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8章 全てを捨てて救出せよ
19 一件落着
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「これで安心だ。ペリフェニー卿が家に訪ねて来た時はどうなるかと思ったぞ……」
『団長に復帰した記念だ!』と言って、ハヴェルがバルナバーシュの部屋へ高い酒を抱えて押しかけて来ていた。
「そろそろ潮時だと思ってはいたんだがな……」
最後に背を押したのは養い子の一言だったが、バルナバーシュはあえて言わない。
「やっとお役御免で肩の荷が下りましたよ」
ルカーシュは昼間の姿からは想像もできないほど、着崩しただらしのない格好をしている。
団長代行を務めていたここ数日間の反動だろうか。
「けっ……よく言うぜ……」
ルカーシュが団長代行の間に、団員たちを扱きまくって次々と医務室送りにして、癒し手たちが大騒ぎしていたのをバルナバーシュは知っている。
馬鹿にしていた団員たちのルカーシュを見る目が変わったことも。
「お前、ちゃんと仕事してるんだな。この前執務室で見かけた時、ぶったまげたぜ。でも仕事中の方が老けて見えるな」
どうやらハヴェルは、レネが行方不明になり執務室へ駆け込んできた時に、仕事中のルカーシュと顔を合わせたことを思い出しているようだ。
「ふん。まだまだそこは地獄の一丁目だぞ。こいつの真髄はそこじゃあない」
バルナバーシュは思わせぶりに笑ってやった。
「地獄とは失礼な。——ハヴェルさん……一線を越える覚悟があるならいつでも天国に連れて行ってあげますよ?」
ルカーシュはハヴェルの顎に手を添えると、肉感的な自分の唇をゆっくりと舐めた。
「……!?」
後ずさりするハヴェルを眺めて、ルカーシュは爆笑している。
「でもよかったな、レネとのわだかまりが解けて」
自分の身の危険を感じたのか、それとも本当に知りたいことだったのか、ハヴェルは話題を変えた。
「ふっ……わだかまりが解けるどころか、この人、二十歳になった息子を風呂に入れてたんですよ。風呂場から楽しそうな話し声が聞こえるからなにかと思って覗いてみたら、召使いみたいに風呂に浸かってる息子の髪の毛を乾かしてブラッシングしたり、見間違いかと二度見しましたよ」
ちびちびと舐めるように酒を飲み、ルカーシュが笑いながらハヴェルに告げ口する。
(こいつめ……酒が入るとよけいなことばかり言いやがる)
だが団長代行を任せていた手前、強くは出られない。
「お前な、レオポルトはあの場では手を出してないって言ってたが信じられるか? なにもされてないか確認も兼ねてに決まってんだろ」
それを聞いたハヴェルがしたり顔になる。
「あの時は爆笑してたけど、バルも俺の気持ちがわかっただろ?」
「あ、思い出したぞ! お前が言っていた撫子色。今年の貴族の娘たちの間で流行りの色なんだってな……なんでも灰色と黄緑色を合わせるのがポイントらしいぞ。どっかの貴族が娘に贈ったドレスから人気に火が着いたらしい……」
ヴィートの幼い妹、ミルシェから聞いた話だ。幼いながらもおしゃれの話に余念がないのは、さすが女の子だと感心した。
バルナバーシュはミルシェが新しい場所でちゃんと上手くやれているか、もう何度も様子を見に行っていた。
そんな中で、ハヴェルが零していた『撫子色』という言葉が出てきて、ハッとしたのだ。
そしてレネを風呂に入れている時に、街にあふれるピンク色との符号に気付きゾッとした。
それに灰色と黄緑色を組み合わせるとなったら、もう間違いない。
「まさか……あの貴族が本当に作ったのか……?」
ハヴェルが信じられないという顔をしている。
「街なかにあふれているピンクを見るたびに……親父としては複雑な気分になるな……」
「——切ないな……」
ハヴェルが同情して慰めの言葉をくれる。
ルカーシュだけが、話題についていけなくてポカンとした顔をしていた。
