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9章 ネコと和解せよ
2 あの男が入団したってよ
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◆◆◆◆◆
「おい、聞いたか? 実の息子が入団したってよ。護衛経験者だし、団長が実際に戦って腕が確かなのも確認済みだから、見習い期間なしで即戦力として使うらしい」
仕事が終わり、レネが食堂で夕飯を食べていると、隣に座って来たカレルがとんでもないことを知らせる。
「は?」
(なんだそれ!?)
護衛経験者が見習いをすっ飛ばすことは稀にある。ゼラやロランドがそうだった。
最近、腕の立つベテランが一人引退したので、即戦力が喉から手が出るほど欲しいのはわかる。
だが……なぜバルトロメイがここに?
「なんでも、あの貴族の所をクビになったらしい」
カレルはソーセージをフォークで突きながら、レネがどんな反応を見せるか窺っている。
「だからってなんでここで働くんだよッ」
監禁されている時の記憶が蘇り、レネはぶるりと身体を震わせた。
「お前、あいつになんかされたのか?」
レネの様子がおかしいことに気付き、カレルは眉を顰める。
「いや……」
捕らえられた時に男たちからボコボコにされたせいで意識が朦朧としていたので、実際にはあまり覚えていない。
しかしバルトロメイには一番弱っている時の自分を見られてしまった。
「——あいつは敵じゃなかったのか?」
それが正直な感想だ。
どうして団長はバルトロメイを入団させたのだろうか。
数日後、レネは執務室へと呼び出される。
あれからバルナバーシュとは以前通りに、団長と団員の関係を続けている。
だがお互いに蟠が解けたことで、ギクシャクするようなことはなくなった。
「——おお、来たか」
執務室の扉を開けると……そこにはなんと、あのバルトロメイがいるではないか。
「いったいどういうことです?」
思わずレネは息を飲んだ。
「こいつはレオポルトの護衛だった男ですよ、どうして入団させたんです?」
いくら血を分けた息子といえども、自分の決闘相手だ。
それになによりも、敵として戦っておきながらここへ入団したバルトロメイの神経が理解できない。
「護衛として敵ながらもいい働きをしてたからな。そのまま放り出すのも惜しいと思ってな。それにお前も知ってると思うが、実力を伴ってここに来るものをリーパは拒んだりしない。先代王との約束だ」
リーパは元々、前国王の意向で、職を失った騎士や傭兵たちのために作られた組織だ。
「でもこいつはっ……」
「それにこいつは、お前が捕まってる間もレオポルトを近づけることなく、ずっと俺にお前の様子を手紙に書いてよこしてたんだぞ。『早く迎えに来てやってくれ』ってな。お前がこいつの性格は一番よく わかってるだろ?」
喋る前にバルナバーシュから話の腰を折られ、レネにとっては意外な事実を告げられる。
「え……?」
バルトロメイが裏でバルナバーシュとそんなやり取りをしていたなんてまったく知らなかった。
「レネ、俺はお前があんな酷い目に遭ってたのになにもできなかった。その事実は変わらない。いまさら虫のいい話だとは思うけど、このまま終わりたくなくて……」
眉尻を下げて、バルトロメイはどこか寂しい顔をしてレネを見つめる。
そんな顔で見つめないでほしい。
この男は、すぐに自分の心の奥にまで入り込んでくる。
叱られた大型犬みたいな顔をされたら、なにも言い返せなくなるではないか。
「わかったか? 本題に入るぞ」
バルナバーシュはレネが黙り込んだのをいいことに、先に話を進めて行く。
「お前たち二人で、先代に手紙を届けてほしい。本来なら俺が直接行くべきなんだろうけどな……だがお前たちに任せる。この手紙には重要な情報が書かれている。それを狙ってくる輩が出てくるかもしれんが、絶対先代の所へ持っていくんだぞ。お前たち以外に手紙を任せられる人間が他にいないんだ。わかったな」
団長命令に「はい」と頷くしか選択肢はない。
しかしそんな重要な書類を届けるのに、バルトロメイと一緒なのは納得いかないままだ。
「牧場に行けばいいんですか?」
バルナバーシュの父親であるオレクは、リーパの団長を引退すると、メストの東にあるオゼロとの国境地帯で、軍馬を調教し販売する牧場を経営している。
そこは、リーパを引退した団員たちの再就職先の一つでもある。
最近わかったことだが、牧場で調教している馬たちはすべて、ルカーシュの生まれ故郷であるチェレボニー村から仕入れていたのだ。
「それがあのジジィ、今はブロタリー海沿いの街道をうろちょろしてるみたいなんだよ。だから街道沿いを順に探して行けばどこかで会うだろ」
「え!? どこにいるのかもわからないんですか……」
あまりの適当さに呆れるしかない。
「あんなわかりやすいジジィすぐに見つかるだろ。さっさと行って来い」
そう言われ、バルナバーシュから防水加工のされた革の書類入れに入った手紙を渡された。
