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8章 全てを捨てて救出せよ
6 ところでお婆様
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◆◆◆◆◆
「お婆様、お誕生日おめでとうございます。ここはいつ来ても、あの堅苦しい屋敷と違って開放的で美しいです」
祖母の手をとって、レオポルトは恭しく口づけした。
「まあレオポルト、私と貴方はいつも気が合うのね。私もあの息苦しい屋敷は嫌だわ。貴方もしばらくこちらで過ごしたらいいわ。庭のアーモンドの花がもう何日かしたら咲くのよ、そうしたら庭で一緒に花を見ながらお茶なんてどうかしら?」
レオポルトの瞳と同じ色のドレスを身に纏った老女は、堅苦しい伝統と格式を重視する貴族社会より、開放的で自由な空気を好んだ。
バルチーク伯爵邸では、良い思い出がないのだろう。
「それは素晴らしい提案ですね。ぜひそうさせていただきます」
「ほんとに貴方はこんなに良い子なのに、どうして皆ラファエルばかり……」
「お婆様……兄上を悪く言わないで下さい。兄上は異国で大変苦労なさってこちらに戻ってこられたのですから」
少し愁いを帯びた目で、真剣に祖母を見つめる。この想いに嘘はない。
「まあ……貴方はいつも兄想いの弟なのね」
「兄上も私のことを想って下さってますから。ところでお婆様、部屋の隅に控えている者たちはこの屋敷の使用人ですか?」
レオポルトは、お仕着せを着た若い男たちに目を向けた。
「ああ、あの青年たちはリーパ護衛団から派遣された護衛さんたちよ。あんまり物々しい格好をされたらせっかくのパーティーが台無しになるから、使用人の格好をしてもらっているの」
「——リーパ護衛団……」
◆◆◆◆◆
ヴィートは仕事を終え、リーパ護衛団本部の一階にある食堂で食事をしていると、見習い仲間のアルビーンが隣の席に座ってきた。
「おい、猫さんとの護衛どうだった?」
「いや……それがさ……びっくりだよ」
今日あったできごとを思い出し、ヴィートは騒めいた気持ちが蘇る。
気持ちを落ち着けるように、付け合わせの人参をフォークで刺して口へと運んだ。
「どうしたんだよ?」
アルビーンはヴィートが人参を咀嚼している間も待ちきれない様子だ。
「俺……見ちゃったよ、団長の息子」
レネが言っていた通り、団長そっくりの男前だった。
あそこまで似ていると、いきなり息子と名乗られても疑う余地がない。
「どこで見たんだよ」
「ん、護衛先だよ。そいつも貴族の護衛をしてたんだ」
「なんだそりゃ……親子で同じ仕事かい」
「それがさ……レネがその貴族に絡まれてたんだ。以前もどっかで会ったことあるみたいでさ、あいつ絶対ヤバい奴だ」
あのレオポルトと言う名の男の、レネを見つめる眼差しが尋常ではなかった。
「……そんなにやっかいな奴なのか?」
「団長の息子が止めても、レネにずっとベタベタ触っててさ、付きまとってどこに普段はいるのか居場所を聞き出そうとするんだ。レネは教えてなかったけど」
思い出すだけでも悔しくなり、ヴィートは拳をグッと握りしめる。
雇い主の客人にたて突くわけにもいかず、ヴィートはずっと我慢してその様子を見ているしかなかった。
「猫さんもあっちこっちで大変だな。私邸にいる先輩が言ってたけど、あんまり周りが団長の息子について、猫さんに訊くもんだから、嫌気がさして外で暮らしてる団員の所に身を寄せてるらしいな」
「身を寄せてるって誰のとこだよ?」
思わず訊き返す。
(だいだいこいつはどこでそんな情報を仕入れて来てるんだ……)
「狐のとこに行ってるみたいだぞ」
「へ!? マジで?」
ヴィートはロランドの顔を思い出す。
一度一緒に仕事をしたことがあるが、優男の外見を裏切る殺伐とした感じの男だった。
(あんな男とよく一緒に寝起きできるな……)
「でも、まさか猫さんが団長の養子だなんて思わなかったよな……あんなのを見た後に知ったからよけいにな……」
ヴィートは、バルナバーシュに顔を踏みつけられているレネの姿が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
アルビーンもきっと同じ光景を思い出しているのだろう。
団員たちが噂で言ってたように、団長はレネを実の息子の身代わりにしていたのだろうか?
