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6章 吟遊詩人を追跡せよ
7 見世物
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連れられるままに、どこか集会所のような広間に辿り着く。
そこには、コジャーツカの男たちが集まっていた。全部で二十人はいるだろうか。
「おーっ! ルカ久しぶりだな、元気にしてたかっ?」
「ほんとお前だけ、年取らね~な」
男たちは、久々の同胞の帰還に喜びを隠せない。
そして、ルカーシュの後ろにいる人物の存在に気付く。
コジャーツカ族の娘の衣装を纏ったレネだ。
本人はまったく気付いていないが、白地に赤色の刺繍の施されたワンピースと、肩まである真っすぐな灰色の髪とのコントラストが清艶な印象を与える。
「なんだ? えらく綺麗な姉ちゃんは」
「もしかして……嫁なのか!?」
三十代半ばのでっぷりとした腹の男が、とんでもないことを口にする。
「——お前はっ……」
レフだけが、ルカーシュの連れている人物の正体に気付き、言葉を失う。
「俺の弟子だよ。言っとくけど……こいつ男だからな。みんなへの挨拶代わりに、こいつが出し物をしたいって言うんで見てやってくれないか?」
(オレはそんなこと、聞いてない……)
「おいおい、なんだよ女装なんかさせて、俺たちになにを見せるんだよ」
「このくらい綺麗だったら男でも充分いけるな」
「弟子ってお前、なにを仕込んだんだよ」
旅の間も何度もかけられた侮蔑の言葉に、目の前が真っ赤に染まる。
それも……自分の根本を培う一つだと思っている、コジャーツカ族の男たちの口から出た言葉だ。
なぜ、自分はこんな不本意な格好をさせられ、コジャーツカの男たちに辱めを受けなければいけないのか?
レネの肚の中で、怒りの感情がぐるぐるとまるで生き物のように暴れ出す。
ルカーシュは太鼓を取り出し、レネに自分が腰から下げていた二本の剣を差し出した。
「おっ!? 剣舞か?」
「似合うだろうな」
「だから女装か。ルカはこういう演出が上手いよな」
誰もがこの時点では、嫋やかで優美な女舞が始まると思っていた。
レネは反射的に身を屈め、剣を交差させ床に置く。
なにも言われなくても、この剣を渡されると身体が勝手に動くようになっているのだ。
昨日からなにも食べていない肉体は、空っぽだ。
肚の中で渦巻いているのは——
『——ドンッ……』
太鼓の音とともに、刃物が空気を切り裂く音が響く。
レネは一瞬の動作で立ち上がり、二本の剣を空に掲げ、構えの動作に変化する。
白い太ももが見えるのもかまわず、大きく足を広げ剣を構えるその姿は、まるで鬼神のようだった。
シン……と静まり返る室内。
とつぜん雷鳴のような激しい太鼓の音が響く。
その剣舞は、コジャーツカ族に伝わる男舞の中でも最も激しく雄々しいものだった。
レネは肚の中で暴れる感情を、太鼓の音と同時に開放した。
旅の間にたまっていった鬱屈した思いと、ここまで自分を作り上げた師ルカーシュ、そのルカーシュを作り上げたコジャーツカの男たち……。
二本の剣でそのすべてを斬り捨てた。
今まで味わったこともないほどの、快感と解放感。
これが本来の自分だ。
剣を振るごとにざんばらに乱れる髪と、血のように飛び散る汗。
そこにいた男たちすべてが、鬼神に魅了され、魂を喰い殺されていた。
美しい姿に気をとられていると、気付けば命を持っていかれる。
その舞はレネの戦い方そのものだった。
今まで二重にぶれていたレネの肉体が一瞬だけ一つに重なる。
『——ドンッ』
最後に太鼓の音が鳴ると、まるで憑き物がおちたかのように、レネは崩れ落ちる。
周りは金縛りにあったように、しばらく誰も動けなかった。
その静寂を破ったのはレフだった。
「お……おい、お前は俺たちになにを見せつけに来たんだよ……」
「剣は売る気になったか?」
ルカーシュは妖しく嗤いかける。
「好きなものを持ってけっ!——金はいらんっ!」
レフは悔しそうに吐き捨てる。
あんなものを見せられたら、認めざるをえない。
