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8章 全てを捨てて救出せよ
14 あれを見ろっ!
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街道に出るとスポイット橋の手前で、バルナバーシュは馬を止めた。
河川敷沿いの雑木林に隠れるように、既に馬車が一台停まっている。
そして後ろからもう二台馬車が連なってやって来た。
「揃ったようだな」
太陽の位置を見上げ、バルナバーシュはそうつぶやくとスポイット橋の下へと歩いて行った。
ボリスも急いでその後を追う。
スポイット橋はドゥーホ川に掛かる大きな橋で、馬車が横に二台並んで走っても余裕があるくらいの幅があった。
王都から少し離れていて、人目にも付きづらく雨に濡れることもないこの橋の下は、決闘の舞台としてよく使われる。
「おい、ここにレネも来るのか?」
後ろから来ていた馬車の一台は、バルナバーシュの友人のハヴェルだった。
たぶん彼がバルナバーシュ側の立会人だろうと、ボリスは推測する。
「あちら側には連れてくるように伝えた」
バルナバーシュはこれから行われる勝負を前に集中しているようで、顔からは一切の感情が消えている。
(——そうだ、私はこのために来たのだ)
バルナバーシュの言葉と同時に、三人は反射的に先に到着していた馬車を見つめた。
その扉が開くと中から、貴族らしき男と、バルナバーシュに瓜二つの若い男が姿を現す。
貴族らしき男がレオポルトで、団長そっくりの男はまさか……団長の実の息子なのだろうか?
(どうして彼が?)
持っている情報が少なすぎて、ボリスは事態を把握できない。
そして、その男の腕に抱えられているのは、手足を枷に戒められ口元には轡を嵌められたレネだった。
顔には痣があり首には包帯が巻かれて、グッタリと目を閉じたままだ。
「——なんてことをっ……」
ハヴェルが思わず声を上げる。
(いったいなにをされたんだ……!?)
想像していたよりも酷い状態に、ボリスの手足はワナワナと震え出す。
まるで奴隷のような扱いに、レオポルトがどういう目的でレネを拉致して暴力を加えたのか、想像しただけでも胸が張り裂けそうだった。
もう一人、貴族風の金髪碧眼の人物が現れたが、ボリスにはそれどころではなかった。
「——誤解しないで頂きたい。拘束しているのは彼が自害を試みたからだ。私だって好きでやっているわけではない。この怪我だって手違いで負ったものだ。私たちはなにも手を出していない」
レオポルトがまるで言いわけでもするように告げる。
(自害!?)
レネはそんなことをする人間ではない。
監禁されている間になにがあったのだろうか……。
使用人が椅子を運んできて、団長そっくりの若い男がレネをそこに座らせると、身体を横から支えた。
ボリスは椅子に身体が接した瞬間にレネが顔を顰めたのを見逃さなかった。
服の上から見えない所にも怪我をしている。
「私は癒し手です。彼を手当させて下さい」
「癒し手!?」
「——そうです」
金髪碧眼の貴族然とした青年が、おどろいた顔をしてボリスの方を見た。
ちらりとバルナバーシュの方を盗み見たが、なにも気にしていないようなのでいいのだろう。
リーパに癒し手が存在することについて、バルナバーシュはいつも神経を尖らせている。
でも今は、ボリスはサーコートも着ていないし、名乗らなければどこの誰かもわからない。
「よかった……彼の治療を頼む」
心からほっとした顔をして、金髪の青年はレネの方へとボリスを促した。
この青年はレネのことに心を痛めているのが伝わって来る。
ボリスがレネの前へ来ると、灰色の睫毛が揺れ黄緑色の瞳がのぞいた。
外傷性による発熱で、意識はあるが朦朧としているのだろう。
レネが目を開けて気付いたのだが、紫色の内出血と黄緑色の瞳の組み合わせが、人間の奥に隠れた残虐性を引き出す魔力でも持っているかのように魅了する。
(こんなのはダメだ……)
「レネ、いま治してやるからね——彼の拘束を取ってもらっていいですか?」
「いや……それはできない。また自害するかもしれない」
レオポルトが厳しい顔をして却下する。
そうだ、まだ勝負はこれからなのだ。
(もし負けたら、レネに未来はあるのか?)
