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7章 サーベルを持った猫
2 決意
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◆◆◆◆◆
夜遅く任務が終わり、バルナバーシュは団員たちと本部へ戻る途中だった。
たまたま、よく利用する日用雑貨屋の前を通った時、いつもは戸締りされている店の様子がおかしいことに気付く。
閉店時は固く閉ざされているはずの木の扉が、何者かに破られていた。
「——強盗かっ!? おい、お前らも付いて来いっ!」
バルナバーシュは団員たちと、荒らされた店の中へと入って行った。
『おいっ、どこかに子供もいるはずだ、探せっ!』
上から男たちの声がする。
子供という単語に、一気にバルナバーシュの心拍数が上がる。
(レネたちがっ……)
相手はただの強盗ではない。
バルナバーシュは剣を抜き、声がした方へ駆け出した。
二階へ上がると、大人が二人、血を流して倒れている。
店で何度も談笑したことのある、レネとアネタの両親だ。
(——ああ……なんてことだ……間に合わなかった……)
ここは戦地ではない。
ドロステアの王都で、比較的治安のよい商店街だ。
まさか自分の通っていた店でこんなことが起こるなんて、バルナバーシュはにわかに信じられなかった。
「お前たちっ、なにをしてやがるっ!」
ありったけの感情を込めて、家の中を物色している強盗たちを怒鳴りつけた。
「おいっ、誰か来たぞっ……」
強盗たちは、いきなりの侵入者に慌てふためく。
バルナバーシュ率いるリーパの団員たちは、あっという間に賊たちを倒していく。
敵は倒し終えたが、肝心なことが確認できていない。
(——どこにいる?)
両親たちは既に殺されていたが、子供たちの姿がない。
「レネっ、アネタっ、どこだ? 助けに来たぞっ」
バルナバーシュは祈るような気持ちで、必死に子供たちの名前を呼んだ。
「——団長っ、子供たちが納戸の中にいましたっ。二人とも無事です」
奥から、まだ若い癒し手のボリスの声がした。
声がした方に急いで走ると、灰色の髪をした姉弟が身体を寄せあってガタガタと震えていた。
(——無事だった……)
張りつめていた身体から一気に力が抜ける。
バルナバーシュは自分が思っていた以上に、この店の子供たちが、自分の心の大きな部分を占めていたことに気付く。
改めて、安堵の溜息をつくと二人のそばへと駆け寄った。
「レネ、アネタ……」
見知った男の顔を見たとたん、緊張の糸が切れたように、二人とも声を上げて泣きはじめた。
バルナバーシュはたまらない気持ちになり、思わず二人を抱きしめていた。
間違いなく姉弟は、目の前で親が殺されるところを見ている。
まだ庇護の必要な子供たちの心情を思うと、自分のこと以上に心が痛む。
アネタはボリスに任せて、バルナバーシュはレネを抱き上げた。
「……うっ……えっ……お父さんと……お母さんが……」
こぼれんばかりの大きな黄緑色の瞳から、ポロポロと透明な雫が落ちる。
(ああ……なんてことだ……)
いつもこぼれんばかりの笑顔でバルナバーシュを迎えてくれた尊い存在が、顔をクシャクシャにして泣いている。
護衛団の団長を務めていながら、二人の両親を……そして笑顔を守ることができなかった。
「ごめんな……俺がもう少し早く来てたら——本当にごめんな……」
あと少し早く店の前を通りかかっていたら、こんな悲劇を防げたかもしれない。
だが、最悪の事態は防げた。
涙と鼻水がサーコートの胸元に染み込んでいき、子供特有の湿っぽい高い体温がバルナバーシュの身体に伝わり、改めて実感する。
(ああ……この子たちは生きていた……)
「僕が……弱い…から……助けられ……なかった……」
「——レネ……」
この子は、両親が殺されたからただ泣くのではなく、弱い自分がなにもできなかった悔しさに、打ちひしがれているのだ。
バルナバーシュは、十になるかならないかの子供の言葉に衝撃を受けた。
(——この子は強くなりたいって言ってたじゃないか……)
あれからずっと……言葉を濁してごまかしていたのは誰だ?