確かに、先代団長の風貌は目立つ。
だがあまりにも、おおざっぱすぎるだろう。
人使いの荒いバルナバーシュに不満を覚えるが、団長に戻って来てくれとお願いしたのは自分だ。
口を引き締めて、色々な不満を飲み込んだ。
「じゃあ行くか」
不満の原因の一つが、どこか楽し気な様子でレネを見下ろす。
メストから馬を走らせると、夕方には長い湾状になっているブロタリー海が見えてきた。
ここまで来ると、ザトカの街ももうすぐだ。
「なあ、今日はザトカに泊まって訊き込みをした方がいいんじゃないか?」
バルトロメイがレネに提案してくる。
その顔には知り合った時と同じような人好きのする笑顔が浮かんでいる。
「最初からそのつもりだけど……」
やり辛い。
敵だったと思っていた男が、いきなり同僚になって二人旅に出るなんて、なにを喋っていいかもわからない。
レネの中では、バルトロメイをどういう位置づけにしたらいいのか悩んでいた。
老夫婦の家で会っていたころは、なにも考えずにただいい奴と思っていたが、今は立ち位置がはっきりしない。
血を分けた息子だが、バルナバーシュは認知しないと言った。
バルトロメイも別にそれを求めているわけではないので、養子のレネと義理の兄弟になるわけではない。
レオポルトに囚われている時は、グルになってレネをバルナバーシュから遠ざけようとしているのかと思っていたが、どうやらレネの思い違いだったようだ。
(今はただの同僚として接するのが一番だ……)
ザトカは城塞に囲まれた港町で、古くは隣国セキアと戦争の時にメストを護る最後の砦として栄えた軍港だった。
今では国同士で同盟を結び戦争の危険はなくなっが、昔は重要な拠点だった。
高台から見下ろすと、オレンジ色の屋根をした街の建物が、綺麗に城塞の中に収まっている。
メストと比べると温暖で、すでに新緑が芽吹き、地面には花々が咲き、まさに春真っ盛りだ。
美しい景色を眺めていると、レネの心も少しずつ解れていく。
「おいレネ、聞いてる? 先代には会ったことあるんだろ? 特徴とか教えてくれないか?」
「……ああ、オレクのこと? 団長が言っていた通りわかりやすいよ。隻眼で眼帯嵌めた七十過ぎの爺さん探せばいいんだから」
もう一つ、オレクには特徴的な所があるのだが、レネは敢えて触れなかった。
初めて見た時のバルトロメイの反応が気になったからだ。
どんな顔をするのか少し興味がある。
些細なことだが、どんなことでも楽しみはあった方がモチベーションが上がる。
馬鹿らしいと思いながらも、内心ニヤニヤしながらレネは馬から降りると、街の中心部へ向かって歩きはじめた。
「おい、聞いたか? 実の息子が入団したってよ。護衛経験者だし、団長が実際に戦って腕が確かなのも確認済みだから、見習い期間なしで即戦力として使うらしい」
仕事が終わり、レネが食堂で夕飯を食べていると、隣に座って来たカレルがとんでもないことを知らせる。
「は?」
(なんだそれ!?)
護衛経験者が見習いをすっ飛ばすことは稀にある。ゼラやロランドがそうだった。
最近、腕の立つベテランが一人引退したので、即戦力が喉から手が出るほど欲しいのはわかる。
だが……なぜバルトロメイがここに?
「なんでも、あの貴族の所をクビになったらしい」
カレルはソーセージをフォークで突きながら、レネがどんな反応を見せるか窺っている。
「だからってなんでここで働くんだよッ」
監禁されている時の記憶が蘇り、レネはぶるりと身体を震わせた。
「お前、あいつになんかされたのか?」
レネの様子がおかしいことに気付き、カレルは眉を顰める。
「いや……」
捕らえられた時に男たちからボコボコにされたせいで意識が朦朧としていたので、実際にはあまり覚えていない。
しかしバルトロメイには一番弱っている時の自分を見られてしまった。
「——あいつは敵じゃなかったのか?」
それが正直な感想だ。
どうして団長はバルトロメイを入団させたのだろうか。
数日後、レネは執務室へと呼び出される。
あれからバルナバーシュとは以前通りに、団長と団員の関係を続けている。
だがお互いに蟠が解けたことで、ギクシャクするようなことはなくなった。
「——おお、来たか」
執務室の扉を開けると……そこにはなんと、あのバルトロメイがいるではないか。
「いったいどういうことです?」
思わずレネは息を飲んだ。
「こいつはレオポルトの護衛だった男ですよ、どうして入団させたんです?」
いくら血を分けた息子といえども、自分の決闘相手だ。
それになによりも、敵として戦っておきながらここへ入団したバルトロメイの神経が理解できない。
「護衛として敵ながらもいい働きをしてたからな。そのまま放り出すのも惜しいと思ってな。それにお前も知ってると思うが、実力を伴ってここに来るものをリーパは拒んだりしない。先代王との約束だ」
リーパは元々、前国王の意向で、職を失った騎士や傭兵たちのために作られた組織だ。
「でもこいつはっ……」