「もちろん、二本もらうぞ。一本じゃ剣舞ができんからな」
勝ち誇った顔をしてルカーシュは止めを刺す。
「ふんっ、勝手にしろっ」
この勝負はレフの完敗だった。
黒い鞘に入った二振りの剣を、ルカーシュから渡された。
「お前の剣だ」
たくさんの中から選んだ二振りの剣は、こんな剣がこの世に存在するのかと思ったルカーシュのものより、さらにレネの手に馴染んだ。
コジャーツカの男たちが使う剣は軽いが、湾曲し重心がずれた所にあるため、一振りで人の首を刎ねるほどの威力を持つ。
「まさか……これのために?」
(ルカは副団長の仕事を何日も休んで……)
剣自体は恐ろしく軽いが、渡されたものの重さを……レネは二本の腕で抱きとめる。
「お前、サーベル折っただろ? コジャーツカの名を聞いて真っ向勝負したんだって?」
「…………」
「お前にそんなにも影響を与えているのに、まがい物のサーベルを持たせてるなんて、師匠としてあんまりじゃないかと思ってな……」
ゼラとやり合った時、鍛練場にルカーシュの姿はなかった。
もしかしたら……なにか思うところがあったのかもしれない。
コジャーツカの男たちは、剣で戦うことには拘らない。
勝つためには、槍も使うし、こん棒も、弓も、人も……なんでも使う。
それなのに肌身離さず持ち続ける、この反りの強い剣は——コジャーツカの戦士の象徴だった。
「村の男たちもびっくりしてたぞ。あんなに雄々しい舞を見せつけられるとは思わなかったとさ。みんなあそこにいた奴らはお前に殺された——俺もな……」
そう言うと、師は満足そうに嗤った。
なぜ自分に女装させたのかも、今ならわかる。
わざと挑発して、レネの怒りを高め、舞に昇華させるため。
コジャーツカ族は剣捌きを覚えるために、子供のころから剣舞を練習する。
その剣捌きが、ナイフや、素手での戦い方の基礎にもなるのだ。
レネも最初は戦い方よりも、剣舞の練習から始めた。
剣舞が上手く舞えない男は、一人前の戦士として認められない。
まさか本物のコジャーツカ族の男たちの前で剣舞を披露する日が来るとは思ってもいなかった。
「お前も一人前の男になれたな……」
紫煙とともに肉感的な唇から吐き出された言葉は、なによりもレネが求めたもの。
生易しい言葉を吐くほど、ルカーシュは甘くない……。
だからよけいに、その言葉は心に響いた。
「…………」
「——なんだよお前は……言ったそばから……」
困ったように嗤うと、師はクシャクシャと弟子の頭をかきまわし、去って行った。
レネは流れて来る涙を拭うこともせず、その場に立ち尽くした。
そこには、コジャーツカの男たちが集まっていた。全部で二十人はいるだろうか。
「おーっ! ルカ久しぶりだな、元気にしてたかっ?」
「ほんとお前だけ、年取らね~な」
男たちは、久々の同胞の帰還に喜びを隠せない。
そして、ルカーシュの後ろにいる人物の存在に気付く。
コジャーツカ族の娘の衣装を纏ったレネだ。
本人はまったく気付いていないが、白地に赤色の刺繍の施されたワンピースと、肩まである真っすぐな灰色の髪とのコントラストが清艶な印象を与える。
「なんだ? えらく綺麗な姉ちゃんは」
「もしかして……嫁なのか!?」
三十代半ばのでっぷりとした腹の男が、とんでもないことを口にする。
「——お前はっ……」
レフだけが、ルカーシュの連れている人物の正体に気付き、言葉を失う。
「俺の弟子だよ。言っとくけど……こいつ男だからな。みんなへの挨拶代わりに、こいつが出し物をしたいって言うんで見てやってくれないか?」
(オレはそんなこと、聞いてない……)
「おいおい、なんだよ女装なんかさせて、俺たちになにを見せるんだよ」
「このくらい綺麗だったら男でも充分いけるな」
「弟子ってお前、なにを仕込んだんだよ」
旅の間も何度もかけられた侮蔑の言葉に、目の前が真っ赤に染まる。
それも……自分の根本を培う一つだと思っている、コジャーツカ族の男たちの口から出た言葉だ。
なぜ、自分はこんな不本意な格好をさせられ、コジャーツカの男たちに辱めを受けなければいけないのか?