自分はいつの間にか、口だけでなにもしない汚い大人に成り下がっていた。
「レネ……大丈夫だ。お前は俺が強くしてやる」
今度こそ約束を守らないといけない。
バルナバーシュは、この二人の親代わりになることを決めた。
夜遅く任務が終わり、バルナバーシュは団員たちと本部へ戻る途中だった。
たまたま、よく利用する日用雑貨屋の前を通った時、いつもは戸締りされている店の様子がおかしいことに気付く。
閉店時は固く閉ざされているはずの木の扉が、何者かに破られていた。
「——強盗かっ!? おい、お前らも付いて来いっ!」
バルナバーシュは団員たちと、荒らされた店の中へと入って行った。
『おいっ、どこかに子供もいるはずだ、探せっ!』
上から男たちの声がする。
子供という単語に、一気にバルナバーシュの心拍数が上がる。
(レネたちがっ……)
相手はただの強盗ではない。
バルナバーシュは剣を抜き、声がした方へ駆け出した。
二階へ上がると、大人が二人、血を流して倒れている。
店で何度も談笑したことのある、レネとアネタの両親だ。
(——ああ……なんてことだ……間に合わなかった……)
ここは戦地ではない。
ドロステアの王都で、比較的治安のよい商店街だ。
まさか自分の通っていた店でこんなことが起こるなんて、バルナバーシュはにわかに信じられなかった。
「お前たちっ、なにをしてやがるっ!」
ありったけの感情を込めて、家の中を物色している強盗たちを怒鳴りつけた。
「おいっ、誰か来たぞっ……」
強盗たちは、いきなりの侵入者に慌てふためく。
バルナバーシュ率いるリーパの団員たちは、あっという間に賊たちを倒していく。
敵は倒し終えたが、肝心なことが確認できていない。
(——どこにいる?)
両親たちは既に殺されていたが、子供たちの姿がない。
「レネっ、アネタっ、どこだ? 助けに来たぞっ」
バルナバーシュは祈るような気持ちで、必死に子供たちの名前を呼んだ。
「——団長っ、子供たちが納戸の中にいましたっ。二人とも無事です」
奥から、まだ若い癒し手のボリスの声がした。
声がした方に急いで走ると、灰色の髪をした姉弟が身体を寄せあってガタガタと震えていた。
(——無事だった……)
張りつめていた身体から一気に力が抜ける。
バルナバーシュは自分が思っていた以上に、この店の子供たちが、自分の心の大きな部分を占めていたことに気付く。
改めて、安堵の溜息をつくと二人のそばへと駆け寄った。
「レネ、アネタ……」
見知った男の顔を見たとたん、緊張の糸が切れたように、二人とも声を上げて泣きはじめた。
バルナバーシュはたまらない気持ちになり、思わず二人を抱きしめていた。
間違いなく姉弟は、目の前で親が殺されるところを見ている。
まだ庇護の必要な子供たちの心情を思うと、自分のこと以上に心が痛む。
アネタはボリスに任せて、バルナバーシュはレネを抱き上げた。
「……うっ……えっ……お父さんと……お母さんが……」
こぼれんばかりの大きな黄緑色の瞳から、ポロポロと透明な雫が落ちる。
(ああ……なんてことだ……)
いつもこぼれんばかりの笑顔でバルナバーシュを迎えてくれた尊い存在が、顔をクシャクシャにして泣いている。
護衛団の団長を務めていながら、二人の両親を……そして笑顔を守ることができなかった。
「ごめんな……俺がもう少し早く来てたら——本当にごめんな……」
あと少し早く店の前を通りかかっていたら、こんな悲劇を防げたかもしれない。
だが、最悪の事態は防げた。
涙と鼻水がサーコートの胸元に染み込んでいき、子供特有の湿っぽい高い体温がバルナバーシュの身体に伝わり、改めて実感する。
(ああ……この子たちは生きていた……)
「僕が……弱い…から……助けられ……なかった……」
「——レネ……」
この子は、両親が殺されたからただ泣くのではなく、弱い自分がなにもできなかった悔しさに、打ちひしがれているのだ。
バルナバーシュは、十になるかならないかの子供の言葉に衝撃を受けた。
(——この子は強くなりたいって言ってたじゃないか……)
あれからずっと……言葉を濁してごまかしていたのは誰だ?
自分はいつの間にか、口だけでなにもしない汚い大人に成り下がっていた。
「レネ……大丈夫だ。お前は俺が強くしてやる」
今度こそ約束を守らないといけない。
バルナバーシュは、この二人の親代わりになることを決めた。
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