今はまだ考えては駄目だ。
頭を振って否定すると、ボリスはレネの治療に専念した。
顔の痣を光で満たすと、首の包帯を取って浅い刺し傷に触れる。
(これが……自害の痕か……)
レネはなにを思って自らで命を絶とうとしたのか。
いつもお日様のように笑っている顔しか思い浮かばず、ボリスはこの事実が信じられないでいた。
「彼は他にどこか怪我を?」
横に立つ男へ尋ねる。
「主に打撲傷だが、特に背中が酷い」
力を使って治療する時は、直接患部に触れて治療するので服の上から手をあてるだけでは済まない。
「他には?——振るわれたのはただの暴力だけ?」
場合によっては衆人の前では治療できない。
「……大丈夫だ。なにもされてない」
一瞬間があったが、ボリスの言わんとしていることに男は気付いたようだ。
ボリスはどっと自分の肩から力が抜けるのを感じる。
自害を試みたと聞いて、よからぬことを想像していたのだ。
(——じゃあなぜ、レネは自害を……? なにに絶望したんだ?)
服の中に手を入れて背中の治療を終えると、少しは身体が楽になったのか意識がはっきりとしてきた。
だが、レネの瞳はいつもと違う。まるで硝子玉みたいで生気がない。
「レネ、どうしたんだ? 私だ、私がわかるか?」
目の前にいる自分を認識しているのだろうが、あの猫のような爛々とした輝きが戻ってこないのはどうしてだ?
新たな不安がボリスを襲う。
「彼は生きる気力をなくしているんだよ。水も食べ物も一切受け付けない」
レオポルトがまるで自分のことのように語る。
(どうしてっ、お前はそんな奴だったか!)
自ら生命活動を止めるようなレネの行いに、ボリスは怒った。
「あれを見ろっ!」
レネの顔をバルナバーシュの方へと向ける。
黄緑色の瞳が騎士姿のバルナバーシュの姿を捕えた。
「今の状況がわかるか? 団長はお前を取り戻すために団長を辞任して、貴族相手に決闘を申し込んだんだぞ。お前がそんなんでどうするっ!」
すると、どうだろうか……レネの目に感情の光が戻ってきた。
「さあ、そろそろ始めようか」
バルナバーシュがそう言うとバルトロメイがレネの横から歩き出し、バルナバーシュと向かい合う。
二人とも上着を脱いでシャツ一枚になり、胸元を開く。
(——これは……どういうことだ!?)
ただバルナバーシュの後ろをついて来ただけで、ボリスは決闘の内容についてなにも聞いていなかった。
実の息子が代闘士として、父親と戦うということなのか?
支えていた……レネの身体がガタガタと震え出す。
「うーーーうぅーーうううう」
轡を嵌めた口でなにかを叫ぶと、急に立ち上がり動き出そうとして地面に転がる。
手足に枷を嵌められたままではそうなるのは目に見えている。
それでもレネは地面を這ってでもバルナバーシュの所へ行こうとしていた……。
河川敷沿いの雑木林に隠れるように、既に馬車が一台停まっている。
そして後ろからもう二台馬車が連なってやって来た。
「揃ったようだな」
太陽の位置を見上げ、バルナバーシュはそうつぶやくとスポイット橋の下へと歩いて行った。
ボリスも急いでその後を追う。
スポイット橋はドゥーホ川に掛かる大きな橋で、馬車が横に二台並んで走っても余裕があるくらいの幅があった。
王都から少し離れていて、人目にも付きづらく雨に濡れることもないこの橋の下は、決闘の舞台としてよく使われる。
「おい、ここにレネも来るのか?」
後ろから来ていた馬車の一台は、バルナバーシュの友人のハヴェルだった。
たぶん彼がバルナバーシュ側の立会人だろうと、ボリスは推測する。
「あちら側には連れてくるように伝えた」
バルナバーシュはこれから行われる勝負を前に集中しているようで、顔からは一切の感情が消えている。
(——そうだ、私はこのために来たのだ)
バルナバーシュの言葉と同時に、三人は反射的に先に到着していた馬車を見つめた。
その扉が開くと中から、貴族らしき男と、バルナバーシュに瓜二つの若い男が姿を現す。
貴族らしき男がレオポルトで、団長そっくりの男はまさか……団長の実の息子なのだろうか?
(どうして彼が?)
持っている情報が少なすぎて、ボリスは事態を把握できない。
そして、その男の腕に抱えられているのは、手足を枷に戒められ口元には轡を嵌められたレネだった。
顔には痣があり首には包帯が巻かれて、グッタリと目を閉じたままだ。
「——なんてことをっ……」
ハヴェルが思わず声を上げる。
(いったいなにをされたんだ……!?)
想像していたよりも酷い状態に、ボリスの手足はワナワナと震え出す。
まるで奴隷のような扱いに、レオポルトがどういう目的でレネを拉致して暴力を加えたのか、想像しただけでも胸が張り裂けそうだった。
もう一人、貴族風の金髪碧眼の人物が現れたが、ボリスにはそれどころではなかった。
「——誤解しないで頂きたい。拘束しているのは彼が自害を試みたからだ。私だって好きでやっているわけではない。この怪我だって手違いで負ったものだ。私たちはなにも手を出していない」
レオポルトがまるで言いわけでもするように告げる。
(自害!?)