レネの気持ちを想うと、養父のもとを出て行ったのも頷ける。
◆◆◆◆◆
あれからレオポルトは人を雇って、リーパ護衛団の周辺を探った。
すると驚きの事実が明らかになってきた。
こんなことがあっていいのだろうか?
レネはリーパ護衛団の団長の養子だと言うではないか。
だからあんなに強かったのだ。
そしてなんと……兄が見張り役に付けたバルトロメイが、その団長の実の息子だと聞いた時には変な笑いがこみ上げてきた。
数日前に、本部に実の息子と名乗る団長そっくりの青年が訪ねてきて、大騒ぎになったそうだ。
そして養子のレネは居辛くなったのか、敷地内にある養父の家に戻っていないらしい。
バルトロメイはレオポルトにこのことを黙っていた。
詰問したら、リーパに父親を訪ねに行く以前から仲良くなり、父親の養子だと聞き驚愕したのだそうだ。
これ以上レネの邪魔をするつもりはなかったので、バルトロメイは早々と本部を後にしたらしい。
「はっはっはっはっは……」
笑いが止まらない。
団員たちから訊き出した話では、レネはあの華奢な身体で護衛をするために、まさしく血の滲むような鍛練をこなしているらしい。団長自ら行う時は、それは目を背けたくなるほど壮絶だそうだ。
その努力の結果、団員たちの中でもレネと勝負して勝てるのは一握りの人間しかいない存在にまでになった。
自分の居場所をリーパへ作るために、レネは死に物狂いで努力したのだ。
そこにいきなり現れた、自分の立場を脅かす存在。
そして、その存在を憎みきれない歯痒さ。
まるで……自分たち兄弟のようではないか。
(今のレネならばきっと、私の苦しみをわかってくれる……)
レオポルトはそう確信すると、次の手に移るべく画策し始めた。
レネを手に入れるなら、養父の元を離れている今しかない。
「お婆様、お誕生日おめでとうございます。ここはいつ来ても、あの堅苦しい屋敷と違って開放的で美しいです」
祖母の手をとって、レオポルトは恭しく口づけした。
「まあレオポルト、私と貴方はいつも気が合うのね。私もあの息苦しい屋敷は嫌だわ。貴方もしばらくこちらで過ごしたらいいわ。庭のアーモンドの花がもう何日かしたら咲くのよ、そうしたら庭で一緒に花を見ながらお茶なんてどうかしら?」
レオポルトの瞳と同じ色のドレスを身に纏った老女は、堅苦しい伝統と格式を重視する貴族社会より、開放的で自由な空気を好んだ。
バルチーク伯爵邸では、良い思い出がないのだろう。
「それは素晴らしい提案ですね。ぜひそうさせていただきます」
「ほんとに貴方はこんなに良い子なのに、どうして皆ラファエルばかり……」
「お婆様……兄上を悪く言わないで下さい。兄上は異国で大変苦労なさってこちらに戻ってこられたのですから」
少し愁いを帯びた目で、真剣に祖母を見つめる。この想いに嘘はない。
「まあ……貴方はいつも兄想いの弟なのね」
「兄上も私のことを想って下さってますから。ところでお婆様、部屋の隅に控えている者たちはこの屋敷の使用人ですか?」
レオポルトは、お仕着せを着た若い男たちに目を向けた。
「ああ、あの青年たちはリーパ護衛団から派遣された護衛さんたちよ。あんまり物々しい格好をされたらせっかくのパーティーが台無しになるから、使用人の格好をしてもらっているの」
「——リーパ護衛団……」
◆◆◆◆◆
ヴィートは仕事を終え、リーパ護衛団本部の一階にある食堂で食事をしていると、見習い仲間のアルビーンが隣の席に座ってきた。
「おい、猫さんとの護衛どうだった?」
「いや……それがさ……びっくりだよ」
今日あったできごとを思い出し、ヴィートは騒めいた気持ちが蘇る。
気持ちを落ち着けるように、付け合わせの人参をフォークで刺して口へと運んだ。
「どうしたんだよ?」
アルビーンはヴィートが人参を咀嚼している間も待ちきれない様子だ。
