菩提樹の猫

無一物

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7章 サーベルを持った猫

6 不器用な男

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◆◆◆◆◆


「おい、こんなとこで飲んでないで、家に帰って無事を確かめないでいいのかよ?」

 ハヴェルは親友の行動が理解できないでいた。

「今ころ、ルカが上手いことやってるはずだ」

 あれから、バルナバーシュはレネがいる建物にルカーシュと一緒に突入したが、レネを助け出す前にハヴェルが待つ建物の外に出て来た。
 男たちの怒号が聞こえた後、ルカーシュがレネを背負って戻って来ると、一度だけ目を合わせ頷きあい、スッと身を引いてハヴェルの家へと一緒に引き上げて来た。
 そして今、ハヴェルの部屋で酒を飲んでいる。

「お前が助けに行った方がレネは喜んだんじゃないのか? いいのか、こんなとこで油売ってて……」

 親友は眉をしかめて、哀し気に笑った。

「あいつにはルカが剣を教えることになったんだ」

 ハヴェルは驚いて、顔を上げマジマジと親友の顔を凝視する。

「は? あんなにお前が自分の手で育て上げるって意気込んでたじゃないか……まさか——あいつが家出した理由ってそれなのか?」

「たぶんな……俺のこと、今ごろ嘘つき野郎だって思ってるだろうな」

 まだレネを養子に迎える前、ハヴェルは親友の部屋に飾られた下手糞な絵を見つけ、『これはなんだ?』と訊いたことがある。
 すると『よく行く日用雑貨屋の息子が誘拐されそうになっている所を助けたお礼にもらった』と返答されたのを覚えている。
 そのころから、バルナバーシュはレネにとっての憧れの存在だったはずなのに、いったいなにがあったのだろうか?

「なんでお前が教えてあげないんだよ」

「あいつは片手剣の方が向いてる。俺はあいつを強くするって約束したんだ。私情で才能の芽を摘んだら俺は一生後悔する……」

「でもちゃんと説明してあげた方がよくないか?」

 レネも家出するくらい、ショックを受けていたというのに。

「最初は俺もそう思ったが、人間は不条理を心に溜め込んだ方が強くなれるのさ。俺に殺意を覚えるくらいの気持ちでいてくれた方がいい」

 ハヴェルは商人なので剣など一度も持ったことがない。
 戦いの世界はまったくの門外漢だが、商人には商人の世界があり、またそこでたくさんの不条理なことが起こる。
 汚い欲の渦巻く世界で生き残るには、それを跳ね返す知恵と気力が必要だ。
 だからバルナバーシュが言っていることがわからんでもない。

「——つくづくお前は……不器用な奴だな」

 外見も剣の腕も、そして性格もいい。
 なにもかもが完璧な男のはずなのに……本当に大事な所で損な役割に回ってしまうのだ。

 婚期を逃し……子供ができたのに逢うことも叶わず……。
 今度は養子ともすれ違うのか?

(馬鹿な奴だ……)

 だが、そんな放っておけない不器用な奴だから……自分は今でもこうやって一緒にいるのだ。


◆◆◆◆◆


 朝起きたら、自分のベッドに寝ていた。
 昨日は、ルカに背負われたまま寝てしまったのだろうか?

 たぶん……色々なことが起こりすぎて疲れていたのだ。

「起きてたか?」

 ノックもなしに部屋の扉が開く。
 いつも通りにきっちり髪を後ろで結んで緑色のサーコートを着こんだ、レネがよく知っている『ルカーシュ』だった。

「これを持ってろ」

 そう言うと、ルカはレネのベッドになにかを投げた。

「……これは?」

 それは、黒い鞘に収まった護拳のない小振りのサーベルだった。
 子供が使うのにちょうどよい大きさだ。

「俺が使っている物とは違うが、お前の得物はとりあえずそれだ」

「——僕の剣……」

 レネはまだ木刀しか持たせてもらえなかったので、いきなり剣を与えられるとは思わなかった。
 王から賜ったというあの両手剣を見て、いつか自分も腰に本物の剣を提げてみたいと夢見ていたのだ。

 鈍色の刀身を鞘から抜き、初めて手にする真剣の美しさに心を奪われる。
 レネは、サーベルを大切に抱きしめて、新しい師の顔を見上げる。

 冷たい表情は相変わらずだ。
 バルと違って身体は細くどこか頼りない。
 正直、こんな男にはなりたくない。
 もっと背が高く、たくましい身体が欲し
い。
 一晩で心の整理が付くほどレネは大人ではない。
 しかしレネにはもうこの男しかいない。

 昨夜、力強く優雅に剣を振り回し男たちを倒していくルカーシュの姿を思い浮かべる。
 戦っている姿だけは、別人のようにかっこよかった。

「いまそれを振り回しても、肩を傷めるだけだからな、まずは木刀で素振りの練習からだ」

「はい!」

(——僕は強くなるんだ……)
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