レネはそんなことをする人間ではない。
監禁されている間になにがあったのだろうか……。
使用人が椅子を運んできて、団長そっくりの若い男がレネをそこに座らせると、身体を横から支えた。
ボリスは椅子に身体が接した瞬間にレネが顔を顰めたのを見逃さなかった。
服の上から見えない所にも怪我をしている。
「私は癒し手です。彼を手当させて下さい」
「癒し手!?」
「——そうです」
金髪碧眼の貴族然とした青年が、おどろいた顔をしてボリスの方を見た。
ちらりとバルナバーシュの方を盗み見たが、なにも気にしていないようなのでいいのだろう。
リーパに癒し手が存在することについて、バルナバーシュはいつも神経を尖らせている。
でも今は、ボリスはサーコートも着ていないし、名乗らなければどこの誰かもわからない。
「よかった……彼の治療を頼む」
心からほっとした顔をして、金髪の青年はレネの方へとボリスを促した。
この青年はレネのことに心を痛めているのが伝わって来る。
ボリスがレネの前へ来ると、灰色の睫毛が揺れ黄緑色の瞳がのぞいた。
外傷性による発熱で、意識はあるが朦朧としているのだろう。
レネが目を開けて気付いたのだが、紫色の内出血と黄緑色の瞳の組み合わせが、人間の奥に隠れた残虐性を引き出す魔力でも持っているかのように魅了する。
(こんなのはダメだ……)
「レネ、いま治してやるからね——彼の拘束を取ってもらっていいですか?」
「いや……それはできない。また自害するかもしれない」
レオポルトが厳しい顔をして却下する。
そうだ、まだ勝負はこれからなのだ。
(もし負けたら、レネに未来はあるのか?)
今はまだ考えては駄目だ。
頭を振って否定すると、ボリスはレネの治療に専念した。
顔の痣を光で満たすと、首の包帯を取って浅い刺し傷に触れる。
(これが……自害の痕か……)
レネはなにを思って自らで命を絶とうとしたのか。
いつもお日様のように笑っている顔しか思い浮かばず、ボリスはこの事実が信じられないでいた。
「彼は他にどこか怪我を?」
横に立つ男へ尋ねる。
「主に打撲傷だが、特に背中が酷い」
力を使って治療する時は、直接患部に触れて治療するので服の上から手をあてるだけでは済まない。
「他には?——振るわれたのはただの暴力だけ?」
場合によっては衆人の前では治療できない。
「……大丈夫だ。なにもされてない」
一瞬間があったが、ボリスの言わんとしていることに男は気付いたようだ。
ボリスはどっと自分の肩から力が抜けるのを感じる。
自害を試みたと聞いて、よからぬことを想像していたのだ。
(——じゃあなぜ、レネは自害を……? なにに絶望したんだ?)
服の中に手を入れて背中の治療を終えると、少しは身体が楽になったのか意識がはっきりとしてきた。
だが、レネの瞳はいつもと違う。まるで硝子玉みたいで生気がない。
「レネ、どうしたんだ? 私だ、私がわかるか?」
目の前にいる自分を認識しているのだろうが、あの猫のような爛々とした輝きが戻ってこないのはどうしてだ?
新たな不安がボリスを襲う。
「彼は生きる気力をなくしているんだよ。水も食べ物も一切受け付けない」
レオポルトがまるで自分のことのように語る。
(どうしてっ、お前はそんな奴だったか!)
自ら生命活動を止めるようなレネの行いに、ボリスは怒った。
「あれを見ろっ!」
レネの顔をバルナバーシュの方へと向ける。
黄緑色の瞳が騎士姿のバルナバーシュの姿を捕えた。
「今の状況がわかるか? 団長はお前を取り戻すために団長を辞任して、貴族相手に決闘を申し込んだんだぞ。お前がそんなんでどうするっ!」
すると、どうだろうか……レネの目に感情の光が戻ってきた。
「さあ、そろそろ始めようか」
バルナバーシュがそう言うとバルトロメイがレネの横から歩き出し、バルナバーシュと向かい合う。
二人とも上着を脱いでシャツ一枚になり、胸元を開く。
(——これは……どういうことだ!?)
ただバルナバーシュの後ろをついて来ただけで、ボリスは決闘の内容についてなにも聞いていなかった。
実の息子が代闘士として、父親と戦うということなのか?
支えていた……レネの身体がガタガタと震え出す。
「うーーーうぅーーうううう」
轡を嵌めた口でなにかを叫ぶと、急に立ち上がり動き出そうとして地面に転がる。
手足に枷を嵌められたままではそうなるのは目に見えている。
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