「ところでバル……気になってたんだけど、お前はどうやってレネの居場所を知ったんだ?」
自分のグラスに酒を注ぎながら、ハヴェルがバルナバーシュに問いかける。
レオポルトが怪しいとは思っていたが、決定的な証拠はなかったはずだと思っているのだろう。
「今回のできごとで、一番貧乏くじを引いた奴がいてな……そいつがずっとレネの様子を手紙で教えてくれていたんだ——そしてレオポルトがレネに手を出さないよう見張ってた」
「もしかして……バルトロメイのことか?」
ハヴェルはバルナバーシュの実の息子の名を出す。
「ああ。でも、レネはたぶん今でも……レオポルトとグルだったと誤解したままだ」
あれ以来、レネの口からバルトロメイの名前が出てくることはない。
バルトロメイを、我が息子ながら中々見どころのある奴だと、バルナバーシュは思っていた。
執務室で対面した時に気付いたのだが、あの男はレネに好意を抱いている。
それが純粋な友情だけなのかは知らない。
どうであれ、レネを助けたいという気持ちがなければ、バルナバーシュの所へ何通も手紙を送ってきたりしないだろう。
それなのに、レオポルトに決闘を申し込みに行った時、『護衛だから』という理由でレオポルトの代闘士にと自ら名乗り出た。
バルトロメイが勝てば、レネは囚われたままだ。
そこには、レネへの配慮など一切ない。
仕事にはぜったい私情を挟まない、そんなバルトロメイの潔さをバルナバーシュは気に入った。
バルナバーシュは仕事に私情を持ち込むのが嫌いだった。
リーパの団長を辞任してレネを取り戻しに行ったのも、そのためだ。
そういう意味では、バルトロメイは護衛としてまさに理想の人間だ。
「なんか損な役回りだな……血は争えないというか……」
ハヴェルが呆れた顔でこっちを見ている。
「俺だって今回の件でレネとのわだかまりは解けた。あいつだって行動を起こしてなんとかするだろうよ……多少の助力はするつもりだ」
あいつなら大丈夫だ。
一見とっつきにくい狼のようだが、笑うと人の良さが自然と滲み出る青年の顔を思い浮かべた。
『団長に復帰した記念だ!』と言って、ハヴェルがバルナバーシュの部屋へ高い酒を抱えて押しかけて来ていた。
「そろそろ潮時だと思ってはいたんだがな……」
最後に背を押したのは養い子の一言だったが、バルナバーシュはあえて言わない。
「やっとお役御免で肩の荷が下りましたよ」
ルカーシュは昼間の姿からは想像もできないほど、着崩しただらしのない格好をしている。
団長代行を務めていたここ数日間の反動だろうか。
「けっ……よく言うぜ……」
ルカーシュが団長代行の間に、団員たちを扱きまくって次々と医務室送りにして、癒し手たちが大騒ぎしていたのをバルナバーシュは知っている。
馬鹿にしていた団員たちのルカーシュを見る目が変わったことも。
「お前、ちゃんと仕事してるんだな。この前執務室で見かけた時、ぶったまげたぜ。でも仕事中の方が老けて見えるな」
どうやらハヴェルは、レネが行方不明になり執務室へ駆け込んできた時に、仕事中のルカーシュと顔を合わせたことを思い出しているようだ。
「ふん。まだまだそこは地獄の一丁目だぞ。こいつの真髄はそこじゃあない」
バルナバーシュは思わせぶりに笑ってやった。
「地獄とは失礼な。——ハヴェルさん……一線を越える覚悟があるならいつでも天国に連れて行ってあげますよ?」
ルカーシュはハヴェルの顎に手を添えると、肉感的な自分の唇をゆっくりと舐めた。
「……!?」
後ずさりするハヴェルを眺めて、ルカーシュは爆笑している。
「でもよかったな、レネとのわだかまりが解けて」
自分の身の危険を感じたのか、それとも本当に知りたいことだったのか、ハヴェルは話題を変えた。
「ふっ……わだかまりが解けるどころか、この人、二十歳になった息子を風呂に入れてたんですよ。風呂場から楽しそうな話し声が聞こえるからなにかと思って覗いてみたら、召使いみたいに風呂に浸かってる息子の髪の毛を乾かしてブラッシングしたり、見間違いかと二度見しましたよ」