「俺……見ちゃったよ、団長の息子」
レネが言っていた通り、団長そっくりの男前だった。
あそこまで似ていると、いきなり息子と名乗られても疑う余地がない。
「どこで見たんだよ」
「ん、護衛先だよ。そいつも貴族の護衛をしてたんだ」
「なんだそりゃ……親子で同じ仕事かい」
「それがさ……レネがその貴族に絡まれてたんだ。以前もどっかで会ったことあるみたいでさ、あいつ絶対ヤバい奴だ」
あのレオポルトと言う名の男の、レネを見つめる眼差しが尋常ではなかった。
「……そんなにやっかいな奴なのか?」
「団長の息子が止めても、レネにずっとベタベタ触っててさ、付きまとってどこに普段はいるのか居場所を聞き出そうとするんだ。レネは教えてなかったけど」
思い出すだけでも悔しくなり、ヴィートは拳をグッと握りしめる。
雇い主の客人にたて突くわけにもいかず、ヴィートはずっと我慢してその様子を見ているしかなかった。
「猫さんもあっちこっちで大変だな。私邸にいる先輩が言ってたけど、あんまり周りが団長の息子について、猫さんに訊くもんだから、嫌気がさして外で暮らしてる団員の所に身を寄せてるらしいな」
「身を寄せてるって誰のとこだよ?」
思わず訊き返す。
(だいだいこいつはどこでそんな情報を仕入れて来てるんだ……)
「狐のとこに行ってるみたいだぞ」
「へ!? マジで?」
ヴィートはロランドの顔を思い出す。
一度一緒に仕事をしたことがあるが、優男の外見を裏切る殺伐とした感じの男だった。
(あんな男とよく一緒に寝起きできるな……)
「でも、まさか猫さんが団長の養子だなんて思わなかったよな……あんなのを見た後に知ったからよけいにな……」
ヴィートは、バルナバーシュに顔を踏みつけられているレネの姿が今でも脳裏に焼き付いて離れない。
アルビーンもきっと同じ光景を思い出しているのだろう。
団員たちが噂で言ってたように、団長はレネを実の息子の身代わりにしていたのだろうか?
レネの気持ちを想うと、養父のもとを出て行ったのも頷ける。
◆◆◆◆◆
あれからレオポルトは人を雇って、リーパ護衛団の周辺を探った。
すると驚きの事実が明らかになってきた。
こんなことがあっていいのだろうか?
レネはリーパ護衛団の団長の養子だと言うではないか。
だからあんなに強かったのだ。
そしてなんと……兄が見張り役に付けたバルトロメイが、その団長の実の息子だと聞いた時には変な笑いがこみ上げてきた。
数日前に、本部に実の息子と名乗る団長そっくりの青年が訪ねてきて、大騒ぎになったそうだ。
そして養子のレネは居辛くなったのか、敷地内にある養父の家に戻っていないらしい。
バルトロメイはレオポルトにこのことを黙っていた。
詰問したら、リーパに父親を訪ねに行く以前から仲良くなり、父親の養子だと聞き驚愕したのだそうだ。
これ以上レネの邪魔をするつもりはなかったので、バルトロメイは早々と本部を後にしたらしい。
「はっはっはっはっは……」
笑いが止まらない。
団員たちから訊き出した話では、レネはあの華奢な身体で護衛をするために、まさしく血の滲むような鍛練をこなしているらしい。団長自ら行う時は、それは目を背けたくなるほど壮絶だそうだ。
その努力の結果、団員たちの中でもレネと勝負して勝てるのは一握りの人間しかいない存在にまでになった。
自分の居場所をリーパへ作るために、レネは死に物狂いで努力したのだ。
そこにいきなり現れた、自分の立場を脅かす存在。
そして、その存在を憎みきれない歯痒さ。
まるで……自分たち兄弟のようではないか。
(今のレネならばきっと、私の苦しみをわかってくれる……)
レオポルトはそう確信すると、次の手に移るべく画策し始めた。
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