「それにこいつは、お前が捕まってる間もレオポルトを近づけることなく、ずっと俺にお前の様子を手紙に書いてよこしてたんだぞ。『早く迎えに来てやってくれ』ってな。お前がこいつの性格は一番よく わかってるだろ?」
喋る前にバルナバーシュから話の腰を折られ、レネにとっては意外な事実を告げられる。
「え……?」
バルトロメイが裏でバルナバーシュとそんなやり取りをしていたなんてまったく知らなかった。
「レネ、俺はお前があんな酷い目に遭ってたのになにもできなかった。その事実は変わらない。いまさら虫のいい話だとは思うけど、このまま終わりたくなくて……」
眉尻を下げて、バルトロメイはどこか寂しい顔をしてレネを見つめる。
そんな顔で見つめないでほしい。
この男は、すぐに自分の心の奥にまで入り込んでくる。
叱られた大型犬みたいな顔をされたら、なにも言い返せなくなるではないか。
「わかったか? 本題に入るぞ」
バルナバーシュはレネが黙り込んだのをいいことに、先に話を進めて行く。
「お前たち二人で、先代に手紙を届けてほしい。本来なら俺が直接行くべきなんだろうけどな……だがお前たちに任せる。この手紙には重要な情報が書かれている。それを狙ってくる輩が出てくるかもしれんが、絶対先代の所へ持っていくんだぞ。お前たち以外に手紙を任せられる人間が他にいないんだ。わかったな」
団長命令に「はい」と頷くしか選択肢はない。
しかしそんな重要な書類を届けるのに、バルトロメイと一緒なのは納得いかないままだ。
「牧場に行けばいいんですか?」
バルナバーシュの父親であるオレクは、リーパの団長を引退すると、メストの東にあるオゼロとの国境地帯で、軍馬を調教し販売する牧場を経営している。
そこは、リーパを引退した団員たちの再就職先の一つでもある。
最近わかったことだが、牧場で調教している馬たちはすべて、ルカーシュの生まれ故郷であるチェレボニー村から仕入れていたのだ。
「それがあのジジィ、今はブロタリー海沿いの街道をうろちょろしてるみたいなんだよ。だから街道沿いを順に探して行けばどこかで会うだろ」
「え!? どこにいるのかもわからないんですか……」
あまりの適当さに呆れるしかない。
「あんなわかりやすいジジィすぐに見つかるだろ。さっさと行って来い」
そう言われ、バルナバーシュから防水加工のされた革の書類入れに入った手紙を渡された。
確かに、先代団長の風貌は目立つ。
だがあまりにも、おおざっぱすぎるだろう。
人使いの荒いバルナバーシュに不満を覚えるが、団長に戻って来てくれとお願いしたのは自分だ。
口を引き締めて、色々な不満を飲み込んだ。
「じゃあ行くか」
不満の原因の一つが、どこか楽し気な様子でレネを見下ろす。
メストから馬を走らせると、夕方には長い湾状になっているブロタリー海が見えてきた。
ここまで来ると、ザトカの街ももうすぐだ。
「なあ、今日はザトカに泊まって訊き込みをした方がいいんじゃないか?」
バルトロメイがレネに提案してくる。
その顔には知り合った時と同じような人好きのする笑顔が浮かんでいる。
「最初からそのつもりだけど……」
やり辛い。
敵だったと思っていた男が、いきなり同僚になって二人旅に出るなんて、なにを喋っていいかもわからない。
レネの中では、バルトロメイをどういう位置づけにしたらいいのか悩んでいた。
老夫婦の家で会っていたころは、なにも考えずにただいい奴と思っていたが、今は立ち位置がはっきりしない。
血を分けた息子だが、バルナバーシュは認知しないと言った。
バルトロメイも別にそれを求めているわけではないので、養子のレネと義理の兄弟になるわけではない。
レオポルトに囚われている時は、グルになってレネをバルナバーシュから遠ざけようとしているのかと思っていたが、どうやらレネの思い違いだったようだ。
(今はただの同僚として接するのが一番だ……)
ザトカは城塞に囲まれた港町で、古くは隣国セキアと戦争の時にメストを護る最後の砦として栄えた軍港だった。
今では国同士で同盟を結び戦争の危険はなくなっが、昔は重要な拠点だった。
高台から見下ろすと、オレンジ色の屋根をした街の建物が、綺麗に城塞の中に収まっている。
メストと比べると温暖で、すでに新緑が芽吹き、地面には花々が咲き、まさに春真っ盛りだ。
美しい景色を眺めていると、レネの心も少しずつ解れていく。
「おいレネ、聞いてる? 先代には会ったことあるんだろ? 特徴とか教えてくれないか?」
「……ああ、オレクのこと? 団長が言っていた通りわかりやすいよ。隻眼で眼帯嵌めた七十過ぎの爺さん探せばいいんだから」
もう一つ、オレクには特徴的な所があるのだが、レネは敢えて触れなかった。
初めて見た時のバルトロメイの反応が気になったからだ。
どんな顔をするのか少し興味がある。
些細なことだが、どんなことでも楽しみはあった方がモチベーションが上がる。
馬鹿らしいと思いながらも、内心ニヤニヤしながらレネは馬から降りると、街の中心部へ向かって歩きはじめた。
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