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8章 全てを捨てて救出せよ
13 ボリスの決意
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◆◆◆◆◆
「さあ、どうした? こんな『貧弱な男』が団長代行になるのは認められないんだろ?」
団員たちがそれぞれの得物を持って一人の男を取り囲んでいた。
鍛練場には既に数名の男が倒れていた。
ルカーシュは乱れた髪を後ろに払って、青茶色の目で周りを見渡す。
団員たちは初めて、この男がこんなに得体の知れない妖しい存在だったのかと固唾をのむ。
「もう面倒だから、全員まとめてかかって来いよ」
いつもの取り澄ました副団長の仮面を取り外し、挑発するようにニヤリと笑いながら、腰からもう一本の剣を取り出すと、二本を剣を頭の後ろで交差させる。
その異様な構えに、団員たちは思わず後ずさる。
ことの発端は、バルナバーシュが大会議室を出て行った後に、普段からルカーシュを認めていない一部の団員たちが、団長代行就任を反対したのだ。
弱肉強食のこの集団で、男たちを認めさせるやり方は唯一つ。
力で捻じ伏せること。
かくして、団長代行よる壮絶なマウンティングが始まった。
ボリスたちは本部の二階からその様子を眺めていた。
「誰だよ……あれ? いつも団長の後ろにいる控え目な副団長はどこいったよ? いや……猫の師匠だからさ、強いとは思ってたけど……ヤバくね?」
カレルは思わずつぶやく。
「伊達に副団長じゃなかったんだな……」
ヤンも口を引きつらせながら、二本の剣で前後左右の男たちを次々と伸していく様子を眺めている。
「そりゃあ、戦争でコジャーツカ族が重宝されるわけだわな……」
ベドジフがルカーシュの出身である一族の名を出す。
弟子であるレネに聞いても、あまり師匠について語ろうとはしなかったので、謎の多い男として団員たちから距離を置かれていた。
だがボリスは癒し手という特殊な立場から、皆が知らないルカーシュの秘密を知っていた。
これはたぶん弟子であるレネも知らないことだろう。いや、単に興味がないので気にしていない可能性が高い。
ふと、ボリスは隣に立っている漆黒の肌の男に目をやった。
拳を握りしめながら、団長代行の戦う姿を食い入るように見つめている。
「お前も、戦ってみたいんだろ?」
ボリスはその様子が気になり尋ねてみた。
「機会があればいつかな……」
この男はいつも謙虚だ。
自分を客観視できるから、団員最強と言われるまでになったのだろう。
「この調子じゃ、私まで仕事が回ってきそうだな」
そこまで重傷者は出ないだろうが、なんせ人数が多い。
癒し手の力も無限というわけではない。
ボリスには戯れで負傷した団員たちを治療している余裕はなかった。
バルナバーシュが辞任した後に、家紋入りの騎士の装いで愛馬に跨り駆け行く姿を見て、ボリスはある考えに行きついた。
そうなると、自ずと自分の役割が見えてくる。
本当に治療が必要な者たちの所に行かなければならない。
ボリスはそっと本部を抜け出すと、馬を引いて目抜き通りで待ち伏せする。
お昼前とあってか、メストの中でも最も交通量の多い通りは人であふれていた。
だが、あの目立つ格好を見逃すはずがない。
リーパのサーコートを着て団員の中にまみれていても目立つのに、騎士の格好などしたらあの男は様になり過ぎる。
しばらくすると黒馬に乗った騎士姿のバルナバーシュが、ボリスの方へと向かってやって来るのが見えた。
左手だけ手袋をしていない。
これが意味するものは、一つ。
(やはり……)
バルナバーシュはレネをとり戻すために、貴族の息子に決闘を申し込んだのだ。
リーパに迷惑をかけないために辞任したのか、それともレネを救うためにリーパさえ捨てたのか……。
解釈によってどちらにでも取れるが、ボリスは流石だと感服する。
血の繋がらない養子のために、地位のある男が、普通はここまでしないだろう。
バルナバーシュだからこそ、自分はこの男についていこうと思うのだ。
バルナバーシュだからこそ、レネの養父に相応しいと思うのだ。
昨日ゼラが言った通り、レネはきっと大丈夫だ。
行動を起こしたバルナバーシュが、必ずレネを救い出す。
自分はできる限りのことをしよう……。
ボリスは急いで馬に跨ると騎士の後をついて馬を走らせる。
「団長、お供します」
バルナバーシュはボリスを冷たく一瞥し、こう吐き捨てる。
「俺は団長じゃない。これはリーパとは関係ないことだ。お前は来るな」
まるで「自分が捨てたものに興味などない」と言われたような気がして、ボリスの心は一瞬冷えたが、ここで怯んでいては大切なものは救えない。
ボリスは奮起して言い返した。
「私だって無関係じゃありません。家族の一大事です。そうでしょう?——未来のお義父さん」
「……言うじゃねえか」
後ろから、頬の筋肉が動いているのが見えた。
笑っている。
どうやら、ボリスの反撃は成功したようだ。
もう「ついて来るな」とは言われないので、ボリスは遠慮なく後ろをついて行く。