レネの肚の中で、怒りの感情がぐるぐるとまるで生き物のように暴れ出す。
ルカーシュは太鼓を取り出し、レネに自分が腰から下げていた二本の剣を差し出した。
「おっ!? 剣舞か?」
「似合うだろうな」
「だから女装か。ルカはこういう演出が上手いよな」
誰もがこの時点では、嫋やかで優美な女舞が始まると思っていた。
レネは反射的に身を屈め、剣を交差させ床に置く。
なにも言われなくても、この剣を渡されると身体が勝手に動くようになっているのだ。
昨日からなにも食べていない肉体は、空っぽだ。
肚の中で渦巻いているのは——
『——ドンッ……』
太鼓の音とともに、刃物が空気を切り裂く音が響く。
レネは一瞬の動作で立ち上がり、二本の剣を空に掲げ、構えの動作に変化する。
白い太ももが見えるのもかまわず、大きく足を広げ剣を構えるその姿は、まるで鬼神のようだった。
シン……と静まり返る室内。
とつぜん雷鳴のような激しい太鼓の音が響く。
その剣舞は、コジャーツカ族に伝わる男舞の中でも最も激しく雄々しいものだった。
レネは肚の中で暴れる感情を、太鼓の音と同時に開放した。
旅の間にたまっていった鬱屈した思いと、ここまで自分を作り上げた師ルカーシュ、そのルカーシュを作り上げたコジャーツカの男たち……。
二本の剣でそのすべてを斬り捨てた。
今まで味わったこともないほどの、快感と解放感。
これが本来の自分だ。
剣を振るごとにざんばらに乱れる髪と、血のように飛び散る汗。
そこにいた男たちすべてが、鬼神に魅了され、魂を喰い殺されていた。
美しい姿に気をとられていると、気付けば命を持っていかれる。
その舞はレネの戦い方そのものだった。
今まで二重にぶれていたレネの肉体が一瞬だけ一つに重なる。
『——ドンッ』
最後に太鼓の音が鳴ると、まるで憑き物がおちたかのように、レネは崩れ落ちる。
周りは金縛りにあったように、しばらく誰も動けなかった。
その静寂を破ったのはレフだった。
「お……おい、お前は俺たちになにを見せつけに来たんだよ……」
「剣は売る気になったか?」
ルカーシュは妖しく嗤いかける。
「好きなものを持ってけっ!——金はいらんっ!」
レフは悔しそうに吐き捨てる。
あんなものを見せられたら、認めざるをえない。
「もちろん、二本もらうぞ。一本じゃ剣舞ができんからな」
勝ち誇った顔をしてルカーシュは止めを刺す。
「ふんっ、勝手にしろっ」
この勝負はレフの完敗だった。
黒い鞘に入った二振りの剣を、ルカーシュから渡された。
「お前の剣だ」
たくさんの中から選んだ二振りの剣は、こんな剣がこの世に存在するのかと思ったルカーシュのものより、さらにレネの手に馴染んだ。
コジャーツカの男たちが使う剣は軽いが、湾曲し重心がずれた所にあるため、一振りで人の首を刎ねるほどの威力を持つ。
「まさか……これのために?」
(ルカは副団長の仕事を何日も休んで……)
剣自体は恐ろしく軽いが、渡されたものの重さを……レネは二本の腕で抱きとめる。
「お前、サーベル折っただろ? コジャーツカの名を聞いて真っ向勝負したんだって?」
「…………」
「お前にそんなにも影響を与えているのに、まがい物のサーベルを持たせてるなんて、師匠としてあんまりじゃないかと思ってな……」
ゼラとやり合った時、鍛練場にルカーシュの姿はなかった。
もしかしたら……なにか思うところがあったのかもしれない。
コジャーツカの男たちは、剣で戦うことには拘らない。
勝つためには、槍も使うし、こん棒も、弓も、人も……なんでも使う。
それなのに肌身離さず持ち続ける、この反りの強い剣は——コジャーツカの戦士の象徴だった。
「村の男たちもびっくりしてたぞ。あんなに雄々しい舞を見せつけられるとは思わなかったとさ。みんなあそこにいた奴らはお前に殺された——俺もな……」
そう言うと、師は満足そうに嗤った。
なぜ自分に女装させたのかも、今ならわかる。
わざと挑発して、レネの怒りを高め、舞に昇華させるため。
コジャーツカ族は剣捌きを覚えるために、子供のころから剣舞を練習する。
その剣捌きが、ナイフや、素手での戦い方の基礎にもなるのだ。
レネも最初は戦い方よりも、剣舞の練習から始めた。
剣舞が上手く舞えない男は、一人前の戦士として認められない。
まさか本物のコジャーツカ族の男たちの前で剣舞を披露する日が来るとは思ってもいなかった。
「お前も一人前の男になれたな……」
紫煙とともに肉感的な唇から吐き出された言葉は、なによりもレネが求めたもの。
生易しい言葉を吐くほど、ルカーシュは甘くない……。
だからよけいに、その言葉は心に響いた。
「…………」
「——なんだよお前は……言ったそばから……」
困ったように嗤うと、師はクシャクシャと弟子の頭をかきまわし、去って行った。
レネは流れて来る涙を拭うこともせず、その場に立ち尽くした。
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