロステアでは組織的な犯罪の疑いが出た時点で、各地の治安部隊ではなく、騎士警察が担当することになっている。

 ドロステア王国騎士団は三つに分かれていて、王宮で王族を警護する【近衛騎士団】、実働部隊として各駐屯地に派遣されている【竜騎士団】、そして騎士警察として犯罪を取り締まる【鷹騎士団】がある。

 コンラートは鷹騎士団で小隊長を務めている。
 事件の現場で指揮を執る責任者というと格好いいが、上司との板挟みに苦しむ中間管理職だ。
 現在十五人の部下とともに、必要とあらばドロステア中を駆け回って事件の解決に明け暮れている。

 殺されたカシュパルは密輸に関わる容疑でずっとコンラートが追っかけていた男だった。
 それがとつぜん、死体となって発見された。
 今までの努力が水の泡である。
 
 そして、荒らされた部屋からは密輸に関する証拠が一切出てこない。
 パソバニ領主が密輸した酒をポリスタブに漁船で運び込み、カシュパルが正規に輸入する酒に混ぜてなに食わぬ顔でメストまで運んでいたのだが、それに気付いた輸入業者が鷹騎士団に相談して、ことの次第が明らかになってきたのだ。
 だが、鷹騎士団が嗅ぎつけたとわかったとたんにピタリと密輸を止めた。
 決定的な証拠を掴めぬまま、コンラートは指を咥えて見ていることしかできない。
 貴族の領主相手に決定的な証拠が出ない限り、騎士警察には調査を進める権限がなかった。
 そんな中、カシュパルが殺され、自宅からは証拠の一つも出てこなかった。
 ため息の一つくらい吐きたくなる。

 家人の話によると、夜中物音がしたので主の部屋に駆けつけたら部屋がグチャグチャに荒らされていたらしい。

(犯人はカシュパルを殺して、証拠を持ち去ったというのか?)

 捜査を進めていく内に、ある人物が浮かび上がってきた。
 金さえ出せばなんでも運ぶ、裏社会で『運び屋』と呼ばれる男、ドプラヴセだ。
 この仕事をしていると、何度も『運び屋』の存在に行き着く。
 実際に何度か顔を見たことがあるが、冴えない三十代後半のくたびれた男だ。
 そのドプラヴセが殺される前日の夜に、被害者と会っていたことが判明した。

「——運び屋か……」

(もしかしたら、『運び屋』が証拠に結びつく物を持っている可能性があるな……)
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