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8章 全てを捨てて救出せよ
3 お前には関係ない
しおりを挟むレネは改めてバルナバーシュに向き直る。
「どうして今まで黙ってたんですか……」
息子がいるなんて、今まで一度も聞いたことがなかった。
「別にお前には関係ないだろ?」
「っ……!?」
予想外の言葉に、レネはおどろき目を見開く。
まさかそんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
(オレとは関係ないか……)
あの夜いらい、バルナバーシュとの間には埋められない溝がある。
「そうですよね。オレは他人だし……」
自分はバルナバーシュの思い通りの養子ではない。
「なにが言いたい……」
ヘーゼルの瞳が細められる。
「実の息子がいるのに、オレ邪魔じゃないですか?」
あんなにそっくりな息子がいるのに、ぜんぜん似てない自分が居座っていいのか?
それに、バルトロメイは両手剣の使い手で護衛の仕事をしているときた。
バルナバーシュの抱えていた問題がすべて解決するじゃないか。
(……オレ、もう養子でいる必要なくない?)
レネはこの時、自分のことに手いっぱいで、バルナバーシュの表情など見る余裕もなかった。
「——じゃあ、出て行け」
「え……」
思わずレネは後ずさる。
バルナバーシュの後ろから、ルカーシュの盛大なため息が聞こえる。
「——家を出るのは自由だが、仕事は辞めるなよ」
レネが呆然として廊下に出て階段を降りていると、続々と団員たちが集まって来て、バルトロメイが訪ねて来た時の様子を興味津々で訊いてきた。
「そっくりだよな。本当に親子だったんだろ?」
「認知するのか?」
「こういう場合は猫と義兄弟になるのか?」
「うるさいな、団長に直接訊いて来いよっ!」
レネは声を荒げた。
「なんだよ機嫌悪いな」
「自分が実子の身代わりだったってわかっていじけてんだろ」
「得物は両手剣だったな。細かなとこまで団長そっくりじゃねえか」
団員たちの心ない言葉を聞いて、思うことがある。
老夫婦の家で一緒になり、バルトロメイのあの屈託のない性格を知っているだけに、「このまま親子を引き離してはいけない」とレネの心が叫び出す。
明らかにバルナバーシュの財産を狙って現れたのなら、レネだってこんな気持ちになることもなかった。
バルトロメイは、滅多にいないほどの好青年だから、自分よりもバルナバーシュの息子に相応しい人物だと思ったのだ。
リーパは自分の唯一の居場所なので辞めるつもりはない。
だがバルナバーシュの中に、自分の居場所は完全になくなった……。
ルカーシュの剣の弟子となってからも、レネにとっての心の拠り所は、バルナバーシュに一人前の男として認めてもらうことだった。
しかし『出ていけ』と言われたということは、完全に自分はお払い箱になった。
今からどうやって生きていけばいいんだろうか……?
心にぽっかりと穴を空けたまま、レネはふらふらと糸の切れた凧のように本部を後にした。
◆◆◆◆◆
「どうだった? 父親に逢った感想は?」
部屋に入るなり、とんできた質問にバルトロメイは苦笑いする。
「思ったより顔が似ててびっくりした」
メストに来てからは、ずっと護衛対象は屋敷に籠りっぱなしなので、バルトロメイの出番はなく暇を持て余していた。
だから、以前から伝えていたメストにいると言う父親に逢って来ると、この部屋の主には伝えていたのだ。
「そう言えばあんた、こっちで探してほしい人がいるって言ってなかった?」
いぜん言っていたことが気になり、バルトロメイは護衛対象に尋ねる。
「ああ、メストにいるかどうかは定かじゃないが、ハヴェルという商人の周囲を探ればきっと見つけ出せる」
「名前とか、特徴を教えてくれないと探せねーよ」
「二十歳前後で灰色の髪をしたレネという……一度見たら忘れられないくらい美しい青年だ」
バルトロメイの護衛対象である、バルチーク伯爵家の次男は、まるで目の前にその姿が見えているかのように、うっとりとした表情でつぶやいた。
「…………」
まさかの名前が出てきて、バルトロメイは言葉を失う。
「どうした?」
反応が鈍いので、レオポルトは不思議そうな顔をする。
「いや……探してくれって相手が女だとばかり思ってたから、びっくりしたんだ……」
「兄上からも聞いていないのか? その青年が私を誘拐犯から助けてくれたんだよ。まだお礼が言えてなくてね」
バルトロメイはレオポルトの兄のペリフェニー子爵から弟の護衛を依頼されている。
レオポルトとは謹慎中にペリフェニー子爵のいる領地に身を置いていた時から一緒だ。
この兄弟、決して仲は悪くない。
しかし弟のレオポルトは自堕落な生活を繰り返し、それが災いして滞在先のテプレ・ヤロで誘拐未遂事件に遭い、父親のバルチーク伯爵から謹慎処分を言い渡されていた。
だがまさか、レネがレオポルトを救った人物だったとは思いもしなかった。
屋敷の人間の噂で聞いた話だが、その青年に入れあげ山小屋へ監禁しようとしていた所を逆に助けてもらったのではなかったか?
この男はレネにただ礼が言いたいだけなのか?
バルトロメイの本能が、「それは違う」と告げている。
レオポルトは初めて自分に人探しをしてくれと言った時に、なにをしていた? そしてなんと言った?
『抱きたい肉体が目の前にいないから』と言って、自分で身体を慰めていたではないか。
今日、レネの居場所が判明したばっかりだったが、バルトロメイは固く口を閉ざすことにする。
世の中、こんな偶然があるものだろうか?
(ペリフェーニ卿に相談しよう)
明後日はレオポルトたちの祖母の誕生日だ。
ペリフェーニ子爵もそれに合わせて領地から王都入りする。
少し変わったレオポルトの祖母は、貴族の邸宅が並ぶ城塞の中ではなく裕福な商人たちの住む高級住宅街に住んでいる。
レオポルトの話では、商人から嫁いできた祖母は貴族の生活が肌に合わないらしい。夫である先代のバルチーク伯爵が亡くなると、バルチーク伯爵未亡人ではなく旧姓のドレイシーを勝手に名乗っているくらいだ。
この祖母がレオポルトの自堕落な生活に拍車をかけているのだ。
どんなに父親である伯爵がレオポルトに厳しくしても、祖母がレオポルトに金を与え甘やかすのだと、ペリフェーニ子爵が嘆いていた。
「そう言えば、明後日の祖母の誕生会からしばらくあっちに滞在する予定だから、お前も準備をしておけ」
甘やかす祖母のもとで、なにも起こらないといいが、バルトロメイは一抹の不安を覚える。
「はいはい……」
(さて、どうしたものか……)
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