菩提樹の猫

無一物

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7章 サーベルを持った猫

エピローグ

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 九年前の夜の思い出話に花が咲き、三人は完全に酔いが回っていた。

「あいつ、ルカの村から帰って来て俺にこう言ったんだぜ『十一のころ、団長が副団長を師に選んでくれたことは、今では感謝しかありません』ってよ。俺は九年前に正しい判断をした自分を褒めてやりたいっ!」

 親友が熱く語り終わると、隣でルカーシュが爆笑しはじめた。

「……こんなん言ってますけど、あいつが出ていった後、団長一人で泣いてたんですよ……嫁ぐ娘に挨拶された父親かよって……ダメだ……腹いてぇ……」

 街中でばったり会えば、今でも英雄として騎士たちから羨望の眼差しを向けられるというのに、コジャーツカ人はそんな男を容赦なくこき下ろす。

「てめぇ……ベラベラ喋るんじゃねえよっ!」

 パシンっと親友は副官の頭をはたく。
 なかなかいい音だ。

「いってぇな……人のハンカチで鼻までかんでたくせに……」

 ついこの間、ハヴェルもレネに対して似たような気持ちを抱いたので、そこは苦笑いするしかない。

「でも、良い子に育ったよ……あいつは……」

 ハヴェルは思わずつぶやく。
 あれからバルナバーシュとルカーシュは、レネに辛くあたった時には、家出する前にハヴェルの家へと運び、ハヴェルが家人総出で甘やかすという謎のサイクルができ上がった。

 あの家出で、あんな子を外に一人で彷徨うろつかせたらだめだと学んだ。
 成人した今でも、親友が自分の部屋の隣に養い子を留まらせているのは、色々思うことがあるのだろう。
 魔境テプレ・ヤロでさんざんな目に遭ってからは、ハヴェルも理解できるようになった。

「愛らしいのは子供時代だけでよかったのにな……ますます匂い立つようになって来て困ったもんだ……」

 ルカーシュがぼそりとつぶやく。

「——なにが言いたい」

 親友はギロリと副官を睨みつける。

「お父さんの害虫駆除が大変だねって——」

 パシンと、またいい音が響く。

「……痛ってえな! 本気で叩きやがって……本当のことを言ってなにが悪い?」

 頭をさすりながら、悪びれる様子もなくルカーシュは言い返す。

「あいつももう大人だ。護衛の仕事をしていて自分の身が守れないなんてあるか」

 確かに、バルナバーシュの言うことは尤もだ。

「なに、この頑固親父。まだあいつは多勢に無勢だと勝てないって。あんたもわかってるだろ」

 一番実力を知っているであろうレネの剣の師匠が言うと説得力がある。
 まったく強そうには見えないが。
 だがあのレネもハヴェルが腰を抜かすほどの強さを持っていた。
 その師匠だからもっと凄いのだろう。

 なんせバルナバーシュが一番信用している男なのだから。
 今回レネを預けたのも、ルカーシュだからだ。

「……ふん」

 ヘーゼルの瞳がそっぽを向いた。
 この勝負は、親友の負けのようだ。

「でもよかったな。レネの中で気持ちの整理もついたみたいだし。お前の判断も間違いなかったってことだろ」

 これ以上放置しておくと永遠に不毛な争いが続きそうなので、ハヴェルは話をまとめに入った。

 どうも、今夜は親友の虫の居所が悪い。
 なにか引っかかりを感じるが、きっとこの口の悪いコジャーツカ人のせいだろう。

 後にそのわけを知り、心底呆れて説教をする羽目になるとは、この時ハヴェルは想像もしていなかった。


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