離れて暮らす養女とはいえ、生半可な気持ちでは犬の集団の頂点に立つ、この男の娘とは付き合えない。
「さあ、どうした? こんな『貧弱な男』が団長代行になるのは認められないんだろ?」
団員たちがそれぞれの得物を持って一人の男を取り囲んでいた。
鍛練場には既に数名の男が倒れていた。
ルカーシュは乱れた髪を後ろに払って、青茶色の目で周りを見渡す。
団員たちは初めて、この男がこんなに得体の知れない妖しい存在だったのかと固唾をのむ。
「もう面倒だから、全員まとめてかかって来いよ」
いつもの取り澄ました副団長の仮面を取り外し、挑発するようにニヤリと笑いながら、腰からもう一本の剣を取り出すと、二本を剣を頭の後ろで交差させる。
その異様な構えに、団員たちは思わず後ずさる。
ことの発端は、バルナバーシュが大会議室を出て行った後に、普段からルカーシュを認めていない一部の団員たちが、団長代行就任を反対したのだ。
弱肉強食のこの集団で、男たちを認めさせるやり方は唯一つ。
力で捻じ伏せること。
かくして、団長代行よる壮絶なマウンティングが始まった。
ボリスたちは本部の二階からその様子を眺めていた。
「誰だよ……あれ? いつも団長の後ろにいる控え目な副団長はどこいったよ? いや……猫の師匠だからさ、強いとは思ってたけど……ヤバくね?」
カレルは思わずつぶやく。
「伊達に副団長じゃなかったんだな……」
ヤンも口を引きつらせながら、二本の剣で前後左右の男たちを次々と伸していく様子を眺めている。
「そりゃあ、戦争でコジャーツカ族が重宝されるわけだわな……」
ベドジフがルカーシュの出身である一族の名を出す。
弟子であるレネに聞いても、あまり師匠について語ろうとはしなかったので、謎の多い男として団員たちから距離を置かれていた。
だがボリスは癒し手という特殊な立場から、皆が知らないルカーシュの秘密を知っていた。
これはたぶん弟子であるレネも知らないことだろう。いや、単に興味がないので気にしていない可能性が高い。
ふと、ボリスは隣に立っている漆黒の肌の男に目をやった。
拳を握りしめながら、団長代行の戦う姿を食い入るように見つめている。
「お前も、戦ってみたいんだろ?」
ボリスはその様子が気になり尋ねてみた。
「機会があればいつかな……」
この男はいつも謙虚だ。
自分を客観視できるから、団員最強と言われるまでになったのだろう。
「この調子じゃ、私まで仕事が回ってきそうだな」
そこまで重傷者は出ないだろうが、なんせ人数が多い。
癒し手の力も無限というわけではない。
ボリスには戯れで負傷した団員たちを治療している余裕はなかった。
バルナバーシュが辞任した後に、家紋入りの騎士の装いで愛馬に跨り駆け行く姿を見て、ボリスはある考えに行きついた。
そうなると、自ずと自分の役割が見えてくる。
本当に治療が必要な者たちの所に行かなければならない。
ボリスはそっと本部を抜け出すと、馬を引いて目抜き通りで待ち伏せする。
お昼前とあってか、メストの中でも最も交通量の多い通りは人であふれていた。
だが、あの目立つ格好を見逃すはずがない。
リーパのサーコートを着て団員の中にまみれていても目立つのに、騎士の格好などしたらあの男は様になり過ぎる。
しばらくすると黒馬に乗った騎士姿のバルナバーシュが、ボリスの方へと向かってやって来るのが見えた。
左手だけ手袋をしていない。
これが意味するものは、一つ。
(やはり……)
バルナバーシュはレネをとり戻すために、貴族の息子に決闘を申し込んだのだ。
リーパに迷惑をかけないために辞任したのか、それともレネを救うためにリーパさえ捨てたのか……。
解釈によってどちらにでも取れるが、ボリスは流石だと感服する。
血の繋がらない養子のために、地位のある男が、普通はここまでしないだろう。
バルナバーシュだからこそ、自分はこの男についていこうと思うのだ。
バルナバーシュだからこそ、レネの養父に相応しいと思うのだ。
昨日ゼラが言った通り、レネはきっと大丈夫だ。
行動を起こしたバルナバーシュが、必ずレネを救い出す。
自分はできる限りのことをしよう……。
ボリスは急いで馬に跨ると騎士の後をついて馬を走らせる。
「団長、お供します」
バルナバーシュはボリスを冷たく一瞥し、こう吐き捨てる。
「俺は団長じゃない。これはリーパとは関係ないことだ。お前は来るな」
まるで「自分が捨てたものに興味などない」と言われたような気がして、ボリスの心は一瞬冷えたが、ここで怯んでいては大切なものは救えない。
ボリスは奮起して言い返した。
「私だって無関係じゃありません。家族の一大事です。そうでしょう?——未来のお義父さん」
「……言うじゃねえか」
後ろから、頬の筋肉が動いているのが見えた。
笑っている。
どうやら、ボリスの反撃は成功したようだ。
もう「ついて来るな」とは言われないので、ボリスは遠慮なく後ろをついて行く。
離れて暮らす養女とはいえ、生半可な気持ちでは犬の集団の頂点に立つ、この男の娘とは付き合えない。
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