ちびちびと舐めるように酒を飲み、ルカーシュが笑いながらハヴェルに告げ口する。
(こいつめ……酒が入るとよけいなことばかり言いやがる)
だが団長代行を任せていた手前、強くは出られない。
「お前な、レオポルトはあの場では手を出してないって言ってたが信じられるか? なにもされてないか確認も兼ねてに決まってんだろ」
それを聞いたハヴェルがしたり顔になる。
「あの時は爆笑してたけど、バルも俺の気持ちがわかっただろ?」
「あ、思い出したぞ! お前が言っていた撫子色。今年の貴族の娘たちの間で流行りの色なんだってな……なんでも灰色と黄緑色を合わせるのがポイントらしいぞ。どっかの貴族が娘に贈ったドレスから人気に火が着いたらしい……」
ヴィートの幼い妹、ミルシェから聞いた話だ。幼いながらもおしゃれの話に余念がないのは、さすが女の子だと感心した。
バルナバーシュはミルシェが新しい場所でちゃんと上手くやれているか、もう何度も様子を見に行っていた。
そんな中で、ハヴェルが零していた『撫子色』という言葉が出てきて、ハッとしたのだ。
そしてレネを風呂に入れている時に、街にあふれるピンク色との符号に気付きゾッとした。
それに灰色と黄緑色を組み合わせるとなったら、もう間違いない。
「まさか……あの貴族が本当に作ったのか……?」
ハヴェルが信じられないという顔をしている。
「街なかにあふれているピンクを見るたびに……親父としては複雑な気分になるな……」
「——切ないな……」
ハヴェルが同情して慰めの言葉をくれる。
ルカーシュだけが、話題についていけなくてポカンとした顔をしていた。
「ところでバル……気になってたんだけど、お前はどうやってレネの居場所を知ったんだ?」
自分のグラスに酒を注ぎながら、ハヴェルがバルナバーシュに問いかける。
レオポルトが怪しいとは思っていたが、決定的な証拠はなかったはずだと思っているのだろう。
「今回のできごとで、一番貧乏くじを引いた奴がいてな……そいつがずっとレネの様子を手紙で教えてくれていたんだ——そしてレオポルトがレネに手を出さないよう見張ってた」
「もしかして……バルトロメイのことか?」
ハヴェルはバルナバーシュの実の息子の名を出す。
「ああ。でも、レネはたぶん今でも……レオポルトとグルだったと誤解したままだ」
あれ以来、レネの口からバルトロメイの名前が出てくることはない。
バルトロメイを、我が息子ながら中々見どころのある奴だと、バルナバーシュは思っていた。
執務室で対面した時に気付いたのだが、あの男はレネに好意を抱いている。
それが純粋な友情だけなのかは知らない。
どうであれ、レネを助けたいという気持ちがなければ、バルナバーシュの所へ何通も手紙を送ってきたりしないだろう。
それなのに、レオポルトに決闘を申し込みに行った時、『護衛だから』という理由でレオポルトの代闘士にと自ら名乗り出た。
バルトロメイが勝てば、レネは囚われたままだ。
そこには、レネへの配慮など一切ない。
仕事にはぜったい私情を挟まない、そんなバルトロメイの潔さをバルナバーシュは気に入った。
バルナバーシュは仕事に私情を持ち込むのが嫌いだった。
リーパの団長を辞任してレネを取り戻しに行ったのも、そのためだ。
そういう意味では、バルトロメイは護衛としてまさに理想の人間だ。
「なんか損な役回りだな……血は争えないというか……」
ハヴェルが呆れた顔でこっちを見ている。
「俺だって今回の件でレネとのわだかまりは解けた。あいつだって行動を起こしてなんとかするだろうよ……多少の助力はするつもりだ」
あいつなら大丈夫だ。
一見とっつきにくい狼のようだが、笑うと人の良さが自然と滲み出る青年の顔を思い浮かべた。
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